林間学校、二日目の夜。
訓練を終えたA組の大半は、肝試し大会に参加していた。だが、期末試験筆記で赤点を取った者たちは、B組の赤点組と共に補習へ。入学から数か月で致命的に学力が低下するのは異常事態だ。雄英高校は偏差値79――入学時点で最低限の学力は保証されているはず。
それなのに赤点。知能低下系の個性が疑われるほどだった。
肝試しは厳正なる抽選でペアが決まる。偶数人のため、余りが出ることはない――はずだった。だが、なぜかその場にいない神代真一のせいで、緑谷出久が一人ぼっちになってしまった。
「あれ? 神代君は? 僕、一人ぼっち……」
緑谷は、背筋が凍るような寒気を感じる。
その方向には、見えない――だが確かに存在する葉隠透。補習組以外のA組が揃っているこの場に、唯一いない神代真一。多少の問題児ではあるが、イベントをサボるような男ではない。……風呂場での生傷を見るまでは、皆そう思っていた。
そして、余計な一言を放つ男がいる。峯田実。
「あれ? 神代の奴いねーじゃん。あいつ手がはえぇぇらしいからな。もしかして、ここにいないB組女子にも手を出してんじゃないだろうな。羨ましいぃぃぃ。今度ナンパ術を教えてもらいに行くぜ」
「へぇ~、神代君。いないんだ。そっかそっか。後で、お話しなきゃね」
葉隠透が、八百万百に小声で“ある物”を作ってほしいと依頼していた。
某世界的企業の“胡蝶”シリーズ――軍用品としても人気の高い、耐久性抜群の水風船。1割の確率で穴が開いているという品質の問題を抱えながらも、携帯性と食用性を兼ね備えた逸品。
………
……
…
肝試しが始まる少し前。
神代真一は、ヴィラン連合との“先行会敵”を果たそうとしていた。昼間の訓練で負った刀傷の治療を受けるため、医務室へ。治癒系の個性持ちは不在のため、応急処置程度。
当然、ラグドールがいる時間帯を狙って訪れていた。少しでも二人の時間を積み上げる――それが目的だった。
「忙しいところ申し訳ありませんね、ラグドールさん。イレイザーヘッドの特訓が厳しくて」
「君の弱点は、肉体を使った近接戦だから。それにしても、生傷を増やすの好きだね」
ラグドールの指が傷口に触れる。
男の身体――勲章と言えればいいが、彼の傷は女難の結果だった。
「君ではなく、私には神代真一という名前があります」
「ヒーロー名は?」
「さぁ、神代君か、真一君とでも呼んでほしいところです。……『ホワイトコート』です」
「にゃははは、『ホワイトコート』が真っ赤に。もっと良い男になったら考えてあげる」
神代は、ラグドールの仲間の良いところや気になる話題を選び、会話を進める。相手が気持ちよく話せるように――理解ある者だと思わせるため、手抜かりはない。さらに、自身の個性が“視認を必要とする”ため伸び悩んでいることを伝える。イレイザーヘッドの教育方針や期待値も、しっかりと共有する。
「ラグドールさんの個性は、相手を分析する個性。私の個性と近しいものだと考えています。大量のデータを処理して、整理して、出力する――どうすればそんなことができるのですか?」
「よく見てるし、分かってる。君の個性……『健康診断』だっけ。同じ縁の下の力持ちか~。親近感が湧くわね。そうだよね、情報をより深く整理する方法はね~」
神代は、相手の得意分野を気持ちよく語らせる。
類似した能力を持ち、悩みを共有する男子学生――それに相談に乗る大人の女性。逆ならば犯罪的だが、今は傷の治療中。神代は半裸だった。
だが、その雰囲気を壊す者が現れる。
仮面をつけ、黄色のコートを羽織った手品師のような男――ヴィラン連合のMr.コンプレス。医務室の扉を圧縮して侵入してきた。空間を切り取り、強度を無視して圧縮するチート個性。
「ヴィラン!?」
「最近のヒーロー業界はどうなってんだ。男子学生を医務室に連れ込んで裸にしてるなんて……」
Mr.コンプレスは、治療中の半裸の男を確認し、死柄木弔の指示を思い出す。殺してはいけないリストにいる男子生徒――いつか理由を話すとのことだった。
この時、神代はヴィラン連合の新メンバーとは面識がない。それが功を奏した。顔合わせしていれば、違和感が生じていた。
ピンチをチャンスに変える。
「一人なら! ラグドールさん、すぐに皆に連絡を。あなたの個性は、この場では私より重要です。時間稼ぎくらいなら、私でもできます。プロなら、最善を」
「学生を置いてなんて……」
だが、彼女の身体能力では時間稼ぎは難しい。それを読み切った神代真一は、Mr.コンプレスに飛びかかる。 避けやすいように、大振りで攻撃。
「『ホワイトコート』!!」
「その名前は好きじゃありません。神代君でお願いします。無事に帰れたら、デートしてください。一泊二日のディズニーランド――エスコートさせてもらいますよ」
ラグドールに“男”を見せる神代。さりげなく、お泊まりデートの約束を取り付けようとする。
「
「任せてください」
ラグドールが走り去るのを確認し、神代は攻撃を止める。
「よし、Mr.コンプレスさん。お疲れ様です。そこら辺にあるナイフで私を切りつけてください。死なない程度で。その後、あなたの個性で収納して、ヴィラン連合による誘拐という手筈でお願いします」
「……え!? 何言ってんのこいつ。俺らヴィランだぜ? 自ら誘拐してくれって……」
「いいから黙ってお願いします。お互いのために。訳は知らない方が都合がいい。後で死柄木弔に話せば問題ありません。」
Mr.コンプレスは、神代真一の言動に困惑しながらも、死柄木弔の指示を思い出す。「殺すな」――その一言が、今の状況を肯定する材料となった。
「……分かったよ。じゃあ、演出は任せとけ。エンターテイナーとして、見せ場はしっかり作る」
彼は、医務室の棚からナイフを取り出し、神代の腕に浅く切り傷を刻む。血が滲み、床に滴る。 その血痕は、後に“拉致の証拠”となる。
「よし、じゃあ圧縮するぞ。痛みはない安心しろ。ラグドールも、逃げ切れなかったってことで確保して一緒に連れてく。……お前、マジで頭おかしいぞ」
「ありがとうございます。お互い、得をする形で終わらせましょう。後で死柄木弔に報告しておいてください。お礼は必ずと」
Mr.コンプレスの個性が発動し、神代真一が“圧縮”される。
医務室には、荒らされた棚、血痕、破壊された扉――そして、誰もいない空間が残された。
林間学校編もそろそろ終わりですな。
さくっと、誘拐後にいきます!!
本来、爆豪だけで済んだ被害を大きくした神代。
目的に為ならばヴィラン連合も利用する。