ヴィラン連合による襲撃は、オールマイトの登場によって形勢が逆転し、ヒーロー側の勝利に終わった。だが、それは“完全勝利”ではない。対オールマイト用に準備された“脳無”――AFOとドクターの共同開発による怪物が、存分に力を発揮した。
その結果、主犯である死柄木弔と黒霧は逃亡に成功。さらに、イレイザーヘッドは重傷を負った。ヒーロー側が得たものといえば、路地裏で屯していた“野生のヴィラン”を捕獲した程度だった。
神代真一の眼から見ても、戦い方を誤らなければヴィラン連合は勝利できた。
脳無の性能は突出しており、弱体化したオールマイト相手に善戦以上の成果を挙げていた。だからこそ、生徒やイレイザーヘッドを“遊び”でいたぶるのではなく、最初から殺しにかかっていれば、試合はそこで終わっていた。
そんな情けない戦果しか得られなかった死柄木弔に、神代真一は本日“挨拶”に向かうことになっていた。AFOから「ちょうどいい機会だから」と言われたが、何が“ちょうどいい”のか、神代には理解できなかった。
スーツを着込んだ神代真一は、一人の女性を連れていた。
先日AFOに紹介した“リトルレディ”とは別口の治癒系個性持ち。治癒系個性は男性には発現しにくいという研究結果があり、現時点で確認されている治癒系個性の約9割が女性だ。
「神代君、今回は海自のお仕事ですか?それとも公安のお仕事?」
「“神代君”はやめてください、癒月静治癒官。同僚とはいえ、私の方が役職は上です。 “神代論理次官”か“神代さん”にしてください。よろしいですか?」
癒月静は、「H・EROアカデミア」に所属する治癒官。政治家の治療も担当するほどの重要人物であり、その個性の価値は計り知れない。重症以外の外傷であれば、ほぼ彼女の個性で治癒可能。ただし、夜間しか発動できないという制約がある。
かつて彼女も神代真一に連れられてAFOの治療も試みたが、AFOの損傷は癒月静の能力を大きく上回っており、効果はなかった。
「承知しました、神代論理次官。……ニュースでヴィラン連合の話題が出てましたね。そうそう、ニュースで神代論理次官のことも見ましたよ。 本当に雄英高校で学生やってるんですね。仲間内では、クラスメイトの誰と“デキる”か賭けしてるんですよ!」
「いい根性してるな。まあ、仕事さえちゃんとしてくれれば、基本的に何をやっても構わない。で、ご察しの通り、今回の仕事は――先日USJを襲撃したヴィラン連合の主犯格の治療だ。本業としては初対面だから、癒月静治癒官を使って“好感度稼ぎ”というわけだ」
神代真一は、USJ事件の時点で死柄木弔を確認している。その評価は、雄英教師陣と同じく「個性による万能感で力を持て余している子供大人」。ただし、能力の伸びしろは確かにある。成長の方向さえ誤らなければ、“大成する悪”になれる器だ。
………
……
…
車を乗り継ぎ、道中で黒霧と合流。ワープゲートでヴィラン連合の拠点であるバーに到着する。
そこには、不機嫌そうに椅子に座り、酒の入ったグラスを傾ける死柄木弔がいた。神代真一と癒月静を確認すると、首筋をぽりぽりと掻いた。
「お初にお目にかかります、死柄木弔さん。私は、AFOと懇意にさせていただいております神代真一と申します。所属は、日本政府の内閣府直属機関「H・EROアカデミア」です。論理次官を賜っております」
「同じく、日本政府の内閣府直属機関「H・EROアカデミア」の癒月静治癒官です。以後お見知りおきを」
「先生から客が来るって聞いてたが、アンタらか。しかし、日本政府がまさか先生と繋がってるとか……どうなってんだよ。お前ら、正義の側じゃないのか?」
何も知らない人物からすれば、死柄木弔と同じ反応をするのが大半だ。
「立場的には“正義側”です。だからこそ、“悪”と繋がっているんです。AFOからそのあたりが伝えられていないのでしたら、私の口からは申し上げられません。早速ですが、USJで被弾した傷を部下の個性で治癒させていただきたいのですが、構いませんか?」
死柄木弔は、触れることで発動する個性を持つため、当然警戒する。万が一、敵だった場合には敗北につながる。
その時、テレビ越しにAFOが話しかけてきた。
『大丈夫だよ、弔。彼女の治癒能力は僕には効果がなかったが、君の傷なら回復できる。いつ何があるか分からない以上、傷は早々に治しておくべきだよ。何より、相手の好意による“タダ”なんだから……まあ、“タダより高いもの”はこの世に存在しないけどね』
「もちろん、お代はいただきません。今回は自己紹介も兼ねたご挨拶です。今後、勢力を拡大するヴィラン連合との太い繋がりを得るための第一歩です。癒月静治癒官、彼の治癒を行いなさい」
癒月静が死柄木弔の前に跪き、彼の手に両手を添える。緑色の発光とともに、傷口が徐々に塞がり、皮膚が再生していく。数分後、死柄木弔の傷は完全に癒えていた。
「……役には立ちそうだな。用が済んだら帰れ、お前ら」
「長居は無粋のようですので、本日はこれで失礼いたします。帰りますよ、癒月静治癒官」
黒霧が申し訳なさそうにゲートを開く。彼のような紳士的対応が増えれば、ヴィラン連合の勢力拡大も早まるだろう。
「……あぁ、ちょっと待て。そういえば、お前の顔、どこかで見た気がする。男の方だ」
「おや、お気づきかと思いましたので、そのあたりは省略しておりました。USJ事件の際、雄英高校1年A組におりました神代真一です。黒霧さんにはご配慮いただき、比較的安全な場所に飛ばしていただきました。その節はありがとうございました」
死柄木弔は少し言葉に詰まる。日本政府所属、AFOとも繋がり、標的であるオールマイトの生徒。
「お前、馬鹿だろ。大馬鹿だろ。つまらねぇ奴かと思ったが、案外使える駒じゃねぇか。スパイをしろ。俺が欲しいと言った情報を流せ。その間は、お前らとも仲良くしてやるよ」
「こちらのご要望も少しは聞いていただけるのでしたら、喜んで」
神代真一は、微笑を浮かべながら答える。
死柄木弔は、気が向いたらな――とだけ言い残す。それは、彼なりの“肯定”だった。偏屈な性格ゆえ、素直に承認はしない。だが、労働に対する対価はきっちり支払う――神代真一の個性「関係履歴」がそう告げていた。
黒霧が静かにゲートを開く。癒月静は、何も言わずに神代真一の後ろを歩く。彼女は、今のやり取りの意味をすべて理解していた。 今会った死柄木弔こそ、次代のAFOだと。そして、理解したからこそ、何も言わなかった。
ゲートをくぐる直前、神代真一は一度だけ振り返る。死柄木弔は、グラスを傾けながら、テレビの音量を上げていた。そこには、オールマイトの特集番組が流れていた。
こうして、今日もヒーロー達の活躍の場が用意される。
誰も不幸にならない優しい世界。