ラブライブ!~胸(ポケット)にはいつも転学届~   作:カゲショウ

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お久しぶりです、カゲショウです。

今回から決定したことですが、基本的にルビを使う場合は〈〉←この括弧を使いたいと思います。それ以外は心内語的な感じでお願いします。

さて、今回は……というか今回も理事長出てきます。今のところ原作キャラで一番登場回数多いです。
何故だろう、別にヒロインにしたいわけでもないのに……。
兎に角、今回もだらだらと長い駄文になりますが、どうかお付き合いください。


08話 NOと言える人間に私はなりたい

「あー、疲れた……。もう帰りたい」

 

 屋上に取り残していた弁当箱を片手に盛大にため息をつきつつ二年二組へ続く階段を下る。

 午前中もそうだったが、昼休みに絡んできたあの赤毛のローレライといいこの学校は俺をなかなか休ませてくれない。

 ただでさえここに通うこと自体にストレスを感じているというのに……。こうも連続的にストレスを与える人物と出会ってしまうと流石に帰りたくもなる。これもある種のホームシックなのだろうか?

 そんな事を考えながら最後の階段を下りてリノリウムの廊下を歩く。階段から教室まではそう離れているわけではないので一分もしない内に辿り着いた。

 教室からは新しいクラスメイト達……とは言っても女子しかいないのだが、楽しく談笑しているのが聞こえてくる。

 新鮮、とはまた少し違った感覚に扉にかけた手が一瞬止まるが、慣れたくはないが時期に慣れるだろうと思いつつ扉を開ける。瞬間、教室内の談笑が止み、何十もの瞳が俺の姿をその中に映す。

 慣れない視線の多さに一瞬たじろぐが、疲れてるから話しかけんなオーラを放ちながら自分の席に向かう。

 そのオーラを察してかクラスメイト達も声を掛けようと伸ばした手を彷徨わせる。

 そのうち何人かは「朝のがいけなかったのかな?」と若干の反省の色を見せているが、「きっと周りが女の子だらけで興奮しすぎたんだよ」と反省の様子どころか全力で殴ってやりたくなるような事を言ってる奴もいる。

 そういう奴等は一睨みして黙らせてやろうかと考えたが、それすらけだるく感じるほど俺の身体に蓄積された疲労は達しており、ため息一つついて自分の席に着く。

 窓際最後尾。豊丘高校にいた時と変わらないその場所が俺の席だ。

 日当たり良好、見える景色も悪くない。周りの環境がかなり特殊だが、それを除けば俺は教室内でベストなポジションだろう。

 

「あ、西原君、席借りてるね~」

 

 しかし、そんな俺の席はクラスメイトによって侵略されていた。

 侵略者の名前は田城野心実〈たしろの このみ〉。このクラスで一番印象に残った人物で、俺の隣の席の住人だ。

 黒髪のショートカットで、前髪を猫のピンで左に寄せているのが特徴的だ。小柄で童顔な彼女が弾けるような笑みを浮かべていると、高校に中学生が混じっているように見えるのが不思議だ。

 だが今はそんな事はどうでもいい。疲れて自分の机で突っ伏して残りの時間を過ごそうと思ったのに田城野が俺の席を侵略しているせいでそれは敵わない。「どいてくれ」と一言言えば良いだけなのだが、彼女の周りを囲んでいる友達と楽しげに談笑しているために気が引ける。

 俺は暫く座れない自分の席を眺めた後に、仕方なく窓に背中を預けてチャイムが鳴るのを待つ事にした。

 パーカー越しでも感じる太陽の光が心地よい。

 今日は雲一つない晴天というわけではないが、俺にはそれが寧ろ心地よく感じられた。

 ただ底抜けに澄み切った空にぽつんと一つだけある太陽はただ熱を放つだけだが、雲があることによって影ができ、日光を浴びて火照った身体を冷ましてくれて気持ち良い。

 俺は背中に太陽の温かみを感じながら教室内の様子を眺める。

 

『あー、午後からの授業面倒くさいなー……』

 

『確か次は古典だっけ? こなっちゃんだから楽でしょ』

 

『まぁ、安田先生の授業は楽しいけど……。時間帯的に一番眠くなりそう』

 

『ああ。確かにそれはそうだね』

 

『でしょー』

 

 目の前に座っている女子二人の会話。二人で笑いながら次の授業についての話をするのはやはりどの学校でも人気の話題らしい。

 因みにこなっちゃんというのは、我等がクラス担任の安田先生の愛称らしく、本人もこなっちゃんと呼ばれると明るく返事をしているので本人も気に入っているようだ。

 しかし本人談ではアラサーらしいのでその愛称はどうなのだろうか? というか教師としての威厳が微塵も感じられないのだがいいのか?

 別の意味で教師の威厳の感じられない田嶋先生の顔が思い浮かべつつ、視線を俺の左に移す。

 

『ねぇねぇ、昨日の生っすか!? Revolution見た?』

 

『見た見た! 今回の響チャレンジも凄かったよねー』

 

『昨日は『UMAを見つけて友達になれるか?』ってチャレンジだったよね』

 

『そうそう! 結局チャレンジは失敗だったけど最後にちらっと河童みたいなのが映ってて、ネットで大騒ぎになったりさ!』

 

『最後のあれ本当に何だったんだろうねー……』

 

『何それ? 昨日の生っすか!? Revolutionそんなのやってたの?』

 

『もしかして昨日の見逃したの? もったいないなー』

 

『昨日はあず散歩みてたからなぁ……。でもあず散歩も面白かったよ』

 

『確かスペシャルだったもんね。私はばっちり録画してる!』

 

『あ、それ今度私にも見させて!』

 

『あれ? でもあず散歩は朝番組じゃなかった?』

 

 どうやら昨日のテレビ番組の話のようだ。

 俺は基本的にテレビを見ないのでその番組自体は知らないが、たまに小耳に挟むので割と人気の番組なのだろう。

 …………それにしてもUMAと友達になる企画はかなり無理があるんじゃないか? もし遭遇できてそれを放送したら外国の研究機関とかどこぞの黒服の方々とかから大量の問い合わせがあるだろうし……。失敗前提のチャレンジだな、おい。

 日本のテレビ業界の未来を心配しつつ、俺の席はどうなったかも心配になったのでちらりと横目で確認する。

 

「それじゃあ次の問題ね。三国同盟は名前通り三つの国から成り立っているが、その三国はどこか答えなさい」

 

「アメリカ、イギリス、ヨーロッパ!!」

 

 自身に満ち溢れた顔で答える田城野の姿がそこにはあった。

 …………俺はいったいどこからツッコめばいいのだろうか。

 俺の席にまだ座っていたことはまだいい。どうせチャイムが鳴って、五時間目が始まるまで動かないのだろうからな。

 俺がツッコみたいのは、何故中学校の範囲の問題を出し合っているのか。仮にも国立の学校の入試に合格しているはずの田城野は今の問題が答えられないのか。そもそもヨーロッパは国名じゃない。そして、何故それを自信満々に言えるのか、だ。

 

「…………ぉぉぅ」

 

 ほら見ろ、出題者が困ったような顔になってるじゃないか。周りの奴等も気まずそうに眼を逸らしてるし……。

 しかし、流石にそこまでされると自分の答えが間違っている事に気が付いたのか、「あれ? あれ?」と不安げな顔で周りを見回している。

 

「も、もしかして間違えてた……?」

 

 しゅんっ、と悲しそうに俯く田城野。もしかして、じゃなくて完全に間違えてるから。

 

「い、いやいや! 確かに間違えてはいるけど、惜しかったなーって思ってさ!」

 

 全然惜しくないから。かすりもしてないだろ。

 

「じゃ、じゃあ答えは何?」

 

「ロシア、フランス、ドイツ」

 

「全然惜しくないよ!?」

 

 流石に全然惜しくない事には気が付いたのか、軽くショックを受けていた。

 ……しかし、まぁよくここまで盛大に間違いを自信満々に言えたな。その点は少し尊敬するぞ。

 

「ぅう……恥ずかしい…………」

 

 田城野は顔を羞恥で赤く染め、さっきとは違う理由で顔を俯ける。

 その仕草に彼女の友人たちは一様にニヤニヤと口元を綻ばせている。中にはデジカメを取り出してその姿を撮影している奴もいた。

 このクラスは名字の件でも変なクラスだと思っていたが、類は友を呼ぶというかなんというか……。変人を自負する俺でも驚く程キャラが濃いやつがいるな。

 俺、ここに通ってるといつかストレスで倒れるような気がする。

 これから起こる可能性のあるドタバタで無茶苦茶な未来を想像しただけでため息が出る。

 

「はーい、皆席についてねー。授業始めるよー」

 

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るのと同時に安田先生が教室に入ってくる。

 クラスメイト達は安田先生の姿を見ると、ぱらぱらと各自の席へと戻り始める。

 俺もようやく侵略者が立ち退いた自席に戻り、授業開始の挨拶をして着席する。すると横からちょんちょんと指で突かれた。

 その方向に顔を向けると、当たり前と言えば当たり前なのだが、田城野がいた。

 

「西原君、席借りっぱなしでごめんね」

 

 申し訳なさそうに微笑む田城野。そう思うなら侵略しないでもらいたいのだが、元々教室にいなかった俺が悪いので黙っておく。 

 

「ああ、別に謝らなくていい」

 

「でも西原君疲れたような顔してたから、悪いことしたなって思って……」

 

「っ!?」

 

 田城野言葉に目を見開く。それは仕方ないと諦めていた事だったので、ほぼ不意打ちみたいなものだった。田城野……お前は…………っ!

 

「まさか……俺の表情が分かるのか……!?」

 

「え? う、うん。何となくだけど……」

 

 不思議そうな顔していう田城野。しかし、それは俺にとって自転車との衝突事故並みに衝撃的な言葉だった。

 俺は無表情という訳ではないが、よく人から無愛想だと言われているし自分でも自覚している。

 それを知ってもなお直そうとしなかった結果、感情表現が不器用になってしまい勘違いされやすくなってしまった。

 具体的に言うならば、喜怒哀楽のうち『怒』と『哀』がほとんど同じ表情になっていたり、『喜』はほぼ隠居状態になっている。

 そして今回のように疲れた時の表情は、眉間にしわがより、鋭い目つきと相まって不機嫌になっているようにしか見えないのだ。

 だからこそ俺の表情を読み取る事が出来た田城野に俺は驚きを隠せなかった。

 

「どうしたの? そんな変なこと聞いて」

 

 

「あ、いや何でもない。ただ俺はこんな感じで無愛想だから、俺の表情を的確に読み取る奴がいて少し驚いただけだ……」

 

「へぇーそうなんだー」

 

「田城野さーん? 男の子が気になるのは分かるけど授業に集中してねー?」

 

「は、はい! ごめんなさい!」

 

 安田先生からやんわりと注意され、クラスメイト達は彼女の方を見てクスクスと可笑しそうに笑う。その視線を一身に浴びている彼女は「えへへ……」と照れ笑いを浮かべていた。

 そして彼女の隣。つまり俺の二つ隣に座っている女生徒が、ニヤニヤと笑いながら自然な動作でデジカメを懐から取り出し、数回シャッターを切ってまたとても自然な動作でそれを懐に戻した。

 それがあまりにも自然な動作だったので、田城野本人を含め周りの生徒も気付いていないようだ。なんという熟練された手腕なのだろう。これが盗撮じゃなかったら手放しで褒めていたというのに……。

 

「西原君もよ? 古典の授業がつまらないからってあからさまに田城野さんと話すのは……ね?」

 

 安田先生がちょっと困ったように笑いながら小首をかしげる。別につまらないからという理由ではないのだが、説明して授業時間をこれ以上削るのも忍びないので、すいませんと謝っておく。

 隣をちらりと窺うと、こっちを見ていた田城野と視線がぶつかり、申し訳な下げに微笑む。それに俺は軽く肩を竦めて返し、古典のノートを開く。

 

「じゃあ教科書百八十ページを開いてー。今日からは古今著聞集に集録されてる『大江山』について勉強していくね」

 

 言われて、教科書を開く。使ってる教材が同じことが幸いしてこの大江山はすでに予習済みだ。

 クラスメイト全員が教科書を開けたのを確認した安田先生は満足げに頷き、にこにことした表情で授業を再開する。

 

「それじゃあ最初は本文を先生が――読むのも面白くないので、誰かに読んでもらおうかなー」

 

 おい。それはどうなんだよ、安田先生。授業に求められる面白さはそうではないはずだ。

 しかし俺はそれを口に出していないので安田先生に伝わるわけもなく、安田先生はにこにことした笑みを浮かべたままクラスを見回している。

 安田先生と視線を合わせまいと、露骨なまでに顔を逸らすクラスメイト達。田城野に至っては、何故か天井を見上げているというとても不自然な体制だった。

 

「みんなどうしてそんなに露骨に視線を逸らすのかなー? …………そういう態度をとるなら先生にも考えはあるからねー?」

 

 そう言って安田先生は机の下でゴソゴソと何かを漁り始めると、「ジャーン」というセルフ効果音と共に人の顔サイズのピンクの立方体を取り出した。……なんだ、あれ。

 瞬間、クラスに戦慄が走る。

 

「先生それは……!?」

 

「こなっちゃん、それを使うなんてあんまりだよ!!」

 

「それだけは……それだけはやめてぇ!!」

 

 クラスメイト全員が真剣な表情で安田先生に訴えかける。田城野はいまだに上を向いている。俺はいまだに状況を理解できていない。

 安田先生は必死に懇願する生徒たちににっこりと微笑む。その笑顔を見たクラスメイトは、自分たちの願いが届いたと安堵する。

 

「誰が出るかな♪ 誰が出るかな♪」

 

 しかし安田先生は無情にも立方体の中に手を突っ込み、ごそごそと楽しそうに探る。

 クラスメイト全員が……田城野も上を向いたまま絶望した顔になる。そしてそんな田城野を隣の女生徒……変態が嬉々として盗撮する。お前は絶望しないのかよ。

 約一名ほど例外が紛れ込んでいたが、俺は今のクラスの状態からこれから起こるであろう事がようやく理解できた。

 要するに、あの箱の中にはクラスの誰かの名前か出席番号が書かれた紙が入っていて、安田先生が引いた紙に該当する奴が読むという事だろう。

 まぁ、誰も読みたがらないなら強制的にあてるのは致し方ないのかもしれないが……このクラス、ノリノリだな。

 

「変な学校に来てしまったな……」

 

 そう一人小さく呟く。

 結局誰が読んでもそんなに変わらないのだから、早く誰かが読んで授業を進めてほしい。そう思いながら、俺はクラスの様子を眺めていた。

 

「本文を読んでもらうのは~…………この人!」

 

 そしてようやく何を引くのか決まったのか、安田先生が無駄にためて一枚の紙を頭上に掲げる。

 そして安田先生は、その紙に書いてあることを確認すると、笑顔を一人の生徒――現在も何故か上を向いている田城野に向けた。

 

「それじゃあ、田城野さん。読んでくれますか?」

 

「え? あ、はい!」

 

 驚いたように返事をする田城野。ちょっと悔しそうに教科書を持って起立する。

 

「それじゃあ、本文を最初から最後までお願いね」

 

「はい。……コホン」

 

 田代野は咳払いを一つすると、急にさっきまでのおどおどとした雰囲気がなくなり凜とした空気を纏う。

 

 

「『和泉式部、保昌が妻にて、丹後に下りけるほどに、京に歌合ありけるに――」

 

 

 上手かった。いや、教科書を読むだけなのにこの感想を抱くのはどうなのだろうかと思うのだが、それでも上手かった。

 ただ淡々と読むだけでなく滑舌よく、声の抑揚、緩急を所々つけてある。しかもそのポイントが絶妙で思わず聞き入ってしまうほどだ。

 読み方が分からず止まってしまうところもあったが、何より変なところで息継ぎをして区切らないという事が徹底してあり非常に聞きやすい。

 

「――小式部、これより歌詠みの世覚え出で来にけり。』」

 

 最初は聞き流そうと思っていたのだが、読み方に聞き入ってしまっていたのか、いつの間にか読み終わっていた。

 

「はい、ありがとう。やっぱり放送部ってこともあって田代野さんは読むのが上手ねー」

 

「い、いえ! 私なんてまだまだですよ!」

 

 そう言って頬を染めながら恥ずかしそうにする田城野。

 御世辞抜きで上手かったのだが、謙虚なのは好感が持てる。何せ、どこぞの詐欺師ときたら少し褒めるとすぐに調子に乗ってドヤ顔してくるのだから。

 ……想像しただけでもイラッとくるな。表情はそんな変わらないくせに。

 今頃豊丘高校でけだるげに授業をしているであろう田嶋先生への行き場のない苛立ちを、ため息と一緒に体外に出す。

 しかし放送部か……。成程、『読む』という事が上手いわけだ。

 読む事専門……とまではいかないが、数ある部活の中で『読む』という事に特化している部活に所属しているとなれば、これだけ上手いのも納得がいく。

 因みに何故言葉を扱う演劇部と文芸部ではないのかというと、『演じる』または『書く』のが上手いのは決して『読む』とイコールで繋がるものではないからだ。

 

「あー、緊張したー……」

 

 そう言いながら安どのため息を吐く田城野は、褒められたことが満更でもなかったのか若干嬉しそうだった。

 

「それじゃあ、本文も読んでくれたことだから解説に入っていくねー」

 

 相変わらずにこにこと笑いながら安田先生が古文の解説を始める。俺は授業を聞きつつも、頭の片隅で田城野の事を考えていた。

 別に惚れたという話ではない。ただ興味が出たのだ。

 彼女には才能がある。だが、それは天才と呼ぶには足りない。

 それは彼女の読み方はどうしても努力して身につけたものだから。

 でも彼女はこれからもっと成長できる。そう感じさせる何かがある。

 ちらりと横を見ると、田城野は真剣な表情で授業を受けていた。今朝まで俺は誰にあっても興味なんてわかないと思っていたが、そうはいかなかった。

 この学校は良くも悪くも俺の想像を軽々と越えて見せる。

 その事実に俺の荒波のような心は平穏を取り戻した。

 

 

 

 

 無機質なチャイムが今日の授業が全て終わった事を学校中に告げる。

 それは当然俺のクラスにも届いており、机に座りっぱなしだった身体を伸ばしている人を数人見かける。

 

「ふぅ……」

 

 俺も三時間も座りっぱなしで固くなった上体をそらして伸ばす。凝り固まった所が伸びていく感覚が気持ちいい。

 

「西原君、お疲れ様」

 

 隣から田城野に声を掛けられる。笑ってはいるが、少し疲れの色が見て取れた。

 

「田城野もお疲れ。午後の時間割は割と面倒くさかったな」

 

「そうだねー……。でも、授業は分かりやすいよね」

 

「まぁ、確かにな」

 

 午後の授業は古典、数学、C英語と高校生が苦しむ教科のみで構成されていた。だが、授業自体は授業担当の教師の分かりやすい解説のおかげで、内容はすんなり頭に入ってきた。

 ただ、数学だけは悔しいが田嶋先生の方が教えるのが上手く感じる。

 

「ねぇねぇ西原君。西原君は何か部活はいるの?」

 

「部活?」

 

 田城野が唐突に問いかける。部活か……正直あまり入ろうとは思わないな。

 面倒くさそうっていうのも理由の一部ではあるが、今俺の置かれているあまりにも特殊な状況によるものの方がでかい。

 俺は今、成績を今の状態から下げてはいけないという条件のもと一人暮らしをしている。なので部活に入って成績が落ちました、となるとどうなるか分かったものではない。

 

「そうだな……今は入ろうとは思ってないな」

 

「そうなんだ」

 

 そう言うと田城野は少し黙り込んで、何かを考えるように腕を組む。

 

「西原君、放送部に興味はないかな?」

 

「放送部……というと田城野の入ってる部活か」

 

「ええ!? なんでわたしが入ってる部活知ってるの!?」

 

「いや、古典の時間安田先生が言ってただろ……」

 

「あ、あれ? そうだっけ?」

 

「…………」

 

 馬鹿というかアホというか……。もしかしてこいつ天然か?

 田城野は真剣な顔でそうだったけ? と考え込んでいる。このまま放っておくといつまでも思い出そうとしそうなので、こちらから話題を軌道修正させる。

 

「それで、田城野は俺を放送部に勧誘しているのか?」

 

「え? あ、うん。一応そのつもりだけど……どうかな?」

 

 田城野が軽い口調で問いかける。

 

「そうだな……。さっきも言ったが部活に入ろうとは思ってないからな……」

 

「別に毎日来る必要は無いし、名前だけでも貸してくれればそれでいいから。ね?」

 

「名前だけって……。もしかして部員が少ないのか?」

 

「少ないってわけじゃないんだけど……」

 

 じゃあ何なのか。そう問いかけようとする前に、田城野は苦笑しながら言う。

 

「部長がね、『男子入ってくるなら集会の時とか力仕事任せられるじゃん! 絶対一人でも勧誘して来いよ!』って……」

 

「じゃあな田城野。また明日」

 

「ま、待って! お願いだから話を聞いて!!」

 

 席を立って教室を出て行こうとする俺の腕を田城野が必死な表情で掴んで引き留める。

 いや、入部したら力仕事が確実に回ってきて、そのうちいいようにこき使われる未来しか見えない部活に入るほど人間ができてないんで。頼むから他をあたってくれ。

 しかし、田城野は諦めなかった。

 

「だ、大丈夫! 西原君だけにきつい仕事を回したりしないから! それに本当に必要な時しかヘルプを頼まないから!」

 

「悪いが、まだ会ったこともない部長とやらを信用するには材料が足りなすぎる」

 

 逆に疑うには十分すぎるほどの材料があるわけだが。

 俺の言った事に弁解できないのか、田城野が小さく唸って俯いてしまった。

 

「ぅぅ……。このままじゃ部長に怒られる……」

 

「…………」

 

 何故だろう、今の田城野を見てると子供をいじめてるような妙な感覚が……。

 暫く田城野の様子を見ていたが、謎の罪悪感は募るばかりで俺の身体から出て行こうとしない。

 …………しかたない、か。

 

「なぁ、田城野」

 

「何? 西原君……」

 

 明らかに意気消沈した様子の田城野に一瞬言葉が詰まるも、ため息を一つついて言葉を続ける。

 

「俺は部活に入る気はない。が、もしかしたら気が変わるかもしれない」

 

 俺の言葉に、田城野は俯かせていた顔を上げる。

 

「そ、それって……」

 

「ま、入部は保留って事でお前んとこの部長には報告しとけ」

 

「……うんっ!」

 

 まるで花が咲いたような笑みを浮かべて頷く田城野。

 その笑顔を見ると身体を蝕んでいた罪悪感が消え去った。だがそれと同時に面倒くさい口約束をしてしまったと後悔する。

 そんなことを思っていると、教室のスピーカーから連絡用の放送が入る。

 誰かが職員室にでも呼び出されるのか。そんな他人事のように放送に耳を傾ける。

 

『二年二組の西原雅也君、至急理事長室まで来てください』

 

 職員室ではなく理事長室への呼び出しとは珍しい。二年二組の西原雅也君はいったい何をやらかしたんだ?

 

『繰り返します。二年二組の西原雅也君、至急理事長室まで来てください』

 

「えっと……西原君?」

 

「じゃあ俺は先に帰るな。また明日」

 

「あ、うん。また明日」

 

 戸惑いの表情を浮かべる田城野と教室で別れて、ロッカーから自分荷物を取り出し生徒玄関へ向かう。

 今日の午前はいろんな事が起こったが、午後は平和に終わって安心したよ。

 階段を降りきって一階の廊下にたどり着く。家に帰ったら何をしようか? とりあえず数学の復習でもするか? そんな呑気な事を考える。

 

「西原君」

 

「…………分かってた。こうなる事は分かってたさ」

 

 いつの間にか俺の背後に立っていた理事長に肩を掴まれる。何か今朝も似たような事があったような……。気のせいであってほしい。

 

「どうして放送を無視して帰ろうとしたのか聞かせてもらえるかしら?」

 

「黙秘権を行使します」

 

「なら理事長室まで同行願えるかしら?」

 

「嫌ですよ。面倒くさい」

 

 断固拒否。面倒事に巻き込まれる危険な臭いがプンプンする場所なんかに誰が行くかよ。

 しかし、理事長は仮面のように張り付けた笑顔を崩さず、一歩俺に詰め寄る。

 

「来て、くれるわよね?」

 

「い、いや、行かな――」

 

「来なさい」

 

「…………イエス、サー」

 

 いいえと言わせない理事長の雰囲気に気圧された俺は、何も言い返せずにいた。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 そう言って俺のパーカーのフードを掴んでずるずると引っ張るように連行し始める。

 …………俺、田嶋先生とは違うベクトルでこの人苦手だわ。こう、笑顔の仮面をつけたまま威圧されると何も言い返せなくなるし。

 

「……NOと言える人間になりたい」

 

 きっといつか、そうなれることを信じて小さく呟いた。

 

 

 




次回予告
「廃校……ですか」

連行された雅也は音ノ木坂の現状を告げられる

そして語られる雅也が音ノ木坂に呼ばれた理由

「職務放棄するぐらいなら、自分で何とかしてくださいよ」

彼はこの真実をどう受け止めるのか

帰り道、ふと立ち寄った書店

「あれ? 間抜けなお兄さんじゃないですか」

そこで彼は彼女と再び邂逅する

しかし、彼女の傍らには見知らぬ少女もいて……

怯える少女は叫ぶのだった

次回「不審者っぽいけど、不審者じゃないです」

「け、警察呼ばなきゃ!」
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