先生を仮面ライダーにすれば曇らせが加速するのでは?(キュピーン) 作:一般通過ゲマトリア
高い湿度+曇らせ=土砂降り
「〜〜♪」
“先生”が口ずさむ子気味のいいハミング。
ペンの走る音と書類をめくる音くらいしか聞こえなかったシャーレの執務室に軽やかに響く。
ここ数ヶ月、いつの間にか聞き慣れたそれに合わせ、鬼方カヨコは小さく体を揺らしていた。
便利屋68の課長……という立ち位置を社長に半ば押し付けられている彼女。しかし今はただ一生徒としてシャーレの当番に臨んでいる。
仕事の内容は頼まれた書類の整理やちょっとした掃除。今は小休止にコーヒーを入れているところだ。
“彼”がキヴォトスにやってきてから、どれだけ時間が過ぎただろうか。
すっかりキヴォトスの生活に馴染んだ“彼”は、生徒たちが興味を持ちそうなもの、勧められたものを片っ端から試してはものの見事に会得している。
いつでも、誰とでも話ができるように。楽しませられるように。
生徒たちの時間が少しでも有意なものであるように、と。
……まあ、ファッションの話はいまいちついていけていないようだが。
かくいうカヨコも“先生”にお気に入りのミュージシャンを勧めたことがある。ヘビメタは良いものだ、と。
便利屋にさほど興味のあるメンバーがいないことも相まり、“彼”とは仕事そっちのけで話し込んでしまったこともある。
しかしだ。
「〜〜♪」
“彼”が口ずさむのはいつも決まって同じ極。そして、カヨコの知らない曲だった。
気になって調べたこともあるが、少なくともヒット曲や最近のものではない。
ストリーミングサービスやサブスク等、そのどれにもヒットすることはなかった。
個人の書いたマイナーな曲なのだろうか?それとも外の世界、“彼”の故郷で流行っていたものなのだろうか?
彼の記憶に焼き付くその歌に、嫉妬している自分がいた。
まぁ、直接聞いてみればわかるだろう。
そう思ったのがつい数日前のことだ。
これまた見慣れたマグカップにコーヒーを注ぎ、盆に乗せてデスクまで運ぶ。
カップを卓上に置くより早く、“彼”が紡いでいたメロディがピタリと止まった。
「ありがとう。」
「やりたくてやってるだけだよ」
それを少し残念に思いながら、カヨコは言葉を続ける。
「それ、なんて曲?外で流行ってたの?」
もう少し、“彼”のことを知ることができるかもしれないという淡い想いとともに切り出したその言葉に、返事はない。
「……先生?」
視線を向けた先。“彼”の口は閉じられ、視線を遠くを見つめている。
何か、良くないことでも聞いてしまっただろうか。
しばらくの静寂。“彼”はゆっくりと口を開いた。
「……いや、流行ってたわけじゃないよ。」
「でも、好きなんだ?」
言葉選びに困っていただけなのだろうか?
なんともはっきりしない返事にカヨコは首を傾げる。
“彼”はまたしばし考え込み、そして、小さく息を吐いた。
「……どうだろう。」
「?」
自らが差し出したコーヒーを一口含み、デスクに置く。そして“彼”は、椅子の背もたれに深く体を沈めた。
「知り合い……って言っても、数日の付き合いだったけれど……まぁ、とにかく知り合いが書いた曲だよ。」
“先生”は語る。
「僕が最初で最後の傍聴者。言うなれば……誰も知らない曲ってところかな。」
「……」
本当に軽い気持ちだった。もう少し“彼”のことを知ることができるかもしれないという小さな欲。
まさかこんな答えが返ってくるとは誰が予測などできようか。
思わず押し黙ってしまったカヨコを知ってか知らずか、“彼”はカップの中のコーヒーへと視線を移す。……いや、その水面に映った自らを見つめているのだろうか。
「僕がこの曲を忘れてしまったら、『彼女』は本当の意味で死んでしまう……そんな、気がしてね。」
「忘れないために歌ってる。彼女にとってそれが幸運かどうかは、分からないけど。」
キヴォトスにおいて、死というものは遠い存在だ。
電子技術はもちろん、医療の発達。何より、銃で撃たれて「アザになる」で済ませてしまうような世界。
だが彼の言葉が、『彼女』の死を意味していることは想像に難くなかった。
病気か、怪我か、はたまた……。
どのような理由であれ、ソレは“彼”にとっても『彼女』にとっても、おおよそ納得のいくものではなかったのだろう。
幸か不幸か、それらを理解できないほどカヨコも鈍くはなかった。
重苦しい沈黙。
それを破ったのは“彼”が手を叩く乾いた音だった。
「さ、この話はおしまい。鬼方さんもそんな顔しないで。ね?陸八魔さんにも心配かけちゃうよ。」
いつも通りの彼。
ふにゃりと気の抜けた笑みを浮かべ、何処か掴みどころのない雰囲気を纏う。
何を見て、何を聞き、そしてその背に何を背負ったのか。“彼”は決してみせようとはしない。
自分達の事は、生徒たちの事は、より詳しく知り、深く理解し、近くに寄り添おうとするのに。何とも勝手なことだ。
カヨコの胸のうちには、一つの感情が生まれていた。
「ねぇ、先生。」
「ん?」
「どんな人だったの?その曲書いた人。」
“彼”の表情が思わず、といった様子で引きつる。
まさか話を続けられるとは思っていなかったようだ。
返答の隙なんて与えてやるものか。
構わず言葉を続ける。
「凄くいい曲だと思った。だから、知りたい。」
「っ……」
カヨコは見逃さない。“彼”の瞳が震えていたのを。
「そっ……か………」
デスクのカップを手に取り、一口。
椅子に背中を預け、何処か遠くを見つめる。
「弱い人だった。心も、体も。」
“彼”は語る。その人との記憶の糸をたどるように。
「挫けて、立ち止まって、投げ出して。そういう弱さを知っていた。」
「だからこそ、誰かの弱さに寄り添える。そんな、優しい人だった。」
悲しむような、懐かしむような、そんな瞳が虚空に向けられる。
“彼”の目には、今何が映し出されているのだろう。
もっと、知りたい。彼のこと、彼の過去を。
「ね、先生。もう一回歌ってよ。」
「え?」
「私も覚える。その曲。」
好みとは違うが、たまにはこういう曲も悪くはないだろう。
何より、“彼”の重荷を少しでも共に背負えるのなら、“先生”のことを知ることができるのなら。
それはとても特別で、素敵なことな気がした。
「そしたら、私のなかでもその人は生き続ける。音楽ってそういうものじゃない?」
半分建前。けれど、紛れも無い本心。
先生の口からまたあのメロディが紡がれる。
カヨコもそれに耳を傾け、より深く自身の記憶に刻み込む。
儚くて、優しくて、悲しげで温かい。
今にも消えてしまいそうで、それでいて記憶に焼き付いて離れない。
”彼“の言う通り、この曲を書いたのは紛うことなく弱い人だったのだろうと思う。
忘れて欲しくない、覚えていて欲しい。まるで爪痕のように心の奥底に刻まれる。
そんな願いのような、呪いのような歌。
時間は夕暮れ。
コーヒーの香りと二人のハミングが混じり合い、執務室に広がっていた。
◇◇◇
「失踪、ですか。」
「……はい。」
看護師が一人、泣いている。
若い看護師だ。“彼女”の事を一際気にかけ、寄り添おうとしたやさしい人。
彼女は一冊のノートを抱きしめて、今にも崩れ落ちようとしていた。
「気がついたときにはもう……。」
「そう、ですか。」
昨晩、病棟内の監視カメラの映像が一時的に途切れたらしい。
慌てて医師や看護師が全ての病室を確認。
何処にも異常は見当たらなかった。
ただ1つ、“彼女”の病室を除いては。
窓が開き、カーテンがそよぐ病室。消灯時間を過ぎ、控えめに照らされた照明。ベッドに据え付けられたテーブルの上にはノートとペン。
たしかに“彼女”がそこにいた証。
しかし、その姿だけが存在していなかった。
穴が空いてしまったように、なければならないものだけが抜け落ちていた。
「窓から抜け出したんじゃないかって……ここは4階よ?それに……“あの子”の足じゃどう頑張ったって……!!」
警察の調査結果は「原因不明」。
手がかりも何もなく、ただ無意味な捜索が続けられている。
もうすでに、“彼女”は何処にもいないのだと知ることもなく。
「……あの、」
泣き続ける看護師に、躊躇いがちに声をかける。
看護師が抱きしめるノートに見覚えがあったから。
「そのノート、見せてもらえませんか?」
渡されたノートを受け取り、ページを捲る。
そして確信する。コレが紛れも無い“彼女”のものであると。
歌詞のアイデア、閃いたメロディ。まるで日記のように書き記されたそれを追う。
ある一時からノートのページは楽譜へと置き換わり、音符が、符号が、歌詞が綴られ始める。
幾度となく書き直したであろう消しゴムの後。
“彼女”が抱いていた感情を代弁するようなを乱雑な斜線。
そして、けして諦めることなく進み続けていた軌跡。
少しずつ、しかし確かに綴られていたはずのそれは、突然パタリと消え失せた。
「……あぁ。」
知っている。この続きを。白紙のページに浮かび上がる。
“彼女”が歌い、聴かせてくれたあの曲が。
夜の病院、その屋上。化物同士が殺し合いをするその凄惨な場所で、それでも“彼女”は歌い続けていた。
自我は消え失せ、とうに心など無く。しかし“彼女”は、最後までこの曲を紡ぎ続けていた。
たとえ、その身が化け物へと落ちたとしても。
何故?
何故自分なのか?
届けるべき人がいるはずなのに。
何故自分だけが知っている?
“彼女”が最後に残したかったものは?
耳にこびりついて離れない、ノイズだらけのあの歌声。
それはまるで呪いのように、心の奥底に刻み込まれていた。
生徒は曇らせないスタイル(今のところは)。
ブルアカはガッツリやってるわけじゃないので違和感とかあれば教えていただけると助かります。
個人的にはカヨコはこれくらいの湿度感がいい(願望)。