人の闇、人の業――それは深く根を張り、容易には断ち切れない。それこそ、深淵に達するほどに深すぎる。
対オールマイト用に開発された脳無は、超再生という個性を持つがゆえに、国家権力にとっても“便利な資源”となっていた。何をしても叫ばず、何をされても文句を言わない。これほどまでに“扱いやすい材料”は滅多に手に入らない。
警察に回収された脳無は、研究機関に移送され、国家プロジェクトの一部として再利用される。その素の筋力はオールマイトに匹敵し、人工筋肉ではなく“天然筋肉”を素材としたパワードスーツの開発が進められていた。
切り離された肉体ですら驚異的な生命力を維持し、電気信号を与えれば個性の断片を発現させる。倫理を度外視すれば、これ以上ない“兵器の種”だった。
神代真一は、眼下で切り裂かれ、材料として処理される脳無を仲間たちと眺めていた。
「この脳無を作った者は天才だ。だが、使い方を誤った。この無限に採取できる細胞こそ、本当の使い道。そう思いませんか、久我主任」
「その通りだよ、神代論理次官。……ただ、君は本当に女性に刺されるぞ。僕は半年以内に刺される方にボーナスを賭けているんだから、早めに頼むよ」
同僚たちは笑いながらそう言った。だが、脳無を原材料にした新型スーツを「同級生」に渡そうとしているのだから、そう思われても仕方がない。
「私は、彼女からスーツ設計の相談を受けただけだ。皮下組織を培養し、外装にコーティングすることで透明化の個性を拡張できるよう工夫した。彼女の非力を補うための合理的な設計だ」
「……だが結果的に、彼女を実験材料にしているのも事実だろう。光学迷彩の研究にも使っているし、ウェイランド・ユタニ社の専門家まで呼んでる。彼女は、君を信じて“身を預けた”んだ。……どうやったらJKをここまで信用させられるのか。今度本でも出せば、バカ売れじゃないか」
神代は答えなかった。
ヒーローは個性を活かしてこそ存在意義がある。透明化を損なわず、なおかつ強化する――そのためには、彼女自身の協力が不可欠だった。彼女にも政府側にも企業側にもメリットがある素晴らしい取引だから、何も問題ない。
「細かいことはいい。彼女も納得して協力してくれた。で、その結果が……リミッター解除で脳無パワーの3%。自己修復とショック吸収もある程度再現できた。控えめに言って、化け物だな」
「その3%ですら戦車の装甲をぶち抜ける。鉄筋のビルだって潰せる。あの暴力的な体つきのJKから、誰もそんなパンチ力があるとは思わない。彼女でデータが取れ次第、陸自の特殊部隊に提供しよう」
強個性が日々生まれ続ける昨今において、それを制圧する力は急務だった。
「……それにしても、このスーツのデザイン。よく女性から苦情が来ませんね。体のラインが出過ぎてる。女性ヒーロー業界では、これが普通なのかな」
女性ヒーローは、露出度の高いスーツで人気を稼ぐことがある。このスーツも、少なからずその影響を受けていた。だが、性能が十分な以上、神代真一はそれ以上口出しはしなかった。
………
……
…
後日、神代真一は葉隠透の家に招かれた。
USJの事件で彼女を助けたことに対して、両親からもぜひお礼を言いたいとのことで、彼は素直に足を運んだ。加えて、ヒーロースーツについての相談も受けていた。
ここまで言われて断る理由はない。彼女の部屋に入った瞬間、「ガチャリ」と鍵が閉まる音がした。
そして、葉隠透が唐突に服を脱ぎ、スーツに着替え始める。異性が同じ部屋にいる状況で、いきなり着替えを始める。神代は、何が起きているのか理解に苦しんだ。
「は、葉隠さん。別に、着替えなくてもいいんじゃないかな。あと、ご両親に挨拶を先に済ませた方がいいと思うんだけど」
「あ、今日は両親旅行で明後日まで帰ってこないんです」
その日、葉隠家の両親は旅行に出ていた。神代は、そのことを知らなかった。葉隠透の個性は透明化――見えない以上、彼の眼でも観測できない。
「えっ!? だったら、どうして今日呼ばれたの? 出直そうか?」
「だぁ~め」
正面から抱きしめられた神代真一。柔らかく、良い匂いがする。彼女の体温が、神代真一の理性を溶かしていくようだった。
「その~、女の子に部屋に来たってことは、そういうことだよ……神代君」
「いけません、いけません。未成年淫行は、今後のヒーロー生活に支障が出ます。って、スーツ!? に、逃げられない」
この時初めて、神代は葉隠がスーツに着替えたことを理解した。捕食するためだ。
「大丈夫です。これで逃げられませんし、逃がしません。……この方が神代君も喜ぶでしょう?男性って、肉付きが良い女性が好きだって雑誌に書いてありました。私は、これでも凄いんですからね」
葉隠透の執着は、確実に神代を絡め取っていた。
「葉隠さん、君のような素敵な女性に好意を寄せられるのは男として光栄です。ですが、前にも言いましたが、私はあなたが思っているような人間ではありません。だから、落ち着いて話しましょう」
「知ってます。それでも、神代君だから好きなんです。麗日さんじゃなくて、私を見てよ。私だったら、麗日さんができないことも全部やってあげます。それに、こっちの方はもうその気じゃないですか…。確か、USJの時に言ってましたよね、“応援して欲しい”って。頑張れ~♡ 頑張れ~♡ 負けるな、負けるな」
その日、神代真一はこの世界で“個性”が広まった真の理由を理解した。
世界最初の個性持ち――“光る赤ん坊”。その男の子が女性に“食われ”、それが鼠算式に広まったことで、世界は超人社会になった。
「悪い男に捕まったと後悔しても逃がしませんからね」
「私だって、神代君が思っているような幼気な女の子じゃないありません。貴方とならどこまでも墜ちてみせます。私を連れて行ってください」
そうだ。この世界で個性を持つ者は全て女性から生まれたんだ。男が女に敵うわけがない。
それから数日、神代真一が家に帰る事は無かった。
ふぅ。
やっと、ひと段落した。
職場体験編は、少し休んでから再開予定です。
健全な話を書いて少し満足しました。