男たちにとっての交流の場であり、沈黙の戦いの場――それが、林間学校における風呂だ。
ヒーロー科の高校生ともなれば、今まで鍛えてきた肉体美をここで自慢する。入学から約三か月が経過した1年A組の生徒たちは、イレイザーヘッドの指導により、主に身体能力の強化に重点を置いてきた。
若い肉体には、その成果が顕著に表れている。
「爆豪、お前すげーな。腹筋が六パックだ!」
「はぁ!? そんなの当たり前だろ、なめんな」
切島鋭児郎が爆豪勝己を褒める。
クラス一の才能マンである爆豪。伊達にNo.1ヒーローを目指しているわけではない。努力する才能まで持ち合わせている彼は、日夜鍛錬を怠らない。ただし、その言動と性格が“ヒーロー”からかけ離れているのが難点だ。下水とどぶ川をブレンドして煮詰めたような性格がなければ、今からでも十分通用する。
だが――その自尊心を破壊する出来事が、今まさに起ころうとしていた。
切島鋭児郎は、風呂場の端でコソコソしている緑谷出久を見つける。誰にでも等しく接することができる彼が、そんな男を見過ごすはずがない。ヒーロー志望とは伊達ではない。
そして、あいさつ代わりに緑谷が必死に隠していた腰のタオルを引き剥がした。
「緑谷~、風呂場でタオルはマナー……えぇぇぇぇぇぇぇ!!すげーーーよ、爆豪!! オールマイト級だよ、オールマイトだってば!! 見てみろよ!」
「誰がぁ~、オールマイト級だ? デクの分際で……おい、てめぇ。これはどういうことだぁぁぁぁぁ!!」
肉体には、鍛えられる部分とそうでない部分がある。爆豪は、才能・個性・肉体のすべてが高水準。だが、“ナニ”は鍛えられなかった。もちろん、平均的な高校生水準はある。
だが、緑谷の“ムスコ”はオールマイト級だった。
「か、かっちゃん!! 理不尽だよぉ。これは、自前だって!」
「うるせぇよ、関係ねぇ。デクの分際で、トンデモナイ物ぶら下げやがって。それで俺に勝った気かぁぁぁ? いいご身分だな!」
A組の男子たちは、爆豪の理不尽な物言いに「もっと言ってやれ」と思っていた。緑谷が嫌いなわけではない。だが、それはそれ、これはこれ――これが男の世界だった。
「おいおい、あっちを見てみろよ爆豪。ほら、神代もすげー身体してんぞ」
「どうせ、例の蚊に刺されだろ。って、なんだお前ぇぇぇぇぇは!? 貴様は、どこの世界のゴルゴ13だって身体してんだ。しかも、真新しい刺し傷があるぞ。そんな体で湯船につかるんじゃねーぞ。しっかり洗って清潔にしてから、引率のヒーローに包帯もらってこい!」
切島鋭児郎が指さす先――神代真一の肉体には、古傷を含めた数多の刺し傷が刻まれていた。一部は完治しているが、生々しさが残っている。
「気を使ってくれてありがとう、爆豪君。いや~、この新しい方は葉隠さんにグッサってやられてさ。ここが葉隠さん、こっちが前の彼女、その前の……みんな、なぜか刺すんだよね」
「へぇ~、じゃあその背中のひっかき傷は誰が付けたんだ?」
神代真一の背中を見て峰田実が余計な事に気が付いた。神代真一が答えに詰まった瞬間――男子風呂の高台から、透き通るような声が響いた。
「神代君。私、その傷について知らないんだけど、どういうことかな?ねぇ、誰が付けたのかな?」
葉隠透の声。だが、その温度は絶対零度。暖かいはずの露天風呂の温度が、一瞬で下がった気がした。バカ騒ぎしていた男子たちも、この時ばかりは静かになる。
神代真一は、こういう時こそクラスメイトを助けるべきだと、委員長・飯田天哉に視線を送る。だが、目をそらされた。“魔獣の森”の入り口での言葉が嘘のようだ。彼の眩しさも、今はもう薄れていた。
「みんな、冷たいな。笑えよ、爆豪君。俺ならこの程度のフラグ、管理できてたと……」
「笑えねぇぇぇよ。俺は、お前みたいに無数のフラグ管理なんてしねぇぇんだよ。同じにすんな! てめぇは、刺されて当然なんだよ。心配してやって損したぜ」
神代真一は、葉隠透のご機嫌取りを考えつつ、一足先に風呂を上がる。
そして始まる――「神代真一はいつ刺されるか」というクラスメイトの賭け事。なぜか、その賭けには男子だけでなく女子も参加する。露天風呂で、男女の垣根を超え、絆が深まる。
………
……
…
風呂上がりの神代は、そのまま医務室へ向かう。そこにはラグドールがいて、少し睨んでいた。
「男の子が女の子にいきなり抱きついたらダメなんだからね。あちきだから、ひっかき傷くらいで済ませたけど、他の子なら殴られてたよ」
「ははは、先ほどは失礼しました。ですが、貴方との出会いを大事にしたいと思い、気が早まりました。林間学校という短い期間で、少しでもアピールするにはどうしたらいいかと…… 大人の女性に対して、セクハラまがいなことをして申し訳ありません」
ため息をつくラグドール。年頃の男子学生が、大人の女性に興味津々であることに、彼女も多少の理解はある。
「じゃあ、傷の治療をしてあげるから、そこに脱いで横になって」
神代が上半身をさらけ出す。その体を見て、思わずラグドールも「すっご」と小声で漏らす。今まで“普通の学生”だと思っていたが、絶対に普通じゃない。
この瞬間も、神代はラグドールを観察し続けていた。彼女の好きなこと、最近あった嬉しいこと、趣味――会話のネタを集める。相手が望む言葉、望む物を用意して距離を縮める。
「そういえば、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの皆さんの動画を見ましたよ。ピクシーボブさんの『土流』で福岡の災害現場で活躍したシーン。凄かったです……見直しました」
ラグドールの表情が、ほんの少し緩む。彼女の好きなもの――それは、チームメンバーたち。ピクシーボブの活躍を褒めることで、神代は彼女の心の隙間に静かに割り込んでいく。
「ふふ~ん、君は分かる子だね。そうだよ、ピクシーちゃんのその活躍を知ってるなんて、見どころがある」
神代真一の眼には、今まで存在しなかったラグドールのステータスに“異性関係:神代真一”が追加されたことが、確かに確認された。後は、好感度パラメータを上げるだけで、すべて完了する。
個性『サーチ』は、AFOだけでなく、欲しがる組織はいくらでもある。そして、神代が所属するH・EROアカデミアも、その例に漏れることはない。