ラブライブ!~胸(ポケット)にはいつも転学届~   作:カゲショウ

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どうも、カゲショウです

前回より一、二か月空けての更新になりましたがお気に入りや評価してくださる方がいて感激です……!それに誤字報告してくださる方もありがとうございます!

さて、今回は伏線少な目の回なので気楽に読めるかと思います。前回の田城野の隣にいた子が誰なのか、そして見慣れた他人とは? そこら辺が主題になるかと。

それでは本編をどうぞ!!


19話 ミナレタタニン

 気温は今朝の天気予報では二十度と言っていたすごしやすい気候。春風が優しく吹く朝、俺は音ノ木坂学院の校門の前でとある人物を待っていた。

 無論ぼっち姫ではない。昨日色々あったが、最終的にアイツは「もう少し自分で考えてみるわ」と言っていたので、暫く関わる事は無いだろう。

 では俺は現在進行形で通り過ぎていく女生徒から不審そうな眼をされながら誰を待っているのか。それはあまり関わりたくない人種であるのだが、関わらざるを得なくなる人物だ。

 誰かを語る前に少しだけ俺の今の状況を整理しよう。俺はほぼ音ノ木坂に関する知識及び人脈がなく、故に情報網が希薄である。

 この学校で信頼できる情報源は理事長と生徒会だけなのだが、その情報さえ偏りがあり、俺が欲しい情報などを所持していない可能性がある。

 例えばスクールアイドルに関する情報だ。まず正式に認可されていないので理事長はこの事には疎いだろう。逆に生徒との直接接触する機会が多い生徒会はスクールアイドルに関する情報はそれなりにあるだろう。特にあの副会長は裏で何やっているかは知らんがそれなりの情報は持っている筈だ。

 しかし、生徒会長はどうも俺を毛嫌いしているみたいで、そろそろほとぼりとか色々冷めてるだろう思い、昨日あの後生徒会室に行ったら終始妙に棘のある言葉を吐かれ睨まれていた。これでは生徒会に近寄る事すらできない。

 つまり俺は欲しい情報が即座に手に入らない状況に置かれているわけで、そんな中ではまともに活動さえできない。『彼を知り己を知れば百戦危うからず』と昔の偉人は言ったが、(音ノ木坂)について知れてないので既に負け戦になりかけている。

 だがだからと言って手を引くわけにはいかない。高坂や絢瀬には既に中学校の方で色々動いてもらっているし、何より俺の今後の学校生活がかかっているのだ。負けないような工夫を凝らすべきだろう。

 まぁそこで今待っている奴が関係してくるわけだが……遅いな。後十分で遅刻になるぞ?

 腕時計と睨み合いをしていると、ようやくそいつは慌ただしい足音と共に現れた。

 染髪された髪より自然な暗いブラウンの短い髪。アジア系よりも北欧寄りの顔立ちをしている少女の瞳は綺麗な茶色で、若干たれ目ではあるが小さな物すら見落とさないような力強さがある。段々と近づいてくる身体は平均の女子よりも少し大きめで、平均よりも少し小さめに見える胸のあたりで緩められたリボンが彼女の動きに合わせて上下している。

 

「ようやく来たか……」

 

 俺が通り過ぎる人の九割から不審そうな眼で見られ続けたのはコイツを待っていたからだ。いつも気が付いたら教室にいる為いつ登校してるのか分からなかったが……こんなギリギリだったのか。

 その事に若干呆れつつ、俺は片手を上げて疾走する彼女を呼び止める。

 

「おはよう、辺田」

 

「おろ? 西原クン? オハヨー」

 

 ズザーっと音を立てて急停止した彼女は、まったく息を乱した様子もなく気の抜けるような軽さで挨拶を返してくれた。

 彼女は辺田(へんた)イリア。名前からも察する事が出来るように、彼女は純日本人ではなくアイスランド人と日本人のハーフらしい。尤も生まれも育ちも日本で、アイスランド自体には一回も行ったことがないとの事だ。

 かなり社交的な性格をしている彼女は俺が教室内で話す数少ない人物であるのだが……ぶっちゃけ苦手な人種ではある。別に社交的な奴が苦手とか明るい奴が苦手とかではないのだが、彼女は苦手な人種だ。何故ならそれは――

 

「そういえば西原クン、昨日の驚いた顔をした心実の写真が出来たんだけどいります?」

 

 ――何処か頭のねじが緩んでいるからである。もっと言えば変態一歩手前だから苦手だ。

 彼女の言う昨日の驚いた田城野と言うのは、音楽室でのあの時の事をさしているのだろう。笑顔で掲げられた写真を見る限り間違いは無さそうだが。

 昨日コイツは部の活動として放送部と合同で『音ノ木坂新七不思議』を調査していて、その一つの『放課後聞こえる謎の少女の歌声』を調べるために音楽室に来た所、俺達がいて何話してるかは分からないけど取り敢えず西木野に可愛さを感じたから隠れて盗撮しておこうと隠れていたと供述した。田代野だけではなく可愛ければ盗撮する彼女の精神にはほとほと呆れる物がある。

 

「その写真を持ってたら余計な誤解生みそうだからいらん」

 

「可愛いんですよ? 心実」

 

「いや、別に可愛いか可愛くないかを問題視してるわけじゃないからな?」

 

「おや、そうなんですか。意外ですね」

 

 辺田の中では可愛ければ問題ないという方式でも成り立ってるのだろうか? 可愛いは正義という言葉を聞いた事がないわけじゃないが、本当にそう思っている奴がいるとは思わなかったぞ……。

 何が面白かったのか知らないがカラカラと笑い、ひとしきり笑って満足するとそういえばと問いかけてきた。

 

「西原クンはこんな所で何をやってるんです? もうすぐ遅刻になりますよ」

 

「あぁ、まあ……お前を待ってたんだよ」

 

「おや、ワタシに御用でしたか! これは申し訳ありませんでした」

 

「約束をしていたわけでもないし、お前が謝る事じゃない」

 

「じゃあ前言は撤回しますね」

 

「気遣いがいのない奴だな、おい」

 

 そう返しつつ俺は校舎の方へと脚を進める。ワンテンポ遅れて辺田は俺の隣を歩き、桜並木の下を二人で歩く。その様は一見仲睦まじい男女の青春のワンシーンのように見えるが、残念ながら俺はコイツにそんな感情は持ってないし辺田も持ち合わせてはいないだろう。まぁ、変に話がこじれる可能性があるからそっちの方が助かるんだがな。

 視線をひらりと舞い落ちる桜に固定しつつ俺は彼女に本題を切り出した。

 

「辺田、お前に仕事を頼みたい」

 

「仕事? 何か先生に押し付けられたんです?」

 

「正確に言うと違うが、まぁ似たようなものだ」

 

 今回の件は最終的に俺から協力をかって出たようなものだし間違ってはいないな。今でも若干事の深刻さに心は折れそうだけど。

 へー、と本当に理解してるのか疑わしいくらい能天気に相槌を打ちつつ、辺田は目で目の前を通り過ぎる蝶を追いかけている。

 

「……こいつ」

 

 この辺田イリアという人物は恐らく感づいたのだ。下手にこの仕事を安請け合いすると確実に面倒くさい事に巻き込まれるという事を。だからこうしてこの話を続けさせない事によって有耶無耶にしようとしている。アホっぽく見えるのに何と小賢しい奴なんだ……。

 だが残念だったな辺田。俺は生命線を蝶ごときに奪われて諦めるほど能無しじゃないんだよ。

 

「お前に依頼したいのは情報提供だ」

 

「え? まだ話し続いてました?」

 

「誰も話を切り上げては無いからな」

 

「…………チッ」

 

「舌打ちが聞こえてるぞジャーナリスト」

 

「何言ってるんですか西原クン。ジャーナリストは舌打ちなんてしませんよ?」

 

 彼女の口から俺の耳までは人の頭一つ半しか違わないのに聞き逃すわけがないだろうに……。だから俺はそんな完璧につくられた愛想笑いに騙されたりしないから。

 ニッコリと笑う辺田。彼女が自称したことが今回彼女に協力を頼もうとした理由だ。

 ジャーナリストと言っても当然ながら本物のジャーナリストではない。彼女は新聞部に所属しており、音ノ木坂学院内で発行されてる『オトノキ瓦版』という壁新聞の製作に携わっているなんちゃってジャーナリスト。

 ただ隔週更新で掲示板に新聞を貼っているのだからその情報収集能力は高いだろうし、記事に起こしているという事は処理能力も高いはずだ。採用されたかどうかはべつとして今まで一回も落したことは無いと細やかな自慢をされたのを俺は覚えている。自慢してきたのは何故か田城野だったが。

 まぁ要は情報源がない俺がこれから戦っていくには情報提供者が必要であり、その人物に辺田を選んだという事だ。

 

「あ、西原クン。教室まで競争しませんか? 喋ったら負けってルール付きで」

 

「しないから」

 

 ただ全容を話していないのに彼女がこの調子なので難航しそうなんだよなぁ……。と言うか話題の逸らし方下手過ぎだろ。高坂の方がもう少し上手く話題を逸らすぞ?

 

「まぁそう邪険に扱わないでくれよ。お前にとって損は無い話だと思うぞ?」

 

「それは何を根拠に言える言葉ですか?」

 

「個人的主観オンリーを根拠に言ってる」

 

 おいそんな冷めた眼で見るな。結局損得決めるのはお前の考え方次第なんだから個人的主観で考えるしかないじゃないか。

 目じりから此方を除き見るブラウンの瞳からはまだ若干の冷たさはあるが、すぐににっと口の端を釣り上げて笑う。

 

「まぁ取り敢えず話し位は聞かせてくださいな。仄かに良いネタの香りもしますし」

 

「……お前の嗅覚凄いな」

 

 これは協力を得られたら想像以上に戦力の増強に繋がるかもしれないな……。ならちょっと気合入れて勧誘するとするか。

 桜並木を抜けて正面玄関をくぐり、マットの上で軽く靴の裏についてる土を落す。そして階段をゆっくりと登りながら話しだす。

 

「辺田にして頼みたい仕事は二つ。情報提供と情報発信だ」

 

「情報提供と情報発信、ですか……」

 

 ピースサインのように立てて突き出された右手を辺田はほうと見て、立てられた二本の内人差し指の一本を右手で握る。人差し指だけ高級手袋に包まれているように温かい。

 

「情報提供は何となく分かります。要は今西原クンに音ノ木坂の情勢を教えればいいって事ですよね?」

 

「そういう事だがちょっと理解力高すぎないか? それと指離せ」

 

 俺が与えたのは“情報提供”と“仕事”という単語だけだったのに、頼みごとの内一つをどんぴしゃに当てられて驚愕せずにはいられなかった。

 その事に気付いて辺田は満足気に口元を綻ばせると、指を掴んだまま自慢するようにネタばらしをしてくれた。

 

「ふっふっふ。西原クンが最近何やらこそこそ動いているのはとっくに気づいてましたからね。後は現在の西原クンの状況を分析して何故ワタシに話を持ち掛けたのかを考えれば簡単に想像がつくんですよ」

 

「成程ねぇ……。そいつは話が早くて助かるよ。あと指離せ」

 

「でも情報発信っていうのがいまいちピンとこないんですよ。具体的にはどうすればいいんですか?」

 

「今から説明するからいい加減指離せ。すれ違う奴等からの視線が痛い」

 

 すれ違う奴等もだが、始業時間ちょっと前なので自分の教室に帰ろうとしていた奴等も遠巻きにこの光景を見てヒソヒソ何か言ってるし。

 大方俺と辺田の関係を邪推してるか朝っぱらから女子と仲良さそうに手を繋いでいる俺へ節度がなってないという陰口だろう。言い訳の一つでもしたいがきっと説明する前に彼女達は逃げるだろうから、きっとそれは叶わない。

 辺田も今の状況はあまり望んだものではないようで、辺りの状況を軽く確認してパッと掴んでいた手を離す。

 

「どうもすみません、少しだけ気になる事があったものでつい」

 

「気になる事? 俺の人差し指にそんな興味を惹かれるようなものは無いと思うんだが……」

 

「ま、そこは今興味ないので、情報発信について詳しく教えて下さいな」

 

 この女あくまで自分のペースで事を進める気だな? 会話の主導権を自然に取りに来る辺り流石ジャーナリスト擬きといった所か。

 だが別に怒りを覚える事ではない。今は向こうのペースであったとしても確実に此方の頼みを伝える事を優先するとしよう。

 若干肩からずり落ちそうになっている鞄をかけ直し、俺は説明を始める。

 

 

「辺田には俺の……というか、俺達がする事を新聞に取り上げて欲しいんだ」

 

「ほほぅ? つまり三百六十五日二十四時間密着取材をしろという事ですか?」

 

「違う。というかお前もこんな面白くもない男にそんなにする気はないだろ」

 

「それはもちろんですよ! 性別が違えば考えなくもないですが」

 

「……そうか」

 

 やっぱりコイツどっか……。性別が違えばって事は女だったらしかねないって事で、普段から田城野を盗撮しているコイツはもしかして――いや、考え過ぎだな。うん。

 …………まぁ、念のため今度田城野にストーカー規制法について教えておくとしよう。

 ガシガシと少し頭を強めに掻いてずれていく話を戻す。もうすぐ教室についてしまうからこれからは手早く進めるとしよう。

 

「辺田は俺が今廃校を阻止する為に動いているって知ってるんだよな?」

 

「ええ、まぁ。ワタシの情報網に何件かそんな話が引っかかってるので大雑把には知ってます」

 

「俺はその一環として、『生徒会下議会』という新しい組織を設立するつもりでいる。お前には主にそれを――」

 

「ほう!! 生徒会下議会!!」

 

 言葉の途中で食い気味に、そしてブラウンの瞳を輝かせて詰め寄る。そして両手にはいつの間にかメモ帳とボールペン、そしてメモ帳持ってる手で器用にICレコーダーが用意されていた。というかあんまり近づくな。俺の登る階段のスペースが狭くなるだろうが。

 

「中々面白そうな名前が飛び出してきましたね! いったいどんな組織なんですか!? 犯罪系ですか!?」

 

「何故そうなる。読んで字の通り生徒会の下に位置する、いわばサポート組織だよ」

 

「ふむふむ、サポート組織ですか。具体的には何を手伝うんですか?」

 

「基本的には現生徒会が請け負うはずの仕事の一部を議会の方で処理したり、イベントの運営、企画を考案したりとまぁ色々やるつもりではある」

 

「それはまた随分と殊勝な組織ですね。生徒会長と不仲という話があるのに」

 

「そんな話まで掴んでるのか……」

 

 コイツの情報網凄すぎないか? どっからそんな情報間で仕入れてくるんだよ……。協力してくれるならこれほどの情報面での安心感は無いだろうけどさ。

 高速でメモ帳に何かを書いている辺田をよそに、俺は彼女の凄さに驚きを通り越して呆れていると目的の階まで着いて俺達のクラスのプレートが視界に入る。

 

「おや、もう教室についてしまいますね」

 

「お前が散々話を逸らしたせいであんまり話せなかったな」

 

「そんなにワタシと話せなかったからって拗ねないでくださいよ?」

 

 辺田が悪戯している子供の様なニヤついた笑みを浮かべ僅かに上目使いで此方を見る。しかし、残念ながらその仕草の一つも俺の鼓動を早くさせる要素がなく、ただただ躾の悪い子供を相手している気分になるだけだった。……というか高坂相手にしてる気分だな、これ。

 まだ朝なのに既に疲れが出てきたので、辺田へのあてつけになるようできるだけ大きなため息を吐いた。

 

「随分と早い老眼のようだが、そんなんで大丈夫か? ジャーナリストさん」

 

「御心配には及びません。ワタシまだまだ若いので」

 

 カラカラと笑い、手に持っていた物をブレザーの中に仕舞い込む。この前はカメラもその中に入ってたと思うんだが、女子の内ポケットは四次元と繋がっているのだろうか? まったく膨らんでるようには見えない。

 

「取り敢えず西原クンの頼みたい仕事は分かりました。情報提供は協力できそうですが、新聞記事にするという方は編集担当の副部長と掛け合う必要があるので保留させてください」

 

「なんだ、引き受けてくれるのか」

 

「勿論ですとも! こんな面白そうなネタと、面白そうなネタを作ってくれそうな人が目の前にぶら下がってるのに放っておきませんよ!」

 

「俺に対してそんな面白そうな事を期待しても無駄だと思うが……」

 

「何を言いますか。ワタシは西原クンが面白い事をしてくれるって思ってますよ」

 

 辺田は一、二歩俺の前に出てピッと眼前に右の人差し指を突出し、自信満々の顔をしてこう言った。

 

 

「人差し指が固い人は良くも悪くも何かやらかしてくれる。そう信じてますから」

 

 

 それだけ言ったら満足したのか、それじゃ先行きますねといって早足で教室の中に入って行った。

 俺は暫く彼女の残像を眺め、さっきの言葉が頭の中でまた響いてきたので視線を自分の右手に落とす。

 ……人差し指が固い人は何かやらかす、ねぇ。ジャーナリストの勘か辺田の経験則化は知らんが良く分からない理論だな。もしかしてあの時指握られてたのはそれを確認するためだったのか?

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 いったい今までどれくらいのデータをもとにして言ってるのか知らんが、俺自身は多分辺田の期待には添えないだろう。何せアイツがどんな面白さを求めているのかすら知らないんだからな。

 だがせっかく協力してくれるというのだから、それなりの努力をするとしよう。出ないといつ見限られるか分からないからな。

 俺は人差し指の先端の側面辺りにある固くなった皮膚を親指で軽く擦り、自分の教室へと入った。

 

 

 

□■□■□

 

 

 

「………………」

 

 その光景は非常に信じがたい光景であった。

 空気が茜色になる時間帯の校舎というのは夜よりライトな怪談話や怪奇現象等の話が多く、不思議な事が起こりやすいとされている。

 しかしながらオカルト否定派の人間からしてみれば、それはただの根の葉もない噂であり、枯れ尾花でしかない。オカルトを全否定しているわけではないが、どっちかっていうと俺も後者の部類の人間だ。そう簡単に信じるタイプではない。

 しかし今目の前にある光景を見ていると狐にでも化かされているのではないかと思ってしまう。何故なら今俺の目の前には――

 

「――――♪」

 

 ――理事長そっくりの人型の生き物が制服を着て鼻歌を歌いながら廊下を堂々と闊歩しているのだから。

 …………うん。何あれ。俺の視力が落ちてなかったらほぼ理事長なんだけど。

 遠目から見ているので細部までは分からないが、背丈やシルエットは理事長とほぼ違いがなく、長い髪も特徴的なあの鶏冠のような髪型もそっくりだ。聞こえてくる鼻歌が普段の声より少し高めなのと髪を右側で細長く結っている事以外はほぼ理事長である。

 何で此処まではっきりと言えるのかと言うと、まぁここ最近毎日のように脅迫と催促を兼ねて理事長に転学届を出しに行ってるから見慣れてるからなのだが……まぁこれは一度おいておこう。

 

「今日は何か疲れ気味だから幻覚でも見ているのか? 俺は……」

 

 今日は朝から変人の対応したり休み時間毎にスクールアイドルのメンバーを探したりして多少は疲れていると思っていたが、理事長が制服着て廊下を闊歩している幻覚が見えるほどに疲れているとは……。

 

「…………いやまぁ幻覚じゃないよな。足音聞こえるし、幻覚見えるほど疲れてるなら今頃倒れてる」

 

 となると今前方から歩いてきている人は実像で、正直幻覚じゃないと分かっても受け入れがたいが……理事長なのだろう。

 …………まぁあの人も仕事大変そうだったし、何より廃校の話が持ちあがってきて心的疲労が溜まっていたんだろう。うん、きっとそうだ。そうでないとこっちの心労が加速してしまう。

 しかし今一番すべき事は嘆く事ではなく理事長の奇行をどうにかして止めさせることだろう。最高権力者の痴態はかなりのマイナスイメージになり、最悪これが原因で廃校になりましただなんて笑い話にもならない。

 一部の方以外からいい年した大人の女性が、しかも自分の学校の制服着て廊下を歩くなどあまりいいイメージは持たれないだろうし。

 

「……幸い周りには誰もいないし、まず呼び止めて人目のつかない所に移動するか」

 

 臆する事はない。ただあの危険物を安全地帯に運搬するだけだ。元々は常識のある人のはずだからここからさらに突飛な行動をする可能性は低い筈だ。

 三回程ゆっくりと深呼吸をして覚悟を決め、接近してくる脅威に此方からも歩み寄る。

 一歩二歩と足を進ませるにつれてぼんやりとしか見えてなかった全体像がはっきりしてくる。

 そしてすれ違う直前で俺は足を止め、意を決して声を掛けた。

 

「理事長、何の冗談か何かは知りませんがその恰好はどうかと思いま……あ?」

 

 ふと、違和感を感じて言葉を止める。

 声を掛けた瞬間すれ違った彼女を見て何か違和感を感じる。何と言うか、瓜を二つに割ったように同じなのに、切り口が少し斜めだから微妙に違う感じがするみたいな……そんな微かな違和感を彼女から感じる。

 理事長……じゃない? 全然はっきりしてないが、極僅かに感じる違和感とそうじゃなければいいのにという願望がそう思わせる。

 コイツは、誰だ?

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 田城野の鈴を転がしたような声より高く甘い声が聞こえ、思考の海に沈みかけていた意識が釣り上げられる。

 気が付くと理事長とほぼ変わりないが若干幼さがある顔が目の前にあり、心配そうな表情で覗き込んでいる。

 まだ成長の余地を感じる未成熟な肢体。ふわっとした雰囲気。胸元で軽く握られた綺麗な指。

 …………ああ、そうか。よく見れば気付く事だったよ。

 理事長を見るたび感じるあの『大人』をこの少女からは感じられない事が、きっと違和感の正体だ。

 

「…………えぇ、大丈夫です。突然すみませんでした」

 

 そう、要はこの少女は俺の知らない他人なのだ。

 

 

 

「そっか、だからさっき私の事理事長って呼んでたんだ」

 

 場所は移り変わって屋上の一角。眼下にはフェンス越しに部活動に勤しむ生徒たちがわらわらと動き回っている。学生の本業は学業のはずなのに、此方が本業と言わんばかりの気合の入り方に少しだけ呆れてしまう。ま、意欲的に取り組んでくれるならこちらとしてはありがたいんだけど。

 そんな事を思いつつグランドを見る俺の隣にはさっき俺が理事長と勘違いした人物……南ことりが俺と同じように眼下に広がる景色を見ている。こうして並んで景色を眺めていると別人だと分かった今でも、理事長ときたあの時のようだと感じてしまう。

 

「ああ。正直今でも理事長なんじゃないかって疑うくらいには似てる」

 

「あはは。たまに私でも似てるなぁって思うんだ~」

 

 どことなくふわふわした喋り方をしているのが感覚以外の理事長との違いだな。正直話し方までそっくりっていうのなら、ドッペルゲンガーに会ったみたいで落ち着かないからありがたい。

 だけどまぁ今回だけはその容姿に感謝しなければならないな。何せ約一日かけてようやく会う事が出来たんだからな。

 

「それにしてもお前はこんな所で俺と話してていいのか? スクールアイドルの練習はがあるんじゃないのか?」

 

 隣りでカシャンとフェンスが揺れる音が聞こえたのでちらりと目を向けると、南が目を軽く見開いて驚いていた。

 

「私がスクールアイドルだって知ってたの?」

 

「色んな所で宣伝してるっぽいし、今更そんなに驚く事でもないだろう?」

 

「それはそうなんだけど、西原くんってそういうのに興味なさそうだなぁって思ってたから……」

 

「……否定はしない」

 

 見た目だけならいっぱしの不良なのでそう思われても仕方ないだろうし、実際そこまで興味は無い。だから南の思っている通りの人間である。仮に廃校がなかったとしたら俺は南たちの事を一切知らずに卒業するだろうし、小泉に名前とかを聞く気にもならないだろう。あ、そもそも廃校云々が無かったら俺この学院にいないか。

 南は親譲りの苦笑をその顔に浮かべつつ、さっきの俺の問いに答えてくれた。

 

「今日の練習はもう終わってるの。私はちょっと用事があって残ってたんだぁ」

 

「その用事とやらは終わったのか?」

 

「うんっ。さっきはその帰りだったの」

 

「という事は下校の邪魔してしまったみたいだな。悪い」

 

「あはは。でも、西原君を引き留めたのは私だから謝らなくていいのに」

 

「それもそうだな」

 

 そういえば俺を此処まで連れてきたのは南だったな。というか此処に来るまでコイツの名前を知らなかったから帰りたがってたのは俺の方なわけだが……あれ? これ逆に南が俺に謝るべきなのでは?

 数瞬程そんな事を思ったが、結果的にはあれほど探し回ったスクールアイドルの一人であったわけだしそれで手打ちにしよう。それにせっかく初対面にしては話が出来てる方なのに余計な事で機嫌を損ねるのも惜しいし。

 しかし随分とフランクに接してくるな、南は。

 副会長や田城野の時も思ったけど、人相悪いし対応も結構ドライだし、自分で言うのもなんだがもう少し警戒するものじゃないのか? 会長を見てみろ、俺を一目で不良と決めつけて永久凍土の温かさで接してくれるんだぞ畜生。

 

「――それでね、海未ちゃんはとっても恥ずかしがり屋さんで、練習後のチラシ配りの時もオロオロしててちょっと可愛かったの」

 

「へー……?」

 

 気づけば何かを早口で嬉しそうに南は語っていて、話を聞いてなかった俺はとっさに万能の相槌――クエスチョンマークを添えて――を打つしかなかった。

 え、何? 俺が話聞いてなかった数秒の間に何を嬉々として話してたんだ? 今の所情報が園田が可愛かったという事しかないんだが……。

 

「その時穂乃果ちゃんがお客さんを野菜だと思えばいいんだよって言ったら、海未ちゃん何故かガチャガチャし始めてね~」

 

 しかし俺の思考など気にしていない南は俺が相槌を打ったことにより、話を聞いていると勘違いしたのか更に嬉々として今日あったであろう出来事を語る。

 止める間もなく繰り出されるマシンガントークに近いそれは続き、海未ちゃんが穂乃果ちゃんがと二つの単語が駆け巡る。

 最初は止めようと思ったが、時折今現在の南達の立場や状況を挟んで話してくるので止めるに止められず、結果適当な相槌を打ちつつ南が話飽きるまで聞くことにした。

 南がどれほどの時間語っていたのかは分からない。ただ眼下で懸命に、もしくは惰性で活動していた生徒達の姿は殆ど消え、景色もグレープフルーツの果肉のような赤に染まり始めた位に南は語るのをやめた。

 

「――――って事があったんだぁ」

 

「ソウカ。ヨカッタナ」

 

 もはや自然と口から出るようになった言葉を吐きつつ、内心深くため息を吐く。ようやく終わったと深く深く……。

 結局の所南の話を聞いてて分かったのは園田と穂乃果なる人物は個性的でかわいく、特に後者が言い出しっぺでモチベーションも非常に高い。そして部活動紹介の日にファーストライブをやるという事くらいだった。

 最後に時計を見た時から約二時間はたっているので、その時間でこのくらいしか情報が得られなかったというのは手痛く、もう少し練習内容や時間、完成度等の情報も欲しかったな。

 ……ただまぁ、西木野が自分でこれからを決める事が出来たと知れただけでも良しとしておこう。

 

「それにしても随分とまぁそんなに長々と語れるもんだな。俺なら十分も無理だぞ」

 

 話が長かったことに対する皮肉を少し交えて言うと、南はその既視感しか感じない顔に微笑みをたたえる。

 

「あはは、ごめんね。長かったかな?」

 

「流石に長すぎだ。日没がまだ早いとはいえもうかなり暗くなってるだろうが」

 

「本当だ……気が付かなかったよ」

 

「えぇ……」

 

 どんだけ話すのに夢中だったんだ、お前……。淡泊な反応しか返ってこないから普通は話すの嫌になると思うんだが。

 きっとこの時俺は奇妙な物を見る眼で南を見ていたのだろう。目が合った南は細い眉をハの字にして困ったように笑う。

 

「ごめんね、何か西原君と話すのが楽しくてつい喋り過ぎちゃった」

 

「楽しいって……。出会ってまだ二時間程度しか経過してない相手に何いってんだか……」

 

 ついでに会話ではなく一方的な君のマシンガントークであったことを追記しておこうか。

 それもそうなんだけど、と呟いて暫く空を見て考え込む南。というか考え込まないといけないほど危機感持ってなかったの? 理事長から怪しい人には近づくなと教育されてないの?

 ようやく言いたいことが見つかったようで、空に向けていた瞳を俺に向け今日一番の笑顔を見せた。理事長だと感じない『子供』を感じさせる笑みを。

 

「何か初めてあった気がしないんだけど……何でだろうねっ」

 

……何でと言われても俺には分からないんだけど。

というか何? 俺今ナンパされてるの? 南は愛らしい顔つきでスタイルもいいから男としては凄く光栄なんだろうけど、個人的には特に何一つ響かないのでごめんなさい。

「……ま、そんなわけないか」

 

「何がそんなわけないの?」

 

「こっちの話だ。気にするな」

 

凄く単純に言ってしまえば俺が南を理事長と勘違いしたように、南も俺の何かしらを親しい誰かと重ねているのだろう。尤も、俺の何処を重ねたのかは知らないが……。

 

「奇遇なことに俺もそう感じてるところだよ。もしかしたら本当にこれが初対面じゃ無いのかもな」

 

肩を竦めて冗談めかして言うと、南はクスクスと笑いつつもやんわりと否定する。

 

「それはないかなぁ。西原君の話はお母さんから最近よく聞いてるけど、今まで西原君のような男の子には会った記憶はないもん」

 

「冗談にマジレスはやめてくれよ……」

 

「あはは、ごめんね」

 

まぁ嘘ではないし、わざわざ冗談に付き合う義理もないのだから仕方ないか。だから高坂相手だったらウザいくらい悪のりしてくれるんだろうなとかは思ったのは、きっと疲れてるからだろう。

だからだろう。

 

「西原君って面白いんだね」

 

南の言葉を額面通りに受け取ってしまったのは……。




【次回予告】
そしてようやく、彼等の物語は動き出す

それぞれの理想と期待を背に負って

スタートラインも思想も違う少年少女は進んで行く

しかし、目指す方向は同じだと誰かは言う

スタートの合図となったのはきっと彼と彼女の出会い

彼にとってその出会いはきっと----

次回「始まり」



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