ラブライブ!~胸(ポケット)にはいつも転学届~   作:カゲショウ

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お久しぶりです。カゲショウです。

今回は次回予告で分かってる人もいると思うので言いますが、雪穂出ます。はい。

前回同様なかなかメンバーと対面しない主人公ですが、徐々に交流する予定なの、でどうかもうしばらくお付き合いください。

それでは本編をどうぞ。


09話 不審者っぽいけど、不審者じゃないです

「とりあえず、ソファに座って」

 

「……失礼します」

 

 軽く頭を下げてソファに座る。理事長室にあるだけあって、座り心地は進路指導室にあるのとは比べの物ならないくらいい。

 少しだけ理事長室を見渡す。全体的に落ち着いた雰囲気で、棚には何かのトロフィーや賞状が飾ってある。

 窓際に配置されている机は日光を浴びて、まるでどこかの大手会社の社長が座る場所のように輝いている。

 

「苦手なんだけどな、こういうとこ……」

 

 小さくそう呟く。

 実際俺はこういう厳格な雰囲気の場所はあまり好きではない。

 何故ならこういう場は、何かをやらかした時か、最上位の説法を食らう場所だと認識しているからだ。豊丘高校にいた時は一度だけ呼ばれた事があるが、その時は特に何もなく終わって良かったと改めて思う。

 昔の事を思い出していると目の前の机にコーヒーの入ったカップが置かれる。

 

「ミルクと砂糖は好きに入れてね」

 

 いつの間にか対面に座っていた理事長は、そう微笑みながら自分の分のコーヒーを一口飲んだ。

 俺的には緑茶を出してくれた方が嬉しかったのだが、せっかく淹れて貰ったのに文句を言うのはお門違いだと思い、何もいれずに一口飲む。

 口の中にコーヒー独特の苦みと、香ばしい香りが口いっぱいに広がる。

 

「ブラックで飲めるなんて大人ね」

 

「もしそれが大人と子供との線引きだとしたら、俺は中学の時にとっくに大人ですね」

 

「あら、舌が大人でも中身は子供っぽいわね」

 

「理事長の理論に則った事実を言っただけですよ」

 

「ふふっ。それもそうね」

 

 可笑しそうに笑う理事長。まるで我が子と話すように理事長の口調は軽い。

 指導者としてはもうちょっと厳格な態度で接した方が良いと思うのだが、こっちの方が肩に余計な力が入らないのでありがたい。

 

「それで、自分を理事長室に呼び出したからには何か用があるのでしょう? 早く本題に入ってくれませんか?」

 

「ごめんなさい。これから予定でもあったかしら?」

 

「特にありませんが、夕食の準備をしなければと思ったので」

 

「そう。なら早く本題に入るとしましょうか」

 

 そう言ってコーヒーカップをソーサーの上に置く。

 次に理事長が顔を上げた瞬間にはさっきまでの微笑みはなく、真剣な表情へ変わっていた。

 

「まず確認なのだけれど、西原君は担任の先生から今朝あった集会の話は聞いていないのよね?」

 

「ええ、まぁ」

 

 どうせ豊丘高校との連携企画により豊丘高校の生徒が入ってきましたが皆さん仲良くしてください、的な話しかしてないと思ったから聞こうとも思わなかったけどな。

 残念ながら百二十人の豊丘高生が仲良くなる事を望んでいたとしても、少なくとも約一名は望んでいないので大きなお世話だ。

 

「それは此方からの連絡ミスです。ごめんなさい」

 

 頭を下げる理事長。その意外な展開に俺は少しばかり驚いてしまった。

 

「頭を上げてください理事長。連絡ミスとはいえ、内容を聞かなかった自分にも非があります」

 

「そう……。そう言ってもらえると助かるわ」

 

 頭を上げて苦笑する理事長。

 俺はコーヒーを一口飲んで疑問を口にする。

 

「そんなに重要な……生徒全員に伝わらないといけないくらい重要な連絡があったんですか?」

 

 でなければわざわざ理事長室まで呼び出さないだろう。

 普通の連絡ならばこんなに早急に……それもたった一人の生徒のためだけに理事長が時間を割くとは思えない。

 俺は睨みつけるように理事長を見ていると、暫く黙っていた理事長はゆっくりと、深く頷く。

 肯定。つまりそれほど重要な連絡がその集会でなされたという事だ。

 理事長は悲しげに微笑むと、固く閉ざされた口の和らげるためにコーヒーを飲み、今までで一番真剣な声音で言った。

 

 

「此処、国立音ノ木坂学院は、今年度をもって廃校になります」

 

 

 理事長の瞳は、真っ直ぐに俺の瞳を見つめている。

 

「嘘……ではないんですね」

 

「ええ。こんなたちの悪い冗談を言う人がいる?」

 

「約一名心当たりがあるんで確認です」

 

 田嶋とかいう俺の担任教師とか普通に言いそうだな。というかアイツはまだ俺の担任ということになってるのだろうか?

 そんな俺の下らない思考をよそに、理事長は話を続ける。

 

「廃校といっても、まだ本決まりじゃないわ。ただ、このままだと廃校になってしまうことは確かです」

 

「…………」

 

 理事長の指す『このまま』という言葉がさすのは何の事なのか。俺には大体見当がついていた。

 それは恐らくこの学院の生徒数の減少の事だろう。

 なら、何故そう思ったのか。

 そもそもこの生徒派遣プロジェクトは『生徒数の少ない学校の次年度までの生徒の人数合わせ』『共学に向けてのテスター』を主として展開されている。

 ならば豊丘高生が音ノ木坂に派遣された目的はこの二つに絞られるわけで、『共学化に向けてのテスター』というのは言い換えれば、『女子高の生徒数が減少してきているから男子を入学させて生徒を増やそう』という事だ。

 そして生徒数の減少を裏付ける決定的な証拠として、空き教室に対して生徒数が少ないという事実が今日確認できた。

 田嶋先生が言っていた校舎の大きさの割にはクラスが少ないという言葉に対しての違和感はこれだったわけだ。

 

「……あまり驚かないのね」

 

「まぁ、驚いてないって言ったら嘘になりますけど、ある程度予測できてたんで」

 

 これは決して嘘ではない。ただ、生徒派遣プロジェクトの話を聞いた時からある程度の予想はできていたが、まさか自分がその廃校間近の学校に来るとは思っていなかったけどな……。

 理事長は眼を見開いて驚いたが、すぐに申し訳なさそうに眼を伏せた。

 

「本当なら貴方には日曜日の時点で伝えておこうと思っていたのだけれど……。迷った挙句、結局言えずに今日まで先送りになってしまったわ」

 

「何故です? 同じ情報を伝えるなら集会などで伝えた方が手間が少ないでしょうに」

 

「そうね。その方が手間がかからないから、私としては楽させて貰える。けど……」

 

 一度言葉を区切る。

 

 

「貴方は、田嶋君が推薦した生徒だから」

 

 

 はっきりと強い、確かな思いを込めて。でもどこか嬉しそうに。理事長は俺に微笑みかける。

 ふと、あの日田嶋先生が俺に言った言葉が耳元で囁かれるように脳に響く。

 

 

――『この学校を救ってくれそうな人はいませんか』ってな

 

 

――あの場所を守ってやってくれ

 

 

 一つ足りなかったパズルのピースがピタリとはまるように、周りを覆っていた霧が晴れ渡るように頭の中の疑問が消えていく。

 謎はすべて解けた。まさにそんな感じだ。

 

「俺は、田嶋先生が推薦したこの学校を救ってくれそうな生徒だから。だから、その一手間を惜しみたくなかった……。こんな所ですか?」

 

「……ええ」

 

 こくりと理事長が頷く。

 俺はじっと理事長を見て、何を考えているのか表情から読み取ろうとする。

 だが、俺は超能力者でもカウンセラーでもないわけで、理事長が何を考えているのかは分からないかった。

 

「……何故ですか」

 

「何故、とは?」

 

「分かってるくせに聞き返さないで下さいよ。俺は、何で田嶋先生に推薦された『だけ』の『ただの』生徒にこの学院を救えると思ったんですか」

 

 これが俺が理解できない事。

 俺は確かに田嶋先生の汚い手口に騙されてこの音ノ木坂学院に派遣されたが、所詮は一介の学生に過ぎない。

 なのにこの理事長は、ただの生徒である俺にこの学院を救ってほしいとのたまっているのだ。これが俺にはまったく理解できない。

 俺の問いかけに理事長はそうね、と言ってコーヒーを飲む。

 

「やっぱり一番は、貴方が田嶋君に推薦されたからね」

 

「アイツの推薦が役に立つとは限りませんよ。現にアイツは、ただ焼肉が食いたいが為に適当に俺の名前を出したそうなんで」

 

「……ふふっ。そう」

 

 何故か可笑しそうに笑う理事長。

 その事に若干の不信感を抱きつつも、俺は話を続ける。

 

「別に俺じゃなくてもいいでしょう? 本来こういうのは教師陣で対応すべきだし、使うとしても生徒会の人間を使えばいいじゃないですか。人数的にもモチベーション的にも俺より適任だと思いますよ」

 

「そうね。でもそれにもちゃんとした理由があるの」

 

「理由?」

 

「ええ。教師としても廃校阻止の為に動きたいのだけど、仕事と事務処理等に追われてまともに動けないわ」

 

「……なら、生徒会はどうなんですか? 会長さんは優秀なんでしょう? 優秀ならこういう時こそ使うべきでしょうに」

 

「ええ。確かに彼女は優秀よ。だけど、彼女は優秀すぎるから……私たち教師にとって都合よく動いてくれるから任せられない」

 

「都合よく動いてくれるなら良いじゃないですか。即戦力になりますよ」

 

「即戦力には確かになるわ。でも、私は教育者として彼女に頼むわけにわいかないの」

 

「この学院が廃校になったら教育者も何もないですよ。学校を廃校に追い込んだという事実は貴女の背中に重くのしかかります」

 

「それでも私は最後まで教育者である為に、今の彼女に頼むわけにはいきません」

 

 理事長は一歩も退こうとしない。教育者として、この学院の最高責任者として譲れないものがあるのだろう。

 このままでは埒があかないと感じた俺は、盛大にため息をついて話題を変える。

 

「理事長が生徒会長を頼らないという意思は分かりました。ですが、何故俺なんですか? アイツの推薦ってだけでそこまで信頼を……期待を持たれても困るのですが」

 

 適当に名前を挙げられ、無理やりこの学院に派遣された俺としてはそこが疑問でしょうがない。

 田嶋先生が音ノ木坂の現状を把握していて、本当に助けてやりたいと思っていたならば、俺の他にもっと適任者がいたはずだ。

 俺より能力が優れていて、俺より人情に篤くて、俺より人望があって、俺よりも人の気持ちに敏感な…………。いうなれば主人公はいたはずだ。そいつならこの学院なんて簡単に救ってくれる。田嶋先生もそいつの存在を知っているはずだ。

 なのに俺は、いや、俺がここに来た。

 逆立ちしても主人公になれない俺がここにいる。その事実が自然に俺の眉間にしわをよせる。

 そんな俺の顔を見た理事長は少し驚いた表情を浮かべたが、何故かクスリと笑った。

 

「田嶋君の推薦なんだから信頼も期待もするわよ。それに……」

 

「それに?」

 

「貴方と田嶋君は本当に似ているもの」

 

 ここに来てよく聞くようになった言葉。

 しかし、今の言葉にはからかいは介在せず、ただ純粋な俺の知らない柔らかな感情が込められていた。

 言い返そうとしても何故か言葉が出てこない。頭の中で理事長の言葉が何度も繰り返される。

 いつもなら田嶋先生と似ているという事は鳥肌が立つほど嫌悪するはずなのに、田嶋先生に対する絶対的な信頼が込められている理事長のその言葉だけは否定できなかった。

 

「…………廃校を阻止するのも理事長の仕事の一環です」

 

 殆ど冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干して腰を上げる。

 

「だからこの事を誰かに委託した時点で、どう取り繕おうと貴女は自身の職務を全うしていない事になります」

 

 理事長を見下ろして、俺は言葉を紡ぐ。

 

「職務放棄するぐらいなら、自分で何とかしてくださいよ」

 

 それだけ言うと、俺は理事長室と廊下をつなぐ大きな扉の前まで歩く。

 

「西原君」

 

 扉に手を掛けようとしたところで理事長に呼ばれ、一度動きを止める。

 

「私は、自分の力が足りていない事は十分自覚しています。でも、人は協力することができます。協力して不可能を可能に近づける努力をすることができる」

 

 理事長の顔が見えないので、今の理事長がどんな顔でこの言葉を紡いでいるのかは分からない。

 だけど、俺は知らなくていい。知る必要はない。

 

「西原君は、私に力を貸してくれないのかしら?」

 

 メリットもデメリットも何も分からない申し出に、俺は顔だけ理事長の方に向ける。

 

「条件によります」

 

 それだけ言い残して俺は理事長室を後にした。

 

 

 

 

「廃校……か。少なくとも一般生徒が同行できる問題じゃないだろ」

 

 場所は帰りに何気なく立ち寄った大型書店。そこで俺は店内案内図と睨み合いをしていた。

 何故俺がそんな事をしているかというと、何気なく寄っただけではあるのだが、ついでにいい参考書でもないかなと思っただけだ。

 店内案内図と睨みあいを続けて五分。目的のコーナーが二階にあることを確認して、俺はエスカレーターに乗って二階に上る。凄くどうでもいいことだが、エスカレーター程反骨精神丸出しにして流れに逆らいたくなるものはないと思う。いや、やらないけどさ。

 あれって何でなんだろうな。こう、逆走してはいけないと分かっていてもしたくなるあの感じ……。俺の中では昨日見かけた動くアホ毛レベルの謎だ。凄くどうでもいいけど。

 

「参考書のコーナーは確か…………左だったな」

 

 まっすぐ参考書コーナーに足を進める。放課後の時間という事もあって、いたるところに己の学校の学生服で身を包んだ学生を見かける。

 その中には音ノ木坂学院の制服はもちろん。UTX学園や豊丘高校の制服もあった。

 まぁ、だからといって帰るとか声かけるとかをするわけではないんだがな。ただ音ノ木坂の生徒とかも利用しているのだと思っただけだ。

 そんな生徒達を尻目に俺は参考書のコーナーへと辿り着いた。

 ここのコーナーには予想通りと言えば予想通りに学生の姿は少なく、平積みされて宣伝用のポップがついてある参考書等が目立っている。俺はそれらの表紙を眺めて良さげな参考書を見ていく。

 ここで俺が思う良い参考書について語っておこうと思う。

 俺が思う良い参考書とは、まず第一条件に解説が書いてあることだ。

 それは誰もが思う事だろうが、解説の書かれ方ひとつで伸びるか伸びないかが変わる。

 解説はまず短すぎるものは当然NG。これでは結局分からずじまいになりかねない。というか、そもそも一人で勉強するのに向いていない。

 逆に長すぎる解説の場合、詳しく書かれすぎて自分で理解する力が低下する恐れ、価格が高いなどあまりお勧めはできない。解説は長すぎず短すぎず、自分で考える余地があるものが望ましい。

 次の条件は単元ごとの内容密度が自分に合っているかどうかだ。

 参考書と一口でいっても千差万別。同じ単元の内容も同じだけ収録されているとは限らない。数学で例えるならば、二次関数に重点を置いてる参考書もあればそうでない参考書もあるという訳だ。つまるところ自分が苦手な単元が重点的に収録されている参考書を探せという事だ。

 以上の二つが俺が考えているいい参考書の条件だ。個人的には持ち運びやすいサイズだとなおの事良し。

 

「ま、そう簡単に見つからないんだけどな」

 

 そうぼやきつつ、オススメと書かれたポップで宣伝されている参考書を手に取ってパラパラと中身を流し読みする。

 数学の参考書らしく、日本語より数字が多く並んでいる。そして各大問の下には解き方のヒントが記載されており、解きやすい。

 参考書の裏面を見て値段を確認する。決して安くはなかったが、内容の割には安い方だろう。

 

「……これを買うか」

 

 今週の夕食の材料代を少し抑えればいいと判断し、その参考書を持ってレジへ向かう。

 

「あれ? 間抜けなお兄さんじゃないですか」

 

 その途中で何処かで聞いた覚えのある声が聞こえたが、俺を呼び止めたわけではないはずなのでスルーする。

 

「おーい、間抜けなお兄さーん? 間抜けなお兄さんですよねー」

 

 その声が俺の後ろをつけてきている気がするが気のせいだろう。何故なら俺は間抜けなお兄さんではないからだ。

 後ろから迫りくる声から逃げるように若干早足で歩くが、声も俺の後ろをついてくる。この部分だけ切り取るとまるでホラーだな、おい。

 

「間抜けなお兄さんってば」

 

 そしてついに肩を掴まれてしまった。もう逃げる気力も残ってないので、盛大にため息を吐きつつ振り返る。

 

「……何の用だ、和菓子屋」

 

「無視するなんて酷いじゃないですか」

 

 そこには予想通りに、一昨日マンションまで案内してくれた和菓子屋の少女が制服を纏って立っていた。

 無視されたのが気にくわなかったのか此方をジト目で睨んでいるが、俺は間抜けなお兄さんという名前ではないのだからしょうがない。

 俺は適当に謝って、少女にさっき聞いたのと同じ質問をする。

 

「で、何か用か?」

 

「いえ、特に何もありませんよ?」

 

「なら何で呼び止めた」

 

「知り合いを見かけたから声を掛けただけですよ」

 

「そうか。ならもう行っていいよな」

 

「間抜けなお兄さんは何で此処にいるんですか?」

 

「用は無かったんじゃないのかよ」

 

「世間話くらいしましょうよ。付き合い悪いですね」

 

「知るか。話をしたかったらまず呼び方を改めろ」

 

「でも私、間抜けなお兄さんの名前知りませんよ?」

 

「…………ああ」

 

 そういえばそうだったな……。

 あの時は気が向いたら穂むらに行くとは言ったものの、そう何度もエンカウントするものでもないだろうと思って教えてなかったな。自分のミスに額を抑えていると、少女は何故かどや顔でこちらを見ていた。正直むかつく。

 

「ほらほら、早く教えてくださいよ~。それとも間抜けなお兄さんって呼ばれた方がいいですか~? ん~?」

 

「お前何でそんなに偉そうなんだよ」

 

 俺の脇腹を肘でつついてくるし。何コイツ、出会った時と態度全然違うじゃん。長年連れ添った友人並みに気やすいんだけど。

 出会った時の方がましかもしれないなと思いつつ、一歩後ろに下がって脇腹への攻撃をかわし、改めて自己紹介をする。

 

「……西原雅也だ。これからは決して間抜けなお兄さんと言わないように」

 

「高坂雪穂です。これからよろしくお願いしますね」

 

 お前面倒くさいからよろしくしたくないだが……。しかしそれを言うと間抜けなお兄さんと連呼しそうなので、よろしくと返す。

 

「それで話を戻しますが、西原さんは此処に何をしに来たんですか?」

 

「別に何か用があった訳じゃないからな、しいて言えば何となくだ」

 

「そうですか。何かいいもの見つかりました?」

 

「まあな。この参考書は中々良さげだぞ」

 

 そう言って片手に持っていた参考書を掲げる。すると、高坂はさっきまでのむかつく表情から一変して、何故か驚愕の表情を浮かべた。

 

「参考書……が、ですか?」

 

「そうだが……そんなに驚くことか?」

 

「…………あ、枕に最適って事ですね」

 

「参考書は勉強するための物だろうが。それに、固くて枕に向かないだろ」

 

「西原さんは本当に高校生ですか?」

 

「どういう意味だ、おい」

 

 失礼極まりないな。俺はどっからどう見ても立派な高校生だろうが。

 

「勉強するために参考書買うなんて……。西原さんは絶対にちゃらんぽらんな人だと思ってたのに…………」

 

「ほほぅ。高坂、お前はそんな事を思っていたのか」

 

「え? あ、あははは……。聞こえてました?」

 

「聞こえてたわ馬鹿者」

 

「いたっ!?」

 

 高坂の脳天に手刀を振り下ろす。力はそんなに加えていないので、そんなに痛くは無いはずだ。

 なのに高坂は頭を押さえて抗議するような目をこちらに向ける。

 

「いきなりチョップするなんて酷いじゃないですか!」

 

「こっちはいきなり酷いことを言われたんだが」

 

「暴力に走るなんて最低のやる事ですよ」

 

「言葉ならダメージ少ないと思うなよ。俺のガラスのハートはもろいんだからな」

 

「西原さんがガラスのハートな訳ないじゃないですか!」

 

「どうせこの参考書買う予定だから問題ないな。特別に背表紙で叩いてやるよ」

 

「え? ちょ、待ってください。話せば分かり合えますから」

 

 背表紙チョップから逃げるように後ずさる高坂。俺は参考書を振り上げた状態でジリジリと高坂との距離を詰める。

 周りからの視線が若干痛いが気にしない。今は高坂の脳天にこの背表紙を振り下ろす事だけに集中するんだ……!

 どんどん高坂を追い詰めていると、ついに高坂は本棚に進路を阻まれて後退できなくなる。

 すぐに横に逃れようとしたが、俺が本棚に手を付けて進路を阻む。これで高坂の逃げ道は完全に塞がれた。

 

「最後に言い残すことはあるか?」

 

「殺人でもするつもりなの!?」

 

「まさか。ただショックで記憶が飛ぶかもしれないから一応な」

 

「……壁ドンならもっとイケメンな人に甘く愛を囁いてもらいたいです」

 

「それは、残念だったな」

 

「……っ!」

 

 高坂が衝撃に備えてギュッと目を瞑る。

 振り上げた参考書を振り下ろす、まさにその瞬間にドサッと何か重いものが落ちる音がした。

 つい反射的に音のした方に顔を向けると、一人の少女が驚きと恐怖が入り混じった表情でこちらを見ていた。

 高坂と同じ制服を着ていて、その傍らにはバッグが置いて……というより落ちている。状況から察するに、さっきの音はこのバッグが落ちた音だろう。

 

「……あ、亜里沙?」

 

 いつの間にか高坂もその少女を見ており、彼女の名前を呼ぶ。

 亜里沙と呼ばれた少女は一、二歩よろけたように下がる。そして怯えた瞳で俺の姿をしっかりと捉え、若干震えた声で叫んだ。

 

 

「け、警察呼ばなきゃ!」

 

 

 この後誤解を解くのに小一時間かかった。

 

 

 

 

 




次回予告
「本ッッッ当にごめんなさい!!

危うく警察のお世話になるところだった雅也

必死の説得で何とか御厄介にならずに済んだと胸をなでおろす

しかし、雪穂によってファーストフード店まで強制連行されてしまう

「それじゃあ、今西原さんは音ノ木坂に通ってるんですか?」

会話も盛り上がり、それなりに平和な時間が流れていた

「私、音ノ木坂に入りたいんです」

音ノ木坂への思いを熱く語る亜里沙

しかし、廃校という事実に彼女は落ち込む

「どうにかなりませんか? 間抜けなお兄さん」

彼女たちの思いを聞いた雅也はどうするのか

次回「必要なものはたった一つ」

「お前等が望むなら、方法が無い訳じゃない」
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