トップヒーローの一人――ヒーロービルボードチャートJPでTOP10入りするリューキュウが、地方の零細ヤクザ・活瓶力也一人の制圧に苦戦していた。
派手な登場ではあったが、決して制圧不能な相手ではない。それなのに、ヒーローたちは手間取っていた。このままでは、救うべき少女――壊理の救出が遅れる。その可能性を、誰も口にしようとしなかった。
避難は既に完了している。ならば、なぜ本気を出さないのか。ウラビティは疑問に思っていた。
(あれ? なんでこの程度のヴィランに、トップヒーローが苦戦してるの?)
「ウラビティとフロッピーも、私たちと一緒にこいつを取り押さえるよ。他の者たちは、早く行って」
「えっ!? でも、私たちも早く中に行った方が……」
ヴィラン一人に、リューキュウ、波動ねじれ、フロッピー、ウラビティの四人を割く必要があるのか?
ヒーロー飽和時代の弊害――一人のヴィランを囲んでボコボコにするスタイルが定着してしまっている。ウラビティのインターンでは、考えられない光景だった。
………
……
…
ウラビティには、やらなければならないことがある。
光源氏計画の達成――それは、彼女の実家である建築会社の存続に直結していた。麗日の実家の有価証券は既に一族の手を離れ、第三者――AFOと神代真一が大半を保有している。
「これって、私が頑張らなきゃまずいじゃん。私は、自分の将来と家族の未来がかかってんのよ。こんなところで時間なんてかけてられないのよ……リミッター解除」
ウラビティは、裏ビティとして活動できるように葉隠透と同仕様のコスチュームを提供されていた。見た目こそ同じだが、中身は完全に別物。USJ襲撃時の脳無パワーの3%――それに、無重力化と慣性遮断を組み合わせれば、マッハ1を軽く超える。
「お茶子ちゃん、危ない!!」
「慣性遮断および無重力継続1秒に限定……デク君から教わったように、腰を軸に、相手を振り抜く!! 地球衝(ジオ・インパクト)!!」
活瓶力也の拳とウラビティの掌底が触れた瞬間――彼は地球の慣性から外れ、音速を突破してあらぬ方向へ吹き飛んだ。ウラビティと触れた方の腕は消し飛び、砕けた肋骨が臓器に突き刺さる。
だが、死には至らず。全治半年の重傷――回復しても、悪事を働ける身体には戻れない。生身の人間が音速で吹き飛ばされる光景に、警察もヒーローも言葉を失った。
これが、雄英高校ヒーロー科1年の実力。体育祭での緑谷、轟、爆豪の活躍を思えば、驚くべきことではない。むしろ、この連中が揃えば、大抵の問題は解決できてしまう。
「すごいね~、あのヴィラン強かった気がしたけど、違ったんだね。じゃあ、早くみんなに合流しようか」
「ねじれ先輩。いや~、偶然ですよ。当たり所が良かっただけです。
それに、リューキュウさんやねじれ先輩、フロッピーのサポートがあったからですよ」
「そうなのかしら。私には、お茶子ちゃんだけで倒したようにも見えたけど」
「……まぁいいわ。犯人確保は警察に任せます。私たちは、他のヒーローと同じく内部に潜入し、救出作戦に専念」
一分一秒を争うこの時、リューキュウは「死んでいないならどうでもいい」と割り切った。サー・ナイトアイたちに追いつくべく、ウラビティたちも中へ進む。その際、一人分足音が増えていることにフロッピーは気づかなかった。
仮にもA組女子として同じ部屋で学び、会話し、仲を深めたというのに――自主退学したら見向きもしないとは、酷い学友だ。
死穢八斎會の地下迷宮。
オーバーホールが選び抜いた直属のヴィランたちが待ち構えていた。壊理の確保は、ヒーロー側の最優先目標。だが、ヴィランを放置して奥へ進むのは違う。
即座に脅威を排除すべきだ。
警察も、関節部に弾丸を打ち込めば、後続の逮捕が容易になる。だが、この場にはイレイザーヘッドもいながら、合理的な判断ができなかった。その数秒の手間が、突入メンバーに被害をもたらす。
事実、天喰環は負傷していた。
「油断したな、ヒーロー。俺たちはオーバーホール様に拾われたゴミだが、ゴミなりに鍛えてんだよ」
鉄砲玉――八斎衆・窃野、多部、宝生。本来の天喰環なら、この程度の相手を蹂躙できて当然。だが、弱気が災いし、敗北しかけていた。壊理を救いたいという気持ちは、どこへ行ったのか。今この瞬間も、少女は苦しんでいる。
それなのに、個性を十分に使えず、ヴィランを討伐できない。これでは、未来のヒーローとは言えない。
天喰環は、覚悟を決めてウラビティから渡された錠剤を口に含んだ。「天喰先輩の個性なら、これしかありません」と言われて。中身は聞かなかった。だが、ろくでもないことだけは予感していた。それでも――救うべき少女のため、なすべきことをなす。
それが、ヒーローの姿だ。
錠剤には、モンハナシャコ、カブトムシ、電気ウナギ、毒蛇、フクロウ、イカ、クマムシ、ヒトデ、ナマコ、ゴキブリ、プラナリア、パラポネラ、
虫を食うことを嫌っていた天喰環。だが、錠剤で粉末化――優しい配慮の親切設計だった。
…
…
…
天喰環の肉体が変化する。もはや、彼は“人間”ではなかった。一人で複数の個性を抱える――天然の脳無。その実力は、ニア・ハイエンド級に迫る。現No.1ヒーロー・エンデヴァーですら、ワンチャン倒せるレベル。
集まったヴィランたちに、勝てる要素はなかった。
再生、擬態、疑似光学迷彩、宇宙空間でも生存可能な環境耐性――天喰環の肉体は、もはや“人類”の枠を超えていた。数トンの物資を持ち上げる筋力。ゴキブリ並の突進力と、鉄板すら貫通する貫通力。血液は強力な酸となり、接触した物体を腐食させる。
その全てが融合した“過剰変態”。
彼は、脳無を超えた存在となった。
「ば、化け物……」
「……あぁ、そうだな。だが、僕はこんなところで負けられない」
天喰環は、静かに一歩踏み出す。
その足音だけで、八斎衆のヴィランたちは膝をついた。撫でただけで骨が砕け、毒の噴射で沈黙する。彼の肉体は、攻撃を受けるたびに“学習”し、次の瞬間には“無効化”していた。
その圧倒的な力の前に、死穢八斎會の防衛線は崩壊する。地下迷宮の奥へと進む天喰環。その姿は、もはや“ヒーロー”ではなく、“災厄”だった。
だが――彼の目的は、ただ一つ。壊理を救うこと。
………
……
…
迷宮の最深部。
壊理は、冷たい床の上で膝を抱えていた。誰も信じられない。誰もが怖い。彼女の個性は、触れた相手を“過去”に戻す。だからこそ、誰も彼女に触れようとしない。
誰も、彼女を“人間”として扱わない。
ルミリオンの活躍で、一時的にオーバーホールの手から逃れ、人気のない通路まで来られた。彼女は、ヒーローたちの言葉を信じて、助けを待っていた。
その時――迷宮の通路が、軋むような音を立てた。天喰環が、ゆっくりと姿を現す。
その姿は、異形だった。昆虫の甲殻、軟体の粘膜、爬虫類の鱗、哺乳類の筋肉。すべてが融合した“過剰変態”。
壊理は、息を呑んだ。怖い。怖すぎる。人としての本能が、
少女にトラウマを与えるには、十分すぎる光景だった。
「い、いやぁぁぁ~~!」
悲鳴をあげて逃げる壊理。だが、通路を曲がった瞬間――彼女はまるで消えたかのように姿を消していた。モンハナシャコの視力を持つ天喰環であっても、痕跡は何一つ見つけられなかった。
「き、消えた? 幻だったのか……あっちでルミリオン達が戦う音がするな。向こうか」
その様子を、遠くから見ていたヴィラン連合の出向組。トガヒミコとトゥワイスは、物陰からそっと覗いていた。
「ねぇねぇ、仁君。あれに勝てる自信ある?」
「トガちゃん。できると言いたいが、できねーよ。あんな化け物の相手は、死柄木か荼毘の出番だぜ」
『俺の出番はこれだけかよ。いいけどさ……さて、女の子も確保したし帰ろうぜ。これで、お仕事完了』
2倍の個性で作り出されたMr.コンプレスの手には、一つのビー玉。その中には、要救助対象である壊理が封じられていた。これにより、ヴィラン連合としての任務は完璧に遂行された。
ちょうどいい具合にオーバーホールが暴れている。警察も大量に踏み入ってきており、見つからずに脱出するのは困難。だが、そこは分担すべき作業だ。トガヒミコがスマホを用いて外部に連絡する。
【対象確保。現在地送信。迎えを頼む】
その後は、暫く待つだけで安全に脱出できる手はずだった。激しい戦闘音が響く中、連絡から数分と経たずに“迎え”が到着する。何も見えない空間から、突如叡知なコスチュームだけが現れる。
トガヒミコ、トゥワイス、Mr.コンプレスも警戒は解いていなかった。だが、音も姿もなく、いきなり“コスチュームだけ”が現れては驚くに決まっている。
「迎えに来たよ、ヒミコちゃん」
「透ちゃんですね。それにしても、すっごいコスチュームですね。色々と見えてませんが、同年代とは思えない発育です。触っていいですか?」
葉隠透は、笑って断る。
「だ~め。これは、神代君のだから」
オーバーホールが、天喰環の参戦により文字通り“クソゲー”に追い込まれている最中――壊理は、ヴィラン連合の手によって、安全地帯へと移動を始めていた。
政府とヴィラン連合の共同作戦で一人の少女が救われる。敵同士でも同じ目的があれば手をとりあえず。素晴らしい世界です。