H・EROアカデミア   作:新グロモント

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29:誘拐事件2

 神代真一は、目的達成のため“脳無格納庫”へと移送された。信憑性を高めるため、彼は何も知らない“野生のヴィラン”たちによって、個性を抜かれたラグドールと共に死体袋に詰められ、トラックで運ばれる。

 

 この作戦で最も重要なのは――ラグドールに“意識を残す”こと。そして、彼女に神代真一の姿を確認させる。「自分のせいで生徒が犠牲になった」――その罪悪感を植え付けることが、吊り橋効果の鍵だった。

 

………

……

 

 格納庫の床に転がされたラグドールは、麻酔が効く中、僅かに意識を取り戻す。自由は効かない。だが、薄く開いた瞳に映ったのは、同じく床に倒れる神代真一の姿だった。

 

「こっちは男で、そっちが女か。嫌な仕事だが、少しくらい役得はあってもいいんだよな。だから、この仕事は止められねぇ」

 

「…かぁ……みし…ろぉ君……」

 

 ラグドールは、自分を責めた。林間学校で守ってくれた彼が、今は自分の隣で事切れている。周囲の状況は最悪――それだけは、はっきりと分かった。

 

「みろよ、こっちの女は意識があるじゃねーか。やっぱ、そうじゃないと楽しめねぇからな」

 

 ヴィランがラグドールに近づき、ベルトに手をかける。その意味は、彼女が現場で何度も見てきた“最悪の暴行事件”と同じだった。個性で弱点を探そうとする――だが、何も発動しない。いつもあるはずの“感覚”が、ぽっかりと消えていた。

 

「や…やめ…てぇ……」

 

「止めてって言われて止めてたら、ヴィランなんてやってねーんだよ!安心しろよ、どうせ死ぬんだ。最後にいい思いさせてやるよ」

 

 麻酔で動けない。成人男性に襲われる状況を覆す術は、どこにもなかった。ラグドールは、ヒーローとしてではなく――ただの女性として、救いを求めた。

 

「た、助けて……」

 

「ぎゃあああああああああああ!」

 

 ヴィランの両目に、誰かの指が突き刺さる。眼球を握り潰され、激痛にのたうち回るヴィラン。神代真一は、ズボンからベルトを外し、そのまま首を絞めに入った。

 

 ヴィランの個性は“牙”。尖った歯が神代の腕に食い込む――だが、彼は力を緩めない。

 

「今ので目が覚めたぁぁぁ。痛いけど、我慢できるレベルだ。悪いが、そのまま死ね」

 

 ミシミシと音を立てて、ヴィランの顔が青くなり、動かなくなる。だが、神代は手を緩めない。死んだふりをするヴィランも多い。酸欠状態を数分維持し、完全に息の根を止める。

 

 沈黙した後、念のため首の骨を踵で踏み折る。

 

「か、神代君……」

 

「はい。いや~、死んだかと思いました。ですが、貴方の助ける声を聴いて目が覚めました。私は、いい男になったでしょうか」

 

 神代真一は、ラグドールを抱き上げる。麻酔で思考が定まらない彼女は、彼の腕の中で安心感を得る。ヒーローとして殺人に言及すべき場面――だが、今の彼女はただの女性だった。

 

「よかった……ごめんね、私が失敗したから」

 

「それは、私も同じです。さぁ、とりあえず服を着ましょう。このままでは、少し目に毒ですし。それに、こういう時は“ごめんなさい”じゃなくて、“頑張って”と言ってください。ついでに、語尾に“にゃん”ってつけてくれてもいいんですよ」

 

 神代真一は、殺したヴィランから服を剥ぎ取る。ズボンは神代が、上着はラグドールが――童顔の彼女がその格好では、大学生にしか見えない。誰も、彼女が31歳のプロヒーローだとは思わない。

 

 つまり――31歳の妙齢な女性が、15歳の少年に抱きかかえられ、ヴィランの秘密工場から逃げている。

 

「が、がんばれ……にゃん」

 

「ぷっ。本当に可愛いですね、ラグドールさんは」

 

 借りてきた猫のようになったラグドール。若い男の胸の鼓動を、耳と骨が覚える。この危険状況でありながら――彼女の心は、少しだけ踊っていた。

 

………

……

 

 格納庫には、情報漏洩を防ぐためヴィランはほぼいない。ラグドールは、ここに隠れてヒーローの救出を待つ案を提案する。だが、それは賭けだった。

 

 施設内には、強化ガラスに収められた脳無。そして、真新しい死体――それらが“原材料”であることは明白だった。

 

 ここに残れば、自分たちも脳無にされる。逃げるしかない。だが、扉には電子ロック。パスワードを知らなければ、警報が鳴る。その情報を持つヴィランは――神代真一が殺してしまった。

 

「……ごめんね、神代君。私の個性が……使えれば、さっきのヴィランから情報が取れたかもしれない。私の個性、なくなっちゃった」

 

「そうですか。ですが、貴方の個性より、私は貴方が無事だったことが何より嬉しい。個性は身体能力の延長です。それがなくなっても、貴方は“ラグドールさん”――いいえ、“知床知子さん”であることは変わりません。無事に帰れたら、二泊三日のディズニーランドでしたっけ」

 

 個性ではなく、“本人”を見てくれる男が、ここにはいた。彼女に言い寄る男は、いつも“サーチ”が目的ばかりだ。そんな男に神代真一も漏れていないとは今の彼女が知る事はない。

 

「一泊分伸びてる……にゃん」

 

「元気でよろしい。実は、私の個性は“健康診断”ではないんです。……秘密ですよ」

 

 神代真一は、関係履歴を使い、電子ロックの履歴からパスワードを読み取る。手際よく入力し、出入口のロックを解除。

 

 九死に一生を得て、扉の先に広がるのは――住宅街。この格納庫は、住宅街の真ん中にあった。

 

 そして、格納庫から出た瞬間――道路の角から覗いていたA組のクラスメイトと、ばっちり目が合う。流石の神代も、なぜクラスメイトがここにいるのか理解できなかった。挨拶する間もなく、神代とラグドールは監視していたプロヒーローたちに確保され、ドナドナされていった。

 

………

……

 

 神代真一とラグドールの無事確保は、ヴィラン連合を監視していたヒーロー側に即座に報告された。この時点で、拉致された人は三人から一人へ。残るは爆豪勝己――この事実は、ヒーロー側にとって大きな吉報だった。

 

【神代真一とラグドール、確保完了。

生存確認済み。個性喪失の可能性あり。

爆豪の位置は未特定】

 

 通信が走る。

 

 現場のプロヒーローたちは、神代とラグドールを保護しながら、周囲の安全を確保する。この時、ラグドールの中で神代真一は、ただの生徒ではなく異性へとランクアップを果たしていた。

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