転生カードゲーマーは知らないデッキと戦いたい 作:フロントトリガー
人気のない廃ビル街。
あちらこちらに空いた大穴を飛び越えながら、少女は駆ける。
「くっ…」
背後には、装飾としてスパイクがついた大型三輪。
無理矢理に、道路を削りながらコチラへ向かってくる男は、ニヤニヤと口元を緩ませながら、少女の右腕───脱臼し動かすことのできない利き手を見ている。
この世界では、カードを握れない者に人権はない。
故に、このまま捕まったらどうなるか…
少女の脳内には、その最悪が浮かんでいた。
───なんとか逃げ切らないと…!
…そうして。入り込んだ先は袋小路。
「ヒャハハハ追いついたぜぇ?」
ハッとして振り返った少女の視線の先。
薄汚れたコンクリートの陰から、獲物を追い込んだ
「く、こうなったら…」
そうして、戦うことを決断し。
慣れない左手をデッキホルダーに向けた刹那──。
「───おい、
──モヒカン男の肩に手が置かれる。
指先の自由な穴あきグローブ。
それをつけたジャケットにジーンズと言う、一般人に相違ない雰囲気の青年は、アニメキャラのキーホルダーをジャラジャラと揺らしながら。
申し訳程度に整えた頭髪から一本。アホ毛をピンと伸ばしながら男を睨みつけていた。
「王子様気取りかぁ? なら、お前から先に潰してやるよ。この
「レリックデッキ?」
「…ユージン危険だ。ここは僕が…」
吠える男。
異様な輝きを放つデッキホルダーに目を細める青年の代わりに、隣に立っていた美青年が、ある学園の実力者のみ着用を許されたマントを翻し……
「いーや、今回こそ俺が戦う!」
ソレを普通の青年が手で制した。
「ユージン…わかった。僕は彼女を…」
「あぁ、まかせたぜ」
そうして展開されたのは、半透明な電子祭壇。
実体を持ったソレに、デッキを設置し。
青年と男が宣言を挙げる。
「いくぞ!」
「
「スタートソウルユニゾン!」*1
ふわりと舞い上がる虹の燐光。
薄い膜が二人を中心に辺りに広がり、包み込まれた天球の内側が、異なる色味で再構築される。
「《無垢なる天使 サレティール》」
「《魔獣の信奉者 ゼム》」*2
そうして彼らの元に現れた二つの人影。
一つは、モヒカン男を書き換えるように、獣の腕を持ったメガネの司祭として現れ。
もう一つは、青年の周りをクルクルと回り出し、ハイタッチを決めると青年の手を取って銀髪の天使としての姿を露わにする。
「おいおい、ずいぶんとかわいらしいカードが出てきたじゃねぇか。ヒャハハハ!」
「悪いか?」
「かまわねぇよお! 高く売れんならなぁ!」
「悪いがこの子を手放すつもりは微塵も無い!」
粗雑な男に、天使の手を取る青年。
二人の聖戦の火蓋は、切って落とされた。
☆
「俺のターンだ。手札を一枚捨て、《羽ばたく決意 サレティール》に
カードを引き、手札を捨てる。
「そして効果により山札の上から三枚のうち一枚。《奏でる花唄 ララパート》をバインドする」
「自分のカードをバインドだぁ?」
迷いの無いカード捌き。
それに誘われる様に、新たなカードが盤面で踊り、その力を解放する。
「〈ララパート〉の効果。バインドまたは登場した時、一枚ドローする。…そのまま手札からも〈ララパート〉をコール、再び一枚ドロー!」
「な、引きすぎだろ!」
一枚、二枚。後攻の追加一枚を含め、実に三枚ものカードを引き抜いた青年に、対戦相手が苦情をあげるも、それもどこ吹く風。
ただ楽しそうに、孫娘を自慢する親の様に笑みを浮かべながら。青年はカードを操る。
「このくらいは許してもらうぜ、パワー3000だからな!」
「え、弱…」
「アァ?」
「ひぃ、わ、わりぃ。言いすぎた。」
「許さねぇよ! バトル!」
こめかみに血管を浮かべ、軽口を返す青年の盤面には───。
自身の分身であるユニゾンユニットが一枚に、仲間であるフレンドユニットが一枚。*3
それぞれパワーは8000と3000で、対戦相手の8000には、ユニゾンユニットしか届いていない。
「〈サレティール〉で
「チッ、そのまま受けてやる」
そんな状態でも、彼はカードを捲る。
なぜなら、このゲームには可能性があるからだ。打点が劣っていても、敵を倒す事ができる。
──そんな逆転の可能性が。
「
「ここでダメージリライズ!?」
リライズチェック…アタックの際にカードを引き、そのカードがリライズアイコンと言う特殊な効果を持っていれば。
その能力でパワーを上げる事が出来る…そんな可能性。*4
「チィ! ダメージチェック…何もなしだ」
今回はその効果により、一枚分。
追加のダメージを発生させた二枚ダメージ。
その上で、相手はリライズカードを引けず。
盤面は8000と13000対8000。
攻撃力の差すら逆転してしまった。
「なら通るな? 〈ララパート〉でアタック!」
「要求値6000…仕方ねぇ、リライズカードを守備に出す!」
そうして放たれた一撃。
宙を舞う音符の弾丸は、男の前に現れた巨大なコウモリ(ガード値15000)によって阻まれる。
「よし! ターンエンドだ!」
立ち上がりは上々。
笑みを浮かべる青年を前に、男が勢いよくカードを引き抜く。
「好き勝手やってくれたなぁ! 俺のターン! 手札から《身守り魔獣 ペンダン》を捨て、《儀式の下準備 ゼム》に深化!」
「また、ゼム…まさか!」
「そのまさかだ! 効果により《波動エネルギーの研究》を手札に加える!」*5
放たれたのはペンギンのカード。
それを受けて、弾かれる様に新たなカードがデッキから放たれ…
「コレで研究カードは二枚…」
「そんだけな訳あるかよ! 〈ペンダン〉の効果発動! 山札から五枚見て、設置エフェクトを手札に加える!」
…更に、五枚のカードが浮かび上がる。
「は? …ん? おいおいまさか…」
「そのまさかだぁ! 《静かなる月影》を手札へ! そのまま発動し、《月影トークン》を場に出す!!」
そうして選ばれた満月のカード。
それが空中に溶け、辺りに闇が広がると同時に。黒い影が、獣の姿を形作る。
「んんんんん!???」
アホ毛をピンと張り、目を白黒させる青年。
二度三度と、トークンとペンギンのカードに目を向け。その顔色が、サーッと青く染まっていく。*6
「パワー15000のトークン!? 不味いよユージン!」
「あぁ…ままままずいな…すっごく。」
「ケッ今更気づいたか! 遅えんだよ! 《複合魔獣 エンドスクラッシャ》《追従魔獣 ビジラード》をサモン!」*7
「あばばばば!?」
アホ毛をジグザグにして思い切り狼狽える青年。
それに対するは、巨大な鋏が腕についている機械的な魔獣に、巨大な鎌を持つ蠍の魔獣。
それぞれが凄まじい威圧感を持って青年に迫り…
「バトルだぁ! 〈ビジラード〉で攻撃!」
「ガード!」
「〈ゼム〉で攻撃!」
「
「トークンで援護、〈スクラッシャ〉で攻撃!」
「ノーガード! ぐぅ!!」
…次々と現れた、少女達の幻影によって防がれる。
唯一、防がれる事がなかった鋏の一撃は、〈サレティール〉を庇うため背中で受け。
その衝撃に、青年が膝をつく。
「ユージン!!?」
「ヒャハハハ! よく守るじゃねーか! ターンエンドだ!」
「ッ、ドロー!!」
満身創痍、痛みで目を顰めながら。
青年は相手の場を指差しながら口を開く。
「…一つ聞かせてくれ。ソイツの効果は?」
効果の説明要求。
デッキの詳細を暴くに等しいその行為は、ゲームの進行上禁止されていないが、行う者の少ないグレーゾーン。
場合によっては、マナー違反として後ろ指刺される非推奨行為である。
「あぁ? マナーがなってねぇ奴だな。まぁいい教えてやるよ! ユニゾンユニットの共鳴値が3の場合。アタックした時、コストを払う事でパワー+10000! 更にダメージ+1だ!! ヒャハハハ!」
「な!? 強すぎる!!」
「まぁ設置エフェクトが三種いるが、既にリーチ!関係ねぇーのさ!ヒャーハハハ!!」
しかし、それも相手が拒否すれば、の話。
明らかこのタイミングでは出す意味が無い──おそらく、共鳴3状態で効果を発動するユニットを複数場に出すような。せっかちで顕示欲の高い輩であれば、当然。
その効果を説明してくれた。
「ぐぁぁ……はぁはぁ!」*8
その言葉を聞き、唐突に青年が頭を抑える。
「ユージン!? 大丈夫!?」
「恐怖でおかしくなっちまったかぁ?」
尋常じゃない苦しみ様に、敵味方問わず心配が顔を出し…金髪の好青年が、気絶した少女をベンチに残して駆け寄ろうとするが…
「…〈サレティール〉の効果により、
──スッと、立ち上がった青年が、禍々しく輝くデッキからカードを引き抜くと、そのまま決闘台に叩きつけた。*9
「え、《繋がりの唄 サレティール》じゃ、ない!?」
「効果により、バインドの〈ララパート〉をデッキボトムへ置き、その
ジャラジャラと音を立てて〈サレティール〉に巻きつく毒々しい色の鎖。
ソレが天使と共に青年を縛り付け、そのまま何重にも重なり、球体を形作っていく。
「え? ユージン?」
「くふふ…ハハハ! 《澱み染まりて軛とならん》を発動!」
響き渡る高笑い。*10
宣言と共に鎖が砕け散り、万物を汚染する泥に変わると、それぞれが歪な人形を作り出す。
「《泥絡トークン》を二枚コールしてパワー+5000! …その後、墓地から再び効果を起動! このカードをバインドし…バインドゾーンの《嗤う堕天使 サレティール》に
「馬鹿な!? 後攻2ターン目に共鳴値3だと!?」
その中心には、後ろから抱きつく形で、首元に腕を回し。短い鎖で青年の首輪と首輪を結びつけられた堕天使。
青年の黒髪が天使の銀髪と絡み合い、編み込まれたソレを指で遊ぶ少女は、ふと思い出した様に、灰色に染まった翼を一つ抜き取り。
ヒラリと斜め前方へ舞い落とす。
「さらにさらにぃ? 《泥絡の標 ザルバニア》をコール! 効果により手札を全てバインドし、デッキから〈泥絡〉を含むユニット、《泥絡の人形 フォッサ》をスペリオルコール!」
同時に青年が操るカードが盤面に着地し、現れたのはローブを纏う片翼の堕天使。
堕天使はその場で静かに魔導書を広げると。広げられたページが一人でに飛び立ち、そのページから美しい西洋人形が現れる。しかし、その着地点には澱んだ泥沼。美しい人形は泥に塗れ。その青い瞳を悲しみに染めながら泥だらけの腕で武器を手に取った。
「バトルだぁ! そのまま沈めェ! 泥絡のマッドアブソープション!」
「ぅ、ぐぁああああ!!」
そうして放たれた連続攻撃。
最後に〈サレティール〉が指を弾くと、闇色の極光が天より降り注ぎ。
───ここに、闘いの幕は閉じたのだった。
☆
「馬鹿な、この俺が…
──男が、両腕を地につけ項垂れている。
ソレを見下ろすのは至って普通の青年。
デッキホルダーにカードを戻し、ジャラジャラとキーホルダーを揺らす彼は、始まる前に感じさせたワクワクをどこにやったのか、つまらなそうな表情で男の祭壇に近づいてくる。
「つまんねぇデッキだった。二度と戦いたくねぇ」*11
「ゆ、ユージン? そんな言い方って!」
視線の先には、男の使っていたデッキ。
札遺物と呼ばれたソレを丁寧に掴み上げると、パラパラとデッキを確認していく。
「事実だろ、ま。勝ったしいいけど。」
「ユージン…」
「クソが……ッ!? な、なんだ! 身体が!?」
「敗者は消える。
ソレと同時に、手先から、うっすらと消えていく対戦相手。
それを当然のように受け入れながら、片手間で、相手の盤面をデッキにまとめて行く。
「!? ユージン! やめろ!」
「悪いなソレはできない」
「クソ! クソクソクソ!」
「あばよおっさん、次、会うまでコイツは預かってやるよ」*12
「ユージン!!」
「対戦、ありがとうございました。」*13
そうして、デッキをケースに収め、礼を口にした青年──ユージン。
彼が正式にバトルを終了させた事により。
辺りは、元の廃ビル街に戻り、モヒカン男も消滅。
残されたのは、気絶した少女と、マントを纏った美青年だけとなった。
重たい空気が辺りに広がり…
「悪いな。時間だ。帰らせてもらう。」
時計を確認した青年は、そんな言葉を残して。立ち上がる。
顔色が悪く、焦るような声色。
ジャラジャラと音を立てるキーホルダーが、急かすままに踵を返した男は。
そのまま街の喧騒へ消えていく。
「ユージン…」
寂しそうな青年の呟き。
小さく伸ばされた手は砂埃に隠され。
彼らの間には、埋めようのない大穴が広がっていた。
※ユージンくんは共鳴力が低く、実はユニットが見えていません。───だから、手を繋ぐ必要があったんですね。