真夜中の白鷺駅の駅前。
白鷺市最大の駅は、昼間の喧騒とは打って変わり、静寂に包まれている。
北部の再開発で建てられたショッピングモールが遠くで光を放つ一方、南部の商店街は古びた雑居ビルとシャッターの閉じた店が並び、薄暗い街灯が寂しげに揺れる。
その一角、路地の奥で、かすかな声が響く。
「まさか…死してなお再び会うとは思わなかった。お前も、この世界に来ていたとは」
「…」
「俺は後悔していない、あの真実は必ずいつの日か公になる。お前がなしたことも…。俺は決してお前を許さない。たとえお前が…俺の友の親友であったとしてもだ。ディリータ・ハイラル」
「…殺したいなら、殺せ…」
「何?」
英雄に似つかわしくない、溶けるような、疲れ果てた声。
そこからはイヴァリースのすべてを手にした男の面影はなかった。
「俺には…もう、生きる意味が、ない…」
白鷺高等学校の屋上。
春の風が吹き抜ける中、月山慧は制服のポケットからボロボロのデッキケースを取り出し、じっと見つめていた。
あの戦いから3日。プリマビスタでの出来事、ジタンの軽快な声、船長の謎めいた言葉――すべてが夢のように遠く感じる。
「こうして改めて日常に戻ると…危険が迫っているっていう感覚はないな…」
慧は呟きながら、ケースを握りしめた。
あの戦い以降、ファイレクシアの動きはなく、ニュースにも異常な出来事は報じられていない。
だが、ネットで見た奇妙な記事が頭をよぎる。
白鷺市と同規模の都市に比べ、行方不明者の数が全国平均の3倍。
「ただの偶然…だよな? ファイレクシアと関係あるなんて…」
慧は首を振って考えを振り払う。
だが、デッキケースの微かな脈動が、彼の心に不安を呼び戻す。
「慧!! こんなところにいた!」
屋上のドアがバンと開き、茶色のショートヘアの少女が駆け寄ってくる。
本若茜、慧の幼馴染だ。
丈を短くしたスカートにベージュのセーターを腰に巻いた、活発な彼女。幼稚園時代はよく慧を振り回したが、最近は少し落ち着いた…ように見える。
「茜? どうしたんだよ、急に。」
慧はケースを慌ててポケットにしまい、茜を見た。彼女は少し息を切らしながら、ニコッと笑う。
「いや、教室で探したけどいなかったからさ! 昼休みに屋上でボーッとしてるなんて、慧っぽいね。」
「はは、別にボーッとしてたわけじゃ…」
慧は苦笑するが、茜は慧の顔をじっと見て、目を細めた。
「なんか、元気なくない? 最近、変だよ、慧。なんかあった?」
「え、変って…別に何も。」
慧は目を逸らす。
茜に、プリマビスタやファイレクシアのことを話すわけにはいかない。
だが、茜は一歩近づき、腰に手を当てて追求する。
「ふーん、隠してるでしょ。幼馴染の勘、なめないでよ。ほら、吐きなさい!」
「ほんとに、なんでもないって! ただ…ちょっと考え事してただけ。」
茜は少し不満そうに頬を膨らませるが、すぐに笑顔に戻る。
「まぁ、いいや。じゃあさ、放課後、カフェでMTGやろうよ! 慧のデッキ、最近見てないし」
「それはいいけど…大丈夫なの?バイトの後だと、帰り遅くなるけど…」
「へーき、へーき! うちの親、最近うるさいけど、慧となら許してくれるよ。ね、決まり!」
茜の勢いに押され、慧は小さく頷いた。
夕方、カフェ「pause」は常連客で賑わっていた。
天音がカウンターでコーヒーを淹れ、慧と茜は奥のテーブルでMTGの準備を始める。
慧はいつものデッキ――ファイナルファンタジーコラボのカードが入ったものを手に持つが、ポケットにはボロボロのデッキケースも茜たちには見えないように忍ばせている。
「ほー、慧のデッキ、やっぱFF多めだね! 《星の勇者、クラウド》かっこいいじゃん!」
茜は慧のデッキを覗き込み、目を輝かせる。
彼女のデッキは青と緑を主体にしたコントロールデッキで、慧とは対照的な戦略だ。
「茜のデッキ、相変わらずトリッキーそうだな…。まぁ、軽くやるか。」
ゲームが始まり、慧は《盟友、トルガル》や《プルート隊隊長、スタイナー》を展開するが、茜のカウンター呪文やバウンス効果に翻弄される。
「うわ、慧、動き遅いよ! もっとガンガン攻めなよ!」
「うっ…茜、容赦ないな…」
ゲームは和気あいあいと進むが、慧の心のどこかで、ボロボロのデッキケースが気になっていた。ポケットの中で、ケースが微かに熱を持っているような感覚。
「よーし、慧のライフゼロ! 私の勝ちね!」
茜が勝利を宣言し、慧は苦笑しながらカードを片付ける。
だが、その時、カフェの窓の外で何かが動いた気がした。
路地に見える黒い影。
「ん? なんだ…?」
慧が窓に近づくと、影は一瞬で消えた。
だが、デッキケースの脈動が強くなる。
「慧? どうしたの?」
茜が不思議そうに尋ねるが、慧は首を振った。
「いや、なんでもない…。ちょっと、トイレ行ってくる。」
慧は席を立ち、カフェの裏口から外に出る。
遠くの街灯がチカチカと点滅している。
奇妙な感覚に襲われる中、スマホが鳴る。
スマホにはなぜか番号ではなく、『プリマビスタ』と表示されていた。
慧はスマホを手に、ためらいながら通話ボタンを押した。
「…もしもし?」
「慧君、聞こえますか?」
聞き慣れた船長の穏やかな声。だが、どこか緊迫感が混じる。
「船長…? どうして、急に…」
「白鷺市に、ファイレクシアの気配が強まっている。君の近くに、奴らの影がある。今すぐ、カードケースを使ってプリマビスタに戻ってきなさい。」
「え、でも…今、カフェで…」
「時間がない。君の灯が反応しているはずです。すぐに、お願いしますよ」
通話が切れ、慧はポケットからデッキケースを取り出した。
確かに、ケースは熱を持ち、微かに光っている。
カフェの裏口の扉にケースをかざすと、その表面が虹色に揺らめいている。
扉を開けるとその先はプリマビスタとなっており、慧は中へ飛び込んだ。
「慧! 大丈夫!? 急に呼ばれて、びっくりしたよね…」
入ってきた慧を迎えたビビは慧を広間にある椅子に座らせる。
コックの帽子をかぶったモーグリから出されたお茶を飲んで落ち着きを取り戻していく慧。
「う、うん…。船長、どこ? ファイレクシアって…」
「こちらです」
船長が操舵室から現れ、地図帳を手に持つ。黄色い瞳が、慧をじっと見据える。
「白鷺市に、ファイレクシアの残滓が動き出しました。すぐに準備を」
「戦いって…また、あんな…?」
慧の声が震える。公園での戦いの痛みが蘇る。だが、広間に駆け込んできたジタンが割り込んだ。
「ケイ、ビビるなって! 俺がいるだろ? お前のデッキ、めっちゃ強いんだからよ!」
ジタンの軽快な声に、慧は少しだけ勇気を取り戻す。だが、船長の次の言葉に緊張が走る。
「どうやら、このファイレクシアンは少々変わっている様子です。人を襲っている様子はなく、何かを探しているという様子ですね」
地図帳を閉じた船長が代わりに懐から出したタブレット端末を操作し、広間の壁にある大きなモニターを操作する。
そこには夜の白鷺市の様子があり、そこには3日前とは別のファイレクシアンが人込みを避けつつ、あたりを見渡しながら歩いている。
「データ照合したところ、相手は《進化した潜伏工作員》でしょう。何を探しているのかが気になりますが…」
モニターに映る《進化した潜伏工作員》は、人間離れした細長い四肢と、光を反射する金属の外殻を持つ。街灯の光を避けるように動くその姿は、まるで何かを追跡しているかのようだ。
「何かを探してる…? 僕に関係あるの?」
慧が尋ねると、船長はタブレットを操作しながら答える。
「可能性は高い。君の灯が覚醒したことで、ファイレクシアの注意が白鷺市に集中している。だが、この《進化した潜伏工作員》は、戦闘よりも情報収集を優先しているようです。奴らが何を狙っているのか、突き止める必要がありますねぇ」
ジタンが腕を組み、ニヤリと笑う。
「へえ、戦わずに済むなら楽でいいけどよ。ケイ、準備はいいか? 何かあったら俺が飛び出すぜ!」
ビビが心配そうに口を挟む。
「でも…もし襲ってきたら、どうするの? 慧、怖くない?」
慧はデッキケースを握りしめ、深呼吸する。
「怖いよ…でも、放っておくわけにはいかないから…」
3日前の戦いで、慧がジタンの助けがあったとはいえ、戦ったことで子供を助けることができた。
相手の意図がわからないが、それでも同じようなことが起こるようなら防ぎたいという思いはある。
それが戦いへの覚悟かと言われると、まだはっきりと肯定はできないが。
船長がタブレットを手に、モニターに白鷺市の地図を表示する。
「《進化した潜伏工作員》は、駅前や商店街を中心に活動しています。夜間を中心に動き、人目を避けていることから、目立たない場所で活動している可能性が高い。慧君、君の灯が反応している今、奴らの目的が君に関係しているとすれば、近いうちに接触を試みるかもしれません」
モーグリが「クポ!」と元気に手を挙げる。
「じゃあ、追いかけるクポ! 慧とジタンで、奴を捕まえるクポ!」
ビビが慌てて止める。
「待って、モーグリ! 危険だよ。もし罠だったら…」
船長は静かに頷き、提案する。
「直接対決は避け、観察が賢明でしょう。慧君、君は白鷺市に戻り、奴らの動きを追ってください。プリマビスタからサポートします。デッキケースが反応した時、またここへ戻ってこられる」
慧はデッキケースを見つめ、頷く。
「分かった…。でも、もし戦うことになったら、ジタン、頼むよ」
「ハハ、任せとけよ、ケイ! 俺、いつでも準備OKだぜ!」
カフェの裏口から戻った慧は、茜と天音に「電池を買ってくる」と言い訳して家を出た。天音は素直に「いってらっしゃい」と送り出してくれたが、茜は明らかに不満な表情を見せていた。
「慧、なんか怪しいよ? また何か隠してるでしょ!」
茜の鋭い視線に、慧は苦笑しながら首を振る。
「ほんとになんでもないって。すぐ戻るから、待ってて。」
茜はムッとした顔で腕を組み、口を尖らせた。
「ふーん…。まぁ、いいけど。遅いと天音姉に怒られるからね!」
慧は軽く手を振ってカフェを後にし、夜の白鷺市へと歩き出す。
デッキケースの熱がまだ手に残っており、心臓が少し速く鼓動している。
あまり真夜中の町を出歩いたことがない慧にとって、昼とは違うこの場所は慣れておらず、派手な容姿をしていたり黒服のような男性を避けるように歩く。
そんな中で、デッキケースからジタンの声が聞こえてくる。
「なあ、ケイ。お前の姉ちゃんとあの茜って女の子、すげえきれーだよな」
慧は顔を赤らめ、慌てて小声で返す。
「ジタン! いま、そんなこと言わないでよ…! って、でも…ありがとう、かな?」
「かな?って、なんで疑問形なんだよ」
突っ込みを入れつつ、ジタンが思い出すのは元の世界にいるであろうガーネットのことだ。
アレキサンドリアで再会し、その時に彼女が見せた表情を今も忘れられない。
(船長とビビが言っていたな。戦っていくことで、元の世界へ帰る手立てが見えてくるって…。今のプリマビスタは俺たちの世界へ行く航路が見つかっていないとも言っていたが…)
次元踏破船だからといって、好き勝手に多元宇宙を移動することは難しいとも船長は言っていた。
船長室にある数多くの地図帳には多元宇宙に存在するそれぞれの世界の地図だけでなく、その世界へ向かうための航路も記載されている。
どのようにして航路を見つけているのかはわからないが、生半可なことではないようだ。
慧が白鷺駅前に近づくと、デッキケースの脈動がさらに強まる。
路地の奥から、かすかな金属音が聞こえてくる。
慎重に近づくと、暗がりに《進化した潜伏工作員》の姿が見えた。細長い四肢が街灯の光を避けるように動き、まるで何かを見失ったようにあたりをうろつく。
「ジタン…あれ、だよね…?」
「うむ、ケイ。あれが《進化した潜伏工作員》だ。戦う気配はなさそうだな。」
慧は息を殺し、近くの柱に隠れる。
だが、その瞬間、潜伏工作員がこちらを振り返った。
金属の外殻が光を反射し、赤い目のような光が慧を捉える。
「発見された…!?」
潜伏工作員がゆっくりと近づいてくる。
だが、攻撃する様子はなく、代わりに細長い腕を伸ばし、何かをスキャンするように動かす。
慧のデッキケースが熱を増し、光を放ち始めた。
「ケイ! 灯が反応してるぜ! 何かやばいことが…!」
ジタンの声が急かす中、潜伏工作員の動きが止まる。赤い目が一瞬輝き、突然その場から消えた。
「消えた…?」
「クソッ…どこ行きやがったんだ??」
「ケースからも反応がないし…これ、う、うう!!」
急に頭痛を感じた慧がフラリと近くの電柱に身を任せ、右手で額を抑える。
「おい、ケイ!どうしたんだよ、急に!!」
「わからない…けど、頭痛が…」
「仕方ねえ、ケイ!プリマビスタへ戻るぞ!できるよな!」
「なん…とか…!」
痛みに我慢しつつ、そばにあるサビのついた金属製のドアにむけてデッキケースをかざす。
プリマビスタと扉がつながると、どうにか扉を開き、倒れるように中に入るとともに扉は閉じた。
プリマビスタの病室に運び込まれた慧はそのまま意識を失い、ベッドに横たわっていた。白衣姿のモーグリが体調チェックを行い、ジタンとビビがその様子を見守っていた。
「なぁ、あいつの身に何かあったとかじゃないよな?」
ジタンが不安そうに呟く。モーグリが小さな器具を手に、慧の額に触れると、微かな光が広がった。
「クポ! 脈拍は安定してるクポ! ただ、頭痛の原因は…何か強いマナの干渉があったみたいだクポ。」
ビビが心配そうにベッドのそばに寄り、慧の手を握る。
「マナの干渉…? もしかして、《進化した潜伏工作員》が何かしたの?」
その時、病室の扉が開き、船長が地図帳を手に現れる。
黄色い瞳が慧を静かに見つめ、静かに口を開く。
「奴の仕業ではなさそうですね、仮に奴にばれてしまって、先手を打たれた場合はこの程度では済まない」
「じゃあ、誰が…」
「では、聞きましょうか。何故、いきなりこの体に入ったのかを」
「へ…?入った?」
船長が眠る慧の腹部に掌を当てる。
そして、少しだけ呼吸を整えた後で力を籠めると掌が腹部にめり込んだ。
「ゴフッ!!」
「ケイ!?」
いきなり腹を殴られたような痛みで飛び起きた慧から幽体離脱するかのように何かが飛び出す。
飛び出した何者かは病室の床に転がる。
「痛た…これって…」
「いつの間に、憑依してやがったのか!?」
「これは…作戦は達成していませんが、予想外の収穫というべきでしょう」
ジタンと同じ金髪だがショートカットをしており、黒い鎧をしている、慧と同じか少し上くらいの年齢に見せる。
体を起こした彼のそばに来た船長が顔を向ける。
「まさか、驚きましたよ。どのような手段を使ったのかはわかりませんが、気づかれることなく慧君に憑依するとは…少し、お話をしたいですな。ラムザ・ベオルブ君」