雄英高校1年生の林間学校、二日目の夜が明けた。
ヴィラン連合による襲撃の被害状況が明らかになる。物損は意外にも小規模だった。宿泊施設の小破、周辺森林の一部焼失。凶悪なヴィランが複数名襲撃してきた割には、被害は抑えられていた。
だが、問題は人的被害だった。
教師二名に加え、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ、そしてヒーロー科1年生――これだけの戦力が揃っていても、生徒の誘拐を許してしまった。爆豪勝己の誘拐は目撃されていた。だが、神代真一の誘拐は“状況証拠”のみ。医務室には交戦の痕跡があり、近くにいたはずのラグドールも行方不明。
「爆豪は俺らの前で連れ攫われたけど……神代の方は、まだ見つかってねーんだよな。あとラグドールさんも。本当に誘拐でいいんだよな。チラチラ」
「それはどういう意味かな? 切島くん。神代君がこの状況でラグドールさんと駆け落ちでもしたって言いたいの?」
「切島君もそんなつもりで言ったんじゃないと思うよ。落ち着こうよ、葉隠さん。殺しても死ななそうな神代君だし、大丈夫だよ。うん、大丈夫……本当に大丈夫かな~。なんか、また刺されるようなことしてないかな」
麗日お茶子は、口では心配しているように見せつつ――内心では、神代の安否に一切の不安を抱いていない。
彼の裏事情を知る者として、行方不明になれば“裏職場”から即座に連絡が入る。それがないということは、彼が“意図的に動いている”証拠。葉隠透もそれを理解している。
だが、女として――許せるかは別問題だった。葉隠の不安と苛立ちが、神代の“誘拐の信憑性”を逆に高めていた。
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イレイザーヘッドが、疲れた様子で戻ってくる。生徒たちに向けて、真剣な表情で報告する。
「現場に残された血痕は、間違いなく神代のものだ。監視カメラの検証結果からも、神代がヴィランの個性で攫われたと見て間違いない。ラグドールについても同様だ……今後のことは、一度雄英に戻ってから説明する」
「神代君まで誘拐されているなんて……委員長として、彼のことに気づくのが遅れてしまうなんて」
飯田天哉は、純粋に悔いていた。戦闘力の低い神代真一を守るべきだった――その思いは、一部の女子たちにとって“心苦しい”ものだった。彼の裏事情を知る者たちは、飯田の善良さに罪悪感すら覚えていた。
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林間学校は即時中止。怪我人の治療、そして雄英高校としての説明責任。この大惨事に対する謝罪を、メディアに向けて行う必要があった。
もはや、隠し通せるものではない。ヴィラン側が先に情報を流す前に、雄英が事実を認める必要がある。万が一、拉致された生徒の“拷問動画”でもアップロードされれば――雄英の信用は地に落ちる。隠蔽の意図すら疑われる。
だが、こういう時に限って――日本のマス
「情報が出回るのが早すぎる。これじゃあ、ご両親に謝罪に行く暇もない……で、校長。神代のご両親とは連絡が付いたんですか?」
「あぁ、私の方で話をつけておいた。君からの謝罪は不要さ。電話で『そんな下らないことに時間を取らせるな』だって。厳しいよね……いや~、殺されるかと思ったよ」
自分の子供がヴィランに誘拐されているのに、“下らない”と言い切る親。ネグレクトかと疑いたくなるほどの冷淡さ。確かに、そんな家庭で育てば――女性関係も手広くなるかもしれない。
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そんな教師や生徒に心配されていることなど、気にもしていない男。神代真一は、ヴィラン連合に“拉致されながら”現状を楽しんでいた。
◇◆◇◆
ヴィラン連合として、雄英に“勝利した”瞬間。
死柄木弔は、連れてきた中に神代がいると聞き、確認のために顔を出す。圧縮から解放された神代は、臆することなくバーカウンターの下から救急箱を取り出し、消毒液と包帯で自分の傷を処置し始めた。
「お前、なんでわざわざ捕まってんだ?」
「ラグドールさんの個性が欲しくて、今“好感度上げ”の真っ最中なんです。この誘拐というイベントに乗ることで、一気に攻略したいと思いまして。ちょっと外傷を治療するために、癒月静治癒官を呼ばせてもらいますね。黒霧さん、送迎をお願いします」
「……えぇ、もちろんです。あと、ラグドールさんが欲しいなら……」
死柄木弔や黒霧と平然と話す神代真一。
新入りヴィランたちは、何が起きているのか理解できなかった。そして、死柄木が“先生”と呼ぶ男――AFOが割り込む。
『酷いな~、神代君。君もサーチを狙っていたなんて。でも、こういうのは早い者勝ちだよ。君が堕とすより、僕が先に捕まえた。先日は、大量の頂き物を貰ったというのに申し訳ないとすら思っているよ』
「いえいえ、AFO殿のおっしゃる通りです。確かに彼女の個性は、魅力的です。しかし、私は彼女の“身体”に興味があります。ご存じの通り、無個性にされたとしても、その子供は母親の元個性を引き継ぐ。私は、今ではなく“未来”にその個性が一族にあれば良いと思っています」
『はっはっは、君はだから女性に刺されるんだよ。いい加減、刺されるような行為は止めてくれないかな。君が”刺される”か”刺されないか”の賭けの元締めって僕なんだよ。いつも一人負けしてるんだよ』
「はっはっは、いつかAFO殿を大勝ちさせてみせますので、楽しみにしていてください。大勝ちしたら、分け前期待しています。大負けしても補填はできませんけど」
神代真一の軽口に、AFOは肩を揺らして笑った。その笑いは、制度の裏側を知る者同士の“共犯的な愉悦”だった。
こうして、ラグドールの処遇は決まった。個性はAFOが、身柄は神代真一が――それが、互いの組織にとって最良の選択だった。
「ねぇねぇ、弔君。この最低な女の敵みたいな男とは知り合いなのですか?」
渡我被身子の問いに、死柄木弔は雑に答える。
「あぁ。つっても、先生の紹介だ。こいつは、こんななりだが政府の人間だ。ヒーロー飽和時代は、政府も困ってるから、ヴィランを支援してるらしい。……あぁ、これはオフレコな」
もっと崇高な説明もできるが、最も簡潔で正確な要約だった。神代は、初対面のヴィランたちに向けて、自己紹介を始める。
「初めての方もいるので、自己紹介させていただきます。日本政府の内閣府直属機関『H・EROアカデミア』所属の神代真一論理次官です。ヴィラン連合、ひいてはAFO殿と懇意にさせていただいております。仲良くしてください。渡我被身子さん、分倍河原仁さん、迫圧紘さん、伊口秀一さん、引石健磁さん……荼毘さん」
「へぇ~、俺たちの素性がバレてら~。そういう個性かな。俺のことだけ“荼毘”って呼んだってことは、かなり見られてんだな。俺の邪魔はするなよ、死にたくなければ」
神代真一は、荼毘の殺気を受け流しながら、Mr.コンプレスと打ち合わせを始める。どうすれば女性に一番喜ばれる展開になるか――エンターテイナーとしての演出を依頼する。
「ラグドールさんには、命の危機からの救出という“感情の揺れ”が必要です。吊り橋効果を最大限に活かすため、演出は貴方にお任せします」
「まったく……学生の恋愛にここまで付き合わされるとはな。だが、舞台があるなら、俺は最高の演者で応えてやるよ」
………
……
…
1時間も経たないうちに、癒月静治癒官が到着する。黒霧のワープで現れた彼女は、ヴィランたちにも一礼しながら治療を始める。
「この度は、うちの上司が申し訳ありません。……また、女を増やすんですか? 神代論理次官、いい加減にしないと
神代真一の二つ前の彼女である癒月静。治癒系の個性持ちであるため、子供への個性継承が期待されている。ちなみに、彼女は治癒系の個性を狙われている所を助けるという事で落していた。彼女を狙うようにヴィラン側に情報を流したのもこの男だ。それを肉体関係を持ち離れられなくしたところで暴露し、彼女が刺した。
その様子を見ていたヴィランたちは、呆れと驚きが入り混じった表情を浮かべる。政府の治癒官が、ヴィラン連合の拠点で謝罪しながら治療を行う――それは、制度の裏側にある“協力関係”の証だった。
その頃、ラグドールは圧縮空間の中で、神代の言葉を思い出していた。
「無事に帰れたら、一泊二日のディズニーランドか…帰れるといいな。ピクシーちゃんにどんな服を着ていけばいいか相談しよう」
彼女は、あの瞬間の神代の表情を思い出す。
その言葉は、誰にも聞かれていない。だが、彼女の心には、確かに“神代真一”という名が刻まれ始めていた。