ラブライブ!~胸(ポケット)にはいつも転学届~ 作:カゲショウ
理由はまぁいろいろあるのですが、一番の理由は想定より話が長くなってしまったことですね。
というわけで今回は前編と後編の二部構成で行きます。
テストまであと三日しかないけどこっちを頑張ります!
月曜日の朝、俺は枕元で響く目覚ましのアラームで目が覚めた。
昨日の疲れがいまいちとれていなくて気怠い身体に鞭打ってアラームを止め、ベッドから出てカーテンを開ける。眩しいほどの朝日が部屋中に差し込み反射的に目を細める。
だがそれも一瞬で、すぐに鮮明さを取り戻した視界に見慣れない景色が飛び込んでくる。
此処はどこだっけと脳内に問いかけると、寝起きでもちゃんと働いた脳から今日から新しい場所での生活が始まると返って来た。微妙に質問の答えになって無い所を考慮するにまだ完全に脳は起きていないようだ。
「今日から音ノ木坂での生活か……」
新しいこの場所で俺はどんな人と出会って、どんな事が俺を待っているのだろうか――などと少年漫画の主人公のように期待で胸をふくらませてなどいない。
俺が思っている事、それはいかに音ノ木坂と豊丘高から転校しようかという一つだけだ。別にどんな人に出会っても興味なんて微塵もわかないだろうし、俺が望むのは平和な生活なのでそれを脅かさないのであればどんな事が起こっても気にしない。
もっとも、ここに来てまだ二日しか経っていないのに期待半分不安半分だったのが期待消滅不安一杯になった時点で平和とは無縁の生活になりそうだ。それでも俺は平和な、そして平穏な学校生活を満喫したいのだ。そういう意味では期待していると言っても良いかもしれないな。
「さて、朝飯食って学校行くか」
軽く伸びをして朝食を食べるために部屋から出る。
こうして俺の新たな生活がスタートした。
豊丘高校の制服の上に青と白のパーカーを着て、その上から紺色のブレザーを羽織ってマンションから出る。気温もそこまで高くないので暑さは感じない。
昨日と学院に行った時と同じ道をたどって音ノ木坂学院を目指す。記憶力がそこそこ良いのが俺の数少ない長所だ。
まぁ、そんな能力がなくとも昨日とは違って学生が、それも俺と同じ豊丘高生と思わしき生徒がいくつかの群れを形成しながら歩いているので、道を覚えていなかったとしても問題はなかっただろう。
俺はとりあえず何も考えずに前を歩く豊丘高生の背中に着いていく。
頭上に広がる空は心なしか昨日より淡い青色をしていて、暖かな春の日差しが俺たちを照らしてくれる。
何気なく周りの景色を見るとたくさんの人々が忙しなく行き来し、車も頼んでもいないのに排気ガスを地球温暖化に貢献しながら車道を走っていた。
市街地のため、街路樹位しか自然の姿は見当たらないが緑色の鮮やかな葉を茂らせている。こういう大都会の植物は排気ガスや環境のせいで育ちが悪くなるものだと思っていたが実はそうでもないらしい。
俺の実家は大都市近辺ではあったが、自然が残っているところが所々ある。特に豊丘高は敷地内に植物がたくさん生えているうえに温室まであったので植物があるのは当たり前だと思ってきたが、こういった場所に来るとそうでもないんだなと変な感動を覚える。
「新天地ってのも悪くないな」
まだ何も知らないから言える言葉ではあるが、ただ今登校しているこの時間だけは平和を感じられた。……あぁ、急に学校に行きたくなくなった。なんか行ったら面倒事が待ってる気がする。主に理事長の手によって引き起こされる面倒事が。
「だが、行かねば……。行って今日こそこの転学届を……っ!」
パーカーの上から胸ポケットのあたりを触って転学届を確認する。そこには昨日理事長に手渡し、あっけなく返却された俺渾身の転学届が入っている。
昨日はちゃんとした理由が無かったから受理されなかっただけだ。今日はそれなりの理由も考えた来たし、対理事長戦のシュミレーションもして来た事だしきっと理事長も納得してくれるだろう。いや、納得させてみせるっ!
俺は心にそう硬く誓った。あれ、昨日も似たような事をしてたような……?
「気にしたら負けだな――って、んん?」
ここで俺はある違和感を感じる。それは辺りが白で埋め尽くされているからだ。
正確に言えば白い制服で身を包んだ人が多くなっていたのだが、その人の多さに一瞬別世界に飛ばされた気分になった。
そして何故違和感を感じたのか、それはいたって単純な事で、音ノ木坂学院の制服は豊丘高校の制服と同じ紺色のはずだからだ。にもかかわらず周りにいる人々の八割は白い制服を着ている。しかも女子。
バッと視線を前に戻すが俺の前を歩いている男子生徒は変わっていない、ならばこの状況はどういう事なのか。その疑問は視線を少し上げると解消した。
「……学校、間違えた」
目の前に建つ巨大なビルを前にしてそう呟く。そのビル、いや、校舎と言った方が正しいのだろう、そこは世間の流行などにも疎い俺でも知っている程有名な学校だった。
UTX学園――豊丘高校が男子生徒保有数都内一位だとしたら女子生徒保有数はここが一位だといっても過言ではない。
近年徐々に生徒数を増やしており、様々な課外活動や高い進学、就職率で有名な高校で、中学時代俺の周りの女子がこのUTX学園を受験したいと騒いでいたのを覚えている。あの時はただ騒ぐぐらいならその時間を勉強に当てた方が有益だと心の中で毒づくだけだったが、いざこうして目の前にするとなかなかどうして興味が出てくるな。
そしてこの学校で一番有名なのはスクールアイドルだ。残念ながら俺は興味がないのでユニット名すら知らないが、圧倒的なパフォーマンスとファンサービスで都内だけでなく全国にファンが存在し、ラブライブでもかなりの好成績を残していると聞いている。
また、メディアでも取り上げられたり、最近では小さな地方番組を担当しているという話も聞いた事がある。
そしてそんな様々な面で有名なこの学園は、今回の豊丘高校の生徒派遣で協定を結んでいる高校でもある。といっても男子は数名ほどで後は殆ど女子らしいが。
まさかこんなに近くにあったとは思わなかったので、ここら辺の豊丘高生=音ノ木坂に通う生徒という先入観が先行してしまいのこのこと着いて行ったら別の高校というかなり間抜けな状況になってしまったようだ。俺は記憶力がそこそこ良い事が数少ない長所ですが、考え事をしていると周りが見えなくなってくるのが短所です。
誰に言い訳しているのか分からないが、とりあえず心の中でおどけてみるがただ虚しくなるだけだった。
「…………今何時だっ!?」
暫く自分の間抜けな失態に絶望していたが、ハッと我に返って腕時計を見る。予鈴まであと十分。ここから音ノ木坂までの道は知らないので元来た道を引き返してからになるが、最低でも二十分はかかるだろう。まぁはっきり言えば遅刻である。
初日から遅刻とはなんという失態だ。この事を和菓子屋の少女が知ったら間違いなく大笑いして間抜けなお兄さんと呼ばれ続けるだろう。会う予定は今のところないけど。
「そんな事より急がないとな」
俺はその場から体を百八十度回転させて駆け出す。もしかしたらまだ間に合うかもしれない、そんな淡い希望を抱いて全力で走る。
…………ブレザー、邪魔だな。
「それで? どうして遅刻したのかしら?」
結局走ってる最中に遅刻が確定した俺は、いっその事思いっきり遅刻してやるとゆっくりと歩いた結果、こうして校門に立っていた理事長に捕まってしまった。
そして今日も理事長の頭には鶏冠みたいなものがあった。実は寝癖説を誰に広める訳でもなく提唱していたがどうやら違うようだ。……もしこれがアホ毛の一種だったら昨日のアホ毛みたく動いたりしないものだろうか。
閑話休題。俺はこのままだと長時間説教コースだと感じた俺は場を和ませるために軽い冗談をかます。
「理事長直々にお出迎えとは……。随分とお暇なんですね?」
「そうね、でも返答次第ではダメな生徒を更生させるという仕事ができるかもしれないわね」
「冗談ですすみませんでした」
腰を九十度折り曲げて謝罪する。もしかしなくても結構怒ってるみたいなので、刺激を与えるのは逆効果だろう。
理事長は「はぁ……」と深くため息を吐くと心配そうな表情を俺に向ける。
「貴方の担任の先生からまだ教室に来てないって連絡が来たから心配したのよ? 田嶋君の話だと寝坊なんてしないって言うから事故にでもあったのかと……」
「理事長……」
まさか心配しててくれていたとは……何か途中で歩いてきたのが申し訳なくなってきた。まったく、理事長の爪の垢をどっかの詐欺師にリットル単位で飲ませてやりたいな。
「すみません。事故とかに巻き込まれたとかじゃないんですがやむをえない事情がありまして……」
「事情?」
「…………言わないといけませんか?」
「言ってくれた方が学校側としても安心できるし、何かトラブルがあったというなら手助けもできるかもしれないからなるべく話してほしいわ」
「ぐぅ……」
眩しい。純粋に俺の事を心配してくれてる理事長の目と心が眩しすぎて罪悪感とかが体を蝕んで言葉が出てこない。理由はただ学校を間違えただけだからなおさら言い難い。
しかし、それでも理事長は俺が打ち明けるのを待っているのか心配そうな顔で俺を見てくる。……言うしか、ないか。
俺はため息と共に罪悪感を吐きだし、心の拘束を緩めてこれまでの経緯を理事長に話す。最初こそ真剣に聞いていた理事長だが、終盤になるにつれて徐々にその表情は変化してゆき、話し終わった時には苦笑を浮かべていた。
そして「そう、大変だったわね」と呆れを通り越してまるで我が子を慰めるような眼差しでそう言ってきた。昨日からちょくちょく感じてたけど、この人俺の事子ども扱いしてないか?
不満が口から飛び出すのを何とか堪えていると、理事長はひとしきり頷いた後に軽く咳払いをして少し安堵したような顔で話す。
「とりあえず君の無事も確認できたし、早く教室の方へ行ってちょうだい。担任の先生が待ってるわよ」
「わかりました……って、俺何組なんですか?」
豊丘高生専用のクラスが用意されてるとは言っても、元々のここのクラス編成を知らないので何処に行けば良いのか分からない。多少変人な面があることは自覚しているが、自然に別のクラスに入室して笑われるのだけは正直避けたい。わざとじゃない分心へのダメージが大きいし。
「ええっと……。君のクラスは二年二組……なん、だけど……」
理事長が何かをとても言い辛そうに俺から視線をそらす。それと同時に頭の中で危険を知らせるアラートがけたたましい音を立てて鳴り響く。
駄目だ。それ以上聞いてはいけない。そんな警告が発せられるが、体が何故か動かず、理事長の耳を疑うような言葉が耳の中に飛び込んでくる。
「ごめんなさい、教室の収容人数の関係で君は女子のクラスに一人で入ってもらうわ」
「理事長、今日は腹痛になる予定が入っているので帰ります」
身を翻してそのまま帰ろうとしたが理事長に肩を掴まれて阻まれてしまう。
「……その手を放してくれませんか? 理事長」
「西原君が帰らないって約束してくれたら考えてあげてもいいわ」
「それはできない相談ですね」
「なら私もこの手は離さないわよ」
「そもそも何で俺だけ女子のクラスなんですか。おかしいじゃないですか」
「本当は各学年四十人ずつって話になってたんだけど、西原君だけは別口で申請が来てるから二年生だけ四十一人になったからよ」
成程。要約すると「四十人集まってたのに俺が別口から申請したから一人余ったのでガタガタぬかさずに大人しく従っとけ」という事か。つまりは自業自得の様なものだから我慢しろという事ですね、分かりたくありません。
「ちょっと日本語が分からなくなったので自宅学習でいいですか?」
「学校は勉強するところよ。分からない所は先生に聞いてみるといいわ」
「…………」
「…………」
それから暫く俺と理事長の戦いは続いた。俺は何かと理由をつけて帰ろうとしたが理事長はそれを許さず、一進一退の攻防が続いた。これは後に『音ノ木坂の変』と呼ばれて後輩達に受け継がれていく事は無かったが、そう呼ばれてもおかしくない程の戦いだった。
数十分の激闘の末、結局俺は理事長に説き伏せられ渋々自分の新たなる教室へと向かった。
なんか最近不幸なことが立て続けに起こってるよなぁ……。悪霊でも憑りついたか? 主に巻き込まれ系主人公の霊とか。だったら今すぐ除霊してもらわねば。面倒くさいのは嫌だし。
そんな事を考えているといつの間にか俺は俺のクラス、二年二組の扉の前に立っていた。
教室に入る前に中の様子を探るため耳を澄ましてみると、今は時間帯的には二時間目なのだが以外にも賑やかだった。授業はどうしたんだよと思ったが口には出さずに耳を澄ます。
『センセー、このクラスに来る男子はまだ来ないんですかー?』
『さっき理事長から連絡があって、無事に着いたそうよ。もうすぐ来ると思うわ―』
『せんせーい。その人ってカッコいいんですか?』
『うーん。会った事ないから分からないけど……理事長曰く少し目つきが鋭くて無愛想なだけで普通の顔らしいわ』
『なんだ、残ねーん……』
『あ、でももしかしたら実はイケメンってパターンかも!』
『確かに。こういう場合普通の顔って書くイケメンが来ることもワンチャン……!』
『どんな人かなー』
『楽しみだなー』
「……………………」
結論から言おう。…………入りづらっ!!
何か俺が来ない間に凄い事になってたよ。クラスメイトから凄い期待されてるようだけど正直俺は普通の顔だから、目つきが鋭くなかったら記憶の片隅にも残りにくい平凡な顔立ちだから。弟からは「人間顔だけじゃないよ」と励まされ、田嶋先生からは「面白味のかけらもない顔だな」と言われた事があるし、田嶋の野郎は似たような顔面構造のくせによく言えるな。
まあそんな訳で俺は残念ながらクラスメイトが期待してるイケメンでも、性格イケメンでもないので期待しないでもらいたい。期待された分だけ入り辛くなるから。
別に人から落胆される事には慣れているのだが、何故か入ろうとしても俺の右手は扉に手を掛けたまま固まったように動かない。
「……人間、無理をするのは良くないよな」
そう呟いて扉に掛けていた右手をおろしてズボンのポケットに突っ込む。そして来た道を再び歩き出す。
そうだ、これでいいんだ。別に無理する必要なんてないじゃないか。もし今日帰って明日クラスメイトと顔を合わせる事になり、不良だと思われて孤立しても気にするような性格じゃないだろ。寧ろ一人の方が心地よく感じるし、実際中学時代は殆ど独りだったし。
独りぼっちの寂しい青春? そんなの誰かの勝手な感想で俺の思ってる事じゃない。寂しいかどうかは自分で決める。
そして階段を降りきって一階の廊下にたどり着く。家に帰ったら何をしようか、とりあえず古典と数学の予習でもするか? そんな呑気な事を考える。
「西原君」
「っ!?」
しかし、靴箱まであと少しという所で、背後から底冷えするような声が聞こえ肩を掴まれる。
ごくりと唾を飲み込んで恐る恐る背後を振り返ると、そこには笑顔の理事長が居た。しかし目が笑っていない。なのでその笑顔はただ怒っている時の表情より数倍恐ろしい。いや、この人の怒ってる表情なんて見た事ないんだけども……。
「西原君、こんな所で、何を、してるのかしら?」
一言一言区切って問い詰める笑顔の理事長。心なしか俺の肩を掴んでいる手に力が入っているように感じる。
俺はそんな理事長のオーラ的なものに気おされながらも何とかいつもの調子で答える。
「ち、父が危篤だという知らせが入ったので早退を……」
「西原君?」
「……すいませんでした。教室に帰ります」
何故かな、理事長に逆らう気が起きない。というよりも逆らえるような余裕がない。頭で考えるよりも先に体が反射的に動くように口から謝罪の言葉が出る。
がっくりと肩を落として深いため息を吐くと、理事長も同じようにため息を吐いた。
「田嶋君から聞いてはいたけど本当にすぐ逃げ出そうとするのね……。ここで見張ってて良かったわ」
「あの野郎余計なことを……(お勤めご苦労様です)」
「西原君、恐らく言葉と思ってることが逆よ」
俺としたことが田嶋の野郎に対する怒りのあまり謎の失態を犯してしまった。……あの詐欺師め、今度会った時が人生最後だと思っておけよ。
その後、理事長に連行されて教室へ行き、突然理事長に連行されてきた俺を見て混乱する担任教師に犯人の受け渡しよろしく手渡した。
その時のクラスの光景は田嶋先生への怒りが大きすぎたためによく覚えていないのだが、イケメンじゃない事への落胆でも俺の見た目への恐れなどでもなく、ただ誰もが目を見開いて驚いていたのは覚えている。
「まだ半日なのにもう疲れた……」
暖かな昼の日差しが降り注ぐ屋上入り口の上。そこで俺は眼下に広がる街並みを見ながら自作の弁当を食べていた。
自作の弁当とはいっても俺は凄く料理が上手いという訳ではなく、なおかつ朝の短い時間に作ったので白飯が弁当箱の二分の一を埋め残りのスペースを冷凍食品で埋めている完全な手抜きだ。
うん、やっぱり冷凍食品は普通の味だな。安定している味と言えば多少耳触りは良いが、要は可もなく不可もなく表現のしどころの無い味だ。
……明日からはなるべくおかずいれるようにしておこう。簡単な物しか作れないが経済的、健康的、将来的な面から考えても自炊をするべきだろう。それに学校側から自立した生活を送る事を条件に今俺が暮らしている部屋が与えられているので、判定基準は不明だが自炊するに越したことはないな。
購買前の自販機で買った『うぉ~い、お茶』を飲みながらそんな事を考える。
「何かまだ半日なのに一日過ごしたレベルの疲労感がするな……」
午前中あった事を思い出す。
あの後俺は、理事長に文字道理首根っこ(正確には襟)を掴まれて教室まで連行された。もちろん振り解こうとしたのだが、全力を出したはずなのに何故か振り解けずに結局教室に入るまで掴まれたままだった。
当たり前だが理事長に連行されてきた俺を見てクラスメイトは唖然としていたが、そんなのお構いなしに担任の先生に俺を引き渡すと笑顔で理事長は去って行った。
いまいち現状が把握できていない様子だったが担任教師の安田湖夏〈やすだ こなつ〉先生は自分の自己紹介の後に俺に自己紹介をさせ、席に座らせた。
安田先生の話によると俺が登校する前。つまり一時間目に集会が行われていたそうで、どんな話なのか尋ねたが「話の内容は理事長から聞いてると思うから」などと言われて流された。いや、聞いてないから聞いてるんですけど。もしかして俺日本語喋ってなかった? と言うか確認のために軽く説明位はしてほしいものだ。
しかし俺も聞き返すのがだるかったので、その疑問を放置する事にしたのだから人の事をあまり言えないか。
「これでもし、超重要な事だったら笑えるな……」
ふっと自分に嘲笑する。
安田先生はそのまま軽い連絡事項を告げ、空いた時間に遅刻してきた俺のために自己紹介大会が開催を催してくれた…………のは良いのだが、実を言うと今の疲労の半分はコレのせいだった。
何故ならクラスで俺以外の生徒全員名字に『田』という漢字が入っており、そのことに誰も気づいておらず思わず俺がツッコんでようやく気付いて騒ぎ出す始末だ。
…………名字に『田』が入ってる率高すぎるだろ、この学校。
その事とだいたいは予想出来ていた質問攻めに俺の疲労ゲージが一気に跳ね上がる事になるのだが、その事に誰も気づいてはくれなかった。というか初対面なのにめちゃくちゃフレンドリーに話しかけてくるこの学校の生徒はどうなってるんだ? こんな目つきの悪い奴に臆さず話しかけるとか勇者過ぎるでしょ。ここは勇者を育てる学校か?
因みにクラス内で一番印象に残った名字は田城野だ。俺が知る中で一番珍しい名字だったのもあるが、田城野が自己紹介で盛大に噛んだことが頭から中々離れない。
何度目になるだろうか、音ノ木坂での生活に不安を感じたのは……。少なくとも昨日からは感じていた。いや、生徒派遣の話を持ち掛けられた時からだったか?
「……ごちそうさまっと」
食べ終わった弁当を包んで残った緑茶に口を付ける。あぁ、心が落ち着くなぁ……緑茶ってすげぇ……。全世界の人が緑茶飲めば世界が穏やかになって戦争がなくなるんじゃないか?
緑茶で心を落ち着かせつつ、ただ目の前に広がる景色を見つめる。
他に何もすることがないだけで別にそこに何かがあるという訳ではないのだが、高い所から見える景色と言う物を堪能する。
ふと山の上から見る景色は絶景だ、と言う言葉を思い出す。しかし、富士山などに登ると崖下には雲が広がっているか山ぐらいしか見えないのにそんなのを見て感動できるものなのかと思った。
実は絶景だと感じるのはそれまでの山を登るというプロセスが辛く、達成感が今見ている景色が綺麗なものだと思わせてるだけではないだろうか。
もしそう感じているのなら、それは征服感がそのようにしているだけかもしれない。なにせ過去を遡って見ても人類は高い地位から他者を見下すことを繰り返してきた。だからそれが地位ではなく物理的なものに置き換えられただけだろう。
チラリと左腕にはめた腕時計を見る。昼休みが終了するまでまだ時間はたくさんあった。
「さて、これから何をしようか……」
『――――――♪』
そう呟いた俺の耳が微かな音を捉えた。
ここは屋上なので風が吹いた音かと思ったがそうではなく、断続的に、小学校の頃から嫌というほど聞かされてきたピアノの音色と歌が聞こえてくる。
風の音にかき消されるくらい微かな音だ。
目を閉じて全神経を聴覚に集中させると、ようやく音が歌に変わり――脳を直接叩かれたかのような衝撃が走る。
音が澄み切っている。
これが小説家だったらもっといい表現ができていたはずだ。俺もこれまでジャンルを問わず数多くの書籍を読んできて多少の詩的表現などは使える。だけど、今聞いている音は、歌はそう表現する他に適切な日本語を俺は知らなかった。
気が付いた時には、俺はふらふらと歌に誘われるようにその場を離れていた。その事に驚いたが、もっと驚いたのはそれが当たり前の行動のように思えたことだ。
もっと近くでこの歌を聴いてみたい。もっと体全身でこの音楽を感じたい。心の奥から湧き上がるこの気持ちは止まる事を知らず、音が近くはっきり聞こえてくるにつれて強くなってくる。
そして俺は歌が聞こえてくる教室――音楽室の前まで来ると歩みを止める。
ドアの窓から中を覗き込む。
『さぁ! 大好きだばんざーい! まけないゆうき 私たちは今を楽しもう』
グランドピアノの鍵盤を叩き、ノイズの少ない澄み切った音色を奏でている見る目麗しい女生徒がそこには居た。
日差しを反射する程艶やかで美しい赤毛、硝子玉のような瞳、整った鼻、透き通るように白くきめ細かい肌。それら全てが彼女を精巧な部品で作られた人形のように思わせた。
『大好きだばんざーい! 頑張れるから 昨日に手をふって ほら 前向いて』
それでも彼女のどこの誰よりも楽しそうな、イキイキとした表情が彼女が人形ではなく一人の人間だという事を再認識させる。
彼女の歌も彼女同様美しさに溢れており、いつまでも聞いていたいとさえ感じるほどだった。
しかし始まりがあれば終わりが有るのは必然で、彼女の歌もまた終わりを迎えた。
音が消え静寂が辺りを支配する。俺は心地よい余韻に浸りつつその場に立ち尽くしていた。
美しい声と容姿、そして歌に誘われてやってきた俺……。まるで船人を惑わすローレライのようだ。そんな下らない事が頭の中をよぎり意識が現実に戻ってくる。
「……………………」
そして窓越しに彼女に睨まれているのに気が付いた。しかもはっきり分かるほど不機嫌そうな顔をしている。
…………俺、何かしたか?
正直彼女に睨まれるような事をした記憶はない。まぁ初対面なので記憶があったらあったで恐ろしいのだが……。
しかし彼女が此方を睨んできているという事は何かしら気に食わないことがあったのだろう。俺の経験上人間が敵意むき出しで睨んでくる時は、気に入らないことがあった時か警戒して威嚇するときの二択に絞られ…………あ、警戒されてるのか。
俺ってば歌に聞き入ってたのと新クラスの勇者達のせいで忘れてたけど、普段からガラの悪そうな顔つきだから警戒されたりするのも当たり前だったわ。下手に小学生とかに話しかけると警察が恐喝とかと見間違えて飛んでくるレベルの顔してたわ俺。
ま、普通なら怖がるかそれに類似したリアクションを返すのだが、彼女は臆さずに睨んで警戒する辺り気が強い性格なのだろう。睨まれる理由がわかって一安心だな、と心の中で自己完結する。
ならばここにいる意味はもはや皆無と言ってもいいだろう。彼女は俺を警戒していて、俺は彼女の歌に誘われてやってきてしまったのだが彼女はこれ以上弾く気は無さそうだ。
俺は今更になって彼女の歌に誘われて音楽室前に来たという状況が可笑しくなって薄く笑う。そして一歩後ろに下がって扉と少し距離をとり、窓越しに見える彼女に軽く一礼するとその場から離れる。
「あ、ちょっと」
彼女が何故音楽室にいたのかも、歌を歌っていたのかも俺は興味はない。しいて言うならば彼女の歌が俺を惹きつける理由ぐらいは興味があったがこの場に留まる理由には値しなかった。
「――よ! ちょ――ま――!!」
さて、昼休みが終了するまでまだ少しあるし何をしたものか……。
「ちょっと待ちなさいって言ってるでしょっ!!」
いきなり肩を掴まれて大声で呼び止められる。その際に若干バランスを崩したが、後ろに一歩引いた足で何とか姿勢を保つ。
誰だよと思い振り返ると、先ほどの赤毛のローレライが俺の肩に手をかけた状態で不機嫌さMAXといった表情で立っていた。
…………何コイツ、さっき威嚇してたんじゃないの?
威嚇されていたはずなのに、何故か威嚇してきた張本人に呼び止められるという展開に頭の中で情報の渋滞が起こる。
その結果体がフリーズして呆けていると、赤毛のローレライが睨んだまま怒り出す。……余談だが、赤毛のローレライっていうと赤毛のアンの外伝でありそうだな、という下らない事はすぐに思いついた事をここに記しておこう。
「さっきから待ちなさいって言ってたのが聞こえなかったの? それとも聞こええて敢えて無視してるの?」
睨みつける攻撃からジト目で見る攻撃にシフトチェンジする。しかし言葉の意図は分からない。
確かになんか叫んでるなとは思っていた。ただ威嚇していた相手を呼び止める訳ないと思っていたので軽くスルーしていたので、どちらかといえば後者になるのだろう。
でもこれ言ったらコイツは間違いなくキレるだろう。しかし、だからと言ってこのままフリーズしていても彼女の神経を逆撫でしそうなので何か弁解しなければそれはそれでキレるだろうな。
「……すまん。考え事してたから気づかなかった」
未だに彼女が何故不機嫌なのか。何故俺を呼び止めたのかは分からないが、とりあえず謝っておく。心は表面一ミリくらいこめて。
「そ、ならいいわ」
しかし謝罪の言葉に満足したのか、彼女は俺の肩から手を放しふぅとため息をひとつ漏らして腕を胸の下で組む。
「……それより何よ、さっきの。ピアノ聴くだけ聴いて馬鹿にしてどっか行くなんて……失礼だと思わないの?」
「は? いや、別に馬鹿にしてないんだが……」
「笑ってたじゃない! すっごく馬鹿にしたように! 見下すように!」
「いや、だからそんな事は…………って、ああそういう事」
笑っていたという単語で全てを理解する。
彼女は誤解をしている。
コイツは俺が自分の状況が可笑しくて笑ったのを、自分の歌を馬鹿にしたように笑ったと受け取ったのだ。
もちろん俺は彼女の歌を馬鹿にした気もないし、ましてや見下したりなんてしていない。見下せる程ピアノや歌が上手いというわけじゃないしな。
これは自意識過剰気味なコイツが悪いのか、それとも普段笑わないせいで表情筋を上手く使えずに誤解させるような笑い方をした俺が悪いのか微妙なところだな……。
俺はなるべく彼女の怒りの導火線に火をつけないように慎重に言葉を選びながら説明する。
「別に俺は馬鹿にしたわけではなくてだな。その、何だ? 風に乗って聞こえてきた歌に引き寄せられた自分が可笑しくて笑っただけで、お前を馬鹿にしたつもりも見下したつもりもないんだ」
「……私の歌に引き寄せられた?」
「そうだ。なんと言うか……自然と惹きつけられる歌だったからな」
「…………本当に馬鹿にした訳じゃないのね?」
「ああ。初対面だしこんな悪人顔だから信じてくれとは言わない。だが俺は本当に馬鹿にはしていないという事だけは覚えておいてくれ」
「…………」
今回は誰が悪かったというわけではないが「すまなかった」と最後に付け加えておく。
誰だってプライドが気づつけられるのは不快に感じる。たとえそれが誤解だったとしても謝っておくべきだと俺は思っている。だって意地張って互いの主張を続けてても面倒くさいだけだし。
本当の事だと分かってもらえたのか、彼女はさっきまでの不機嫌顔から一転して申し訳なさそうな顔になる。
「えっと、その…………ぁぅ」
何かを言おうとして途中でやめてしまう。心なしか頬が赤くなっている所から考えるに、謝ろうと思ったが上手く言葉にできなかったというところだろう。
俺が思うに彼女はプライドが高く、人に謝るという事をあまりしたことがないため恥ずかしさが残るのだろう。
だが、それでも謝ろうと思ったのは称賛に値する。多くの人は自分の非を自覚していても謝らないからな。俺としては謝ろうとしたことだけでも十分だ。
「その……な、なな」
「いや、別に無理して言う必要は――」
言葉を遮ろうとしたが、彼女の口から飛び出してきたのは思いもよらぬ言葉だった。
「何それ、イミワカンナイ」
いや、俺にはその言葉の意味が分かんないです。
次回予告
「ほら、緑茶だ。飲んでいったん落ち着け」
歌に誘われてローレライとであった雅也
彼女とのファーストコンタクトはまさかのワーストコンタクトに終わった
そして彼女と言葉を交わすうちに生まれてきた疑問を雅也はぶつける
「お前、友達いないの?」
その言葉が彼女の胸にどう響いたのか
「そもそも私だって、いつも昼休みは図書館で過ごしてるから音楽室に来ることなんてないわよ……」
どっちにしろぼっち街道まっしぐらのローレライ
「才能があるのに、それを一〇〇パーセント出せないなんて宝の持ち腐れもいいところだ」
雅也の口から出てくる冷徹な言葉
「私が完璧に近いから」
しかし彼女にも理由があった
雅也はそんな彼女に対してどう行動を起こすのか……!
次回「始まりの日、彼は―― 後編」
「上手くできる自信はないが大人しく聞いとけ」