緑谷出久は、クラスメイトたちの期末試験の演習をモニター越しに確認していた。
控室を兼ねたこの場所では、それぞれの地区で行われる試験内容をリアルタイムで観察できる。生徒対教師――試行錯誤しながら、勝利条件を探る姿が映し出されていた。
条件を満たして教師に勝つ生徒もいれば、敗北する者もいる。勝ち筋を見いだせずに終わる者もいる。試験後に指摘されれば「確かにそうだった」と思えることばかり。それに気づけるかどうか――それが、ヒーローとしての資質だ。
緑谷は、これから始まる試験の一つに注目した。画面には、神代真一という同級生が映っている。その傍らには、ヒーローコスチュームを新調した葉隠透。
ちょうどその時、オールマイトが控室に現れ、彼と一緒にモニターを見始めた。
「オールマイトも観戦ですか?」
「あぁ、その通りだよ。私も彼のことは気になっていてね。個性で勝てないなら、勝てるものを用意する――それは間違っていない。かつて、似たようなことをやっていた生徒もいたし、悪いことじゃない」
オールマイトはそのあとに「だが……」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。
「そうなんですね。あれ……オールマイト、僕の目が間違ってなければ、パワーローダー先生がミリタリー番組で見るような“変なの”を取り出してませんか?」
「ははは、何を言ってるんだね緑谷少年。教師がそんなものを持ち出す……ことは、あったよね。スナイプ先生とかは銃使いだったし。きっと、体育祭と同じような“見た目と音”だけさ」
だが、それが“見間違い”ではないことを、彼らはすぐに知ることになる。そう――これは、実戦的な演習。意味的には、間違っていない。
………
……
…
神代真一と葉隠透は、開始地点でスタートの合図を待っていた。ブザーと同時に、二人は行動を開始する。
「では、作戦通りに」
「うん、絶対に勝とうね」
二人は光学迷彩を起動する。軍隊における作戦行動の基本――視認リスクを減らしてからの行動。だが、正しい行動も“前提”が崩れていれば意味をなさない。
開始の合図と同時に、スタート地点に迫撃砲が無数に飛来する。光学迷彩で逃げられては、パワーローダー先生でも勝てる見込みがなくなる。だが、スタートした瞬間に限っては、敵はその位置にいる。
海自303式強化外骨格から警告音が鳴り響く。直撃しても装甲が多少凹む程度――だが、葉隠透はそうはいかない。最新鋭の技術を取り込んだスーツとはいえ、中身は生身の人間だ。
「ここまでヴィラン役に徹するとは……甘かった。こちらだけが“殺す気”だったという考えが甘かった。相手もその気なのは、当然だ。葉隠さん、私の下に潜り込んで」
「わ、分かった」
海自303式強化外骨格が葉隠透を守るように覆いかぶさる。直撃と爆風から、その身を守る。数発の直撃程度では支障はないが、精密機械だ。好ましい展開ではない。
爆風と爆音――分厚い装甲内にいる神代とは違い、葉隠の不安は募るこの砲撃の嵐。どう考えても、パワーローダー先生一人で行えるものではない。機械化されたシステムが組まれている。
葉隠は、この状況を打破するために提案を出す。神代は、それを聞いて彼女が“守られるだけの存在”ではないことを理解する。
「葉隠さん、ナイスアイディア! 君の作戦なら、私は全力で乗る。怪我しないでね。もし無傷で合格できたら、後でなんでも……は無理だけど、私にできることなら叶えてあげるから」
「なんでも!? じゃあ、神代君。全力で飛ばすからね!」
葉隠のヒーローコスチュームのリミッターが解除される。
神代は思った――女性は都合のいい部分だけ言葉を切り取る天才だ。そんなことを考えていると、海自303式強化外骨格が葉隠の両足で蹴り飛ばされる。
同時に、葉隠はスタート地点から離脱し、森の中へと紛れ込む。この時点で、ほぼ“詰み”に近い。遮蔽物を使われ、脳無の3%出力で逃げられては、見えない彼女を追うのはプロでも至難。
打ち上げられた神代は、飛ばされた先で機械を操作するパワーローダー先生を発見する。彼の横には、30機を超えるパワードスーツが並び、稼働していた。それらは、ヴィランから回収・修復された“ギリギリ合法”の兵器群。
「パワーローダー先生。すみませんでした。先生を誤解していました。ここまでの“ヴィラン”だとは」
落下しながら、神代は20mmマシンガンでパワーローダーを狙い続ける。だが、距離があり銃弾は届かない。グレネード弾もまだ遠い。最短距離で、神代は走り抜く。
「ヒャッハー! あれだけの砲弾を浴びて壊れねーとは、さすが海自の最新兵器!相手に不足はねぇぇぇ!! だがな、こっちとてプロなんだよ! いざって時に、こんな物を用意してんだぜ!」
「対戦車ライフル!?」
神代真一は、パワーローダー先生が構えるライフルの射線から逃れようとするが、一手遅かった。ガキン――金属に何かが衝突した音が試験会場に響く。海自303式強化外骨格の片足が持ち上がり、姿勢が崩れるほどの衝撃。
その中にいる神代にも、鈍い痛みが届く。
………
……
…
オールマイトは、何を見せられているのかと悩む。その横で、緑谷出久も開いた口が塞がらない。
「オールマイト。あれって、本当に実弾じゃないんですよね? なんか、凹んでますよ。凹んでます!海自303式強化外骨格って、ナノカーボン・タングステン複合装甲ですよね?」
「詳しいな、緑谷少年。だが、実戦に近い形の演習でなければ意味がない。これからのヒーロー活動では、個性ではなく“兵器特化型ヴィラン”が出てくるかもしれない。そう考えれば、この演習にも意味がある」
オールマイト自身も、それっぽいことを言ってはいるが、本当にそうなのか――自信が揺らいでいた。あれが実弾かどうかなど、実戦経験豊富な彼には分かる。そして、あの一撃が“演習”の域を超えていることも。
「そうなんですね。さすがはオールマイト!でも、そうなるとこの試合の勝利の鍵は、葉隠さんですね。さっき見せたパワーも、恐らくコスチュームの機能ですよね?透明化の個性で、あれほどのパワーを出せるなんて……一体どこの設計なんだろう」
「おや、神代少年が急に後退し始めたぞ。だが、そんな逃げ腰では今のパワーローダー先生は止められない。一体どうする気なんだ……」
その理由を、彼らは間もなく目撃することになる。
戦場において、見える敵など怖くない。真の恐怖は――見えない敵だ。
………
……
…
透明化の個性で視認不可。体温はヒーローコスチュームで隠蔽され、温度センサーにも対応済み。静かな暗殺者が、強襲型ドミネーターを構えて、パワーローダー先生と彼自慢のパワードスーツ群を狙っていた。
『携帯型心理診断鎮圧執行システム。ドミネーター、起動しました。 ユーザー認証:葉隠透候補生。内閣府課所、使用許諾確認。適性ユーザーです』
『執行モード:デストロイ・デコンポーザー。対象を完全排除します。ご注意ください』
「パワーローダー先生。実弾を使っても演習なら、これも演習です」
葉隠がトリガーを引く。ドミネーターから放たれた光の弾は、周囲の機械を引き寄せ、呑み込み、消滅させる――滅びの光。勘の良いパワーローダーは、事前にドミネーターの情報を聞いていたため、九死に一生を得る。
咄嗟に飛び降り、地面の穴に潜り込む。
だが、彼の自慢のパワードスーツ群は、光に呑まれて消えた。試験場の空気が、一瞬で静まり返る。
こうして、教師を戦闘不能にし、神代真一・葉隠透ペアは演習試験を無事通過する。この被害総額は、パワーローダー先生の生涯年収を超えた。