メニュー5 水晶鶏
このアビドスに巨大プールを作るというとんでもない話を聞いた翌日。私とカワサキは早朝から肉体労働に汗を流していた。
「なんで! 街のど真ん中に穴を掘る必要があるんですかねッ!」
「偽装工作だ! 文句を言わないで掘れホシノ! それに運が良ければ本当に水源が見つかるかもだ!」
「本当にあればいいですけどねッ!」
戦士の指輪を嵌めて身体能力を強化した私はカワサキと共にスコップを手にひたすら穴を掘り、背後に展開されている黒い渦に砂を投げ入れては穴を掘るという作業を繰り返しながら、どうしてこうなったのかと思い返していた。
「ホシノちゃん。生徒会室が……私達の生徒会室が凄い事になってる」
「……ですね」
何時ものように登校して来た私とユメ先輩を待っていたのは、一晩の間にどこのSF映画と尋ねたくなるほどに魔改造された生徒会室だった。
「それでカワサキはいませんね。また家庭科室でしょうから呼びに行きますか? それとも行きますか?」
家庭科室で朝食の準備をしているであろうカワサキを呼ぶか、自分達で行くか? とユメ先輩に尋ねていると生徒会室の扉が開いた。
「おはよう。ユメ、ホシノ」
両手にトレイを持って部屋に入ってきたカワサキはなんでもないように微笑み、僅かに残っている生徒会室の面影である机の上にトレイを置いた。
「この部屋は何ですか?」
「ああ。これか、これはクランを管理するための道具だな。必要なくなればすぐに片付けれるからそう睨むな。まずは朝飯を食べてからだ。色々とやる事が多いからサンドイッチで悪いけどな」
「作ってくれたご飯に文句なんか言わないですよ。ね、ホシノちゃん」
「ええ、作ってくれたんですから文句なんて言わないです」
それにサンドイッチと言っても私達の作る奴よりずっと美味しいでしょうからという言葉は飲み込み、部屋の中央のモニターに浮いているアビドス自治区の映像を見ながら朝食となった。
「これサーモンフライですよね、朝から揚げたんですか?」
「爺は早起きだからなあ、手持ち無沙汰だったから揚げてみたんだよ」
「じゃあこの鶏の照り焼きもですか?」
どう見てもすぐ作れる代物ではない具材が挟まれたサンドイッチにおかしいと私もユメ先輩も気付いた。微妙に話がかみ合っていないと……。
「おう。やっぱり体は資本だしな」
「……この機械を設置したのは?」
「朝起きてからだな」
「……昨日何時寝ました?」
「んー調べ物をしてたから日付が変わる少し前くらいか、日付が変わった頃合だな」
「……起きたのは?」
「4時くらいだな。それがどうかしたか?」
「「もっとちゃんと寝てください!!」」
社畜も真っ青な事をしているカワサキに私とユメ先輩のちゃんと寝てくださいと怒鳴るのは当たり前の事でした。
「別に平気なんだけどな。そんなに怒る事か?」
「怒りますよ。なんでそんなブラック企業の社畜みたいなことをしてるんですか。まだカワサキさんの家は決まってないですけど、ちゃんと寝るところ準備しましたよね?」
「寝てたけどな、なんか目が覚めてなぁ」
「それでも寝てください。外の世界でもそんな感じだったんですか?」
「んー平均睡眠時間2時間くらいだったような……いや寝れるだけ良かった気もする」
「お願いですからちゃんと寝てください!」
「お、おう……そ、そんな怒る事か? ホシノ」
「殴りつけて寝かせてあげましょうか?」
「ええ……俺が悪いのか……?」
「「悪いです」」
駄目だこの人。私とユメ先輩がしっかりしないと過労でいつか倒れるんじゃないか、いやもしかしたらそのまま召されるんじゃないかと思うほどにワーカーホリックなカワサキに私とユメ先輩は頭を抱えるのだった。
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「それで土地を確保出来たから現在俺達の所有しているアビドス自治区をこうして映像として出力した。見て何か気づくことはあるか?」
映されているのは見慣れたアビドスの街並み。だが青は少なく、殆ど赤に染められている。あと少量の黄色と緑だ。
「赤ばっかりですね。これって敵って事ですか?」
「当らずとも遠からずって所だな。この砂はアビドス砂漠から来てて、これがアビドス砂漠の状態だが見ての通り真っ赤だ。黄色は俺達の味方でも敵でもない中立のアビドス住民。緑は潜伏中の潜在的な敵……多分カイザーグループの関係者だろう。もしかしたらネフティスかもしれんが……まぁ近いうちに敵になると思えば良いだろう」
真紅に染まっているアビドス砂漠、そして今こうしている間も赤がアビドス自治区に向けられている。だがそれだけではなく自分達の領域に敵が潜んでいる可能性が高いというのは嬉しくない状況だが、今はアビドス砂漠からこっちに来ている赤の分析の方が重要だ。
「これはもしかして砂嵐ですか?」
「ああ。この移動している赤は砂嵐だ。だけど普通の砂漠は青い、でもアビドス砂漠から来る砂は赤い。アビドスを襲う砂嵐は間違いなく何者かの攻撃だな、その証拠にアビドス砂漠に巨大な赤が動き回ってる多分これが原因だと思うんだが、何か知らないか?」
巨大な何かと言われれば思い当たる節はある。アビドス砂漠で実しやかに語れている都市伝説をだ。
「アビドス砂漠には巨大な機械の蛇がいると聞いたことがありますよ。そしてその蛇には私達と同じ様にヘイローがあると……ただ見た事はないですが……ユメ先輩はどうですか?」
「あ、うーん。多分砂に埋まってる本館の方に何か資料があるかも……先輩がそんな話をしてたような気がするけど、ごめんなさい。あんまり覚えてないかな」
ユメ先輩の先輩……アビドスにユメ先輩だけを残して転校した薄情な人の話なんか聞きたくなかったので、覚えてないと言われて少し安堵した。
「後で探してみるのもありかもですね」
「そうだな。正体不明の敵っていうのは嫌だからな、少なくてもいいから情報を集めよう」
アビドス砂漠にいる何かがアビドスを攻撃している……とりあえずカワサキの魔法に頼らなくて良かったと内心安堵する。もしそうなっていたら折角取り返したアビドスが滅んでしまう……短絡的に行動しなくて良かったと心から安堵する。
「それで超巨大プールとやらは何処に建設するんです?」
「出来ればインフラが生きてる区画が良い。そうだな……ここら辺の廃墟群をなんとかして設置しようと思う。ただその前にやる事がある……アビドスでは水が貴重だ。だが普通に水を使えば破産する。だから穴を掘って水源を探すぞ、最悪水源を作る」
「……もう突っ込みませんよ、私は」
水源を作るというとんでもない事を言い出したカワサキになるようになれと諦め、地下に空洞がある区画でこうしてカワサキと穴掘りをする事となったのだ。
『なんかもう少し先に岩があるみたいだけど……大丈夫?』
頭の中に響くユメ先輩の声に1度作業を止め、スマホを持っていないのにスマホを持つような手で耳に当てる。
「カワサキが上手くやってくれると思います。後どれくらいですか?」
『んー多分200mくらい? もうすぐだと思うよ』
「分りました。ありがとうございます」
伝言――テレパシーの一種で会話をする魔法。私もユメ先輩もまだ馴れてないので口にしているが、慣れれば脳内で思うだけで会話出来るようになる……そんな魔法を巻物で覚えさせられた。スマホがあるのにと思ったが、電波や充電を気にせず会話出来るっていうのは案外便利かもしれない。今は無理でも脳内で話せるようになれば戦闘中のコミュニケーションも取りやすいかと考えながら穴を掘っているとスコップの先に固い感触を感じた。
「カワサキ。こっちはありましたよ」
「こっちもだ。さてと、こいつを叩き割るか。ホシノ」
投げられたのは2個の戦士の指輪。それを受け取り指に嵌める。
「砕いたらすぐ外せよ。限界以上の力が出るだろうから反動が怖いからな」
「分ってます。せーので行きますよ」
「おう。これ使えスコップよりつるはしの方が良いだろ」
「ありがとうございます。では」
カワサキが虚空から取り出したつるはしに持ち替え、せーのっと声を揃えてつるはしを振るい岩盤を打ち砕くと下に空洞が見えたので、戦士の指輪を外して空洞へと飛び降りる。
「……水はなさそうですね」
「だな。多分都市部が出来る前の水源だったんだろ」
かつて水源だったであろう空洞にカワサキと共に降り、周囲を確認すると遠くに機械の残骸が見えた。
「これで水を汲み上げていたんでしょうか?」
「多分な。だけど好都合だ。昔の記録に井戸があったから掘り起こしてみたっていう言い訳が出来た。とりあえずここらの地面を整えるか。ユメ、クランアイテムの配置は教えたな? 俺とホシノがいる辺りに岩のブロックを配置してくれ」
カワサキとユメ先輩が伝言で話をしているのを見ていると、周囲が光り岩のブロックが水源があった空洞を埋め始める。
「中々便利ですね。ですがコストが不安です」
「だな。昼飯が終わったらコストの生成を試してみるか」
「それがいいでしょうね」
アビドスを復興するための力である「クラン」……だが何かをするにもコストが必要であり、そのコストと維持費を捻出する為にエクスチェンジボックスとやらの実験も急務になりそうだ。
「それで水源を作ると言ってましたが、何をするんです?」
「この無限の水差しを使う。本当に無限に水が出るわけじゃないが、一定時間で水の量が回復するから、これをあちこちに設置すればアビドスの水問題は解決する筈だ」
「本当に貴方の神秘はとんでもないですね」
「だけど便利だから良いだろ? 使えるもんは何でも使えばいい。というわけでこれを等間隔で設置するぞ」
虚空からどんどん取りだされる無限の水差しを手に取るが、持った感じは普通の水差しだ。だがこれを傾ければどう見ても外見以上の水が溢れ出る。
「これたまに様子見にくる必要がありますね」
「移動しやすいようにショートカットを設置しておくか、ユメ。ここを拠点2に設定してショートカットを配置してくれ」
私達の現実に魔法という超常が加わった。最初は驚きもしましたが、もうそれを当然と思うくらいには私もカワサキに毒されて来たなと苦笑しながら、見る見る間に溜まっていく水を眺めるのでした……。
かつてのアビドスの水源だった場所を無限の水差しで無理矢理復活させ、地下空洞と繋がっていたポンプを辿り寂れた井戸を復活させた辺りで丁度昼頃だったので俺とホシノは学校へと帰還した。
「2人ともおかえりなさい! ほら見てください! クランの水の貯水量がみるみる増えてますよ!」
ユメに言われてクランの管理画面を見ると凄まじい勢いで水が増えている。
「これなら地下水プールって言っても問題なさそうですね」
「反則ギリギリだけどな」
まぁ地下から汲み上げているので地下水に変わりはないが、飲み水として使える無限の水差しの水なので衛生基準も多分クリアできるだろう。
「じゃあ俺は今から飯を作ってくる。ホシノはユメに教わってクランの操作を覚えてくれ」
「分りました。でも昼食が終わったらカワサキも休憩してくださいよ。夜はアビドスの住民との話し合いがあるんですから」
「そうですよ、1日の睡眠時間が3時間とかありえないです。ちゃんと昼寝をして体を休めてください」
ユメとホシノの言葉に分かってると返事を返し、右手に視線を向ける。そこに嵌っていた維持する指輪はない。アビドス復興の為に色々と動く必要があるのでやはり維持する指輪は返して欲しいと改めて思う。
「ちゃんと休むから維持する指輪返してくれないか?」
「駄目」
「駄目です」
維持する指輪で体調が維持できるから心配ないと言ったのが失敗だった。ホシノに取り押さえられ、ユメに維持する指輪を取り上げられてしまった。
「こんな人間を社畜にするような道具は駄目ですからね! これはもう返しません。封印です、封印ッ!」
「アビドスは借金塗れですが、ブラック企業ではないですからね」
そう言って金庫に仕舞われてしまえば打てる手段も無く。別に社畜のつもりはないんだけどなと苦笑する事になった。
「さてと……まだまだやることはあるし……ちゃっちゃっとやるか」
何時の間にか俺の城になっている家庭科室で昼食の準備を始める。だが3日後のDU地区で行なわれる各高の生徒会長を集めての会議までにやるべき事が山ほどあるので凝った料理を作っている時間がないのだ。
「まずはっと」
冷蔵庫からコチジャンを取り出し、コチジャン大さじ2、醤油大さじ2、砂糖小さじ1、おろしにんにくのチューブから適当にボウルの中に入れてスプーンでしっかりとかき混ぜて味見をする。ピリ辛のタレに含まれるカプサイシンは食欲を強く刺激するだけではなく、発汗作用に、辛味によるアドレナリン分泌を活発にし新陳代謝の向上に、疲労回復効果も期待出来る。
「後は鶏胸肉だな」
鶏胸肉の皮と筋を取り除き、1cm幅の削ぎ切りにして塩胡椒と酒を振りかけて良く馴染ませてから片栗粉を全体に塗す。次に鍋を2つ用意して1つは剥いだ鶏皮を食べやすい大きさに切った物と薄切りにしたネギと生姜の千切りと酒を入れて火に掛け、もう1つの鍋には普通にお湯を沸かし片栗粉を塗した鶏胸肉を茹でるのに使い、鶏皮のスープから出た灰汁を掬い、茹で上がった鶏胸肉も1度氷水で〆てからザルに上げて水気を切る。これで中華の定番の水晶鶏の完成だ。
「塩と醤油」
鶏皮のスープは塩と醤油で味付けし、水晶鶏に使う黄身のために分けた卵白を入れて卵スープにする。
「……どれくらい食うんだ」
炊飯器の米を丼によそおうとしたが、男と少女では食う量はと考えた所でいらん心配だったことを思い出す。
「柴関でラーメンだけじゃなくて追加で炒飯も頼んでたし、大丈夫だろ」
多分キヴォトス人は神秘とやらの都合で燃費が悪いのかもしれない。男の量より気持ち少なめに米をよそい、韓国海苔を千切って塗しその上に水晶鶏を盛り付け、コチジャンソースと卵黄、そして白ゴマとネギを散らす。
「これで良しっと、行くか」
給食配膳用のカートに炊飯器と水晶鶏の残り、それと卵スープの鍋と完成した水晶鶏の丼を乗せ俺は生徒会室へと歩き出すのだった……。
クランの管理画面はまるでゲームの画面のようだった。だけどそれは紛れも無く今の私達の現実も示していた。
「……土地の75%が砂の下……か」
「こうして見るときついですね。ユメ先輩」
「……うん」
私達が今いる場所を除けば殆ど砂に沈んでいる。これをここから復興させる……それはカワサキさんの力を借りなければ出来ないことだ。だが逆を言えば私とホシノちゃんでは何も出来なかった。借金を返済する……それだけを考えていて問題を先送りにしていたということを突きつけられたような気持ちになる。
「待たせた。昼食だぞ」
「手伝いますね。ホシノちゃん机の上1回片付けよ」
「分ってますよ、ユメ先輩」
2人で机の上の資料や、今後の事を纏めた手帳を片付けて昼食を食べる準備を整える。
「今日は水晶鳥のユッケ風丼と鶏皮のスープにしてきた。これから暑くなるだろうからな体力をつけておけ」
そう言って置かれた丼は薄切りにされた鶏肉の上に赤いタレが掛けられ、中心に卵黄が乗せられた彩も美しい丼だった。
「水晶鶏ってなんです?」
「鶏胸肉に片栗粉を塗して茹でた物だ。表面がつるつるしているのと、片栗粉が透き通って見えることから水晶鶏と言われる」
「へー……アビドスではあんまり見ないですね」
アビドスの料理は香辛料を使う物、カレーのような物が多い。以前は色んなレストランなどがあったが、今では柴関ラーメンを除けば外食できる場所は壊滅しており、インスタントやレトルトを割高でコンビニで買うか、保存食の栄養バー等を食べるのが食生活だったので珍しい料理というのは実に楽しみだ。
「それじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
「いただきます」
カワサキさんが椅子に座ったのを確認してからいただきますと口にし、まずは水晶鶏だけを頬張ってみる。
「ん! これ美味しいですね!」
「……ちょっとピリ辛ですけど、それが美味しいです。それに鶏胸肉が凄く柔らかいです」
片栗粉の膜にピリ辛のタレが染み込んでいるのと胸肉とは思えないほどに柔らかくて美味しい。
「酒を揉みこんでるんだ、他にもブライン液に漬け込んでおくと柔らかくなるぞ」
「良く分らないですけど美味しいです!」
家庭科の成績がいまいちの私とホシノちゃんには多分理解出来ない話だ。だけど美味しいのは間違いない。
「炊き立てのご飯と一緒だともっと美味しいですね」
「それが丼の良い所だろ? あ、タレが足りなかったら足しても良いぞ?」
「あ、じゃあ貰います」
ホシノちゃんはタレの入ったボウルを受け取り、丼の上に回し掛ける。
「ユメ先輩は?」
「あーあんまり辛いのは苦手だから止めとくね」
タレは確かに美味しいけどちょっと辛い、これ以上は食べれないかもしれないので断り、1度箸休めに卵スープを口にする。
「凄い濃厚ですね。出汁が良く効いてるっていうんですかね?」
鶏皮の脂がたっぷりと出ているスープはもの凄く濃厚なのに、どこかさっぱりとしていて飲みやすい。
「鶏皮の脂が出るからな。後は味付けは塩と醤油でシンプルに、あとはたっぷりのネギと生姜がポイントだ」
野菜が余分な脂を吸い込んでくれているからさっぱりしているのかと納得し、卵黄を崩してタレと絡める。
「黄身をタレと混ぜるともっと美味しいです!」
黄身の濃厚さがタレの辛味を少し抑えてくれるだけではなく、タレと黄身が絡んだ水晶鶏は抜群に箸を進ませる。ごま油の風味がするパリパリの海苔に、すり胡麻の風味、そして柔らかく少しひんやりしている水晶鶏は暑いアビドスにはピッタリの料理だ。
(ううーちょっと恥ずかしいかな)
カワサキさんはニコニコしているが大食いなのは外から来たカワサキさんにはどう見えるのだろうか?
「カワサキ。おかわりありますか?」
私がそんな事を悩んでいる隣でホシノちゃんは普通に席を立っていた。
「あるぞ。そこの炊飯器と皿の上」
「ありがとうございます。おかわり貰いますね」
「あ、ホシノちゃん。待って、私もおかわりする」
「大丈夫ですよ。全部食べるなんてしませんから」
食い意地が張ってると思われるかもしれないけど、もう少し食べたいという気持ちを抑えられず、食べ終わった丼とスープの茶碗を手におかわりを貰うために席を立った。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「お腹一杯食べました」
「お粗末様。気に入ってもらえて何よりだ」
カワサキさんはてきぱきと食器を片付けて、食後のお茶を3人分用意して机に戻ってくる。
「手際いいですね」
「性じゃないがウェイターとかもやっていた。ただ敬語が気持ち悪いと同僚と友人には不評だった……と思う」
思う……平然と過ごしているがカワサキさんの記憶は依然穴あきで、ぼんやりとしている時もある。
(早くカワサキさんの記憶が戻ると……良いな)
カワサキさんの記憶が戻って欲しいという気持ちと、戻ったらいなくなってしまうのでは? という考えが一瞬過ぎり頭を振ってそんな嫌な考えを頭から追い出す。カワサキさんは私達の味方って約束してくれたんだからそれはいらない心配だ。
「大丈夫か? 少し休んでからにするか?」
「い、いえ! 大丈夫です。大丈夫ですけど……これ本当に私じゃなきゃ駄目なんですか? カワサキさんの方が適任だと思うんですけど」
今日の夜に行なわれるアビドスの住民との話し合い。実はカイザーに土地を取られたことで今アビドスに住んでる人は住民票などがない状況で、家を持っていてもホームレスに等しい状態だ。私達が自治区を取り戻した事で改めて住民票の登録などを生徒会長である私がしなければならないが、その話とアビドス復興の為のプールや商業施設の話も私がやる事になっている。だけど私よりもカワサキさんの方が適任ではないかと言うとカワサキさんは首を振った。
「今アビドスに残ってるのは真っ当に頑張っているお前を見て応援してくれた人達だ。そんな人達に俺の言葉は届かない、大丈夫だよユメ。お前の想いと願いは届く、難しく考えることはない」
「で、でも」
「ユメ。誰がなんと言おうとお前がアビドスの王だ。ならお前は胸を張って堂々としていれば良い」
「な、何を……」
王様って言われても意味が分らない。私は、私は何も出来なくて……。
「お前の願いは美しい物だ。ならそれを叶える為に力を貸してやる。俺も、ホシノもだ。だからお前は真っ当に、前を向いていればいい」
「……ユメ先輩。1度反対した私が言う事じゃないですけどやりましょう砂祭り。その為にユメ先輩の言葉が必要なんです」
砂祭り……私の夢。アビドスのかつての輝きを取り戻したい、皆に笑顔でいて欲しいと言う願いの辿り着く場所。
「砂祭り出来るかな? 私の言葉に耳を傾けてくれるかな?」
「お前の言葉は届くよ。だから前を見て、真っ直ぐな想いを伝えればいい。その想いは必ず届く。絶対にな。なんせ俺がそうだった。お前の夢に賭けたいと思えたからな」
「私ももう否定しません。ユメ先輩の願いは絶対に叶えて見せます」
私とホシノちゃんが喧嘩した理由である砂祭りのポスター。テープで補修されたそれをホシノちゃんが差し出してくれるのでそれを受け取る。喧嘩の理由になってしまったけど……それでも砂祭りは私の夢だ。それを叶えたいという気持ちが込み上げてくる。
「ホシノちゃん、カワサキさん……うん。私頑張る!」
駄目な私だけど……2人が助けてくれるなら出来る。不安はあるけど、ホシノちゃんとカワサキさんが助けてくれるならきっと出来る。私だけなら俯いてしまうかもしれないけど、2人がいるなら私は前を向くことが出来る。
「カワサキさんと出会えたのは奇跡なのかもしれないですね」
あの広いアビドス砂漠で2人とも砂嵐に飲まれ、そして出会う。きっとそれは天文的確率だと思う……だからきっと私とカワサキさんが出会えたのは、ホシノちゃんと仲直り出来たのもきっと奇跡なのだ。この時の私は無邪気に、何も思わずにそう思っていた。代償なき奇跡なんてないのに……そう思っていたのだ。
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悪夢のような光景だった。だけどそれは紛れも無い現実――。
「うっ……」
「あ……ああ……」
目の前の光景に込みあげてきたであろう吐き気を口を両手で押さえ我慢しようとするアヤネちゃんと、大粒の涙を流し呆然としているセリカちゃん。
「こんなッ! こんな責任の取り方なんてないですッ! どうしてッ! 何でですかッ!! カワサキッ!!!」
「んっ! 駄目……壊れない……」
目の前が赤く染まる――鮮血を散らしながらビナーへと走るカワサキさんと私達の間には半透明の幕がある。それはカワサキさんがビナーとの戦いの中で私達を隔離する為に使った道具によるものだった。何をしても壊れない、守りの魔法が私達とカワサキさんを切り離していた。
「誰が逃がすかッ!! 言っただろうビナーッ!!! お前はここでッ!! 俺と死ねってなぁッ!!!!」
蒼い炎を両手に宿し走るカワサキさんにもう血で染まっていない部分はない、頭から足先まで全部血塗れだ。
「こんな大人の責任のとり方なんてないです! 後は任せるって……最初からこうするつもりだったんですかッ!?」
先生が叫ぶ最初から、アビドスを本当の意味で復興する為の壁――ビナーを倒す為に最初からカワサキさんは自分を切り捨てるつもりだったのだ。
「うっ……おえっ!?」
ビナーの放ったミサイルの爆風でカワサキさんが吹き飛び、両腕が明後日の方向にねじれたカワサキさんが砂煙の中から飛び出す。肉から飛び出ている骨を見て吐き気と、カワサキさんが死んでしまうという恐怖からその場に崩れ落ちる。
「ま、だ……だぁッ!!!」
虚空から落ちてきたポーションの瓶に噛み付き、それを噛み砕き溢れ出したポーションがカワサキさんの身体を癒す。
【――ッ!?!?】
「は……ははははははははははッ!! 恐怖したな! 機械の分際でッ! 恐れたな俺をッ!!!」
怒気、殺意、敵意、それらを纏うカワサキさんは普段の優しい姿からは想像も出来ない鬼の形相をしていた。
【!?!?】
機械の蛇であるビナーが声にならない悲鳴を上げる。致命傷は何度も受けている。だがその都度にカワサキさんはポーションで回復し、ビナーを追詰めていた。
「失せろ……あの子達の世界からッ!!!」
篭手から伸びた光の刃がビナーのヘイローにめり込み、暴れ回るビナーの攻撃を受けながらカワサキさんは腕を振りぬき、ビナーのヘイローを両断した。
「……ふー……終わったか……俺の役目も……存外……楽しい時間だったな」
膝から崩れ落ちたカワサキさんを抱き止めたのだが、その身体は驚くほど軽く質量が感じられなかった。
「あ……ああ……やだ……やだやだッ! なんで、どうしてッ!?」
「嘘……なんで……どうして!? 嘘ですッ! こんな、こんな結末なんてッ!?」
ヘイローを両断され倒れた機械蛇ビナー。私達を……アビドスを苦しめた存在は確かに倒され、私達とカワサキさんを遠ざけていた壁が消え、まだ助かるかもしれない、助けられるかもしれないとカワサキさんに駆け寄った私とホシノちゃんは信じられないものを見た。
……ピシ……バシ……パキ……パキッ!
目から光を失い、鮮血で全身を染上げたカワサキさんから人体からは聞こえないであろう破砕音を立てて、全身に無数の亀裂が走り、風に吹かれるたびに亀裂が広がり、その身体が風化する様に崩れ去っていく……私達を、アビドスを救おうと尽力してくれたカワサキさんは最初から存在しなかったように風化するように砕け散っていくその姿に私とホシノちゃんは泣き叫ぶ事しか出来ない。触れば崩れてしまう、なんとかしたくても触ることも出来ないその姿に私達は泣く事しか出来ない。
「な、なんで……カワサキはなんで……砕けて……ノノミなんで……なんでなの。分らない……どうして……なんで……」
「わ、分りません……そ、そんなの私も分りませんよッ!? どうして……なんでなんですかッ!? これからなのに、なんでッ!?」
「……わ、私の……私のせいだ。私知ってた! カワサキさんが調子が悪いって知ってた。でも、でもッ! 約束したの、これが終わったら病院に行くって……だから黙っててくれって……大丈夫だって笑ったカワサキさんを見て……見て……わ、私ッ! 私がッ! 私が悪いのッ! ユメ先輩やホシノ先輩に相談すればよかったのに……ッ」
「せ、セリカちゃんは悪くないです、誰も……誰も悪くないんですッ」
ビナーを倒した事に喜びはない、ビナーを倒してもカワサキさんを失ったら何の意味もない。私達の間にあるのは深い悲しみだけだった。
「クックックッ! 奇跡には代償が付き物ですよ。どうも貴女達はそれをご存じなかったようですね」
「黒服ッ!! お前は知っていたのかッ!? こうなると知っていて俺に教えなかったのかッ!?」
「クックックッ! そう怒らないでいただきたいですね先生。それについてはまた後日時間をとってはなしましょう。さて時間も無いですし本題に入りましょうか……私は貴女達を嘲笑いに来たのではないですよ。むしろデカグラマトンの預言者を倒した彼がこのまま散ってしまうのを見るのは忍びない。小鳥遊ホシノさん、梔子ユメさん。彼を……カワサキを助けたくはありませんかね? 暁のホルスと光耀のオシリス。キヴォトス随一の神秘を持つお2人ならばカワサキを救えますよ」
それは悪魔の囁き……だけど私とホシノちゃんはその囁きを拒むことは出来なかった……。
下拵え 歪な世界/投じられた波紋 へ続く
と言う訳で10話を前にヤミホルスとヤミオシリスに進化する分岐を一部公開です。キヴォトスのカワサキさんは他の世界のカワサキさんと違って精神面……OSは記憶の欠落などもありますがほぼ完全なカワサキさんです。ただしハード、即ち元になった複製に大きな爆弾を抱えております。キヴォトスでカワサキさんが力尽きるOR神秘が尽きる=身体が風化し砕け散って死にます。それを見たことホシノとユメパイセンを含みアビドス生徒会は病み属性に暗黒進化となりました。次回はカワサキさんとユメパイセンの2人をメインで書いて行こうと思います。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします。