神代真一とラグドールは、脳無格納庫から脱出した直後、ヒーローたちに保護され病院へ搬送された。精密検査を受けながら、警察と雄英高校から事情聴取を受ける。それは、今後の作戦成功率を少しでも高めるため――敵の配置、内部構造、個性の傾向など、二人が持つ情報を引き出す必要があった。
病室の空気は、消毒液の匂いと緊張感が混ざっていた。ラグドールはベッドに横たわりながらも、神代真一の様子を気にしていた。彼の表情は、いつも通り冷静で、どこか達観しているようにも見えた。
神代真一は、ヴィラン連合の勝利を疑っていなかった。彼らの実力は、現時点では小規模な個性頼りのサークルに過ぎない。 AFOやドクターといった後ろ盾がなければ、他の組織に潰されるだろう。
ただし――ヴィラン連合の中でも最強の個性『二倍』だけは、別格だった。自分を二倍に増やし、増えた自分も個性を使える。他人も増やせて、個性も使用できる。耐久力は別として、思考や血液まで完全コピー。アメリカNo.1ヒーローですら、彼と比べれば“可愛い”レベルだった。これでは、負ける方が難しいレベルだ。仮に『二倍』がそこら辺のクソガキが所有していればそいつの気まぐれで日本が滅びるレベルの恐ろしい個性だ。
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「脳無格納庫……ヴィランは一人いましたが、今は無人のはずです」
「無人?それはヴィランが帰ったのか?」
警察の事情聴取。
警察は、ヒーローがヴィランを殺害しないと信じている。捕らえたヴィランは、法の裁きを受けさせる――その構図があるからこそ、警察とヒーローは“協力関係”を維持できている。
だが、神代真一は静かに答えた。
「いいえ。私の大事な女性に暴力を働こうとしたので、殺しました」
「……それは、ヴィランを殺害したと自供。と考えていいんだね」
ヒーローは、殺人が許容されていない。相手が大量殺人犯であっても、人を殺せば“ヴィランと同じ”と見なされる。その倫理を熟知しているラグドールが、会話に割り込んだ。
「違います、刑事さん。彼は、私を守るためにヴィランと争い、結果的に偶然、当たり所が悪くてヴィランが倒れたんです。当たり所が悪くて、そのあとはどうなったか知らないにゃ」
「いいえ、明確な殺意を――ぐほっ」
ラグドールの膝蹴りが、神代の腹部にクリーンヒット。前のめりに倒れそうになった神代を、彼女はそのまま部屋の外へ連れ出した。サポート系個性でも、長年プロヒーローとして活躍してきたラグドールは“強い”。
「刑事さん、ちょっと神代君と話してきます。今のは、仕切り直しで」
「えぇ、私としてもヴィラン連合から女性を救い出した君を悪く扱いたくない。だから、ヴィランは偶発的な事故で何かしらに本人が躓いて死んだ……いいね」
神代真一は、そこで“大人の汚い世界”を見た。ヴィランは絶滅危惧種の貴重な資源――だが、サーチの個性と比べれば、替えなど五万といる。彼は、女性に誠実であろうとした。守るために殺した――それが事実なら、素直に認めるつもりだった。
仮に裁判が行われた場合――未成年、学生、表向きは初犯、脳無にされる寸前、女性が目の前で暴行されそうだった、素手で犯罪歴のあるヴィランを一人殺した――この条件なら、禁固刑10年程度でタルタロスから“シャバ”に戻れる。
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「お願い、神代君。お願いだから、あれは事故だったって言って。 後は、私やピクシーちゃん含めて全力で弁護するから。まだ、助けてくれたお礼だってしてない。ディズニーランドに連れてってくれるんでしょ?」
「大丈夫です。私は貴方を守れたことを誇りに思っております。だから、それで生じた罪も償います。ですから、ラグドールさん……いいえ、“知床知子さん”。そんな不安で泣きそうな顔をしないでください。今生の別れではありません。だから、悪い男との約束なんて忘れてください。私は、貴方が思っているような人間じゃありません。――大悪党です」
神代真一は、ラグドールを胸元に抱きしめた。
彼女は、自分を助けたことで、未来ある若者が刑務所に送られる現実を受け止めきれなかった。ヴィラン殺しのヒーローは、ヴィランと同等の扱いでタルタロスに送られるのが通例だ。
「神代君が大悪党だったとしても、私は……貴方が好き。出会って間もないけど、歳の差もあるけど、それでも」
「えぇ、私も大好きですよ。“知床知子さん”。裁判が終わったら、ディズニーランドに行きましょうね。三泊四日でしたっけ?」
「また、一泊伸びてる。エスコートは期待してるから」
神代真一の眼には、はっきりと映っていた。好感度がMAXになったことを。全ては計算通り――これで、彼女が裏切ることはない。
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……
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だが、二人が抱き合い話している通路の角に、空き缶が転がっていた。そこには“誰もいない”はずだった。神代真一は、裁判が始まるまでの間に、何者かに腹部を刺される。犯人はいまだに捕まらず、神代も「誰に刺されたのか分からない」「見ていない」と供述した。
裁判までの間、神代は治療と警護のため、雄英高校の教師に監視されることとなった。その間、神野区でのリアルタイム中継が病室のテレビに映し出される。
AFOとヴィラン連合が“遊びすぎている”様子に、神代は呆れていた。だが、その遊びの果てに――AFOがオールマイトによって逮捕される瞬間が映る。
この状況下でもAFOを殺さず確保する――それが“正義”なのか?神代は疑問に思った。今、この瞬間で殺してこそ“真のヒーロー”ではないのか?
だが、殺されなかったことで、AFOに“オールイン”している日本政府は安堵しただろう。タルタロスに収容という体裁が取れれば、メディア対策は十分。彼の治療と安全を確保できると。更には、個性犯罪者を無個性にして、危険分子も掃除できるまさに最高のアイディアだ。
ヒーロー側の勝利に終わり、日本の政治機構が正しく動いている以上――神代真一の裁判は、即日で行われることとなった。それは、制度的にも合理的な判断だった。
イレイザーヘッドは、オールマイトの名を最大限に活用した。神代を「オールマイトの生徒の一人」として位置づけ、ヴィラン連合への潜入協力者という“体裁”を捏造する。AFOの襲来によって、神代が殺したとされるヴィランの死体は発見されず、唯一の物的証拠は、彼が刺された際に手についていた血痕のみだった。
極限状況下での妄想、錯乱、自己防衛――それらを理由に、神代の殺人は“証明不能”とされた。そして、判決が下る。
未成年、非戦闘系個性、ヒーロー資格未取得――これらの要素を踏まえ、神代真一には「3年間の奉仕活動」と「ヒーロー資格の取得無期限停止」という温情処分が言い渡された。
だが、それは事実上―― ヒーローになれないことを意味していた。
「タルタロス送りにならなかっただけで御の字だ」 そう言う者もいた。 「この状況でこれかよ」と嘆く同級生もいた。だが、何よりも――この一件で、ラグドール改め知床知子の心は、ヒーローから離れた。
彼女は、神代真一のためにできることを探し続けた。彼の心の依り代になろうと、必死だった。そして――その“感情の刃”が、神代の身体に新しい傷を刻むのは、ディズニーランドデート三日目の夜…ベッドの上だった。
ホテルのスイートルーム。窓の外には、夢の国のイルミネーションが広がっていた。だが、室内には、静かな緊張が漂っていた。
「だから言ったじゃないですか。私は、貴方が思っているような人間じゃありません。大悪党です」
神代は、腹部の包帯を押さえながら、苦笑する。
「この傷の分だけ、女心を弄んだんだ……最低。かぷ」
知床知子は、そう言いながらも――決して、離れることはなかった。彼女の瞳には、怒りと悲しみと、そして――確かな愛情が宿っていた。神代真一の首元には、しっかりと歯形が残される。
自分の半分も生きていない少年と・・・犯罪ですよ、ラグドールさん。