そこにいるのは、若い男女二人だけ。教室の教卓に立つレゼが、黒板に文字を書いた。そして、生徒の爆豪勝己が刺される。
「ふざけてんのか、何がデカケツだ。このエロ女がぁぁ!」
「ちょっと、夜の学校なんだから騒がないの」
ここは雄英高校ではない。地方にある、普通の高校。特別な訓練施設もない。厳重なセキュリティも、武装警備ロボも、夜に徘徊する教師もいない。これが“普通”の学校だった。
レゼと爆豪は、ゆっくりと校内を歩く。
音楽室でピアノを弾き、理科室では人体模型にいたずら。学生らしい“悪いこと”を重ねながら、二人は夜の校舎を満たしていく。体育館を通り、プールへ。月明かりが水面に反射し、神秘的な雰囲気を醸していた。
「あ、そうだ。確か、個性の爆破って水に弱いんでしょう? 泳ぎとか苦手だよね」
「そんなわけねーだろ。得意じゃねーだけで、苦手なわけじゃねーよ」
レゼが何か“悪いこと”を考えていると察した爆豪。その予感は的中する。彼女が目の前で脱ぎ始めた。咄嗟に目を覆うが、白い下着と肌が視界に焼き付く。
「こんな機会、滅多にないんだし。泳ごうよ」
「ふざけてんのか。何で服脱ぐんだよ」
「えぇ~? だって服着たままじゃ重いじゃん。濡れちゃうし」
「そうじゃねーよ。そういう意味で言ってんじゃねー!」
爆豪の静止もむなしく、レゼは全裸でプールに飛び込んだ。
「大丈夫だよ。暗いし、月明かりで見えない。爆豪君もおいでよ。それとも、水に濡れるのが怖いの? 泳ぎで私に負けるのが怖い?それとも、身体に自信がないとか? ちっさとか言わないからさ」
「はぁ? 俺様はパーフェクトなヒーローを目指してんだ。そこらの野郎とは訳が違う。絶対に負かせてやる」
理性をギリギリ保つ爆豪が、パンツ一枚でプールに飛び込む。全力で泳ぎ、不得意という不名誉を払拭しようとする。だが、水中でレゼの“全部”が見えてしまい、思わず吹き出す。水を飲み込み、一瞬溺れかける。
差し伸べられた手に捕まり、冷静さを取り戻す。目の前には、水に濡れた優しい瞳で爆豪を見つめる美しい女性。
「だ、大丈夫? 爆豪君。そんな泳ぎ方じゃダメだよ。私が教えてあげる。爆豪君が知らないこと、全部」
「教えるのは俺の方だって言ってんだろ……まぁ、泳ぎ方くらいなら」
青春らしい青春を送ってこなかった男にとって、これは猛毒だった。徐々に体を溶かす猛毒。分かっていても、抜け出せない。相手に手玉に取られていると分かっている。それでも「それでいいかも」と思ってしまう自分が、情けなかった。
常に優位に立つ――それが信条だった。だが、揺らいでしまう。それほどまでに、レゼの距離の詰め方は完璧だった。しかも、“美女限定”という条件付きで。
少し前の爆豪なら、夜の学校のプールで全裸の美女とパンツ一枚で泳ぐなど考えられなかった。今これを誰かに見られたら――口封じに殺してしまいそうだ。せめて、レゼが服を着るまでは誰も来るなと。
………
……
…
雨が降り始め、二人は教室に避難する。
濡れないようにしていた服も、結局びしょびしょだ。爆破の個性で温風を送る方法も、火気に反応して警報が鳴る可能性があるため使えない。
水に濡れたレゼは、月明かりに照らされ美しかった。
「爆豪君はさ、田舎のネズミと都会のネズミ、どっちがいい?」
「なんだそりゃ、なぞなぞか? 都会のネズミに決まってんだろ。田舎じゃ目立たねーし、食い物もねーだろ」
レゼが少し笑う。だが、その笑いは、どこか悲しげだった。
「えぇ~? でも、田舎のネズミは平和だと思うよ」
「バーカ。平和は与えられるもんじゃねぇ。勝ち取るもんだ」
「爆豪君らしい答えだね。そうだね、そういう考えもあるよね。あ、思い出した。明日さ、近所でお祭りがあるんだ。一緒に行こうよ。どうせ暇でしょ?」
「だから暇じゃねーって言ってんだろ。俺はNo.1ヒーローの元で学ばなきゃいけねぇことがある。余計なことに割く時間は一秒たりともねぇ。……何時からだよ、それ。場所は?パトロールに行くだけだからな」
「素直じゃないんだから。じゃあ、覆面パトロールってことで、私服で集合ね」
爆豪は、自分の感情が正しく理解できなかった。
このインターンで学ぶべきことは多い。だからこそ、時間が惜しい。だが、今その時間よりも大切なものがあるのでは――そう考えてしまう自分に、葛藤していた。
せめぎ合っていた。
◆◇◆◇
対象を監視する裏ビティ。
まさか、同級生の情事を覗かされることになるとは思ってもみなかった。しかも、監視対象があの爆豪だ。
「すっごいね、レゼさん。女の私でも、あんなこと言われたらコロッといっちゃうよ」
「それは、美少女もしくは美女が言うから成立するんですよ。よくあるじゃないですか。“ただしイケメンに限る”ってやつ。……疑ってますね。では、証明してみせましょう。裏ビティさん、私の前に立ってください」
神代真一に言われるまま、裏ビティは立つ。 神代は、麗日お茶子が好きそうな性格を模倣する。数々の女性と肉体関係を結ぶ中で習得した“演技スキル”だ。どことなく緑谷に近い雰囲気を纏い、優しく心に響く声で語りかける。
「麗日さんが知らないこと、私が全部教えてあげる」
「ヒェ……こわ」
裏ビティは、全身から血の気が引いた。
“知らないことを全部教える”――その言葉が、ここまで恐ろしく響くとは。確かに、言う人物が変わるだけで、同じセリフでも印象は激変する。
その時、神代の袖を引っ張る葉隠透がいた。
「神代君。わ・た・し・に・も」
「じゃあ、いきますよ……葉隠さんが知らないこと、私が全部教えてあげる」
その瞬間、葉隠の中で何かのスイッチが入った。“全部教えてもらう”ために、彼女は神代に連れられ物陰へと消えていった。
………
……
…
翌日。
エンデヴァーとのパトロールが終わる。緑谷や轟も肩で息をしていた。No.1ヒーローの背中は、まだ遠い。定刻となり、インターン生の活動時間が終了する。
「今日は祭りがあるらしいから、俺はそっちをパトロールしてきてやる」
「それなら僕も付き合うよ、かっちゃん!」
「そうなのか。じゃあ俺も付き合うぜ」
爆豪の脳内で、高速シミュレーションが始まる。レゼなら、緑谷や轟を歓迎する。
昨日の夜の一件が漏れる可能性――絶対に連れてきてはならない。そう結論づけた爆豪は、事前に準備していた“切り札”を取り出す。
「デク。この間、偶然ネットオークションで手に入れた一品物だ。オールマイトがアメリカで活躍してた時に発売された雑誌付録の特集2時間DVDだ。先に貸してやるから、明日までに返せよ。だから、帰ってすぐに見ろ。いいな!!」
「す、すごい!! これって、ネットでプレミアがついてて、50万円はくだらない品じゃないか。ありがとう、かっちゃん!!」
爆豪は、何故か自分の口座に多額の現金があったため、万が一に備えて準備していた。
「半分野郎!! 祭りの焼きそばは、てめーが好きな蕎麦じゃねぇ。隣町に“日本蕎麦名店100”に入ってる店がある。俺は行けねぇが、今日は俺が金だけ出してやるから食ってこい。明日、感想を教えろ!! いいな」
「蕎麦か……いいな。わかった、悪いな爆豪。金出してもらって」
これも、彼の口座に振り込まれた“謎の資金”から出すことになる。
………
……
…
祭り会場の神社。鳥居の下で、レゼが誰かを待っていた。
レゼのような美少女を放っておく男は少ない。“お持ち帰り”を狙う男たちが、次々と声をかけてくる。
「かわいいね~。一緒に祭り回ろうよ。絶対楽しいって!」
「この後の花火、穴場スポット知ってるよ!」
爆豪とレゼの目が合う。レゼは、少しだけ悪戯を試みる。
「どうしようかな~。でも、そこの彼に勝てたら、一緒に回ってあげてもいいよ。顔怖いよ~、爆豪君」
「うるせぇ~。人がパトロールに来てやったのに、ナンパされてんじゃねぇよ。てめーら、失せろ。殺すぞ」
爆豪の声は、いつも以上にドスが効いていた。その一言で、ナンパ男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
レゼは、くすくすと笑った。
「ふふっ、爆豪君ってほんと怖い顔してるよね。いけないんだ~、ヒーローが市民を威嚇して。でも、ありがとう。助かった」
「助けたわけじゃねぇ。俺はパトロールに来ただけだ。……それに、あいつらの顔が気に食わなかっただけだ」
「そっか。じゃあ、パトロールのついでに、私と祭り回ってくれる?」
爆豪は、少しだけ目をそらした。その仕草を見て、レゼはさらに一歩踏み込む。爆豪の手を引き、祭りの会場に溶け込んでいく。
………
……
…
二人は、屋台をいくつか回りながら、祭りの空気を味わう。焼きそば、りんご飴、金魚すくい――爆豪は、どれも「パトロールの一環だ」と言い張るが、レゼの笑顔に釣られて、つい固く閉ざされていた心の紐が緩む。
「ねぇ、爆豪君。私、こういうの初めてなんだ。誰かと祭りに来るのも、金魚すくいも、花火も。……全部、初めて」
「嘘つけ。そんな顔して、初めてなわけねぇだろ」
「ほんとだよ。こんな楽しいのは初めて」
その言葉に、爆豪は一瞬だけ立ち止まる。だが、すぐに歩き出す。
「知るかそんなの。俺は、パトロールしてるだけだ。……それだけだ」
レゼは、爆豪の背中を見つめながら、静かに微笑んだ。
「うん。じゃあ、パトロールのついでに、もう少しだけ一緒にいてね」
………
……
…
夜空に、花火が咲く。
爆豪とレゼは、並んで高台に座っていた。爆豪は、何も言わずに空を見上げていた。レゼは、そっと彼の肩に頭を預ける。
「ねぇ、爆豪君。やっぱりさ、日本のヒーローって少しおかしいよ。命がけで子供がヴィランと戦うなんて。USJの事件や林間学校の件……命がいくつあっても足りないよ」
「……」
爆豪としても、命の危険をここ一年で何度も感じていた。否定できる要素はなかった。だが、それがヒーローである証明だと思っている。
「仕事やめて……私と一緒に逃げない?」
「はぁ? なんでそうなんだよ」
レゼの雰囲気が変わったことに、爆豪も気づいていた。悩みなのか、それとも別の何かか。逃げるにしても、何から? なぜ?No.1ヒーローを目指していることも、レゼは知っているはず。だからこそ、爆豪は脳をフル回転させていた。
「私が爆豪君を幸せにしてあげる。一生守ってあげる。……知り合いに頼めば、ヴィランにもヒーローにも見つからない場所で暮らせる」
「だから、俺に逃げろって言ってんのか。ちげーよな。俺がレゼのことを守ってやる。ヴィランからも、ヒーローからも。てめぇが何者であってもだ」
レゼが勇気をもって差し出した手を、爆豪は取らなかった。
彼は、究極の自己中心的なヒーロー志望者。彼女が困っているなら、自分が救う――そう信じている。
「そっか、わかった。私より……ヒーローの方が大切なんだね。じゃあ、仕方ないか。いい思い出、作れなくてごめんね。私、爆豪君のこと、ちょっと好きだったよ」
「勝手に過去形にすんなよ、ばーーか」
レゼが爆豪に近寄る。
二人の唇が触れ合い、舌が絡む。次の瞬間――ガリッと肉を噛み切る音が響き、爆豪が悶絶した。
「痛いね。ごめんね。君の遺伝子、もらうね?」
レゼが痛みで悶える爆豪を気絶させようとしたその瞬間――茂みに隠れて覗き見していた、爆豪の大親友にして、爆豪に彼女ができることを神が許しても絶対に許さない男――緑谷出久が、OFAフルカウル状態で爆豪を掻っ攫っていった。
「かっちゃん!!」
「えっ!?」
その足の速さと風貌から、レゼは前もって調べていたデータを照合し、今の男が爆豪のクラスメイト・緑谷出久であると即座に特定する。
レゼは、すでに“引き返せない”と判断した。首元のチョーカーにあるピンを抜く。それは、彼女の“覚醒スイッチ”だった。
「ボンッ」
ピンが抜かれた瞬間、レゼの頭部が爆発。爆風で肉体が損傷するが、すぐに再生が始まる。それは、超再生と同等の速度――まさに脳無の特性。
彼女の頭部には魚雷を模した被り物。
ダイナマイトを連ねたような前掛け。
腕には触手のような器官が巻き付いていた。
逃げる緑谷を見て、レゼが一言。
「泥棒」
爆風の反動を利用し、OFAフルカウル状態の緑谷に追いつくレゼ。緑谷は、目の前の“彼女”が、かつてUSJで戦った脳無よりも強いと直感で理解する。
彼女は、ただの諜報員ではなかった。ロシアが生み出した“生きた脳無”。国家が生み出した兵器と彼らは対峙する。
助けてください、ヴィランに襲われてまーーす♡
をやるしかねーー。
ストックが切れたのでお待ちください。