宿泊施設までの踏破において、ほぼ無個性と変わらない神代真一。だが、それは彼自身が“気にしすぎている”だけだった。同級生の助けを借りながら、襲い来る魔獣を退け、肉体を酷使し続けた。
それは、A組の一部の生徒も同じだった。
八百万百――彼女が良い例だ。『創造』という、使い方次第で万能の個性を持つ彼女も、身体能力は年相応の女性。むしろ、身体能力だけで言えば神代よりも低い。それでも彼女は、自力で走っている。脂肪を消費しながらでも、しっかりと。
神代真一は、そんな彼女を観察していると、ふと目が合った。
あまり会話したことのない二人。八百万百がなぜか神代に近づき、周囲には聞こえない声で囁く。
「間違っていたら申し訳ありません、神代君。もしかして、お父様のお名前は……ダンゾウ様とおっしゃいませんか?」
「へぇ~。どうしてそんなことを聞くんですか?」
神代真一は、名家である八百万家のことは当然調べていた。クラスメイト本人だけでなく、その家族も可能な限り“関係履歴”で確認している。だから、いつか接触してくるだろうとは思っていた。
八百万百が可愛ければ、それを守ってやりたいと思うのは親心。実際、神代の父――神代ダンゾウは、神代以上に“国を守るためなら何でもやる”男だ。少しでも彼のことを知っていれば、そういった行動に出ることも理解できてしまう。ヒーローとして大成する、もしくは五体満足でヒーロー生涯を終えるために手を尽くす。
神代ダンゾウのそのやり口は、AFOやドクターにも勝るとも劣らない。
「実は、お父様から“神代君とは仲良くしておけ”と。詳しくは教えてくださいませんでしたが……一体、どんな秘密があるんですか?私、読書が趣味でして、こういう展開に少し憧れておりまして」
「あぁ~。多分だけど、八百万さんが思ってるようなロマンティックな話じゃないのは確かかな。確かに、君とは仲良くしたいけど……腹芸ができないとダメかな。君は、
年頃の女性にしては珍しく、秘密結社やそれに類する組織に憧れる八百万百。
知識さえあれば、生物以外を『創造』できる彼女は、実に便利だ。だが、神代の眼では――信用にも信頼にも値しないと出ている。
そう、彼女は神代真一。その背後にある“制度”を理解できていない。どこぞのヒーロー(笑)の言葉を借りるなら――「憧れとは、理解から最も遠い感情だよ」と、神代は言いそうになった。
だから、円滑な学生生活とH・EROアカデミアの運営のために、クラスメイトの立場を取る。
「そうなのですか。じゃあ、耳郎さんから“神代君が疲れている原因を解消するために、亜鉛サプリを作って渡してあげて”と言われました。よく分かりませんが、差し上げますわ」
「ありがとう」
神代は、八百万印の亜鉛サプリを手に入れる。クラスメイト女性の脂肪から『創造』された物を取り込み、同じくクラスメイトの女性に“吐き出す”ことになる。この循環に、何と名前を付けようか――彼は真剣に考えていた。
そんな神妙な顔をしている神代に、背後から姿も音もなく抱きついてくる女性がいる。
「よかったね、神代君。これで頑張れるね。頑張れ~、頑張れ~」
「その“頑張る体力”を搾り取るのはやめてくださいね。あと、林間学校では節度を守るように……親御さんが
神代真一は、皆に追いつくため、亜鉛サプリを噛みしめて走る。どうしてこうなったのか――彼にも理解できなかった。
………
……
…
A組の生徒たちは、全員無事に宿泊施設に到着する。そして、林間学校では欠かせない“カレー作り”が始まる。大自然の中で食べるカレーは、なぜか美味しく感じる。
その食卓の上にある亜鉛サプリがなければ、もっと絵になっただろう。
「か、神代君。亜鉛サプリをカレーと一緒に食べるのは、どうかと思うけどな~」
「じゃあ、亜鉛サプリだけ食べろっていうのかい? 緑谷君。私はここに着くまでも亜鉛サプリを大量摂取させられたんだから、味変くらい許してほしいな」
亜鉛サプリの“意味”を知る男子や女子からは、「お労しや神代」という慰めの視線が送られる。その亜鉛サプリが八百万印だと知ると――峰田実が神代からいくつか貰い、味わって食べていた。
これが、レベルが違う変態だ。
これもすべて、学校生活のビッグイベントの一環。だが、そのイベントに終わりはない。
林間学校といえば、男同士の“裸の付き合い”もその一つ。男子たちは己の肉体を誇り、女性たちも男性たちとは別の意味で肉体を誇る。
神代真一の肉体にある“刺し傷の多さ”に、学生たちは驚くことになる。そして――真新しいナイフでの刺し傷。それを付けた女性が、A組のクラスメイトだということも。