先生を仮面ライダーにすれば曇らせが加速するのでは?(キュピーン) 作:一般通過ゲマトリア
何故だ……前回の掲示板のタグが機能していない……。
何をともあれ日常回です
気がつくと、目の前に扉があった。
ここ数週間の間に見慣れたシャーレの執務室。
家を出てからここに至るまで、どこをどう歩いて来たのか覚えていない。
時間は大丈夫だろうか?遅刻なんて醜態を晒していなければいいのだけれど。
扉に軽く拳を振ってノックする。
「どうぞー」
何処となく気の抜けた“先生”の声。
いつも通りの反応にまず胸を撫で降ろした。
一呼吸置いて手をドアノブに伸ばす。
大丈夫。いつも通りだ。そう自分に言い聞かせてドアを開けた。
「やっほー先生。おじさんが来てあげたよー」
「いらっしゃい小鳥遊さん」
窓際の執務机。
整理された書類がいくつかの山を形作り、その真中に彼はいた。
手にはいくつかの書類の束があり、もう片方の手で持ったペンを顎に当てながら熱心に読み込んでいる。
「何読んでるの?」
小鳥遊ホシノ。今日のシャーレ当番である彼女は、先生が読んでいる書類に首をかしげた。
よく見ればそれは原稿用紙。文字は手書きな上に縦書きで、所狭しとびっしり敷き詰められている。
それは書類というより……まるで作文のようだ。
彼は眉を寄せると少し困ったように笑う。
「あぁこれ?反省文。」
「……反省文?」
彼の口から飛び出してきた予想外の言葉。少なくとも自分には縁のないもので、ホシノは思わず聞き返す。
「うん。この前ゲヘナに行ったんだけど、そこでちょーっとやんちゃしてた子が居てね。で、ゲンコツか反省文か選んでもらったんだけど……」
「うへぇ。先生のゲンコツはこりごりだよー。」
ため息混じりの彼の言葉に、ホシノは自分の頭骨から響いた鈍い音を思い出して顔を顰めた。
痛みに悶絶して地面を転がっていたのは記憶に新しい。
「うん。しっかり反省してるようで何より。」
思えば大人に本気で怒られたのも、増してやゲンコツを落とされたのもアレが初めてだったろうか。
ペラリ。原稿用紙が1枚めくられる。瞳が上から下に流れ、また上に戻る。
「……わざわざ全部読んでるの?」
「うん。僕が書かせたんだからちゃんと読んであげなきゃ……あ、ここ文法間違ってる。」
どうやら丸付けまでしているらしい。見れば、めくられた原稿用紙には赤いペンで幾つもチェックやコメントが書き込んであった。
「けど、一旦コレでおしまい。小鳥遊さん、来て早々に悪いけど今日の仕事を……」
先生が顔を上げる。
今日初めて視線が合った。
「……小鳥遊さん?」
途端に今までにこやかだった彼の顔が少しずつ険しくなっていく。怒っている……というより、心配が過ぎているらしい。眉を顰め、じっとこちらを覗き込んでいる。
「先生?どうかした?」
「顔色、悪いね。」
ビクリと肩が震える。
自覚はあった。
だから慣れない化粧もしてきたのに。
「そ、そんなことーー「ある。」うへ……」
内側を見透かされているような漆黒の瞳。
彼の少し苦手な所。
先生の言葉を否定しようとしても、いつもの声が出てこない。
静寂が執務室を支配する。
時間にして10秒程だったろうか。彼の口から細く空気が漏れ出た。
「よし、予定変更!」
「へ?」
気がつけば、いつの間にか視線が彼より上にある。どうやら今自分は抱き上げられているようだ。
状況を把握するのに数秒。
「ちょ、ちょおっと!?何してるのさ!?」
状況を理解して思わず身を捩る。
半ばパニックに陥り、耳元で叫んだり頭をポカポカと叩いてみるものの、彼には全く効果がなかった。
少しも体勢は崩れることはなく軽く笑って流される。
「体調悪い子に仕事させられるわけないでしょ。それ行くぞー。」
「どこにー?!」
勢いよくドアが開け放たれ、執務室は一瞬のうちに書類の山と反省文のみが取り残されることとなったのだった。
◇◇◇
徒歩30秒。執務室のすぐ隣に位置する仮眠室にホシノはいた。
ご丁寧に靴まで脱がされ、ベッドに寝かしつけられた上に布団をかけられている。
この状態になるまでの間、ホシノには抵抗する一切の暇が与えられなかったとだけ記しておく。
「コレでよし。」
「いやよくないよ。」
自分でも驚くほど冷静な声が出た。
布団を押しのけて起き上がろうとすると、ふんわりと添えられた手がそれを制する。
「だーめ。」
「ヘイローもないくせにぃ……」
押してもいひても動きやしない。アビドスでも思ったことだが、彼の肉体は一体どうなっているのだろうか。
不承不承。ホシノは再びベットに横になった。
「むう……」
この状況が不本意であるにも関わらず、何故だかいつもよりリラックスしている自分がいる。
不思議な気分だった。ほんの少し前の自分なら、同じ部屋に大人がいる時点でベットに入ることすらなかっただろう。
「何があったか聞いてもいいかい?」
“先生”の声が聞こえる。
とても優しく、それでいて確かにそこにいる。
彼なら、もしかしたらーー
「先生」
自分でも驚くほど、口は滑らかに動いていた。
「大切な人を失ったこと、ある?」
ピシリ。
先生の笑顔が固まる。時間にしてたっぷり10秒ほど。
天を仰いだ彼が大きく息を吸い、ようやく時間が動き始めた
「えーっと……なんでまた?」
「あー……」
しくじった。そう理解するのにさして時間は要らなかった。
自分は何を聞いているんだと思わず自問する。そんなことを聞かれて自分ならどう反応するだろうか?少なくとも良い顔はしないはずだ。
「……」
「あっははは……なーんてね。今のは忘れ……」
慌てて取り消そうと口を開く。しかしーー
「あるよ。」
ーー彼の言葉が届くほうが早かった。
「何度も見送ったし……僕が終わらせたこともある。」
思いもよらぬ一言を添えて。
「え……?」
ホシノの目が見開かれる。
“彼”は今何と言った?終わらせた?誰が、何を?
ぐるぐると思考が頭を回る。
固まったままのホシノの様子を知ってか知らずか、先生は寂しそうに微笑んだ。
「守りたいって思った人ほど……居なくなるんだよねぇ……」
じっと見つめる先には自身の右手。
握って、開いて、握って。一体何を掴んだのか、それとも手放してしまったのか。
「そう……なんだ……」
何か深いわけがあったのだろう。
人の命を理由なく奪うような人ではない。
頭で分かっていても、今の言葉はすぐに受け止められるようなモノではなかった。
時間をかけて噛み砕き、ゆっくりと飲み下す。
その間に、彼はいなくなることも目を背けることもなかった。
「先生は、どうやって乗り越えたの?」
「いや、無理。」
あっけらかんと言い切った彼に、ホシノの目は点になる。てっきり、彼は耐えられたのだ思っていた。だから、いつも笑っていられるのだと。
彼はその様子を見てカラカラと笑う。
「ははっ。小鳥遊さん、僕は君が思ってるような『強い人』じゃないよ。過去にに縋って、しがみついて……どうにか自分を保ってるような弱い奴だ。」
彼の言葉に自分を重ねる。
あぁ、それは、まるで私のことのようではないか。
「僕にとって幸運だったのは、そんな僕を知っている人が側にいてくれたことかな。」
彼の言葉に、ふと仲間たちの顔が浮かぶ。
そういえば最近、ロクに喋った記憶もなければ目を合わせていない気がする。
彼女達は……自分をどう思っているのだろうか。
「君にもいるだろ?小鳥遊さん。」
「……!」
そんな自分の考えを見透かすように彼は言う。
「実はね、ちょっと前に十六夜さんから連絡があったんだよ。」
「ノノミちゃんが?」
「最近小鳥遊さんが疲れているみたいだから、シャーレで休ませてあげられないかってさ。」
ああ、なんだ。とっくの昔にバレていたのか。
全身から気が抜けるような感覚に襲われる。むしろ気を使わせてしまっていたことに申し訳なさを覚えた。
「へこんでたよ〜。『私の膝枕も効果がなかったんです〜』って。」
「んふっ……フッ……に、似てない……」
「笑うほど!?」
先生の下手な声真似に思わず吹き出す。やたらとショックを受けているが、似ていないものは似ていない。
それにしても、ノノミの察しの良さには困ったものである。自分の演技をこうも容易く見破られ、あまつさえ先んじて手を打たれているとは。
「一緒にいる時間が長いとね、意外とわかるもんだよ。自分が気がついてないことまで見破られてる。」
「うへ。おじさん自信なくすなー。」
胸につかえていたものを吐き出すように大きく息を吐く。
ホシノは久しぶりに、自分の内を打ち明けた。
「あの一件で、昔のこと色々思い出しちゃったんだよね。それのせいかなんだか夢見が悪くって……。」
事の発端はカイザーとのあの一件。
脳裏に浮かぶ昔の記憶、“彼女”との思い出。
あんな状況に陥ったせいだろうか。嫌なことばかりがこびりついてしまっていた。
「そっかぁ……」
すべてを聴き終え、彼は一言そう呟いた。
随分弱くなったものだ。こんなふうに弱音を誰かに吐き出してしまうだなんて。
好ましくない事だと、そう思っているはずなのに、不思議と嫌な気はしなかった。
「心配させたくなかったんだけどさ。バレてるなら隠しても仕方ないかな。」
「うんうん。観念して吐き出しちゃいなさい。」
きっと、彼のおかげなのだろう。
初めて心から信じられた“大人”である“先生”。彼の言葉に思わず笑みが溢れた
「ふふ、なにそれ。でも、そうだねぇ……みんなになら……いいかな。」
ベッドから体を起こす。彼の手がそれを阻むことはなかった。
目線を合わせて、伝えなければ。
「ありがとね。先生。」
「お礼ならアビドスのみんなに言ってあげて。」
そうしなければ、彼はきっと受け取ってくれないだろうから。
「うん。でも、先生にも。」
「えっと……どういたしまし、て?」
「なんで疑問形なのさ」
ひとしきり笑った頃、急激に眠気が押し寄せてきた。どうやら思っていた以上に自分は限界だったらしい。
倒れ込むようにベッドに横になる。
彼はそっと布団をかけてくれた。
「おやすみ。小鳥遊さん。」
「うん……おやすみ……。」
彼の手が頭を撫でてくれる。
彼女がいなくなってから、久しく感じていなかった感触。
ホシノが眠りにつくまで、さして時間は掛からなかった
また、夢を見た。
いつもと同じように“彼女”が目の前に立っている。
でも、いつもとは違って、その表情は優しげだ。
振り返ればみんなが側にいてくれる。
前を向いて、一歩先に進む勇気をくれる。
けれど、忘れるわけじゃない。
捨てていくわけでもない。
だって私はそんなに強くないから。
立ち止まってしまったとき、道がわからなくなってしまったとき、また振り返ってもいいかな?
ね?ユメ先輩。
◇◇◇
「うんうん。いい寝顔。」
ホシノの頭上からヘイローが消えた。
彼女の頭を撫でていた手を離す。こらえていたものを吐き出すように、“先生”は大きな息を吐いていた。
『ねぇ先生……一個だけ聞いてもいいかな。』
ホシノが眠りにつく直前、投げかけてきた問いかけ。
『最近、噂になってるバケモノの話って聞いたことある?』
眠気に逆らい答えを待つ彼女。
知らないと答えれば、安心した表情で眠りに落ちていった。
「………」
貼り付けていた笑みが剥がれ落ちる。
内から這い出してきたのは、痛々しさすら感じさせる程の悲しみだった。
「ゴメンね。小鳥遊さん。」
立ち上がり、机からタブレット端末を取り上げる。
「アロナさん」
“彼女”の名を呼ぶ。画面に光が灯った。
『ーー』
「うん。行かなきゃ。」
『ーー!』
「ありがとう。でも……ゴメンね。」
一言、二言。何もないはずの虚空に声を掛ける。タブレットを机に置き、音を立てないようにそっとドアに手をかけた。
振り返ると、ベッドの中で静かな寝息を立てるホシノの姿が見える。
「側にいてあげて。ひとりぼっちは、心細いだろうから。」
そう言い残し、ドアを閉める。
『ーーッ!』
ただ一人、彼にしか聞こえない、彼を呼び止める悲鳴から逃げるようにして。
「ORIGIN READY」
「変身」
ホシノ曇らせだと思ったか?
残念だったな