プリマビスタの食堂。
戦いが終わってから数十分後、柔らかな照明の下でクラウドとティファは出された水を飲みながら、ゆっくりとこれまでの出来事を整理していた。
「ティファ…ティファも、あの時…」
「うん、メテオとホーリーがぶつかり合った時からの記憶が曖昧で、気が付いたときは暗い空間の中にいて、それからクラウドが召喚したことで、来ることができたよ」
ティファは穏やかに微笑みながら答えた。
二人はほぼ同時期にこの世界へ飛ばされていた。
ただし、違いがあるとすれば、クラウドは慧に憑依できるが、ティファはできないこと。そして、この船の中でなら実体化できるということだった。
「でも…よかった、クラウドと合流できて。もしかしたら、みんなも…」
「だろうな、俺もここにいるってことはよ」
喜ぶティファとは対照的に、不機嫌そうにテーブルに足を投げ出してワインをビンのままラッパ飲みしているのはバレットだった。
彼はクラウドがプリマビスタに戻った直後にようやく姿を現し、実体化できた。
彼もまた、クラウドたちと同じタイミングで記憶が曖昧になっているらしい。
「んだよ、クラウド! よくもあの時俺を墓地へ捨てやがったな!!」
「すまない…だが、あの時はお前の力を借りてもどうしようもなかった」
「本人の前で言うな! 余計に傷つくだろうが!!」
「でも、ほかのみんなはどうなんだろう? クラウド、今はデッキを見れないの?」
「ああ…これだ」
テーブルに並べられたのは、先ほどのボーゲンとの戦いで使ったデッキを構成する60枚のカード。
ティファはカードを一枚一枚丁寧に見つめ、バレットは興味深そうに覗き込む。
「なるほど、確かに、俺らのカードもいて…で、あんたのカードもある。アンジールさんよ」
離れた席で三人の様子を見ていたアンジールが、静かに立ち上がり、同じテーブルに着いた。
クラウドと同じ瞳の色をした、穏やかな笑みを浮かべる男。
「改めて、自己紹介だ。俺はアンジール・ヒューレー。ソルジャー1st。…もっとも、もうこの肩書は意味のないものだがな」
「クラウドと同じソルジャーってわけか」
「俺はソルジャーじゃない」
「悪い…で、なんであんたがバスターソードを持ってんだ? クラウドの話だと、こいつはザックスって奴の…」
「元々は俺の持ち物だった武器だ。詳しく語るつもりはないが、戦いで死ぬときにザックスに託した。あいつは元々、俺の部下みたいなものだったからな」
「そうか…ま、あんまり隠し事ってのは好きじゃねえけどな」
バレットはワインをもう一口あおり、豪快に笑った。
クラウドは少し沈黙した後、背負っていたバスターソードをテーブルにゆっくりと置いた。
そして、それをアンジールの方へ静かに押し出す。
「アンジール…もし、ザックスがこの場にいたら、あなたに返すと思う。
俺も、もし生きていたら、あいつに返したいと思っている。だから…」
アンジールは一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
彼は剣を手に取り、懐かしむように柄と刃を撫でた。
無数の細かい傷が入っており、刃こぼれもある。
「相当使い込んだみたいだな、こいつを…。使い方はジェノバ細胞の影響で習得したといったところか」
「ザックスはみねうちで使っていたが、俺は普通に使っていた。だから…」
「こいつは…親父からの贈り物だった。ソルジャーになる前の家は貧乏でな、ソルジャーになった息子の俺のために必死に働いて買ってくれたのさ。最も、そういう剣だから、俺はこれを家族の誇りとして持っていた。きっと、ザックスも…お前もな」
アンジールは使わずに背負い、本当の使わないとまずい時にだけ使うように心がけていた。
イラストにあるアンジールがバスターソードを背負ったまま、一般兵に支給されるロングソードを手にしていた理由もそれだ。
「お前がザックスから託されたとき、何があったかは聞かない。だが、お前も誇りと夢を受け継いで、戦ってきた。そうだろう?」
「俺は…」
それに対して、胸を張って応えられるほどクラウドは強くない。
この剣を手にした時間は偽りの人格の時の時間の方が長い。
その間の戦いがザックスに誇れるものだったとはいえず、ましてやアンジールに対してそんなことができるはずがない。
セフィロスに勝利したが、メテオとホーリー、そして星がどうなったか、その結末をまだ目にしていない。
アンジールはバスターソードをクラウドの方へそっと押し返した。
「この剣は、もうお前のものだ。ザックスがお前に託した以上、俺が今さら取り戻す筋合いはない。…それに、お前はちゃんと受け継いでいる。自分の夢と、誰かの夢を背負って戦うということを」
クラウドは剣を見つめ、静かに頷いた。
ティファが優しく微笑み、バレットが「ったく、男前ぶりやがって」と笑いながらワインを煽る。
食堂の少し離れた席では、ラムザが静かにその光景を見守っていた。
(彼らも……同じように、失ったものを背負って戦っているんだ)
プリマビスタの中にある空き部屋。
そこではアグリアスとメリアドールがいて、手錠をかけられたボーゲンが椅子に座らされていて、その様子をジタンとスタイナーが見ている状態だ。
なお、憑依されていた人物は若い一般の女性で、今は医務室でモーグリたちによる治療を受けている。
彼女は治療が完了した後、記憶を消して元の場所に戻す手はずになっている。
これまでとの違いは、ゲームに敗北したボーゲンが消滅することなく女性と分離しただけということで、そのおかげでクラウドによって連行することに成功した。
「おかしい…」
尋問を行うアグリアスはゲームでは饒舌だったボーゲンが黙り込み、こちらからの尋問に対して沈黙を貫いている様子に違和感を抱く。
戦場で多くの将兵を見てきたアグリアスから見て、ボーゲンは保身に走る小物であり、たやすく情報を吐くものと思っていた。
論理で追及するメリアドールにも手伝ってもらうことで、確実に情報を得られると思っていた。
だが、ボーゲンは何一つ情報を吐くそぶりを見えない。
「へへ…」
ボーゲンは突然、脂ぎった顔を歪めて笑った。
「無駄だぜ。お前らに俺様がしゃべるわけねえだろ。あのお方に選ばれた俺が、そんな簡単に裏切るわけがねえ……」
ジタンが腕を組んで睨みつける。
「あのお方、ねえ。ファイレクシアの親玉のことか?」
ボーゲンは答えない。ただ、にたりと笑うだけだった。
スタイナーが剣の柄に手をかけ、低く唸る。
「このような下賤な男が、尋問に応じぬとは…不愉快だ」
アグリアスは冷静にボーゲンの目を見つめたまま言った。
「あなたが何を恐れているのかはわからない。だが、沈黙があなたを守るとは限らないわ。私たちは、必要なら手段を選ばない」
ボーゲンの笑みが一瞬、引きつった。
だが、すぐに元の調子に戻る。
「ファイレクシアは決して滅びない…。一つだけ教えてやる。ファイレクシアになることは幸運だぞ。それを拒絶するとは…バカな、野郎どもだ…」
「世迷言を!!」
胸倉をつかむアグリアスだが、同時に違和感を覚えた彼女はすぐに彼から手を放す。
ボーゲンは力なく首をだらりと下へ向け、口からは血の混じった油を垂れ流す。
「やはり、ファイレクシア化していたか…それに…」
「毒を仕込んでいたのね、自決用の」
アグリアスが冷たい声で呟いた。
ボーゲンの体が痙攣し、目から黒い涙が流れ出す。
ボーゲンの遺体は崩れ落ち、黒い油のような液体を残して消滅した。
部屋に重い沈黙が落ちる。
ジタンが舌打ちした。
「チッ…結局、何も吐きやがらねえ。くそったれが」
スタイナーが剣を握りしめ、低く唸る。
「卑劣な…最後まで下賤な男だったな」
「『あのお方』…というのは、いったい…」
「なるほど…お疲れさまでした。油には近づかないように、処理をしますので」
船長室で、電話を切った船長は紅茶を一口飲み、フゥと息を整える。
慧は客人用の椅子に座って船長が出してくれたお茶とスコーンを見つめている。
「何はともあれ、急な攻撃だったにもかかわらず、よく対処してくれましたね」
「クラウドのおかげです。それで、どうだったんです?」
「何も情報は得られなかったと…。自決したようですよ、ボーゲンは」
「そう、ですか…」
ファイナルファンタジー2で敵として登場し、プレイする中で小物ぶりを見せつけていたボーゲン。
そんな彼だから、慧もあっさり自白すると思っていたが、予想外の結末だった。
「小物でも、ためらいなくそういう選択をするほど強大な存在ということでしょう」
「強大な存在…」
きっと、それはパラメキア帝国や皇帝以上の力を持つ存在かもしれない。
そんな存在と戦っているのかと思うとぞっとする。
そして、戦っている姿を茜に見られてしまった。
「あの、船長…。茜は…」
「ええ、彼女は…」
「かわいいーーーー!!」
プリマビスタにある慧の部屋の中で、茜は2匹のモーグリを抱えるように抱きしめていた。
モーグリたちは「クポー!」と小さく抗議の声を上げながらも、彼女の勢いに押されて身動きが取れないでいる。
その様子を外でビビが見ていた。
「モーグリたちには申し訳ないけど、これで時間稼ぎになるなら…」
茜をどうするか、慧から相談を受けた船長からの提案がまさかのもので、彼女を一度プリマビスタに乗せるということだ。
そして、慧の部屋に入れてモーグリに対応してもらうことだ。
プリマビスタに入って、クラウドたちを見た茜は当然のことながら混乱し、部屋に入って落ち着いてもらってからは質問攻めが始まったが、そこでモーグリ2匹を入れることですっかりこの様子だ。
「かわいい…!ほんとに本物…クポって言うんだよね?声が可愛すぎる…!」
「ク、クポ……! もう少し優しく抱いてほしいクポ…」
「クポー! 息が…息が詰まるクポ!」
モーグリたちは必死に身をよじっているが、茜の興奮の前では完全に無力だった。
部屋の入り口近くでそれを見守っていたビビが、困ったように小さく笑う。
「ごめんね、モーグリたち…でも、茜さんが落ち着くまで、もう少し我慢して」
慧の話によると、茜はファイナルファンタジーについてはそれほど詳しいわけではないが、かわいいものが大好きだという。
実際、慧が誕生日プレゼントということで贈ったモーグリやチョコボのぬいぐるみについては寝室に今でも置かれている。
やがて、茜はようやくモーグリたちを解放し、ベッドに腰を下ろした。
「…慧、本当に何も言ってくれなかったんだね」
彼女の声は少し震えていた。
興奮が冷めると同時に、現実が重くのしかかってくる。
「慧が…あんな戦いをしてたなんて…」
ビビが静かに近づき、隣に座った。
「ごめんね、アカネさん。でも、ケイはあなたを巻き込みたくなかったんだと思う」
茜は拳をぎゅっと握った。
「巻き込まれたよ、もう。慧の体が金髪になって、知らない誰かが動いてて…目の前で怖い戦いが起きて…」
彼女は深く息を吸い、ビビの目を見つめた。
「教えて。慧が今、何と戦ってるのか。そして、私に…できることはあるの?」
ビビは少し迷った後、小さく頷いた。
「それは……船長が決めると思う。でも、茜さんが本気で慧の力になりたいって言うなら…きっと、船長が考えてくれると思うよ」
その時、部屋の扉が静かに開いた。
慧——今は自分の姿に戻った彼——が、疲れた顔で立っていた。
「茜…」
二人の視線がぶつかる。
慧は覚悟を決めたように、ゆっくりと口を開いた。
「…ごめん。今まで、ずっと黙ってて」
茜は立ち上がり、慧の胸に飛びつくように抱きついた。
「バカ…もう、絶対に一人で抱え込まないで」
その言葉に、慧の目がわずかに潤んだ。
「ビビちゃんから聞いた。けど、ちゃんと慧の口から話して。そうじゃないと、許さない」
「…わかったよ。話すよ」
白鷺市のある世界と同じく、久遠の闇の中に浮かぶ世界。
その世界は廃墟と化した町と城があるだけで人が済んでいる様子はない。
そして、世界の中心であり、夢の都と呼ばれた場所の近くには惑星のような巨大な球体が浮かんでいた。
その中には数多くの都市や城が存在し、その中のとある城の中で、玉座に座る男の前に黒い鎧の騎士がひざまずく。
「やはり、ボーゲンが敗れたか…」
「ハッ、申し訳ございません」
「よい、奴などただの捨て駒よ。奴の現状の力を知れただけでよい、下がれ」
「ハッ」
騎士が消え、玉座の男は透明なカプセルを取り出す。
黒い膿漿が入ったもので、それを見つめる彼の口角が釣り上げる。
「よもやこのようなものが異世界に存在するとは思わなかったぞ…。我がすべてを支配せよ、という予言か…」
ある男に敗れ、事件のはざまへ追放されたときに手に入れたそれは触れた瞬間、彼の脳を見たことのない情報が流れ込んできた。
普通の人間ならその情報に押しつぶされ、支配されるだろう。
だが、この男は、皇帝は違った。
彼はむしろその力を自らのものとし、さらなる支配への野望を燃やしていた。
玉座の間に、銀色の光が舞い降りた。
光の中から現れたのは、長く美しい銀髪をなびかせた男。
白と紫を基調とした優雅で退廃的な衣装を纏い、顔にはどこか虚ろで、しかし底知れぬ狂気を宿した笑みを浮かべている。
クジャだった。
「ふふ…随分と楽しそうな顔をしているじゃないか。『皇帝』殿」
皇帝はゆっくりと顔を上げ、来訪者を値踏みするように見た。
「…クジャか」
「やはり、ボーゲンでは荷が重かったみたいだね。どうだろう?僕をあの世界へ送るというのは?」
クジャは軽やかに笑い、玉座の間を優雅に歩きながら提案する。
「ふん…貴様の舞台を用意するつもりなどない。我がダークナイトもだ」
玉座に近づこうとしたクジャの足が止まり、彼の背後に現れた漆黒の鎧と兜を身に着けた男が彼の首元に漆黒の刃を向ける。
鼻で笑ったクジャは大げさに首を横に振りつつ両手を上げる。
「反逆するつもりはさらさらないさ、せっかくの命だ。まだまだ楽しまなきゃ損だからね。じゃあ、楽しみに待っているよ、皇帝陛下」
一瞬だけ紫の光を放つとクジャの姿が消え、ダークナイトは剣を鞘に納める。
「…道化など、1人でたくさんだ」