オーバーホールの元から救い出された少女――壊理。彼女は、第五世代の特異点として注目された。その個性「巻き戻し」は、医療の枠を超え、肉体そのものを若返らせる。欲しがる者は、無数にいた。
だが今、壊理は暖かい人々に囲まれて暮らしていた。なぜか昔の記憶は曖昧だったが、優しいおじいちゃん、パパ、ママたち、弟のハス太――その全てが、彼女にとって“幸せ”の象徴だった。
………
……
…
やがて、壊理は個性の訓練を始める。個性とは何か。社会とは何か。座学と実技を通じて、AFOという“最高の教師”が手取り足取り教えてくれる。
訓練の合間には、ハス太とボール投げ。ママたちが見守る中、時折抱きしめられ、「可愛い」と言われるたびに、壊理は顔を赤らめた。弟のハス太も嫉妬して、ママたちに一緒に抱きつく。
心が満ちる。満ち足りる。明るい未来が、今ここにある。
「ね〜ね、がんばって!」
「うん! お姉ちゃんだもん、がんばる!」
AFOのもとでの訓練は、虫や小動物から始まった。個性の出力、方向性、意識の置き方――すべてを記録し、少しずつ補正を加えていく。
教育者としてのAFOは、恐ろしいほど優秀だった。
その様子を見守る中には、かつて個性を奪われたラグドールの姿もあった。サーチは返されなかったが、代わりの個性を提案されていた。だが、彼女はまだ“保留”していた。
この時、誰もが見誤っていた。巻き戻しの個性――第五世代特異点の真価を。
嫌々使うのではなく、“家族のために”という前向きな心で使うとき、その力は天と地ほどの差を生む。そして、個性を使うたびに、壊理は――AFOが改竄した記憶を、少しずつ巻き戻していった。
過去と今。どちらが幸せかは、明白だった。記憶が戻っても、壊理は何食わぬ顔で演じ続けた。神代壊理として、家族の一員でいるために。
TVニュース、新聞、週刊誌――どこを見ても、死穢八斎會の事件は“ヒーローの勝利”として報じられていた。壊理という少女の名は、どこにもなかった。まるで、最初から存在しなかったかのように。
この作戦の唯一の汚点は、ヴィラン連合によるオーバーホール襲撃。だが、壊理にとっては―― 自分を苦しめた男が報いを受けた、それだけだった。
「あら、またテレビですか? あんまり遅くまで起きていると、明日起きられませんよ」
「はーい、きょうぞうママ」
「違います、ク・ル・ミです」
まだ、ママたちの名前を覚えきれていない。これだから“特殊家庭”は困る。
「パパにおやすみなさいを言ったら寝る。もうすぐ帰ってくるんでしょ?」
壊理は、パパ――神代真一のことを、それとなく調べていた。元・雄英高校の生徒。あの路地裏で出会った“お兄さん”と同級生。ラグドールを救うためにヴィランを殺し、退学処分になった男。
葉隠透とは、USJでの事件をきっかけに交際が始まり、今に至る。少女雑誌でも見ないような展開に、壊理はほんの少しだけ興味津々だった。
「よーし、じゃあアカネママと一緒に怪獣アニメを見よう。最近はこのシリーズが人気だよ。気に入ったのがいたら、実物を出してあげるよ」
「えぇ〜、アカネが見せてくれるアニメって古いよ〜」
壊理は、ママたちに抱きしめられて、一肌の温もりを知る。本当に、いい人たちばかりだ。 だからこそ、失いたくない。この家庭を――この“理想郷”を。
だから、個性訓練にも力が入る。
「酷い。ハス太君も同じこと言うんだよ。それがいいのに……お、言ってるそばから、パパが帰ってきたよ」
「……お、おかえりなさい、パパ」
神代真一は、壊理の様子を一目見て、気づいてしまった。だからこそ、彼女を縁側へと連れ出す。麦茶を淹れ、横並びに座る。
会話が始まらないことに、壊理は少し不安を覚えた。演技は完璧だった。誰にもバレていない――はずだった。
「壊理……いいえ、“壊理ちゃん”と呼びましょうか。 記憶、戻ってますよね」
「…………」
心臓を鷲掴みにされたような感覚。どうして、誰も気づかなかったのに――この人だけは、一目で。
「申し訳ありません。驚かせるつもりはありませんでした。あなたを救い出した時の精神状態を鑑みて、AFO殿と相談し、記憶を改竄しました。……おや、“なぜ”という顔をしていますね?」
「ぱ……パパは、どうして私を……?」
言葉が続かない。
だが、神代は壊理の頭を優しく撫でながら、静かに言った。
「君が、“助けて”って顔をしていた。私はもうヒーローではないかもしれませんが、君の“パパ”にはなれます。壊理は、私の娘になるのは嫌ですか?」
「そんなことない。でも……わたしは、本当にここにいていいの?だって、わたしだけが“他人”なんだよ」
その言葉に、神代は確信する。今こそ、言うべき時だと天啓が舞い降りた。
「家族とは、血のつながりだけを言うのでしょうか?私はそうは考えていません。家族とは、他人同士が出会い、築きあげるものなのです。 慈しみ合う心が、人を家族たらしめる。 血は、その助けに過ぎません。――愛です。愛ですよ、壊理」
「パパ……パパーーー!」
壊理の心は、完全に堕ちた。いや、ようやく“救われた”のかもしれない。
その様子を物陰から見ていた神代家の女たちは、「またやってんな〜」という顔をしていた。 「……あ〜あ、どうなっても知らないからな」と呟きながら、その場を後にする。
「パパ、大きくなったらパパと結婚する!」
「ははは、そうですね。あと八年して気持ちが変わらなかったら、考えてあげます」
神代真一は、冗談めかして笑った。だが、壊理の目は真剣だった。
(あと八年。私は十四歳になる。 その時、パパが言ったことを忘れていなかったら――私は、本当に“家族”になる)
それから壊理は、知ってしまった。ヒーロー業界の裏側。不都合は隠蔽され、救いを求める少女は見捨てられ、 正しい行いをした者は罰せられる。
この世界は、歪んでいる。だからこそ、壊理は立ち上がる。
『壊すために、巻き戻す』
それが、彼女の“ヒーローアカデミア”だった。