ラブライブ!~胸(ポケット)にはいつも転学届~   作:カゲショウ

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後編です。

前回感想いただいて、これは明言しておいた方が良いと思ったので明言しておきます。
μ's全員が主人公のヒロインにはなりません。
……以上です。

今回……というかこの作品は作者の独自解釈が含まれますので、それが苦手な方はそっとブラウザバックをお願いします。あ、あと後半滅茶苦茶で何言ってるのか分からないです。はい。

それでは本編をどうぞ


07話 始まりの日、彼は―― 後編

「ほら、緑茶だ。飲んでいったん落ち着け」

 

「あ、ありがと……」

 

 あれから支離滅裂な事を言って怒る彼女を哀れに感じた俺は、一度彼女を保護することにした。

 音楽室のピアノ前の椅子に安置した後に、購買前の自販機まで赴き『うぉ~い、お茶』を二つ購入して一本を彼女に渡す。一瞬顔をしかめたが、特に突き返すこともなくストローを刺してコクコクと小さく喉を鳴らして飲み始めたので取り敢えずは安心……か?

 俺はその光景を机に腰を下ろしてもう一本のお茶を飲みながら見ていたが、流石に俺が買いに行っている間に気持ちも落ち着いてきたようでさっきの事を思い出してか若干沈んだ顔をしていた。

 ストローから口を放して小さく吐息を漏らす。その姿だけ見ればまるで映画のワンシーンのように美しいのだが、俺脳内ではさっきまでの彼女の姿が焼き付いているのでそうは思えなかった。因みに彼女が晒した醜態だが、これは彼女の名誉のために伏せておこう。

 

「……落ち着いたか?」

 

「……まぁ、少し」

 

 そう言いつつ彼女は毛先をクルクルと指先で弄りつつまだ少し赤い顔をそむける。

 

「その……悪かったわね。さっきの事もだけど、今も……」

 

 そしてさっき言おうとして失敗したセリフを呟くと、恥ずかしさを誤魔化すように再びストローに口をつけてお茶を飲む。

 正直何か一言文句でも言ってやろうと思っていたのだが、そっけない態度ではあったが謝罪をしてくれたので何も言わないでおいてやろう。

 

「ま、気にするな。半分は保身のためにやったようなもんだし」

 

「保身? それどういう事?」

 

「考えてもみろ。世の中は女性に甘く男性に厳しくなりつつあるだろ? 痴漢の冤罪ながいい例だな。それにここは元女子高ってのもあるから、廊下で男に向かってキレてる女がいれば高確率で俺が何かしたって思われる。生徒派遣開始早々要注意人物として教師から睨まれるのは勘弁願いたいからな」

 

「ああ、そういう事ね」

 

 彼女は納得したように頷く。

 実際世の中は男尊女卑の風潮が残ってはいるが、トラブルとかに関しては女性の方が立場が強い。しかも俺の場合は女子高の中にいる男子という立場上アウトローな存在だ。それが騒ぎを起こしたとなると要監視対象の烙印を押されるだろう。既に遅刻してる? ちょっと何の事かわからないな。

 兎に角、俺は自分の保身のためにやっただけで気にする必要は無いという事が彼女に伝わったのならそれでいい。負い目を感じられるのも面倒くさいし。

 

「ところで一つ聞いていいか?」

 

「答えられる範囲なら答えてあげるわ」

 

「お前、友達いないの?」

 

「     」

 

 ピシリと石化したように固まる。写真でも見ているかのようにピクリとも動かない彼女を見て、俺はうっすらと感じていた事が明確な形になる。

 コイツ、友達いないな。

 ようやく石化が解かれ、ギギギと錆びついたブリキ人形のように此方を振り向く。そして忙しなく毛先をクルクルと弄り始める。……動揺しすぎだろ。

 

「ど、どうしてそんな下らない事を聞こうと思ったのよ?」

 

「いや、昼休みに一人で音楽室にいるってのもだけど、人に謝り慣れてない奴ってのは大抵自分の非を認めない奴かぼっちの二択だから――」

 

「そんな事ないわよ! 私は自分の非を認める事が出来るし、知り合いだってたくさんいるわよ!!」

 

「知ってるか? 知り合いと友達の境界線にはかなり深い溝があるんだぞ」

 

「うっ……」

 

 彼女の顔が苦虫を噛み潰したような顔になる。どうやらツッコんで欲しくない所にツッコみを入れてしまったらしい。

 正直少し話しをしただけでもう友達だとのたまってる奴の感覚を俺は理解できない。だって少し話しただけで友達になれるなら俺とコイツはもう友達だし、業務連絡しただけの見知らぬ人も友達という事になる。流石に後者を友達と言う人はいないだろうが、結局のところそういう事になる。

 まぁ、俺自身友達と呼べる奴は少ないわけで偉そうな事を語れる立場じゃないんだがな。俺はまだ悔しそうにしている彼女を見ながら少し申し訳ない事を聞いたなと思った。

 

「その……すまなかっ――」

 

「そうよ、友達いないわよ!! 何か文句有る?!」

 

「…………ナニモアリマセン」

 

 気を利かせて話題を変えようと思ったのに……コイツ、その厚意を無にしやがった。いや、そもそもは俺が悪いんだけども……。

 興奮して肩を上下させていた彼女だが、自分が再び晒した醜態に気づき二、三回深呼吸するとお茶を飲んで気分を落ち着かせる。

 

「そもそも私だって、いつも昼休みは図書館で過ごしてるから音楽室に来ることなんてないわよ……」

 

「なら何で今日はここに居るんだよ?」

 

「そ、それは……」

 

 言葉に詰まり手に持っているパックに視線を落として沈黙する。

 一体何を言い辛そうにしているのかと思っていると、彼女は顔を伏せたまま呟いた。

 

「……私も一つ聞いてもいい?」

 

 まるで独り言のような音量で呟かれた言葉だが、昼休みだというのに音楽室の周辺は静かなのでばっちりと聞こえていた。

 

「なんだ?」

 

「アンタさっき私の歌に惹かれて来たって言ったわよね?」

 

「ん? ああ、言ったな」

 

 さっき彼女の誤解を解くために自分が言った言葉を思い出す。……今思い出すと我ながらくっさいセリフだったな。もうちょっと言い方変えたほうがよかったか?

 しかし彼女はその事を気持ち悪いと言うかと思ったがそうではなく、いつの間にか真剣な表情で俺の目をまっすぐ見据えていた。少しの嘘すら見逃さないように、まっすぐと。

 

「それ、本当?」

 

 嘘は言わせない。本当の事を言え。彼女の声音と雰囲気が俺を脅す。

 その雰囲気に俺は思わずたじろいでしまう。

 その言葉の中にどのような意味が込められているのかは分からない。下手な答えを出せば再び彼女に怒られるだろう。

 それでも彼女は俺に答えを求めている。

 ならば俺は包み隠さず、一ミリの嘘もない答えを返すだけだ。

 

「ああ。本当だ」

 

 そう告げると彼女の硝子玉のような瞳が見開かれる。そして安堵したように桜色の唇に薄い笑みを浮かべる。

 だが俺は言葉を続ける。

 

「だから少し残念だったよ。音しか評価できないお前の歌は」

 

「なっ……!?」

 

 ガタッという音を立てて彼女が立ち上がる。その顔には安堵ではなく驚愕の表情が浮かび、さっきとは別の意味で見開かれた彼女の瞳が俺を見る。

 そうだ。彼女の歌は確かに上手く声も素晴らしいものを持っている。演奏技術も素人の俺でさえ魅了させるだけ持っている。

 ただそれでは『音楽』としては足りない。

 俺は彼女の事は何も知らない。だが、俺は彼女の仲間なら嫌という程見てきた。だから分かる。

 

「才能があるのに、それを一〇〇パーセント出せないなんて宝の持ち腐れもいいところだ」

 

 

彼女は天才だ。

 

 

 これは恐らく彼女の演奏を聴いたら誰もが思うだろう。

 しかも彼女の場合、才能で全てを補うのではなく努力もしているのがノイズの混じらない澄み切った音で分かる。

 凡人が逆立ちしたって敵わない程の力を彼女は持っている。それは彼女の持っている才能のおかげでもあるし、彼女の努力のたまものだ。

 それでも彼女の歌は『音楽』としては足りなかった。

 なら彼女には何が足りない?

 

「お前には表現者としての技術が足りないんだよ」

 

 表現者としての技術――つまり表現力が彼女には足りない。

 俺の知り合いの後輩の言葉であるが、歌は動かない演劇のようなものだ。動きがない分音や声で曲の全てを表現しなければ何も伝わらない。

 彼女の歌を聴いて凄いと思った。綺麗だと思った。いつまでも聞いてみたいと思った。

 でも目を閉じても暗い世界しか広がっていなかった。…………まぁ、俺の想像力が乏しいと言われればそれまでなんだけどな。

 気が付くと、彼女は俯いて体を小刻みにプルプルと震わせていた。

 …………もう少し当たり障りのない言葉で言ったほうが良かったか? いや、でも結局言ってる内容は一緒になるんだからこれで良かったのか?

 少しばかり自分の不器用さに呆れる。俺の幼馴染のアイツだったらもうちょっと気の利いたセリフでも言えたのにな……。

 

「…………よ」

 

「ん?」

 

「何なのよぉ!!」

 

 こっちが何なのよぉ、だ。

 俯いていたと思っていたら急に怒り出すとかマジ何なんだよ。あ、でも一方的に駄目だしされればこうなるか。

 彼女はお茶をピアノの上に置くと肩を上げずんずんと歩いてくると、身長差のため俺を見下す形で睨みつける。

 

「なんで……何でアンタはさっきから私の全てを見透かしたように言えるのよ!」

 

「見透かしたもなにも、全部経験則から言ってるだけなんだが……」

 

「私だって自分で分かってるわよ。自分で作った曲なのに、いまいち自分の想像してた通りに表現できてない事ぐらい……」

 

「そこまでは俺も分かんなかったし、さっきのがお前が作曲したものだってこと自体分からなかったよ」

 

 コイツ作詞作曲も出来るとかかなりハイスペックじゃねえか。

 

「昨日できたばかりの曲だからイメージが鮮明な内なら想像通りに弾けると思ってたのに……」

 

「あぁ、それが今日は図書室行かなかった理由か」

 

 確かに復習するのも早いほうが身に付くもんな。だけど蓋を開けてみれば自分のイメージ通りにはいかなかったようだ。

 それをふまえて彼女を見ると、さっきから怒ったり落ち込んだりと忙しそうな彼女は何かに焦っているよう見えた。

 俺は彼女が何に焦りを感じているのかは分からない。だが、その原因の一端は俺が色々いったせいだと思うので罪悪感を感じないでもない。

 …………力になれるかどうかは分からない。だけど少しでも彼女への贖罪になるのならば力を貸すのもやぶさかでもないな。

 

「なぁ、さっきの曲の歌詞を書いたやつあるか?」

 

「は?」

 

「あるならそれを俺に見せてくれないか? お前の歌に興味が出た」

 

「う゛ぇええ!?」

 

 奇声を上げて驚くコイツに驚く俺。なんだよその奇声、今まで聞いた中で断トツで変だったぞ。奇声なんてそう何度も聞くものでもないがな。しかしそんな事をいちいちツッコんでいては話が一向に進まないのでスルーして、再度彼女に問う。

 

「お前の歌に興味が出た。だから歌詞を書いた紙があるなら見せてほしい……駄目か?」

 

「だ、駄目じゃないけど……。まぁ、いいわ。ちょっと待って」

 

 そう言って彼女はブレザーのポケットをごそごそと探り始め、右のポケットから四つに折られた一枚の紙を取り出すと俺に突き出す。

 

「はいこれ。一応自信作ではあるわ」

 

「そうか。なら期待するとしようか」

 

 彼女から紙を受け取り開いて内容に目を通す。

 曲名は『愛してるばんざーい』か。ラブソング……では無さそうだな。どちらかと言えばloveじゃなくてlike、恋愛じゃなくて友情の方に近い気がする。

 

「…………ふむ」

 

 彼女が書いた歌詞を読み進める。確かに自信作というだけあって言いできだと思うし、センスもある。

 だがそれと同時に、彼女が上手くこの曲を表現できないのも頷けた。

 これは俺の独自解釈でしかないのだが、この曲は君に逢えて良かった、これからも頑張っていこうといった感じの応援ソングだ。自分で友達がいないと言った彼女では表現し辛いだろう。

 

「なぁ、デリカシーがないのは百も承知なんだが、本当にお前友達いないのか?」

 

「本当にデリカシーが無いわね……。まぁ、正確に言えばいないことはないわ」

 

 彼女は少し寂しそうな表情で胸の下で腕を組む。

 

「今でも私を友達だって言ってくれる娘はいるし、クラスでも仲良くしてくれる娘だっているの」

 

「なのに昼休みはぼっちなのか」

 

「うるさいわね。……気を使われるよりかは数倍ましよ」

 

「気を使う? なんでだ?」

 

 俺の問いかけに寂しそうな表情がさらに寂しさを増し、組んでる腕に僅かに力が加わるのが見て取れた。

 

「私が完璧に近いから」

 

 自慢げでもなく、ただ悲しそうに呟く。

 

「私の家はそこそこお金持ちだし、私はその事を誇りに思っていても自慢はしない。それに勉強も運動もできてかわいいし、ピアノができるし、大抵の事はすぐできるし……」

 

 彼女の口から語られる言葉は明らかに自慢だろと思う事ばかりなのだが、恐らく全て事実で否定する気もない。

 

「だから皆私を邪険に扱えないし、そうしない」

 

「……だけど逆に馴れ馴れしく接してもくれない、か」

 

「ええ」

 

 才能があるが故の、いや、彼女が今の彼女であるが故の悩み。

 持たざる者は自分の持っていないものを持っている者に憧れる。それを近づきたくてもその憧れを壊したくないという二律背反が彼女の知人たちが彼女に気を使って接する理由だろう。

 もし彼女から、今の彼女を構成しているものの何か一つが無かったとすれば事実は違っていたかもしれない。

 もう一度彼女の作った歌詞を見る。

 何故彼女は自分で表現しにくい曲を作ったのか。それは彼女がそれを――この歌詞のような関係を誰かに望んだからではないだろうか。

 誰かと励まし、励まされる関係を望み、それを歌という形で表現した。成程、自分の想像通りに弾けないはずだ。

 それを理解すると自然と笑いが零れてしまった。

 

「……何? 今度は本当に馬鹿にしてるの?」

 

「いや……まぁある意味そうかもな」

 

 どういう事よ! と憤慨する彼女に落ち着けよと言いながら紙を返し、彼女はそれをパシッと奪い取る。

 

「俺がもしお前くらいピアノが弾けたら、お前より上手く弾けるなって思ったら笑えてきたよ」

 

「なっ!?」

 

 彼女が怒りで顔を赤くする。だがいちいち彼女のご機嫌を取りながら上手く説明する自身は皆無なので、無視して話を進める事にした。

 

「お前が想像通りに弾けない理由は、お前がこの歌詞の第三者になってるからだよ」

 

「第三者になってるから……? 何それ、イミワカンナイ」

 

 何となく予想通りの答えが返ってくる。コイツはイミワカンナイってやつで流行語大賞でも狙うつもりか?

 本当は今のだけで察してほしかったのだが現実はそう甘くなく、もっと分かりやすい説明を余儀なくされた。とは言っても伝わりやすい言葉が出てこずに、俺は頬を掻く。

 

「……一度体験するのが一番手っ取り早いかもしれないな」

 

「体験って何を体験すればいいのよ」

 

「上手くできる自信はないが大人しく聞いとけ」

 

 そう言って俺は彼女の脇を通ってピアノの前に行く。そして椅子を引いて座り、鍵盤を一つ一つ叩いて音を確認する。

 彼女はその一連の動作を理解できないといった風に此方を眺めていた。

 俺は軽く深呼吸して両手を鍵盤の上に置き頭に唯一覚えている楽譜を思い浮かべる。……うん、大丈夫。まだ弾ける。

 俺の右手が、左手が、ピアノで音を奏でだす。

 

 

「きらきらひかる おそらのほしよ 」

 

 

 頭の中で想像する。その想像の中で俺は体験する。

 全ての光を吸い込んでしまいそうな夜空の黒。俺はそんな先の見えない闇に恐怖し、蹲ってしまっている。

 しかしふと空を見上げると、夜空の黒を覆うほどの星が出ていた。

 

 

「まばたきしては みんなをみてる 」

 

 

 大切なものを見守っているように、温かく包み込むように鍵盤を叩く。

 夜空に瞬く無数の星たちは夜の闇に怯えている俺を励ましているようで、空高くから見守っていてくれた。

 

 

「きらきらひかる おそらのほしよ 」

 

 

 優しい光をで見守ってくれている夜空に俺は心の底から安堵する。

 そしてそのまま暫く、俺はその夜空を見上げていた……。

 

「…………ふぅ」

 

 とても短い子供向けの童謡。それが俺の唯一弾ける曲だった。

 鍵盤の上に載せていた指を下ろし、彼女の方を向く。

 彼女はただ呆然と此方を見ており、曲が終わった事にも気が付いていないようだった。

 

「どうだった?」

 

 ただそれだけ聞いた。その言葉を聞いて初めて彼女は曲が終わった事に気づいて、「う゛ぇええ!?」と再び奇声を発する。

 

「そ、そうね……。ペダルを踏むタイミングは滅茶苦茶だし、短い曲なのにテンポがずれてる所が何か所かあったのが目立ってたわ」

 

「……自覚はしてる」

 

 そもそもこの曲は、俺が子供の頃に母親から教えられて近所の子供の子守に歌ってたぐらいだから、弾いたのは実質七年ぶりだ。技術的な面は目をつむってもらいたい。

 俺が彼女の評価に苦笑をしていると、「でも……」と呟いて言葉を続ける。

 

「頭の中にイメージが浮かんだわ」

 

 俯いた顔には少しの悔しさが浮かんでいた。

 

「真っ暗な空にたくさんの星が浮かんでて……その光があったかくて、包んでくれてるようでとても安心した気持ちになれたわ……」

 

 俺が想像していた情景とほとんど同じだ。その言葉に俺は唇の端を釣り上げて笑う。

 

「それがお前に足りない表現力だよ」

 

「私に足りない……表現力?」

 

 首をかしげる彼女に説明を続ける。

 

「お前は曲を第三者的な立場で弾いて歌う。確かにその表現方法が効果的な曲もある。だけど、お前の曲をもう一度見直してみろ」

 

 俺に言われて彼女は手に持っていた紙に視線を落とす。

 

「お前のその曲を俺は君に逢えて良かった、これからも頑張っていこうといった感じの応援ソングと解釈した。もしそうならお前の表現方法は適さない」

 

「……どういう事よ。歌は誰かに伝えるものでしょ」

 

「誰かに逢えた喜びを第三者的な立場で語っても感動しない」

 

 言葉と言うのは立場によってトーンも違えば、強弱も変わってくる。それは曲にも言える事で、それを表現するためにクレッシェンドやデクレッシェンドがこの世に生まれたのだ。

 曲を理解し、自分がどの立ち位置で語るべきなのかを理解して適当な表現をする事。これが彼女に足りなかった事だ。

 彼女ははっと俯かせていた顔を上げる。

 

「誰かと逢えた喜びなんて当事者にしか分からない。それをただ見て、聞いただけの第三者が全てを表現することはできないだろ?」

 

「そう、ね…………」

 

 彼女は煮え切らない返しをする。そして悔しそうにでも、と呟く。

 

「分からないから……そう思える人に出会ってないから。私には分からないわよ……」

 

 周りの人全てが彼女に対して壁を作って接する。だから彼女は出会えてよかったと思える人間に巡り合えない。

 自分で作った曲のはずなのに思い通りに弾けない悔しさか、それとも自分の今の現状に対してなのか彼女は唇をきつく噛む。

 俺はそんな彼女の気持ちが分からないでもない。頭では理解できていてもそれを形にするのが難しい時は歯がゆいものだ。

 

「……確かに知らない事を知ったように弾くのは難しいな」

 

 だけど……だけれども、これが彼女の願望から生まれた歌だというのならば彼女は弾ける。彼女が思うように弾けるはずだ。

 

「だったら想像すればいいんだよ。まだ出会った事のない未来の最高の友人をイメージして、その人とどう過ごしてどんな言葉を交わすのか。そしてそこから自分がどんな気持ちになるのかを想像すればいい」

 

「想像を……」

 

「そうだ。さっきの歌だって満天の星空が頭の中に浮かんできたって言ってたが、俺はそんな夜空を見たことはない。だけど俺達は人間で、想像することができるんだ」

 

 席を立って机の上に置いていた自分のお茶を掴むと、音楽室の扉に向かう。

 

「そうすればお前は、お前の曲を完璧に弾けるだろうからな。ま、後はお前の想像力しだいだし精々頑張ることだな」

 

 彼女はあの歌詞を自分で書いた。だったら自分の理想を思い描くことぐらい他愛もないだろう。

 扉に手をかけてガラッと扉を開け、教室に戻ろうとすると体がくんっと後ろに軽く引っ張られる感覚があった。

 首だけ振り返るとそこには彼女がパーカーの裾を掴んで立っていた。

 顔はよく見えないが、耳が少し赤い。

 暫く黙っていたが、意を決したような声音で呟く。

 

「…………アンタ、名前は?」

 

 耳の赤色が深まる。付き合いはほんの数分程度だが、彼女が照れているという事は理解できた。

 

「二年の西原雅也。お前が歌詞のような奴に出会える事を祈ってるよ」

 

 それだけ告げると俺はその場を後にした。………………今思い出した弁当箱を回収するために。

 

 

 

 

 アイツ――西原雅也……先輩が音楽室を出てから私は、何をするでもなく扉の方を向いて立ち尽くしていた。

 西原先輩は私がピアノを弾いてるといつの間にかドアの外に立っていた。正直演奏中にその姿を見た時は演奏をやめてしまいそうになってしまった。

 先輩ははっきり言えば格好良いい、俗に言うイケメンはない。よく言えば普通の顔立ち。それも一つ一つのパーツは記憶に残りそうもないくらい平凡な顔だ。

 でもそこは問題はない。私が演奏の手を止めそうになったのは彼の目つきと雰囲気のためだ。

 悪く言えば人を殺したことのあるような目、よく言えば不良の目つき……あまり大差無いわね。とにかく、その目と愛想の欠片も感じない表情に私の指は一瞬止まった。

 そして何より先輩が出す雰囲気に私は圧倒された。

 漫画やアニメの話ではないけれど、何かしらの才能に溢れている人や何かを極めている人の雰囲気は他の人達とは少し違う。

 上手く表現することはできないけど、自分とは何かが違うと分かる。若干の違和感はあるものの、先輩が纏っている雰囲気はまさにそれだった。

 完成形という表現が一番近いのかもしれない。自分の能力を把握し、限界まで引き出せている人が纏っている雰囲気。私は過去にその雰囲気を纏った人と会ったことがあるのでそれと同種のものだとすぐに理解できた。

 だけど、理解しても纏わりつく違和感は拭えず、それが私の演奏を止めようとした。私は先輩から目を逸らす事で止まりかける指を動かすことにした。

 そして無事に演奏を終えて、アンタは何者よという意味と警戒を込めて先輩を見ると馬鹿にしたように――見えただけだったみたいだけど――笑い、一礼してどこかに行ってしまった。

 その事が分からなかった私は先輩を引き留め理由を聞き、自分の勘違いだった事に気づいた。

 謝ろうと思ったのだが、普段謝り慣れていないせいか素直に言葉が口から出てこなくて、気付けば自分でも訳の分からない事を口走ってた。

 それから紆余曲折あって、煽り慣れしていない私は再び先輩に醜態を見せてしまった。……何であんなにも取り乱したのか自分でも分からないわ。でも自分の事を馬鹿にされた時心の中に何故か『焦り』があった事だけは覚えていた。

 結局私が自分で作った曲を思い通りに弾けずに悩んでる事も話しちゃったし……何で話したのかしら? 先輩なら解決してくれると思ったから? あって数分しか話してない人なのに何でそう思ったの?

 

「……何なのよ、もう」

 

 足音を強く響かせて、ピアノの上に置いていたお茶を手に取って勢いよく飲む。おかげで少しむせたけれど頭の中が少しだけクリアになった。

 

 

――誰かに逢えた喜びを第三者的な立場で語っても感動しない

 

 

――だったら想像すればいいんだよ

 

 

 先輩の言葉がフラッシュバックする。

 急に先輩が弾き始めたお世辞にもうまくない、でも頭の中では満天の星空が広がるような童謡の後に先輩が私に言った言葉。

 その二つの言葉は私の中にある音楽に対する考え方を変えた。

 私は今までクラシックなどの音楽を中心に聴いてきた。だから私の中では、音楽は昔話のように語り継いでいくように奏でるものになっていた。先輩の言う第三者になって奏でるものだと……。

 だけどそれでは私が作った曲はそれでは伝えきれない。第三者は当事者の心情までは分からないから。

 でも私はその感情を知らない。そう漏らした私に先輩は想像するという方法を教えてくれた。

 私は座って静かにピアノを弾き始める。先輩が教えてくれたように自分の理想を描きながら、自分の感情も何もかも載せて奏でる。

 流れていく音は私が想像していた音よりは拙いけれど、さっきよりは断然ましになっていた。

 表現するときの立ち位置だけでここまで変わるものなの? そんな疑問が浮かんできたが理想に近づいた音がかき消す。

 一番だけ弾いて手を止める。そして頭の中にこの事を教えてくれた先輩を思い浮かべ、考える。何故こうもあっさりと自分の悩みを解決させてしまえるのか。

 そして一つの結論に辿り着く。

 

 

 西原雅也先輩は私と同種の人間なのでは?

 

 

 先輩は経験則に基づいて私の足りないところを当てて見せた。ならば先輩も同じ道を通った事があるという事ではないだろうか。

 私は負けず嫌いな所があるので、先輩に焦りを感じたのも自分の何歩も先を歩いているから負けたくないという気持ちから焦りを感じたのかもしれない。あと、友達いなさそうだし。

 

「…………イミワカンナイ」

 

 自分の思考回路が分からなくなる。

 確かに先輩は私が持っていないものを持っている。だけどそれが同種の人間に――『天才』という分類にカテゴライズされるわけではないではないか。

 クリアになっていたはずの脳内に再び霞がかかってくる。

 イミワカンナイ。本当にイミワカンナイ! なんであんな不良みたいな顔の先輩と私が同種の人間だと思ったのかも、先輩の纏ってる雰囲気の違和感も何もかもがわかんない!

 でも、一番イミワカンナイのは……

 

 

――お前がその歌詞のような奴に出会える事を祈ってるよ

 

 

 先輩なら私の望むそれになってくれると思った事だった。

 

 

 




次回予告
「それじゃあ、田城野さん。読んでくれますか?」

ローレライと別れて無事に弁当箱を回収した雅也は午後の授業を受ける

担任の安田先生の授業は分かりやすく、雅也はそのことに若干の感動を覚える

「い、いえ! 私なんてまだまだですよ!」

そこでクラスメイトの一人に興味が出る雅也

今までの不安が和らいだ午後

しかしやはり世界は雅也に優しくはなかった

『二年二組の西原雅也君、至急理事長室まで来てください』

この放送が雅也の音ノ木坂学院での生活を大きく変える事になるのか……

次回「NOと言える人間に私はなりたい」

「嫌ですよ。面倒くさい」
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