雄英高校では、初の実地演習「USJ(ウソの災害や事故ルーム)」への移動が数日後に迫っていた。
そして、その裏で、もう一つの準備が進められていた。
個性の中でも、極めて希少とされるものがある。その一つが、治癒系個性。中でも、自分自身ではなく“他者”に作用する治癒個性は、国家戦略級の価値を持つ。
日本中の医療機関、製薬企業、政府機関――就職先に困ることはない。だが、その希少性ゆえに、裏社会も同様にその存在を求める。政府の個性データベースにも記録されないことが多く、情報は紙媒体で管理されていた。
そんな中、神代真一は、選りすぐりの治癒系個性持ちの女性を一人連れ、ある場所へ向かっていた。女性に提示された報酬は、一度の治療で三千万円。契約系個性による守秘義務が課され、絶対順守が保証されている。
「目隠しまでして……どこに向かっているんでしょうか? 患者の治療ですよね? 危ない仕事じゃありませんよね?」
「政府関係のお仕事ですから、合法でしかありません。安心してください。重症の患者のため、治癒できずとも報酬は確実に支払われます」
神代真一は、スーツ姿で相手に失礼のないよう身だしなみを整えていた。連れてきた治癒系女性にも、同様の配慮を施している。
「でも……本当に一回の個性使用でここまでの大金をいただいてもいいんでしょうか?後になって“秘密を知りすぎた”とか言われませんよね?」
「面白いことを言いますね。契約系の個性によって、本件に関して外部に漏らすことは不可能です。ですが、万が一話した場合には……どうなるかは、わかりません。今回の件は、多額の口止め料込みだと理解してください」
女性は冗談交じりに雰囲気を和ませようとした。
だが、神代真一は違った。この件を漏らせば、間違いなく“消しにかかる”。それも政府主導で、確実に息の根を止めに動くだろう。これから会う相手と政府が裏で繋がっているなど、決して表沙汰にはできない。
車が止まり、神代真一に手を引かれて案内される。
エレベーターを乗り継ぎ、ある部屋の前に到着すると、アイマスクが外された。神代真一は、扉の前でノックし、部屋の中にいるビジネスパートナーに声をかける。
「オール・フォー・ワン殿。新しい治癒系個性を連れてきました」
『神代君か。入りたまえ』
開かれた部屋の内部には、数々のケーブルに繋がれ、機械で延命されている一人の男性が座っていた。死に体のはずなのに、発せられる威圧感は、一般人である女性にとっては重圧そのものだった。
逃げるという選択肢は、最初から存在しない。
この状況から生きて帰るには、治癒の個性を十全に発揮するしかない。三千万円という報酬は、伊達ではない。
「お加減は、あまり変わらないようですね。それと、私も雄英高校に先日入学しましたので、何か必要があればご用命ください」
『ふふふ、わざわざそれを言うってことは、僕が送り込んだスパイも見つけているってことだね。まぁ、君の個性ならバレても当然か。必要になればこちらから連絡する。時機を見て、弔にも君のことを紹介しておこう』
聞きたくない情報を聞かされた女性は、不安でいっぱいだった。絶対に“ヤバい場所”にいる――それだけは、本能で理解できていた。
「あ、あの……私の個性は、主に内臓系に効果がある再生治癒でして……お顔の傷などには、あまり効果が……」
『素晴らしい個性を連れてきたじゃないか、神代君。臓器のような複雑な器官を再生治癒できる個性は、国家が厳重に管理して表に出ないからね。僅かでも私が回復すれば、十分だ。さぁ、やり給え。出来栄え次第では、私からも個人的な報酬を君にあげよう』
治癒系個性持ちの女性は、恐る恐るオール・フォー・ワンの手を握り、個性を発動させる。彼女の人生で、今より頑張った瞬間はない。僅かでも回復させなければ、命の保証はない。
人の本気は、時に奇跡を生む。オール・フォー・ワンの潰れた肺の1/4が、個性によって再生された。通常治療では絶対に治らないとされた呼吸器官が、一部再生したのだ。
スーーーハァーーーーと、深呼吸する吐息が漏れる。
『空気がうまいと感じたのは、いつぶりのことか。僅かだが、私の肺を再生させた個性。実に良いじゃないか。本来ならストックすべきだが、超再生で再生された肺は二度と失われない。約束を守ろう。彼女の疲れが癒え次第、肺を完全再生させたいものだ』
「オール・フォー・ワン殿。残念ですが、彼女の個性はそこまで万能ではありません。同じ患者に対しては、効力が著しく低下します。対象がこの個性に対して“耐性”をつけてしまうとのことで……おそらく、良くても肺の1/3の再生が上限でしょう」
チッ――と、オール・フォー・ワンの舌打ち。
その音だけで、神代真一の背筋が粛然とする。だが、今の彼はとてつもなく上機嫌だった。 肺呼吸という感覚を取り戻したことが、何よりの快楽だった。
『いやいや、すまないね。私としたことが大人げなかったよ。さぁ、リトルレディ……その個性の限界まで使い、私を治療してくれ。私からも謝礼は弾むよ』
「貴方に喜んでもらえるのは、こちらとしても色々と無理をしたかいがありました。これからも、我々と良しなにお願いします。お身体の調子が少し良くなりましたら、タルタロスで収容中の野良ヴィランの囚人から個性剥奪をお願いします。危険人物に危険な個性を持たせて生存させておくなど理解できません。必要でしたらドクターの元に原材料としてお届けしますか」
女性は理解した。世間で騒がれているヴィランなど、所詮は小物。真の“悪”とは、このような男達のことを言うのだ。
『ははははは!! 神代君は、いつも面白い事をいうね。そうだね、悪が凶悪な個性を持つのは許せないよね。流石は、正義側の人間だ。惚れ惚れするよ。その結果、僕の力が増しても構わないのかい?』
「何も問題ありません。だって、オール・フォー・ワン殿は、ヒーロー社会の事を良くご理解されております。それに、私の能力が貴方を全肯定しています。世界は、必要悪を欲しています。世の中の野良ヴィランを統括し、管理できるのは貴方をおいて他にいない」
『「はっはっはっはっは」』
吐き気を催す邪悪をその身に感じつつ、女性は治癒行為に励んだ。能力を限界以上に酷使しつづけた。
・・・
・・
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そして、彼女が精魂尽きて目覚めた時には、自宅のベッドの上。そこには、現金三千万円とともに、オール・フォー・ワンからの“贈り物”が置かれていた。
その隣には、個性登録証のようなものが添えられていた――風系統の個性「カマイタチ」。自衛用として、オール・フォー・ワンから“贈与”されたものだった。
彼女はその紙を震える手で持ち上げ、そこに記された一文を見つけた。
【この個性は、私からのささやかなプレゼントだ。是非、君のような個性持ちが後世に引き継がれる事を期待しているよ】
彼女は、何も言えなかった。ただ、震えながら、新しい個性の発現を確認する。指先に、風が集まり、刃のように空気を裂いた。人に個性を追加付与できるなど、治癒系個性とは比較にならないレベルでの希少性。ヤバさの次元がワールドワイド級だ。
「……もう、二度と関わらない。絶対に」
彼女は、日本の闇に触れた。こうして、彼女は今後の人生を治癒系個性であることを隠し風系個性の使い手として生涯生きていこうと誓う。もう、二度とこんな連中と関わらないために。
きっと、こんな感じの世界がヒロアカでもあるはず!