A組の1年生は、平日も休日も空き時間が多い。そんな中、「爆豪勝己に彼女ができた」というニュースが飛び込んできた。それはビッグニュースを通り越し、世紀末の衝撃だった。
誰もが耳を疑い、目を疑い、現実すら疑った。最終的には、外部からの個性による集団催眠まで懸念され、イレイサーヘッドが抹消の個性を使用して“現実”であることを証明する事態にまで発展した。
そして、A組から選りすぐりの偵察部隊が派遣されることになる。
・盗聴において右に出る者がいない耳郎響香
・爆豪と最も仲が良く、いざという時の殿役・切島鋭児郎
・財力と物資担当、現地宿泊も可能な八百万百
この三人だ。
大人数では発見される可能性がある。年頃の高校生にとって、他人の恋バナは最高の娯楽。多少遠くても、インターン先に“遊びに行く”のは余裕だった。なんせ、スポンサーは八百万百である。
「わたくし、こういうスパイ活動みたいなの、ちょっと憧れていたんです。爆豪さんの彼女を絶対に激写してきます」
「爆豪野郎、みずくせーな。彼女ができたならできたって言いやがれよ。盛大に祝ってやらねーとな! ようこそ、
「文化祭じゃ爆豪に世話になったからね。恩返しにレゼさんだっけ? 彼女の情報を調べて爆豪に教えてあげなきゃ。女には秘密が多いからね~」
………
……
…
高校生の行動は早い。即日、新幹線で現地到着。昼時に現れる爆豪のパトロール時間を調査し、鉢合わせを避けて喫茶店「二道」に入店。
シックなデザインのローカル喫茶店だった。
「いらっしゃい、三名様? 今ならモーニングセットもありますよ」
「いい雰囲気のお店ですわね」
お嬢様である八百万百にとって、喫茶店で朝食を取るのは初めての経験。物珍しそうにしていたが、それがかえって注目を集める。
レゼが、三人の顔を見てパッと表情を明るくする。人懐っこい笑顔で、彼女たちに近寄った。
「ねぇねぇ、君たちって爆豪君のお友達でしょう? 爆豪君と話した時に、君たちのことも聞いたよ。体育祭の動画も見直したから、よく知ってるよ~」
そして、切島に向かって微笑む。
「君が切島君。爆豪君も認める“対等な友達”だって。ねぇ、爆豪君が君のことをどう言ってたか、知りたい?」
レゼは、爆豪の言葉をそのまま語る。それは、切島が聞いたことのない“本音”だった。
「……あいつは折れねぇ。どんな状況でも仲間のために前に出る。そういうの、俺は嫌いじゃねぇ。あいつは……俺が“対等”って思える数少ねぇやつだ」
「ば、爆豪野郎……照れるじゃねーか。それに、レゼさんみたいないい人がいるなら、もっと早く紹介しやがれ。呪ってやるぞ……じゃなかった、祝ってやるぞ。モーニングセット一つな!」
この一瞬で、切島鋭児郎はレゼを“認めて”しまった。
次は耳郎響香。
「耳郎ちゃん。文化祭でボーカルを務めてたよね。綺麗な歌声で、お姉さんすごく感動しちゃった。爆豪君が褒めてたよ。『あいつ、耳郎。堂々とやるとは思わなかった。音響も演奏も、全部仕切ってた。あれでクラスの空気変わったんだよ』って」
耳郎は、驚きながらも笑う。
「爆豪……そういうことは口に出して言ってよ。アンタのイメージ変わるって。でも、レゼさん相手なら、そこまでボロが出るんですね。爆豪も男の子だったんだ。見捨てないでやって。私もモーニングセットで」
この一瞬で、耳郎響香もレゼを“認めて”しまった。
そして、八百万百。
「八百万ちゃん。体育祭の動画でも見たけど、すごくいい個性だよね。爆豪君が勉強を教えてる時に、『俺より頭のいい奴が』って言ってた。『八百万は、頭で動くタイプ。俺とは真逆。状況見て、必要なもんを瞬時に作る。あれ、簡単じゃねぇ。あいつがいると、チームが整うんだよ』って」
八百万は、静かに頷いた。
「爆豪さん……少し誤解しておりましたわ。わたくしたちには絶対に言わないのに。レゼ
さんの大人の雰囲気が、そうさせるのでしょうか。わたくしも、モーニングセットでお願いします」
A組調査チームは、出会って数分でレゼに“取り込まれた”。これが、諜報員に女性が多く選ばれる理由。男なら簡単にはいかない。だが、女なら――これができる。
喫茶店には、八百万謹製の高性能監視カメラが設置された。店長は嫌がったが、八百万の財力を前に首がもげるほど縦に振った。
そしてその日から、爆豪勝己とレゼの密会映像がA組全体で共有され始める。
その映像が爆豪両親の目に入るまで、時間はかからなかった。息子と仲良くする女性の姿を見た時、母親は泣いていた。有り余る才能は認めていた。だが、女性関係だけは全く話を聞かない。このままでは、生涯独身で孫の顔も見られない――そう思っていた。
比較的裕福な爆豪家。息子がデートに困らないよう、代金を口座に振り込む。そして、爆豪の手元に母親から一言だけメッセージが届く。
【逃がしたら殺す】
………
……
…
休日、喫茶店「二道」で勉強する爆豪勝己。その隣には、一緒に問題集を広げるレゼの姿があった。
「そこの答え、間違ってんだろ。途中で使う公式が違う。もうすぐ受験だろ。この程度、間違えんなよ」
「えぇ~、どこどこ?」
雄英高校は偏差値79の進学校。爆豪は学年No.3。すでに大学入学レベルに達していた。
「どこのクソ教師が教えてんだ。俺の方が教えられるぞ」
「じゃあさ、行っちゃいますか、夜。一緒に夜の学校探検しよう」
その言葉に、爆豪は一瞬、手を止める。レゼと同じ教室で、同じ時間を過ごす。昼休みに並んでパンを買い、放課後に並んで帰る。そんな“普通”の学生生活――自分には縁がないと思っていたはずの光景が、ふと脳裏に浮かんだ。
彼にとって学校とは、No.1ヒーローになるための通過点。勉強も訓練も、すべてはその目的のため。わき目も振らず、誰にも甘えず、誰にも頼らず、ここまで来た。
だが、レゼの言葉は、そんな彼の“灰色の青春”に、ほんの少し色を差した。
「治安はいいとはいえ、夜の外出はやめろ。ヴィランが出たらどうすんだ」
爆豪は、いつものように警戒を口にする。だが、その声には、どこか“気遣い”が混じっていた。
「その時は、守ってくれるんでしょう? 未来のNo.1ヒーロー。じゃあ、今晩23時に、府戸中央高等学校の正門前で。夜の学校、きっと楽しいよ。私は、爆豪君と一度、学校に行ってみたいな」
「勝手に決めんな! 俺は夜も特訓があって忙しいんだ。……絶対に、大通りを歩けよ。路地裏なんて通るんじゃねーぞ」
「ふふ、それはどうしてかな~? 嘘嘘、そんな怖い顔しないのって」
レゼは、ブラックコーヒーを口にしながら微笑む。その笑顔は、爆豪の“防御”を少しずつ溶かしていく。
彼女の言葉は、甘くて危うい。だが、爆豪はそれを“嫌いじゃない”と思ってしまった。
………
……
…
その二人の様子を、遠く離れたビルの屋上から見つめる者がいた。双眼鏡を構える神代真一。その隣には、透明化を展開する葉隠透。
「ロシアも、やることはやってますね。葉隠さん、強襲型ドミネーターは仕舞ってください。……もしかしたら、それだけでは殺しきれないかもしれません」
「どうしたの? 犯罪係数、規定値超えてたよ」
神代の眼に映るレゼの正体。それは、ただの“美少女”ではなかった。
「あれは、ロシア産の脳無と呼ぶべき存在です。爆弾の個性以外にも、複数の個性を持っている。ドクターは死体を使って脳無を作った。ロシアは、生きた人間に複数個性を持たせる実験をしている。……業が深いですね」
「日本産の脳無が、なんか人道的に思えてきたね。ビジュアルは最悪だけど」
葉隠の言葉に、神代は苦笑する。彼女も、もう“裏の住人”になっていた。
「日本は、個性因子を抽出して死体に定着させる。EUは、特殊な装置で個性を押し付ける。ロシアは、個性持ちの人間に、別の個性持ちを“食わせる”。……倫理なんて、とうに捨ててますよ」
神代真一の簡単脳無判別方法は、こうだ。
・ビジュアルが脳むき出しの化け物が日本産
・ビジュアルがケモナーで良い匂いがしそうなのがEU産
・ビジュアルが美少女で男を虜にするのがロシア産
これだけ覚えておけば、脳無検定は100点を取れる。
「じゃあ、どうするの? このままって訳じゃないよね?」
神代は、双眼鏡を下ろしながら答える。
「爆豪君。君の頑張り次第です。だから、私はその時に備えます。葉隠さん、一度撤収しましょう。必要な物を取りに行きます。……クラスメイトの情事を観察するほど、野暮じゃありません」
「うん。ねぇねぇ、神代君。実はここの名物って、エンデヴァー事務所があることから“焦がし味噌ラーメン”なんだって。食べに行こうよ」
この時、葉隠が引き金を引いていれば、レゼは殺せていた。だが、爆豪のすぐ隣で爆散すれば、彼の心に深い傷を残す。だからこそ、神代は“面倒な方法”を選んだ。
「ヒーローか愛か。爆豪君がどちらか一つを選ばないといけない時、果たしてどちらを選ぶのですかね」
物間の一件での貸し借りを、ここで帳消しにするために――。