神代真一は、最近ふと考えるようになった。自分は、個性を二つ持っているのではないか――と。一つは“関係履歴”。もう一つは、“女難”。女性と関係を持つたびに刺され、命の危険に晒される。もしこれが個性なら、AFOに譲渡できないかとすら思っていた。
だが、刺されるたびに個性が“深化”し、相手の感情や行動をより深く読めるようになっていることも、彼は理解していた。
………
……
…
そんなことを考えながら、神代は久々に雄英高校へ登校した。神野区での一件以来、世間はAFOとオールマイトの話題一色。神代の裁判結果など、誰も気にしていない。視聴率のために、正義の象徴だけが報道される。
通学路は静かだった。誰もいない。一瞬、今日は休校かと勘違いするほどだった。
だが、事実は違う。AFO逮捕に成功したが、ヴィラン連合の逃亡を許している――その結果、雄英生徒は全員、寮生活へと移行していた。だが、直近三泊四日のディズニーランドデートを満喫していた神代には、そんな情報が届いているはずもない。
雄英高校の門をくぐった瞬間、センサーが反応。オールマイトとイレイザーヘッドが、下駄箱まで迎えに来ていた。
「神代少年……すまんが、教室に行く前に少し話したいことがある」
「お前、スマホの電源を切っていただろう。ここ数日、連絡がつかなくてな」
そのまま職員室を通り過ぎ、校長室へ。神代は、展開を予想していた。ここは、未来のヒーローを育てる場。その“枠”を、自分が塞いでいる。
校長室では、根津校長が椅子から降りてテーブルへ。神代は、言われるがままに座る。オールマイト、イレイザーヘッド、根津校長――三人に囲まれれば、逃げ場はない。
「悪いね、神代君。今日は、君に伝えなければならないことがある」
「いえいえ、お気になさらずに。私が裁判で有罪にならなかったのも、雄英高校の教師陣のお力添えがあってこそです」
それは、神代の本音だった。“本業の力”を使わずに済んだのは、教師たちの証言と信頼があったからこそ。だが、有罪でも構わなかった。ラグドールの身体という目的は、すでに達成されている。
「すまない、神代少年。私にもっと力があれば、君を本当に無罪にできたのに……」
「オールマイト、話が長くなります。神代、普通科・経営科・サポート科。どれかに編入するなら、希望を聞かせてくれ。本来、定員はいっぱいだが、特例で異動できる」
それが、雄英高校の“制度的対応”だった。
元殺人犯のヒーロー志望生徒など、学校の評判を崩す。しかも、神代はヒーロー資格の取得が無期限停止。今後、ヒーロー科にいれば、メディアに目を付けられる。
その時、過去は必ず掘り起こされる。
退学処分にせず、同じ雄英生徒として面倒を見る――それが、学校なりの最大限の配慮だった。
「分かりました。『3年間の奉仕活動』と『ヒーロー資格の取得無期限停止』がある以上、A組の皆さんと同じ速度では進めません。自分の進退は、自分で決めます。もう大人ですから。……ですから、今晩だけ体育館のプールを貸してもらえませんか?」
「分かった。校長権限で20時から翌朝まで、誰も使わせない。僕は、神代君がどんな選択をしても尊重するよ」
………
……
…
校長室を出た神代は、A組へ向かう。すれ違う生徒たちは、道を開けながらヒソヒソと囁く。
「あれが、例の殺人犯の……」
「何を考えて学校に……」
その視線は、好奇と恐怖と、そして――偏見だった。
………
……
…
A組の手前、B組の廊下で、面倒な男が現れる。
「あれ~?あれあれ~?どうして君が学校に来てるのかな?もうヒーローになれないんだから、ヒーロー科にいるのはおかしいんじゃないのかな?」
「B組の物間君だっけ?あまり面識はなかったと思うけどね。まぁ、君には関係ないことだよ」
その瞬間、A組のドアが吹き飛ぶ。顔面に血管を浮かせ、今にも人を殺しそうな爆豪勝己が現れる。彼は、神代真一と同じくヴィラン連合に捕まり、助けられた人間だ。似たような状況だったにも関わらずラグドールを救い、自力で脱出した神代真一の事を一定以上は認めている。人を殺してでも救う覚悟が自分にはあっただろうかと。
「嫌味野郎。3秒やる。発言を取り消して土下座するか、俺に半殺しにされるか選べ」
「おぃおぃ、ちょっとしたジョークじゃないか。フランクに接してやるのも大事だと思ってさ」
一触即発。
物間の目に余る行動に、拳藤一佳の鉄拳が落ちた。何事にも限度がある。その限界を超えた物間は、回転しながら20m程も吹っ飛ばされていた。だが、B組の誰もそれを助けはしなかった。むしろ、その程度で済んでよかったな程度だ。
「ごめんね。B組の馬鹿が……女子全員でボコボコにしておくから。私は、結果はどうあれ、女性として貴方の勇気ある行動に敬意を持っています。その行動で救われた女性がいることを、忘れないで」
「ちっ。やる気が失せた。神代、授業始まるぞ」
………
……
…
神代は、爆豪に促されてA組へ。クラスメイトたちは、彼の無事を喜んだ。世間は騒ぎすぎている――そう思っていた。
だが、それは違う。騒ぎ立てるように“世間を作っている側”の人間――それが、神代真一だった。
ヒーロー飽和社会。これ以上ヒーローを増やさないために、制度は重箱の隅をつつく。そして、神代はその“隅”に押し込まれた。
その夜、神代は葉隠透と貸切のプールにいた。彼女は、彼の身体に刻まれた刺し傷と歯型を見つける。そして、抱きつきながら新しい跡をつけていく。
蚊に刺されたような跡が、全身に増えていく。
深夜のプールサイド。二人きり。当然、間違いは起こっている。
だが、学校という“制度の中”だからこそ許されることもある。卒業すれば、もうできない。同じ学生だからこそ、できること。昼間は、他の生徒達が使う学び舎でヤる事だ。
葉隠透は、他の女に負けないように、彼を“楽しませる”。それは、けなげで、暴力的な肉体と暖かくナニかに包まれながら神代真一は、葉隠透の耳元である事を伝えた。今日の朝、校長と話した内容と自分の進路についてだ。それを聞いた彼女に迷いはなかった。
葉隠透は、神代真一の耳元で静かに囁いた。
「……私も、行く。ヒーロー科じゃなくて、貴方の隣に」
その言葉に、神代は一瞬だけ目を閉じた。彼女の決意は、感情の爆発ではなく、制度への静かな抗議だった。ヒーロー科に残れば、彼女は“透明なまま”でいられた。だが、神代と共に制度の外へ出ることで――彼女は“見える存在”になった。
………
……
…
翌朝。
ヒーロー科A組に、新しい生徒が編入する。心操人使――ヒーロー科志望であり、A組とも縁がある男。彼が座る席は、今日付けで自主退学となった神代真一の席だった。
その隣に座るはずだった葉隠透も、同じく自主退学。二人の席は、ぽっかりと空いたまま。 教室の空気は、今までにないほど重かった。担任のイレイザーヘッドは、何も言わなかった。だが、彼の目は、神代の席を何度も見ていた。
神代真一は、A組のクラスメイト全員に手紙を残していた。『未来のヒーローである君たちの未来に、元殺人犯がいてはならない』『先生たちは転科を勧めてくれたが、学校のためにも、私は去るべきだと思った』などだ。
言葉は丁寧だった。だが、そこには“圧力”の痕跡が滲んでいた。寮の部屋が用意されていなかったこと。進路相談が一度も行われなかったこと。それらが、彼の退学が“自主”ではないことを物語っていた。
A組の者たちにとって、入学して数か月の付き合いしかない神代と葉隠が、今どこで何をしているのか――それを知っているのは、麗日お茶子だけだった。
だが、彼女は決して口に出さなかった。なぜなら、神代真一と葉隠透、そしてAFOが三人でスマブラをしている写真が送られてきたからだ。
彼らは、タルタロスの最下層で“奉仕活動中”。AFOの面倒を見るという、制度的には“立派な活動”だった。
セントラルに匹敵する最高の医療設備は、AFOの傷ついた身体を癒すには最適な環境。
食事は世界各国からの美食。
寝具は英国王室ご用達。
冷暖房完備。
ヴィランから個性を集め放題。
そして、スマブラ。
………
……
…
ヒーロー飽和社会。制度の中でヒーローになれなかった者たちは、制度の“外”で役割を与えられる。それが、神代真一の選んだ道だった。
葉隠透は、その道を“愛”で選んだ。そして、AFOは――その道を“観察”していた。
「君たち、なかなか面白いね。制度の外で、制度を支える。それが、今のヒーロー社会の“本質”だよ」
AFOの言葉に、神代は笑って返す。
「ええ。影がなければ、光は際立たない。しかし、年相応に学生生活を謳歌してみたかったんですが、残念でした…増えたのは、刺し傷と彼女。次こそは、AFO殿を大勝ちさせて見せます。盛大なパーティーを期待しています」
その言葉に、葉隠透は"刺される方に賭けよう"と内心思っていた。彼女の瞳は、もう“透明”ではなかった。そして、三人は再びスマブラのコントローラーを握る。AFOはホムラ/ヒカリの使い手…強敵だ。
・・・あれ?学生生活が終わった。
どうしてこうなった。