サンダーボルト 作:れっどぱーじ
着慣れない。
「君は色白だからな、黒が引き立つ」
「は、はぁ…………」
鏡に映る自分の姿を見ながら、石動カナタはいまいち事態を飲み込めていない空返事。
姿見の中に居る少年は、常のパーカーにカーゴパンツという格好ではなく黒の和装姿となって両手を左右に開いた格好となっていた。
着付けるのは、大柄な黒人男性。こちらも和装で、着慣れているのかよく似合っている。
こんな事態になったのは、二日前にまで遡る。
*
少年少女が運命的な出会いを果たした夜が明けた翌日の朝。
都内にある和喫茶は、朝から騒がしいモノであった。
「だぁかぁらぁ!カナタくんは、このままリコリコで引き取ります!異論は認めません!!」
「なァに言ってんの大バカ娘!犬猫感覚で人拾ってくるんじゃない!」
襷掛けした赤い着物姿の少女、錦木千束が噛み付くのは腰に手を当てて咆える赤渕メガネが印象的なモスグリーンの着物を着た女性だった。
二人がぶつかり合う一方で、所在なさげにカウンター席に腰掛けた少年はオロオロとどちらを止めるでもなく狼狽えるばかり。
「コーヒーは飲めるか?」
「え、あ、その……に、苦いのは…………」
「ふむ、それじゃあココアにしておこうか」
カンターの内側では、大柄な和装の黒人男性が二人のバチバチなぶつかり合いを気にも留めずココアとコーヒーを準備していた。
騒動の原因である石動カナタは、キョロキョロと見回しながらも突っ込む勇気はないのかマイペースに準備している男性へ声を掛けた。
「あ、あの、ミカさん……」
「んー?」
「その……二人は止めなくても良いんでしょうか……?い、いえ、その、僕が原因なんですけど…………」
挙動不審な少年に、ミカは飲み物を準備する傍らスッと目を細めた。
この和喫茶リコリコに、彼がやって来たのは千束が連れてきたからだった。
そこで語られる簡単な経緯。
リリベルであり、千束を始末しに来たカナタはしかし戦意が無く途方に暮れた迷子の様であったからお節介焼きの千束は彼を此処まで連れてきたのだ。
ミカの所感にはなるが、目の前の少年は善良だ。それこそ、裏仕事には向かない善性を持ち合わせている事が分かった。
色素の抜けきった真っ白な髪は、受けてきたストレスを表すかの様。
更に青白いともいえる肌に残った痛々しい火傷の痕と、右目の辺りから首筋を通って服の下へと伸びるリヒテンベルク図形が実に痛々しい。
特異な見た目だ。その人とは違う容姿もまた、彼の気弱な部分を形成する一因となっていた。
「気にする事は無い。アレは単なるじゃれ合いみたいなものだからな」
「そう、なんですか……?」
「それよりも、君の事だ。これから、どうする?」
「…………分かりません」
ミカの問いに、カナタは絞り出すように返事をしながら俯いた。
「今回の任務は……虎杖司令含めた上層部の嫌がらせみたいなものだと思いました。錦木さんと話したのは少しですけど、良い人です。ターゲットを殺さずに事を治めるのも、それだけ強いんだと思いました」
「…………」
「だから…………どうしたら、良いんでしょう………」
困った様な、泣き出しそうな表情で問いかけてくる少年に、ミカは口をつぐんだ。
カナタは十二の子供であるが、既に世界の暗部というものを嫌という程見てきた。だからこそ、自分の行う任務にも正当性というものを求めている。
その正当性が、今回の件で揺らいだ。元々なかった組織への忠誠心が0からマイナスへと飛んだ。
だからこそ、迷っている。曲がりなりにもついて行けばよかった相手を疑ってしまい、足が止まった結果何処に進めば良いのか分からなくなってしまった。
ミカもおいそれと何かを言う訳にはいかなかった。
ただでさえ、子供に何を言うべきか。そもそも、彼はリリベルだ。
既に、千束はリリベルの部隊規模の襲撃を撃退している。そして今回のカナタがやって来た。
人の身でありながら、電気を自在に操る能力を有し。場合によっては、千束の天敵になりかねない相手。
どうしたものかとミカが言葉を選ぶ中、不意にカナタの頭の上に手が置かれた。
「なぁに、辛気臭い事言ってんのよ。子供は、そこのおこちゃまみたいにもっと快活に過ごしてりゃ良いっての」
「えっと…………」
「中原ミズキよ。気軽に、ミズキお姉さまと呼びなさい」
「あ、はい…………ミズキ、お姉さま……?」
首を傾げるカナタ。人見知りする嫌いはあっても、この手の事に羞恥心を覚える事は無いらしい。
ミズキの行動。コレに噛み付いたのは、千束だった。
「あー!ミズキ、ズルい!!私だって、まだ錦木さんなのに!」
「ふふん♪早い者勝ちよ。――――それに、同僚になるなら他人行儀も程々が良いでしょ?」
「ミズキ」
「何悩んでるか分かんないけど、オッサン。少なくとも、私はこういう行き場のない子供が兵隊扱いされて人殺しさせられてるのが嫌で、DAを抜けたの。見捨てる選択肢は無いわ」
ハッキリと、ミズキは告げる。
ここ最近、日本酒のおいしさに憑りつかれ始めている彼女だが、その性根は善良だ。その為に、17歳にして自分の職を捨ててこうして出奔する程度には子供たちを大切に思っている。
「それに、何の考え無しって訳でもないのよ?こいつがリリベルって事なら、そっち方面の交渉もしやすいでしょ?」
「むぅ……まあ、そうではあるな」
ミズキに言われ、ミカもまた己の中の考えに頷いた。
和喫茶リコリコは、その実態としてはDAの支部の一つだ。
業務内容は、主に喫茶店の経営もそうだが市民からの直接の依頼やあいさつ回りなど一種の何でも屋。或いは、DAの方から回される任務を熟す。
だが、支部と言いながらも実働部隊は千束一人。ミズキとミカも前線に出る事はあるが基本的には千束のソロばかりだ。
実働部隊が増えれば、それだけ千束の負担も減らせる。その点、リリベルから単独で送り込まれたカナタは最低限の実力はあると見る事が出来た。
諸々の計算を頭の中の算盤で弾き出して、ミカは口を開いた。
「…………良し、後は大人に任せなさい。話を付けるとしよう」
そして、時計の針は進む。
*
「襷掛けは、こうする。やってみなさい」
「は、はい!」
着付けを終えて、ミカに教わるままカナタはつけてもらった襷を外して自分で結び直していく。
子供ながらの柔軟な頭と学習能力のお陰か、或いは生来のセンスか。一度鏡越しに見ただけで、カナタは着付けの形を学び取っていた。
「コレで、この店の制服の着付けは終わりだ。分からなくなれば、その都度聞いてくれ」
「は、はい!…………あの」
「ん?」
「あ、ありがとうございます。僕を、その…………受け入れてもらって」
「気にするな。こちらとしても、君がリコリコに居るメリットがあるからな」
手遊びをしながら俯く少年の頭を撫でて、ミカは笑みを浮かべた。
石動カナタのリリベルからの移籍。それは存外、揉めた。
というのも、カナタの持つ能力は希少だ。そもそもが、ワンオフ品。オマケに、単独での任務達成率もかなり高かった。
加えて、リリベルの指揮権を持つ虎杖が噛み付いたのは、カナタの
人に向ける言葉ではないが、少なくともDAにおける石動カナタの扱いはマップ破壊兵器に等しい。それだけ、その能力は強力であるし、オマケに応用の幅も広い。
当然、そんな手駒をみすみす手放す事など出来る筈もない。
そこで、ミカが交渉の材料の一つとしたのが歴代最強のリコリスと称される錦木千束の存在だった。
現在、彼女は不殺を貫いており、DAからの指令に関してもターゲットを殺さずに無力化する方向性を取っていた。
その点を問題視して、リコリスとリリベル双方からの襲撃を受けていたのだが、その悉くを撃退済み。
そこで、ミカが提案したのが、リリベルの鬼札である石動カナタによる錦木千束の監視。そして、歴代最強のリコリスである錦木千束による石動カナタの監視。
つまり、最強と鬼札双方が双方を監視し合うという形だった。
この相互監視に加えて、リコリコに回された任務にカナタも参加するという文言を加えて上層部へと提出。
結果として承認され、晴れてカナタはリコリコ預かりとなったのが昨日の事。
姿見を前にして、くるりと回りながら帯の着付けなどを確認していたカナタは不意にミカへと振り返った。
「あの、ミカさん」
「どうした?」
「いえ、その…………傷は、隠した方が良いですよね?」
そう言うカナタの体には、火傷痕がある。見て気分の良いものではないだろう。
特に目立つのは、顔の右側に走る赤い亀裂のようなリヒテンベルク図形。大きな火傷などは一応着物の下に隠れており、襷掛けして露出した腕に関しても大きく動かさなければハッキリとは分からない。
喫茶店の店員として、接客はほぼ必須。つまり、他人との接触は避けられない。
だが、
「…………いや?隠す必要は無いだろう」
「え……?」
顎に手を当てて、頭の先からつま先までしげしげと眺めたミカはそう判断を下した。
確かに、カナタの顔の傷は目立つ。目立つが、しかしそもそもが完全に脱色された真っ白な髪色の時点で目立っているのだ。
その真っ白な髪に白い肌が合わさり、逆にその顔の右側に走った赤いリヒテンベルク図形が良いアクセントとなっている。
「何なら、千束たちに見せてくると良い。良い反応が返って来るだろう」
「そ、そう……ですかね……?」
釈然としないながらも、カナタはミカに押し出される形で着替えを待っているであろう女性陣の待つ客席スペースへと出ていった。
直後に響くのは、黄色い歓声。
大騒ぎしているであろう少女の姿を想像しながら、ミカもまた続く。
これから先の未来へと思いを馳せながら。