一週間という職場体験を終え、A組の生徒たちは学校に復帰した。教室には、久々の制服の音と、少しだけ変わった空気が漂っていた。各々の職場体験先について情報交換がなされる中、話題の中心は――保須市。
ヒーロー殺しの事件現場に関係していた生徒たちに、自然と注目が集まる。ヒーロー殺し――幾名ものヒーローを殺してきた凶悪犯。その現場にいた緑谷出久に、麗日お茶子が駆け寄る。
「デク君。大丈夫だった!? ごめんね、仕事中で反応できなくて」
「ありがとう、麗日さん。色々大変だったけど、エンデヴァーが居てくれて何とかね」
実にまぶしい光景だ。
青春の構図が、教室の真ん中に広がっている。
そのイチャイチャぶりに、峰田実が中指を立てていた。彼も憧れの女性ヒーローの元に職場体験に行ったが、そこでトラウマを抱えた。美しい部分だけを見て好きになったが、裏を知れば高ぶっていた心も冷める。
「いや~、緑谷も大変だったよな。神代も職場体験はどうだった?そういえば、どこ行ってたんだっけ?オイラは、Mt.レディところでさ…最悪だった」
「そうなんだ。こっちは、親戚のところ。ほら、葉隠さんと麗日さんと同じ場所だよ」
その言葉に、教室の空気が一瞬止まった。
葉隠と麗日の職場体験先が“18禁ヒーロー”という噂は聞いていた。だが、それが神代真一の親戚の事務所だったとは――初耳だった。
「おぃ、神代。18禁ヒーローのところに女子二人連れて職場体験だと!? うらやましすぎるだろ! ぶっ殺すぞぉぉぉ!」
「落ち着きなよ、峰田君。18禁って言っても、君が好きな方じゃないよ……だって、名探偵・神代コナン。あのヒーロー事務所だよ。殺人発生率日本No.1、“天国に一番近い場所”って言われてるとこ」
テレビニュースですら放送できない治安の悪さ。
都市伝説のようでいて、実在する。ネット掲示板でも有名で、“入ったら最後、生きては出てこられない”とまで言われる。動画配信者が視聴者稼ぎに入った結果、30分で磔にされて串刺し――という逸話もある。
日本中の日陰者が集まり、非合法商品が取引される闇市場がいくつもある場所。そんな場所に職場体験で行った神代たち。
「お前ら、自殺志願者かよ!! 普通は、あんな場所から指名されても誰も行かねーよ。というか、あんな場所にヒーロー事務所なんてあんのかよ。よく無事だったな、神代……首元、蚊に刺された跡あるぞ。それに、なんか痩せたなお前」
言い訳を考えていた神代の元に、体重を搾り取った張本人が現れる。
「おっはよ~、みんな今日はいい天気だね。神代君も、おはよう」
透明な彼女――葉隠透。
姿は見えないが、声の明るさと空気の温度で“何か良いことがあった”のは明らかだった。
「ケロケロ、おはよう。なんか輝いてる気がするわ」
「おはようございます、葉隠さん。何かいいことでもあったんですか? すごく嬉しそうです」
葉隠の元に集まる女子陣。数少ない女生徒同士、気になることは多い。明らかに雰囲気が違う。
「わかる? 分かっちゃう? 実は、ヒーローコスチュームを新調しました!! 神代君に相談に乗ってもらってさ。本当にすごいんだよ、このスーツ! 今度、見せてあげるね。ねぇ、神代君はよく知ってるもんね」
「あら、そうなんですか神代さん。あと、首筋の蚊に刺された跡ですが、軟膏などご用意しましょうか?」
誰かこの優等生を止めろ――神代は心の中で叫んだ。
そろそろ、気づかれる。いや、数名はすでに気づいて目をそらしている。同じような経験がある男子には、わかってしまう。
そして、一部女子も当然わかっていた。今こそお前の出番だ、耳郎響香。
「八百万。それ以上は、止めておいた方がいいよ。神代も困ってるからさ……あと、ちょっと葉隠もこっち来て。色々聞きたいことがあるから」
「ははは、助かりました耳郎さん」
クラスメイトからの視線が痛い。
実に触れにくい内容だったが、勇敢な爆豪勝己が神代の元へ足を運ぶ。
「おぃ、神代。……大丈夫なんだろうな? 大丈夫かと聞いてんだ、答えろやぁぁぁ」
「心配してくれてるんだよね、爆豪君。大人の配慮はしてるから大丈夫だ。ありがとう」
神代の“関係履歴”で心の内まで読み取ったところ、万が一の場合には色々と手を打つつもりだった。主に産婦人科を調べたりとか。顔に似合わない配慮で、神代自身も対応に困るレベルだ。
………
……
…
イレイザーヘッドは、頭を抱えていた。
職場体験の時間を使って、神代真一の素性を調べた。そして、親戚筋に“神代コナン”というヒーローがいることまで判明する。
悪い意味で有名なヒーロー。その男からの指名で、A組から三名が職場体験。全員無事に帰ってきたが、業務内容については報告書以外のことは聞けなかった。何度調べても、綺麗な経歴しか出てこない。
「へぇ~、神代君は神代コナンの従弟なんだ。あの地区に事務所を構えて、立派にヒーローをやってるだけで尊敬できるヒーローだよ」
「オールマイトは、知ってるんですか? この名探偵を」
オールマイトから告げられる、解決した数々の殺人事件。
ヒーローランキングに載るような輝かしい成果ではないが、殺人事件の解決数だけでいえば間違いなく日本トップ。だが、その全てが“マッチポンプ”であることを知る者は少ない。個性の影響で勝手に事件を“発生し”、それを“解決する”ことでヒーローとしての実績を積む。
この事務所ですら表の顔でしかないなど、想像できる人間は少ない。
「もう、神代君の裏取りはいいんじゃないかな。そこまで生徒の素性を洗わなくても、信じることだって教師の仕事だと僕は思うよ」
オールマイトの言葉は、理想論としては正しい。
「ドミネーターを持ってたんです。公安関係だとは思いますので、おそらくそっち側の人間でしょう。それに、神代真一には人殺しの経験があります。USJの事件でヴィランを見ても、一人だけ反応が違いました」
多感な時期の少年少女にとって、神代真一という“異物”は危険すぎる。
だが、時すでに遅し。すでに、クラスメイトの女子二人が“毒牙”にかかっていることを、彼はまだ知らない。
藪をつついて蛇を出す――その行為にならなければいいが。雄英高校には、稀に異物が紛れ込んでくる。政治家の息子、他国の諜報員、プロヒーローの隠し子、ヴィランの子供、公安捜査官――神代真一は、その中でも新しい異物だ。
………
……
…
そして、教室では――
「さて、職場体験も終わったところで、次は期末試験だ」
イレイザーヘッドの声が、教室に響く。一部の生徒が絶望し、一部がやる気を見せ、一部はすでに諦めていた。
期末試験は、対教師戦!!頑張るぞい。