サンダーボルト 作:れっどぱーじ
100万分の1。それは、決して高いとは言えない数字。
宝くじの当選確率もこの値であるらしい。兎にも角にも、その決して高くはない数字を引き当てた者が居た。
色の抜けきった真っ白な髪に、血色の悪い青白い肌。その白い肌に痛々しく残る大きな火傷と、それから皮膚の内側を焼き貫いた結果刻まれた幾何学模様の赤いライン。
リヒテンベルク図形と呼称される電流が無理矢理に物体を通過した際に刻まれる独特な紋様だ。木製の家具の装飾などにも用いられたりする。
そんな紋様が紅い引き攣りとなって、右の目元から首筋、肩、胸の中央を通って爪先にまで伸びていた。
不幸な少年は、一桁年齢最後の夜に雷に打たれ新生を果たす。
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「襲撃、ですか?」
色素の抜けきった真っ白な髪を揺らして、
十二歳の少年は、その気弱な雰囲気と真っ白な髪と肌も相まって実に幼気である。
「そうだ。襲撃する相手は、リコリス。ファーストの位を持つ相手だ」
「え……」
「詳細は、追って伝える。お前は、強襲しコレを撃滅しろ」
面食らった少年の様子を無視して、DA上層部であり武力制圧部隊リリベルの指揮権を持つ虎杖は淡々と告げる。
だが、カナタはとしては納得できるものではない。
「あ、あの……その、リコリスは何か悪い事を……?」
「貴様が知る必要はない。行け」
「…………はい」
バッサリと切り捨てるような虎杖の態度は、気弱な嫌いがあるカナタとしては追求できるものではなかった。
肩を震わせてから、小走りに部屋を駆け出ていく。
小さな背中を見送って、虎杖は鼻を鳴らす。そんな彼へと側近の一人が声を掛けた。
「アレが、リリベルの鬼札ですか」
「ああ。認めるのは癪だが、アレはリコリスの錦木と同じく人の理合いの外にある」
「…………酷い火傷でしたね。それにあの痕は……」
「リヒテンベルク図形。火傷は、顔だけじゃなく背中や腹、足にもある。作戦行動中に雷雨に見舞われ結果として、アレは雷に打たれた」
「…………にわかには信じがたい話ですね。いえ、雷に打たれた人物という話は聞きます。生還者も意外と多い。ですが…………」
側近は言葉を選びつつ、チラリと先程少年が駆け出ていった扉へと目を向ける。
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「ふんっ…………そもそも、人間の体にも電気信号を発する仕組みがある。アレの体は、その信号が極端に強くなっているだけの事だ」
虎杖は吐き捨てるが、事はそう簡単ではない。
特異な見た目をしている石動カナタが、その見た目となったのは今からおよそ3年前。とある作戦行動中に雷雨に見舞われて雷に打たれた。
先の側近の言葉の様に、雷に打たれた場合の生存率は意外と高い。それが良いか悪いかはまた別の話だが、兎に角少年は生を掴み取った。
だが、その結果として彼の体質が大きく変化していた。
原因の一端は、夜間の作戦行動中であった為、光源確保のために装備していたバッテリーなどの蓄電装備。それらが落雷と同時に一斉にショートを起こし、結果少年の体は雷+αの電気に晒される事になった。
リヒテンベルク図形は雷が、そして大きな火傷痕はバッテリーと雷に刻まれたもの。
そして、彼の脊髄と細胞は変質する。
人間の体を動かす時、電気信号が神経を伝っている事は有名な話だろう。この電気信号による僅かな電気を基として増幅、蓄積、放出の三要素を行う事が出来、且つ電流に対する耐性も獲得。何なら、電源コードなどから充電する事も出来る。
この三年間、カナタは己の能力と向き合い、訓練し、今ではリリベルの鬼札と呼べる存在となっていた。
だが、虎杖は目を細める。
「個の強さなど、どうでも良い。我々が相手取るのは単独の犯罪者ではなく、組織だ。何より、アレは団体作戦行動に致命的に向かん」
「向かない、ですか。ですが、従順に見えましたが…………」
「見た目は、な。どれ程訓練を積ませても甘い性根は叩きなおせなかった。オマケに、あの能力は派手過ぎる。自らの居場所を喧伝しているようなものだ」
必殺と言えば聞こえはいいが、リリベルの活動というのは常に闇から闇へと行われるものだ。
彼らにとって避けるべきは、大衆に自分たちの活動が知られる事。故に派手過ぎる動きは必要ではなかった。
何より、虎杖が石動カナタを疎むのはもう一つの理由がある。
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それは、恐れ。
石動カナタの肉体に起きた事は、人知を超えている。それこそ、似たような事例など世界をひっくり返してもまず見つからないのではなかろうか。
故に、虎杖は恐れていた。何故なら、カナタの危険性は彼自身の善性があるからこそ安全が成立しているような危ういモノであったから。
暗部に属する人間は、おいそれと人の善性など信じられる筈もない。そもそもが、彼らが信じるとすれば性善説ではなく性悪説であるのだから。
*
一方、自身の司令にどう思われているのか知る由もないカナタは、与えられた資料を手に陰鬱とした雰囲気で座り込んでいた。
基本的に、彼は丈の余るパーカーとカーゴパンツを履いており、可能な限り肌の露出を控えている。傍から見れば、フードを目深にかぶった布の塊のようにも見えるだろう。
「錦木千束さん……歳は、僕の一つ下。不殺のリコリス……電波塔の英雄」
与えられた情報は、悪い事などほぼほぼ書かれていない。精々が命令違反の不殺などだが、ソレはあくまでも組織にとっての
「僕は、どうしたら…………」
相談できる相手など居ない。三年前の落雷から、彼は常に単独行動を命令されており部隊員とは疎遠となっているのだから。
悩むのは、自分のこれからの事。
そもそも、石動カナタはリリベルに向いていない。生まれ持った性根が善良過ぎるが故に、リリベルの任務は常に彼の心に軋むほどの苦痛を強いてきたのだから。
それでも任務に向かうのは、偏にその在り方を受け入れているからでもあった。
リリベルの任務は、国家の安寧を揺るがせるような重大事件における対応が主となる。リコリスが日常の維持ならば、リリベルは重大事の対応が主だ。
つまり、リリベルが動くのならば相応の事態に陥っているという事。そして、ソレを放置すれば多くの人々が被害を被る事になりかねない。
ソレを知るからこそ、カナタは己の心痛を押し殺して今まで任務に従事してきた。
だが、
「コレは……違う…………」
自身に言い渡された任務は、明らかに国家の重大事ではない。寧ろ、どちらかと言えばDA上層部の私怨や見栄などの明らかな私情が見て取れた。
因みに、カナタには知らされていないが既にリコリスの部隊とリリベルの部隊がターゲットである錦木千束によって返り討ちにあっていたりする。カナタに話が来たのも、上層部がなりふり構っていられなくなったせいだ。
「…………」
考え、しかし答えは出ない。そうこうしている内に、任務開始の時間が迫って来る。
どれだけ悩もうとも、任務に出ない選択肢だけは採れない。カナタは鉛の様に重い体を引きずる様にして、現場へと足を向けた。
場所は、マンションの二階。扉の前に立ち、カナタは左手で扉に触れる。
「電子セキュリティ、解除。警報装置は………侵入分を解除。解錠」
ピッキングツールを使う事無く、扉越しに金属の軽い解錠が振動として指先を伝ってカナタへと伝えてくる。
扉が開かれ、特に警戒する事無く彼は室内へと足を進めた。
だが、その先に広がっていたのは無機質な空間。
「…………」
土足で足を踏み入れた室内には何もない。人の住んでいる気配など一つも無く、未入居の部屋のような有様だった。
だが、カナタは焦った様子もない。
室内を見渡して、不意にある方向へと顔を向けた。
瞬間、走る紫電。床に転がる何か。
「…………ゴム弾?」
「わーお、完全に不意打ちだったんだけど。というか、電気出てない?」
首を傾げるカナタの耳が、幼い少女の声を拾い上げた。
彼が顔を向けた方向は流しの下。収納棚が開かれ、その下に空間があるのかクリーム色ともいえる髪色のピジョンブラッドの瞳を持つ少女が拳銃片手に顔を覗かせているではないか。
「君が、錦木千束さん?」
「そうそう。そういう貴方は?」
「僕は、リリベルだよ。石動カナタ」
「カナタくん!それで、カナタくんも私を殺しに来たって事かな?」
キョトンと問いかけてくる少女の目を、カナタはジッと見返した。
そして、徐にその場に座り込む。
「…………分からない」
「え?」
「だって、君は何もしてないだろう?犯罪者でもないし、テロを画策した訳でもない。完全な上層部の私情の任務だった…………」
何の大義も無い任務。私情と私怨の任務。元より、忠誠心よりも義務感で任務に当たっていたカナタにとってこの任務は気乗りしないもの。
剰え、相手がゴム弾という非殺傷武器を扱ってくるのなら猶の事、その気持ちは萎えていた。
座り込んだまま、困った様に眉尻を下げる少年に、千束は目を瞬かせると軽快な動作で隠し部屋から身を躍らせる。
そして、少年の前にまで歩を進めるとしゃがみ込んでその顔を覗き上げる様にして笑みを浮かべた。
「それじゃあ、止めちゃって良いんじゃない?」
「え……?」
「カナタくんは、任務が嫌なんでしょ?私もさー、命令違反の常習犯だからってリコリスにまで狙われてるんだよねぇ。ま、今はせんせ達に頼んで交渉してもらってるんだけど」
「…………辛くない?」
「全然!毎日楽しいよ!」
太陽のような笑顔だ。まるで直射日光を直接顔に浴びたかのような、眩しさを覚える。
後に、DA上層部の一人である虎杖は語る。
『あの任務は失敗だった。結果は言わずもがな、その後の経過も極悪と来たものだからな』
吐き捨てる彼の言葉は、しかし結局のところは自業自得でしかない。
ただ、リリベルは貴重な戦力を失ったことを、ここに記す。