「ねえ、大丈夫かな?死んだりしないよね?」
「この程度で死にはしません。君たちはポーションの準備を」
「了解クポ!」
聞き覚えのない様々な声が混濁する意識の中の慧の耳に届く。
目覚めないとと思った慧だが、重たい体のせいで動けず、疲労とベッドの心地よさでまどろみを覚える。
「おっさん、マジで大丈夫だよな?」
「お静かに。それにしても、あなたが彼の話していた…」
「俺も驚いたぜ、どうしてこうなったのかは覚えてねーけど…ま、またお前と会えたのはうれしいけどよ」
「ジタン…僕も、うれしいよ…」
「ん、ぐう…!」
どこからかわからないが、気を失った慧がようやく意識を取り戻し、歪んだ景色が視界に入ってくる。
徐々に形が戻っていく視界の中、見えてきたのは木造の天井だった。
慧の意識がゆっくりと浮上する中、木造の天井がぼんやりと視界に映る。
頭が重く、体はまるで水をかぶった綿のようにずっしりとしていた。
公園での激しい戦い、突然現れた《ファイレクシアの抹殺者》、そしてジタンの声――あの出来事が夢ではなかったことを、慧は手のひらに握られたボロボロのデッキケースの感触で実感した。
「ここ、は…」
「お目覚めですね。ご心配なく。ここは安全です。」
穏やかな声が響き、慧は顔を上げた。視線の先には、群青色のコートと帽子を身にまとった男――船長が、木製の椅子に座って紅茶を手にしている。
黄色い瞳が静かに慧を見つめ、どこか試すような光をたたえていた。
「安全…? ここ、どこ…? 僕、公園で…」
「ええ、そこから我々がここに運び込み、治療をしました。ようこそ、月山慧君。次元踏破船プリマビスタへ」
「プリマビスタ…?」
その名前で即座に慧の脳裏に浮かんだのは、ファイナルファンタジーIXに登場する盗賊団の拠点、飛空艇プリマビスタだ。
ゲームで見たのと似た木造の内装、どこか懐かしい雰囲気。
だが、ここはゲームの世界ではない。
現実のはずだ。
「様々な疑問があるでしょうが、ひとまずは見た方が早いでしょう。そばにある窓から外をごらんなさい。」
船長の言葉に従い、慧はよろめきながらベッドから起き上がり、近くの丸い窓に近づいた。
外を見た瞬間、息を呑んだ。
窓の向こうには、果てしない闇が広がり、紫や青の光が脈打つように漂っている。
時折、星のような輝きが遠くで瞬き、空間そのものが生きているかのようだった。
「これは…何…? 宇宙?」
「多元宇宙の狭間、久遠の闇です。ここはすべての次元をつなぐ通路。普通の人間が足を踏み入れれば、霊気とマナに飲み込まれてしまう。そこを歩くことができるのはこの船…そして、君のようなプレインズウォーカーのみです」
慧は振り返り、船長をまじまじと見つめた。
プレインズウォーカー――その言葉は、MTGをプレイする者なら誰もが知る特別な存在。
だが、自分がそんなものだなんて、信じられない。
「僕が…? いや、冗談でしょ。僕、ただの高校生だよ。MTGは好きだけど…そんな特別な力なんて…」
「灯は選ばれた者に宿る」
船長は立ち上がり、慧に近づいた。
「君があのデッキケースに触れ、《ファイレクシアの抹殺者》と戦ったこと。それが君の灯が目覚めた証。ジタンが君を助けたのも、偶然ではありません」
「ケイ!目を覚ましたんだな!」
「ジタン…!」
バンと扉が開く共に飛び込んできた少年を見た。
金髪にしっぽ、軽快な笑顔――まさに《陽気な義賊、ジタン》そのものだ。
ジタンは片手を振ってニヤリと笑った。
「 ったく、気絶してんじゃねえよ。俺、めっちゃ心配したんだからな!」
「ジタン…本当に、ファイナルファンタジーの…? どうしてここに?」
「ハハ、俺もよくわかんねえんだよ! なんか、気がついたらお前のデッキにいて、お前に憑依して戦ってたってわけ! 」
ジタンの軽い口調に、慧は少しだけ緊張がほぐれるのを感じた。
だが、すぐに船長の声が割り込んだ。
「彼は君のデッキに宿る魂の一人。君の灯がそのカードと共鳴し、彼を呼び出した。だが、プレインズウォーカーとしての力はまだ不安定です。そして、これから起こる危機を回避するためには、あなたの力が必要です」
「僕の…?」
「その通り。」
船長は地図帳を手に取り、ページをめくった。
「ファイレクシアン、この名前はご存じでしょうか?」
暗黒次元、諸悪の根源、この世の全ての悪。全てが人工的に作られた球状の世界であるファイレクシアの住民。
スラン帝国で研究をしていた、当時は人間だったヨーグモスはプレインズウォーカーであるダヴェッドから当時は無人であったこの世界の存在を知り、スラン帝国の首都ハルシオンの地下に、ドミナリアとこの世界とを繋ぐポータルを作り与えたことが大きな転機となった。
ヨーグモスは、当時スラン帝国で蔓延していた病であるファイシス症に感染した患者たちを、ポータルを通して大勢この次元に連れてきた。
そして『治療』という名の改造手術によってファイレクシア人を作り上げた。
ファイシス症にかかった患者はみな、遅かれ早かれ死ぬか、その前に『治療』を受ける定めかのどちらかである。
そのためファイシス症というこの言葉は、広義で『治療を要する者、受けねばならぬ者』となり、転じて『ファイレクシア化する』という意味も含むようになる。
なお、ファイレクシアという呼称は、このファイシス病が語源になっているという説もある。
『治療』を施されたスランの者たちは皆、ヨーグモスを崇め讃えるファイレクシアの臣民へと生まれ変わった。
機械の始祖、ヨーグモスが支配する次元の誕生である。
ヨーグモスはファイレクシア人たちに命じた
「繁栄せよ。ファイレクシアという枠を飛び越えて多元宇宙へと広がれ」と。
「ファイレクシアによる多元宇宙への侵攻の一環であったドミナリア侵略作戦でしたが、作戦は失敗に終わりました。ファイレクシアは次元ごと破壊され、荒廃の王ヨーグモスは完全に消滅した。 多元宇宙がファイレクシアの恐怖と苦痛に脅かされることは2度と無い、ハズでしたが…現実は異なります」
9人のプレインズウォーカーによる命を顧みない活躍によってファイレクシアは破壊され、巨大な暗黒雲となってドミナリアに出現したヨーグモスもアーティファクトのレガシーによって消滅した。
これが少なくとも、慧も知っているストーリーだ。
「しかし、実際にここに滅亡したはずのファイレクシアンが現れ、多次元への侵攻を始めています。彼らの脅威は終わっていない。我々はその脅威を止めるために旅をしているのです。そして、突き止めたのが彼らが最大の目的としている世界が…君のいる世界だということです」
「僕の世界が…どうして!?」
「わかりません。ですが、奴らを追い、戦っていくことで何かがわかるでしょう。ですが…絶望の中にも希望がありました。君というプレインズウォーカーと出会ったことです」
「僕に…でも、僕に…そんな力なんてないよ。それに…」
慧の脳裏に先ほどの戦いの記憶がよみがえる。
呪文が実体化し、実際に受けてライフを失った時に感じた痛みが今も忘れられない。
もしジタンが憑依して戦ってくれなかったら、今ここにいない。
「君の恐怖はわかります。できれば、私にそのような力があれば、そう願いました。ですが…私はプレインズウォーカーではありません。君のように戦うことができないのです」
船長の言葉に、慧はデッキケースを握りしめた。そこに現れたのは、とんがり帽子の少年ビビと、ふわふわ浮かぶモーグリ。
ビビは心配そうに慧を見つめ、モーグリは「クポ!」と元気に飛び回る。
「ビビ、それに…モーグリ!?」
「僕のことも知ってるんだね…。僕はビビ、よろしくね」
「安心しろよ、ケイ。ビビは仲間だからよ。ファイレクシアについては、俺も船長とビビから聞いたからよ、関係ねえとは言えねえよ」
「誰かを助けるのに、理由はいらない…から?」
「へっ、わかってんじゃねえか」
「傷は癒えたでしょう。すぐに決断を求めるつもりはありません。一度、白鷺市へ戻るといいでしょう。君の持つこのカードケースがこの船への乗船券代わりです。再びここに乗りたいときには、扉にかざしなさい。プリマビスタへ導いてくれます。では、私はこれで」
ティーカップを手にしたまま立ち上がった船長は部屋を出ていく。
慧は船長の言葉を反芻しながら、ボロボロのデッキケースを手に持つ。
そのざらついた革の感触は、まるで彼自身の鼓動と共鳴しているかのようだった。
部屋にはジタン、ビビ、そしてモーグリが残り、慧を見つめている。
「いきなり、こんなことを言われても困るよね。僕も、いきなり戦えっていうつもりはないよ。ゆっくり、考えてね」
「ビビ…」
「んじゃあ、さっさとお前の町へ戻れよ。俺はここに残るぜ、ビビとはいろいろ話がしたいからな!」
ジタンの軽快な笑い声が部屋に響き、慧は少しだけ肩の力を抜いた。
だが、心の中はまだ混乱と不安でいっぱいだった。プレインズウォーカー、ファイレクシア、多元宇宙――まるで自分がゲームや小説の主人公になったかのような状況に、頭が追いつかなかった。
「ふうう…」
家に帰った慧はベッドに横たわる共に頭になかを整理しようとする。
船内にある扉とつながっていたのは先ほど戦った公園のトイレで、出て扉を閉めた後で試しにその扉をカードケースをかざさずに開けてみた。
その先にあったのはプリマビスタではなく、どこにでもある和式トイレだった。
外に出て、公園にある時計を見ると戦いが起こってから2時間が経過している状態だった。
出る前にビビからの説明で、船内とこの世界の時間の流れが同じになるように船長が調整してくれているという。
また、敵に憑依されて戦いに巻き込まれてしまった子供については、慧が治療を受けている間に別室で治療を受けており、記憶を消去したうえで帰されたという。
眠っている間に傷がいえて、服もきれいになっていたことから、家に帰っても天音に疑われることはなかった。
「いまだに信じられないよ…さっきまでのこと…」
白鷺市の自宅、いつも通りの自分の部屋。
だが、心の中はまだプリマビスタの木造の天井、久遠の闇を漂う紫と青の光、そしてジタンの軽快な声でいっぱいだった。
「プレインズウォーカー…僕が? そんなわけないよ…」
慧は呟きながら、デッキケースを開いた。
中には、先ほど戦ったカードたちが収まっている。
《陽気な義賊、ジタン》、《盟友、トルガル》、《プルート隊隊長、スタイナー》――どれもファイナルファンタジーのキャラクターが描かれたカードだ。
だが、戦いの最中に感じたあの熱、痛み、そしてジタンが憑依した瞬間の高揚感は、ただのカードゲームの枠を超えていた。
「ジタン…本当に、あのジタン・トライバルだったんだ…」
慧は《ジタン》のカードを手に取り、じっと見つめた。
カードの表面で、ジタンが盗賊刀を手にニヤリと笑っている。まるで今にも飛び出してきそうな、生き生きとしたイラストだ。
慧の胸に、微かな温もりが広がる。まるでカードが彼の心と共鳴しているかのように。
「ここだよ、ジタン。気に入ってくれるといいけど…」
「すげえ…俺の部屋かぁ」
ビビに案内された部屋の扉を開けたジタンはそこに用意された自分の部屋に笑みを見せる。
ジタンは部屋の中を見回し、木製のベッドや小さなテーブル、壁に掛けられた古びた地図に目を輝かせた。
「へえ、なかなかいいじゃん! ビビ、お前もここに住んでんのか?」
ビビはとんがり帽子を少し直し、照れくさそうに頷いた。
「うん…僕も、船長に拾われてからここで暮らしてる。このプリマビスタは、いろんな次元を旅するための船だから」
「クポ! ジタン、腹減ったならキッチンに来るクポ! ポーションだけじゃなくて、うまいスープもあるクポ!」
モーグリがふわふわと浮かびながら、ジタンの肩をポンと叩いた。
「ハハ、了解! でもよ、ビビ、ケイのことはどう思う? あいつ、ほんとにプレインズウォーカーってやつなのか? なんか、ビビってる感じだったぞ。」
ビビは少し考え込み、静かに答えた。
「うーん…僕も最初は信じられなかったよ。でも、船長が言うには、プレインズウォーカーの灯って、誰に宿るかわからないんだって。ケイ…彼も、きっと何か特別なものを持ってるんだよ。」
ジタンはベッドにドサッと座り、腕を組んだ。
「特別ねえ…。ま、あのデッキケースに俺が宿ってたってことは、なんかあるんだろうな。けどよ、あいつ、戦い慣れてねえだろ。次にまたファイレクシアの奴らが来たら、俺だけでどうにかなるか…?」
「それについては、船長が言っていたよ。慧には、導き手が必要なんだ。」
「導き手?」
「うん…あの戦いで、ジタンは慧に憑依して戦ったでしょう?船長が言うには、それができるのは限られたクリーチャーだけで、僕は憑依できないって」
「クリーチャー…ああ、俺たちのことか?妙な感じだけどな」
人間やジュノム、悪い時には猿扱いされたことのあるジタンだが、クリーチャーという変わった括りで呼ばれるのには違和感を感じてしまう。
ジタンはベッドの上で軽く跳ね、盗賊刀を手に持ってクルクルと回した。
「ま、クリーチャーだろうがなんだろうが、俺は俺だ! ケイがビビってるなら、俺がビシッと鍛えてやるよ。 でもよ、船長って奴、なんかミステリアスすぎねえ? あいつ、ほんとに味方か?」
ビビの表情が一瞬曇ったが、すぐに微笑んだ。
「船長は…確かに謎が多いけど、僕を拾ってくれて、こうやってプリマビスタで旅をさせてくれる。ファイレクシアの脅威を止めるために戦ってるのは本当だよ。信じても…大丈夫だと思う。」
ジタンは肩をすくめ、立ち上がった。
「ま、信じるのはケイ次第だな。とりあえず、腹減った! モーグリ、スープ持ってきてくれよ!」
「クポ! 了解クポ! キッチンに来るクポ!」
モーグリが先導し、ジタンとビビは部屋を出て、プリマビスタの廊下を歩き始めた。木の床がきしむ音と、遠くでプロペラが回る低いうなり音が、船の生きているような鼓動を感じさせた。
「ファイナルファンタジー…幻想でつながったいくつもの並行世界…興味深いですね」
船長室の椅子に腰かける船長のテーブルの上には数多くのゲームソフトが置かれていた。
ファミコンやスーパーファミコン、プレイステーション系、ゲームボーイアドバンスなどのゲーム機も一緒に置かれており、ソフトの共通点はファイナルファンタジーシリーズだということだ。
これらはすべてモーグリたちにお願いして慧の世界から取り寄せてもらったものだ。
「我々の存在をカードで知り、ジタン君たちの存在をゲームとして知っている…。やはり、この世界は…」