ヒルドルの唄に踊る   作:らんかん

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前編・SRT騒乱編
ナバナ刑事の新たな仕事


 ブラックマーケットの不可解な事件から一週間経った。

 

 キセルぐらいしかまともな証拠品もなく、仕事をするにはあまりにもやることが少ない。日報さえ書けばあとは無料のスペースでぼうっとするかインターネットサーフィンしかできることもなかった。

 

 やりたいゲームのストーリーもクエストも終わらせているせいで、本当に彼女は暇を持て余した。金を無闇に使えばない時に苦しみ喘ぐだけ、小説を書くにしても才能はない。いや、そんな才能があればそもそもそういう天才としてワイルドハントに入っていたのかもしれない。

 

 確かに自分には警察、いや、治安組織に入るには類稀なる才能を持っている。そう思っていた彼女を使うことを、社会が社会に対して許せないともなれば、無能凡才のゴミ山で眠ることしかナバナには許されなかったのだ。

 

 街を行き交う生徒は、ヴァルキューレが政府のお膝元で眠る子犬である以上色々な学園の人間がよく来る。

 

「ねえ、ご存知?パテルの魔女のボランティア活動の頻度を落とす方向に決定したらしいですわ」

「ありえない!いったい誰が」

「先生とナギサ様の決定らしいですわ」

「やっぱ身内人事クソですわね」

 

 目の前を通るお嬢様。風により抜け落ちた羽が、ナバナの胸ポケットに入る。

 

「聞いたか?例のイブキの絵がまた万魔殿の施設に飾られるらしいぞ。しかも今回は一般開放スペースに展示されるとのことだ」

「クレヨンで描いてる幼稚な絵ではあるけれど、全力で描いてるからあれ好きなんだよなあ。一般開放ってマジ?」

「マジマジ。そういうところに関してはやっぱあのカスマコトは見る目あるよな」

「エデン条約ですら元気で帰ってきてかき乱して平和を手に入れるからやっぱ雷帝よりいいんじゃねえのあれ」

「運のいいリア狂みたいだな」

 

 彼女の後ろを通り去る悪魔の群れ。ナバナのジーンズのベルトに何かが引っかかった。

 

「聞いてくれ!セミナーのあいつのせいで研究予算削られた!今回私悪くないのに!」

「何をしたんだよ」

「アルカリと酸性の洗剤を混ぜたら美味しそうだなって」

「まず寝ろ」

「えー!だって!マリオじゃそれでもケーキに!」

「刑期が欲しいならそうしろ」

 

 彼女を挟むように避けて歩く科学者たち。彼女の手に着たままの白衣が触れる。

 

 今となっては珍しい瓶のコーラを飲みながら、歩き始めた。

 

(私も何か、こんな才能を持ってなかったらあんな青春を送っていたんだろうか)

 

 気づいたらヴァルキューレにいた彼女にとって、自分の意思を持っていそうな人間を羨んだまま。

 

 その気持ちは誰にも吐き出せないし、吐き出せても現状が変わるわけでもない。捜査局がもはや烏合の衆であり、もはや刑事というものが要らないであろう世界で刑事をやっている己の気の毒さに呆れ歩き続ける。

 

 でも、この世界も今の状況も心地いいものだ。

 

 ただ、存在していればお金が手に入る。それに勝るものはない。卒業したら何してたってなりそうだが、正直この学園で真っ当に人間の大人を見てない以上はそういう制度はないのかもしれないし。なんて、わからないことだらけの世界でぼうっとする。

 

 街は面白い。

 

 都会を歩き続けるこの幸福感、金を持っていればあそこ行くのもいいな、こっち行くのもいいなって動き続けるのも幸福の一種になる。今日決められなくたって、時間だけはたっぷりある。それを潰す言い訳にもなった。

 

 そんな折。

 

「電話?」

 

 もはや情報倫理のないヴァルキューレでは、私用携帯を持ち歩くのは当たり前。

 

 電話に出ると、公安局の人間だ。

 

《おっす!》

「えらく気さくだな」

 

 この前公安局に来ないかと誘った少女だった。

 

《事件のやつがちょっと進んだんで、報告しようと思ったんだよ。どう?聞く?》

「あれで進展があるとは思えないけどな、聞こう」

《そう来なくちゃな》

 

 電話越しから、あの事件のことについて話が流れてきた。

 

《えーっと、まず今回のやつでキセルはあんまり役に立たなかった。データベースの照合もやってみたんだが、指紋と一致する人間がいなかったんだよ。ぶっ倒れていた少女もいただろ?指紋勝手に取って調べたけど当てはまらないんだ》

「そりゃなかなか不思議だな」

《一応どこのキセルか調べるためにも部品とか見てるんだけどな、なかなか当たらない》

「ま、そりゃそうだ」

《てな訳で、今はあの少女が起きるのを待っている状態だ。だから一応、少女が出るまでは現状を維持ってことになった。と言っても呼吸が深くなってきてるし、そろそろ起きそうだけどな》

「よかったな」

《いやほんと》

 

 歩きながら電話するのは楽しい。

 

 なんとなく、できるやつみたいな感じがするのだろう。

 

「ということは私はまた穀潰しに戻れるわけだ」

《しかも定期的な仕事をこなせばいいから、他の奴らと違ってクビにされる心配なし!いいご身分だ!》

「そういうのを嫌味って言うんだぞ」

《そう言いなさんなよ、いいニュースも持ってきたんだぜ》

「今の流れで?なんだ?」

 

 電話越しの少女は楽しく言う。

 

《お前が今のままで昇給するチャンスがやってきた!》

「何を言っている」

《これはこっちからの依頼だ。いや、警官としての責務を果たしてもらおうか》

「どう言うことだ」

《捜査を頼みたい。今回の件とは関係なく、新しい一件だ。長く手間を取らせるつもりはないぜ、今回のに関しても局長からの密命ではあるがな》

「捜査ってのはそう簡単に終わるもんじゃない。ほめ殺しでなんとかしようとしてないか?」

《そのためにポスト用意してるんだよ》

「で、何をすればいい」

 

 彼女は止まる。

 

 なんとなく太い街灯に寄りかかって周りを確認しながら、話を聞くことにした。

 

《ヴァルキューレの内面調査だ。公安は警官の中ではこれでも強い、なので脅されたとでも言えばいい。SRTのことについて知ってるか?》

「知っている。調査しろとかで色々苦労していると聞いた」

《テロを画策してる可能性がある、と言ったら》

「だろうな」

 

 驚きもしない。

 

 ちょっと考えればそうなるかもしれない、と言うのは上層部でも思いつく。

 

「しかし、そう言うには証拠掴んでるはずだ。何か?」

《調査でちょっと面白い情報掴んだんだよ。今その子を公安局に呼んでもてなしながら聞いてんだ》

「一応聞いておこう、名前は?」

《甘凪 ショウコ》

 

 その少女の名前はさして今意味を持たないが、彼女は覚えた。

 

《で、ショウコちゃんが色々今教えてくれるんだ。そのうち、お前に頼んでおきたいことがあってな。色々な拠点のうち、一つがお前が今近くにいるショップだ。少し古風のガンショップが見えると思うが、そこだ》

 

 ナバナは周りを見渡す。

 

 古めのガンショップと言えるかどうかは別にして、少し朽ちている看板があるのを見つけた。電光だが黄ばんでる。

 

「見つけた」

《そこにSRTのテロリストどもが潜んでるって噂だ。まあすぐに分かるわけもないが、その店が怪しかったりするかどうか見てきてほしい。もちろん、一回で済むわけもないから何回か行くために軽い見回りでいい。場合によっては二回目から公安局が突入するでもいいから》

「なるほど?しかし、そのショウコとかいうやつが何故そんなことを知っている」

《あ、メールを見てくれよ》

 

 スマホを耳から離して、メッセージを見る。

 

 モモトークの新しいDMに、メモの写真が出ている。甘凪ショウコなる人物も映っているが、それよりも話を聞いている奴に目がいく。

 

「公安局長自ら見ているのか、すごいな。中々精力的な活動をしてる」

《あんまし関係ないから言っちゃうけど、やっぱSRTの人間を活かせないことに心を痛めてるっぽい。ショウコって子にも色々言ってみてるようだけど、どうやら諦めてるから協力してくれてるって感じで……これじゃあんまり手応えはない》

「もしかしたら泥沼になるかもな」

 

 心が無いことが彼女の頭によぎった。

 

 どの世界にもカーストと言うものがある。その組織の中で優秀な奴が上に立ち、役に立たない奴を虐める。

 

 ショウコという少女がもしSRT内でも下の方だった場合、復讐で大多数の人間を苦しめて地に落とす絶好のチャンスと捉えるのかもしれない。なにで体裁を気にするこの学園の人間は、分かりやすいパフォーマンスのために弱者を徹底的に潰すだろう。

 

 ヴァルキューレに沢山流れ込んできた1人である以上、虐げられる上に疑われる事は確定している。それを利用して自分の安寧のためにやっている、と言うのも考えられた。

 

 いつか、どこかで聞いた事。

 

『裏切り者を摘発することについては、占領者より被占領者の方がずっと協力的だ』

 

 彼女もそうである、と言う証拠はどこにもないにしろそれから泥沼の戦いが始まるんじゃないかと言う心配が彼女の中に生まれた。

 

《どう言うことだ》

「信念や理想を徹底的に浸透させないと動かないような奴らは、集団から逸れようとする者を許しはしないだろ。ショウコと言う女がどうかは知らないが、私達と元SRTとの衝突でどっちも疲弊することを望んでいる可能性だってある」

《そんなわけあるかい、かの先生の鶴の一声で止まれなかったらそれこそ社会的死が待っているんだぞ》

「ヴァルキューレの内紛だから止めようにも止めれないし、何より戦力の練度的にはあちらが上だ。泥沼化するに決まってる」

《はあ……困ったな》

「そのための調査だろ」

 

 少しだけ笑って返すナバナ。

 

「どうして私の位置知ってるかはともかくとして、正面衝突する前にアドバンテージを取り続けて相手の動きそのものを挫けばちゃんと終わる」

《兵を保全して勝つのが最上、か》

「じゃ、私は行くぞ。と言っても軽く見回ってからさして問題はないだろうが」

《気をつけろぉ》

「ああ」

 

 電話は切れる。

 

 周りには自分のことに注目しているやつはなし、店は幸いにも明るく外からでも見えるほどだ。広めなのもありがたい。

 

「とりあえずは新しいポストの為にも仕事をするか、なにも起きないとい〜な〜」

 

 欠伸をしながら、ナバナは歩く。

 

 目の前のガンショップ、思った以上に人がいる。今日の分だけで見れば簡単な仕事だろう。

 

 ゆっくり、リラックスしながら彼女は足を踏み入れた。

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