プリマビスタの船長室。
柔らかなランプの光が木目の壁を照らす中、船長は紅茶とスコーンをたしなみながら、地図帳を広げていた。
部屋の隅では、オーランとディリータが向かい合い、静かに言葉を交わす。
「ディリータ…やはり…」
「お前の言うとおりだ、オーラン。お前の身に…あれから5年後に起こったこと、そのことはラムザにも、誰にも言わない方がいい」
オーランは苦々しく頷く中、ディリータは窓の外の久遠の闇を見つめる。
「仮に、5年後のことをあいつが知ったことで、それがどんな影響を与えるかは誰にもわからないからな。それに…もしこのことを知っていたら、助けに行くだろうな。見返りも何も求めずに。だが、お前が死んだということは、そういうことだろう。それに…知ったら、あいつは必ず傷つく」
「…そうだな」
2人が会話をする中、広間にはジタンとラムザ、慧だけでなく、ラムザが召喚したアグリアス達の姿もあった。
「まさか、アグリアス達までこの世界に来るなんて…」
「イヴァリースの国境でお前とアルマを待っていたが、いつまで経っても来なくて探していたが…そこから、お前が召喚するまでの記憶があいまいになっている」
その記憶はオルランドゥやメリアドール、ベイオウーフも一致している。
死都ミュロンドから脱出を果たし、全員の無事を喜んだものの、異端者の烙印を押されたままであり、戦いの裏側を知っているラムザを教会が放置するはずがない。
ラムザだけでなく、一緒に戦った仲間たちも口封じで始末される可能性が高かった。
そのため、全員が分散してイヴァリースから脱出することを決めた。
家族のいるオルランドゥやオヴェリアを置いて去ることになるアグリアスにとっては断腸の思いだっただろう。
「もしかしたら、レーゼやムスタディオ達もこの世界に飛ばされている可能性がある。おそらく…」
「アルマも、だね…」
「ま、こうして仲間と会えたんだから、そのうち会えるだろ」
ラムザたちが話している様子を見ていたジタンは少しだけ、ジタンのことがうらやましく思えた。
異世界に飛ばされてしまったとはいえ、こうして仲間たちと再会できているのだから。
(ダガーたちは、どうしてるんだろうな…)
「なんというか、すごい空間になってる…」
一方の慧は一気に増えたメンバーに圧倒されている様子で、一番端の席で枝豆入りの味噌汁を口にする。
これはラムザたちにももてなされており、彼らはそれを飲んだときは驚いた表情を見せていた。
特にオルランドゥは貴族として、会食などでうまいものを食べてきたが、まだこのようなうまいものがあるのかとさえ言っていた。
その反応は塩鮭を食べて感動した源頼朝のようだった。
最も、イヴァリースに味噌づくりに必要な大豆や麹に近いものがあるかどうかはわからないが。
そんな談笑が続く中、オーランとディリータと共に船長が広間に入ってくる。
「まったく、まさかこれほどの者たちを収容することになるとは…それに、月山慧君。相談なしに2人をプリマビスタに入れるとは、いただけませんね」
「ごめんなさい、けど…」
「まぁ、彼らと同じく…力を貸してくれるという話でしたので、まあいいでしょう。ですが…乗客である以上は、決まりに従ってもらいますがね。ついてきなさい」
船長に案内され、慧が連れてこられたのは動力室と思われる場所だった。
そこにはクリスタルのような巨大な結晶が存在し、その周辺にはいくつもの機械が設置されていた。
「船長、これは…?」
「ここがプリマビスタの心臓部です。これが生み出す無限に近いエネルギーが航行を支えています。そして同時に私のもう1つの部屋でもある」
そう言って、船長は室内にあるカプセルのあるテーブルの前へ向かい、丸椅子に座る。
カプセルの中には青い粒子が集まっていて、その形状はカードそのものだった。
「これは…?」
「ラムザ君と縁のある者たちのカードが、プリマビスタの乗客となったことで生成されています。君があのゲームで召喚したあの4人については、例外ですがね」
「例外…?」
「まぁ、長らく共に戦ったか否か…という違いでしょうか。詳しいことは、私でもわかりません。世の中、すべてを知ることは、神や超次元の存在以外には不可能でしょうからね」
船長はカプセルから光るカードを数枚取り出し、慧に手渡す。
「ディリータ君とオーラン君のカードです。ケースに入れておきなさい」
「ありがとう、ございます」
「どうやら、君には彼らを引き寄せる何かがあるかもしれませんね」
「引き寄せる…?」
「まるで運命であるかのように、それは敵か、味方かはわかりませんが…。今はこうして仲間が増えています。ですが…用心しなさい。出会う者たちすべてが、仲間とは限りませんから」
慧はカードをデッキケースにしまい、船長の言葉を噛みしめる。
プレインズウォーカーの灯が、彼らの魂を引き寄せている?
それがファイレクシアの狙いに関係するのか…。
「船長、ファイレクシアの次の動きは?」
船長は地図帳を操作し、モニターに白鷺市の映像を表示。
「潜伏工作員の仲間が、駅南部の古い倉庫街に集結しています。ですが…休眠状態のようですね。全く動きがない。ひとまず、君は一度休むべきです。奴らとのゲームは命がけ、たとえラムザ君かジタン君に体を貸しているだけだとしても…」
慧はプリマビスタから自宅に戻り、ベッドに倒れ込む。姉の天音が部屋を覗く。
「慧ちゃん、最近遅いわね。茜ちゃんも心配してたわよ」
「うん…ごめん、ちょっと忙しくて」
天音は心配そうに額に手を当てる。
「熱はないけど、顔色悪いわ。無理しないでね」
ドアが閉まり、天音が階段を下りる足音が聞こえる。
そのあとではっとした慧は大急ぎでスマホを見て、青ざめる。
「ああ…」
スマホには多くの着信履歴があり、それはすべて茜のものだった。
翌朝、白鷺高等学校の教室。慧は席に座り、ぼんやりと窓の外を眺めていた。デッキケースの微かな脈動が、昨夜の出来事を思い出させる。
「慧! おはよー! …って、なんか寝不足? 昨日、着信出なかったけど、大丈夫?」
茜が隣の席に座り、いつもの明るい笑顔で声をかけるが、目は鋭く慧を観察している。
「う、うん…ごめん、スマホの充電切れてて…。茜こそ、バイトで遅かったんでしょ?」
「まあね! でも、慧が変だから心配したんだよ。屋上でボーッとしてたり、カフェで急にいなくなったり…。何か隠してるでしょ?」
茜の幼馴染の勘は、相変わらず鋭い。慧は目を逸らし、デッキケースをポケットに押し込む。
「ほ、ほんとに何もないって! ただ…ゲームのデッキ考えてただけ」
「ふーん…MTG? じゃあ、今日の昼休み、屋上で対戦しようよ! 慧の新しいデッキ、見せてよね」
茜の勢いに押され、慧は小さく頷く。
だが、心の中ではプリマビスタの仲間たちとファイレクシアの影がよぎる。
(姉さんと茜に話せない…。巻き込むわけにはいかない。)
「いつまでも鎧姿では気が休まりません。戦いのときはともかく、平時はこちらの着用をお勧めします。皆様のご要望に合わせたものを用意しました。どうぞ、平時の間は気楽にお過ごしください」
「こういうのも用意してくれるなんて…」
左胸あたりにベオルブ家の家紋の詩集がついたグレーのパーカーと黒のスリムカーゴパンツ、茶色のレザースニーカー姿のラムザは着心地の良さと動きやすさに驚きを感じていた。
アグリアスは首元に金の十字架ブローチがついた白のブラウスにサイドにスリットのある紺のプリーツスカート、黒のロングカーディガンと茶色のロングブーツ姿だ。
ベイオウーフは深緑のロングコートに黒のタートルネック、ワイドパンツ姿をしていて、モーグリから出されたカクテルを口にしている。
メリアドールは淡い水色のゆったりとしたニットワンピに白のカーディガンと白のニーソックスを身に着けていて、一応要望は聞いてくれたデザインらしいが、やはりイヴァリースでは着用したことがない服のために戸惑いを覚えている。
オルランドゥは濃紺のテーラードジャケットと襟に金の留め具のある白いシャツ、グレーのスラックスに黒のチェルシーブーツという様相だ。
オーランは胸ポケットにペンと手帳が入っているベージュのトレンチコートに黒のタートルネック、カーキのチノパンと茶色のレザーシューズ姿だ。
ディリータは黒のライダースジャケットに第一ボタン外した深紅のシャツ、黒のスキニーパンツと黒のコンバットブーツ姿だ。
窓際で酒を飲む彼の隣にラムザがミルクを片手にやってくる。
「あんまり俺のそばに来るな」
「そんなことを言うなよ。…酒、飲むんだね」
「…大人になったからな」
「僕は、傭兵時代の先輩にいたずらで少し、飲まされたことがあるけど…おいしいと感じなくてさ」
「だからといって、ミルクを選ぶなよ。ガキ臭いと言われるぞ」
頼めばミルク以外にも紅茶や、他にもコーラとかいう黒っぽい飲み物も出してもらえる。
そういった見慣れない飲み物についてはビビとモーグリがどんなものか説明してくれるというのに、ミルクを選ぶラムザにあきれてしまう。
「ディリータ…ちょっと、変わった?」
ラムザの言葉にディリータの酒を飲む手が止まる。
だが、答えることなく再び飲み始めるが、ペースが速くなっていた。
「何も言わねーディリータはともかく、ビビ以外はみんな記憶があいまいなんだな」
モーグリが用意してくれたフライドチキンにジタンとビビは舌鼓を打つ。
慧の世界にある世界最大のフライドチキン屋のフライドチキンをモデルにして作ったようで、油濃さはあるが、かなりおいしい。
「僕は死んでからこの世界じゃなくて、船長のところへ飛ばされたから、転移する前後の記憶がはっきりしているんだと思う。状況が違うから、あんまり参考になるとは思えないけど…」
「で、俺たちの話を聞いた船長がこれを作ったと…」
船長がいる世界に転移したビビは彼に保護され、そのまま行動を共にしていた。
当時の彼は次元踏破船の建造を多くのモーグリたちや技術者たちと共に行っており、その中でビビは船長にどのような人生を歩んできたのかを聞かされた。
ビビにとっての人生の大部分がジタンと共に旅した記憶であり、それを伝えた結果、船長は何を思ったのか設計を変更し、次元踏破船はプリマビスタに近いデザインとなり、名前もプリマビスタとなった。
そして、ファイレクシアンの脅威について船長から聞かされ、拾われた恩もあって協力するようになって今に至っている。
「ま…訳の分からねー状況になったけどよ、また一緒に戦えて、うれしいぜ、ビビ」
「うん…僕もだよ、ジタン」
「言わない方がいい、か…」
ジタン達と離れ、広間の2階フロアのところで酒を飲むオーランは改めて、ラムザたちとは離れた場所にいる自分自身を感じていた。
ベスラ要塞で養父であるオルランドゥと共にラムザと同行するつもりでいたオーランだが、オヴェリアを守る存在が必要だというオルランドゥの言葉によってとどまることになった。
そして、その結果としてオーランはラムザたちと共にルカヴィと戦うことなく、脅される形でディリータに協力することとなってしまった。
「オーラン、何をしけた顔をしておる。なかなかいいぞ、この蜆の味噌汁というものは!」
「義父上…」
ハハハと豪快に笑いながら階段を上がり、蜆の味噌汁が入ったお椀をオーランのいるテーブルに置くと、向かい合う形で座る。
「ふぅ…いい面構えになったな、オーランよ」
「いえ…まだ義父上には及びません。…また、お会いできてうれしく思います」
「…すまなかったな、オーランよ。後始末をすべて、お前に押し付ける形となってしまった」
しんみりとした表情を浮かべ、オルランドゥは獅子戦争での出来事を思い出す。
あの時はオヴェリアを守るためには最善の選択肢として、オーランを残すという道を選んだ。
だが、結果としてそのことでオーランはイヴァリースで残った問題のすべてを背負うことになった。
きっと、その苦労もあって今の顔になったのだろう。
養子であるオーラン以外に、オルランドゥには実子が複数人存在する。
彼らもきっと、オーランに匹敵するほどの苦労を自分のために背負うことになったに違いない。
「お気になさらず、いきさつはすべてラムザから聞いております。ただ、こうして再会できた以上は言わせていただきます。今度こそ、私も共に戦うと」
「…そうか。どのような結末になるかはわからぬが、頼りにさせてもらうぞ、我が息子よ」
ちょうどモーグリがワインが入ったグラスを持ってきてくれた。
柔らかな笑みを見せるオルランドゥを前に、気恥ずかしそうに笑った。
プリマビスタの広間では仲間たちの笑い声が響く。
窓辺にいるラムザとディリータは沈黙したままで、ミルクを飲み終えたラムザが口を開く。
「ディリータ…頼りに、しているから」
空になったコップを手にその場を後にしようとするラムザ。
その言葉にディリータは唇からグラスを離す。
窓に映るラムザたちの談笑する姿が彼の目に映る。
(ラムザ…俺はもう、お前と共にいる資格はない。やるべきことを果たしたら…俺はお前の前から消える。きっと、それがお前にとってもいい。そして…)