電車が川崎駅に滑り込み、六人は改札を抜けた。
夜の川崎はネオンに照らされ、駅前には人混みと雑踏が渦巻いている。
その中で制服警官二人が真っ直ぐに近づき、六人の前に立ちはだかった。
――
「すみません、少しよろしいですか。職務質問です」
「最近、この辺りは物騒でしてね。確認させてもらいます」
二人の視線は、桐原の腰の刀に注がれた。
「……君、それは刀か?」事務的に尋ねるのは警官A。
「訓練用の真剣だ。登録済みで、許可証もある」桐原は落ち着いた声で答え、許可証を差し出した。
だがAは受け取ると返さず、光に透かしてじっと眺める。
「……照会をかける。少し待て」
レオが前に出て声を荒げる。
「おいおい、登録証見れば十分だろ! なんで照会なんか――」
十文字が遮った。
「やめろ、レオ。騒げば長引く」
桐原が一歩進む。
「……確認は理解する。だが、正規の登録証がある以上、引き延ばす必要はない」
「協力はしている。それでも不足なら、どこまで求めるつもりだ」
Aは淡々と答える。
「念には念を。……特に君たちのような目立つ集団は」
Bが口の端を歪めた。
「そうそう。急いでる姿は余計に怪しく見える」
桐原は目を細める。
「……協力と嫌疑は違う」
無線から短い応答が返ってきた。だが二人の警官はすぐには動かず、視線だけを桐原に注ぎ続ける。
その沈黙は、職務というよりも“間”そのものだった。
――
「立派な剣だな。……普段から学校で帯刀しているのか?」Aが問う。
「訓練のためだ。規則に則っている」桐原は即答した。
「……ふむ。それで六人で一緒に行動とは、どういう関係だ?」Bが探るように言う。
レオが噛みつく。
「はぁ? 関係って……同じ学校の仲間に決まってるだろ!」
エリカは小さく笑い、肩をすくめる。
「……見なさい。わざと同じことを何度も聞いてる」
Aが手を差し出した。
「全員の身分証を。学生証で構いません」
六人は渋々、学生証を差し出す。
警官たちは一枚ずつ街灯にかざし、裏返し、無線に報告を入れる。
動作は遅く、あからさまに時間を潰していた。
「……なぁ、いつまでやる気だよ。俺たちは犯罪者じゃねぇぞ!」レオが吐き捨てる。
「犯罪者かどうかは、こちらが確かめる」Bが皮肉げに笑った。
やがてAの目が細くなる。
「……“十文字克人”。十師族の御曹司か」
Bも別のカードを眺め、唇を歪めた。
「“千葉エリカ”。千葉家のお嬢さんとはね。……豪華な顔ぶれだ」
十文字は冷ややかに返す。
「……あなたたちに答える義務はない」
エリカも睨みつける。
「職質に家柄を持ち出すなんて、正規の警官のすることじゃないわ!」
「ただの確認だ」Aは事務的に言った。
「だが――ここじゃ十師族も千葉家も特別扱いじゃない」
深雪は不安げに兄を見上げる。
「……お兄様……」
達也は低く呟いた。
「……表の職務を口実に、どこかへ情報が流れている。そう見える」
十文字の視線が柱の陰を捉える。
黒いスーツの一団が、無言で様子を窺っていた。
(ベイウォル・ブラザーズかどうか――断定はできない。ただ“見られている”。)
エリカは吐き捨てる。
「警察が表で足止め、誰かが裏で監視。……そうとしか思えないわね」
やがて学生証が返され、Aが作り笑いを浮かべる。
「確認できました。……ですが忠告します。港の倉庫街には行かないことです。争いを起こしたくないなら。」
警官たちが去ると同時に、スーツの一団も雑踏に紛れて消えた。
――
六人はしばし言葉を失ったまま立ち尽くした。
耳に入るのは客引きの声、ネオンの明滅、そしてざわめき。
街そのものが彼らを観察しているようだった。
十文字が短く告げる。
「……ここに長居はできない。移動するぞ」
六人は無言で頷き、駅前ロータリーへと向かった。
――
ロータリーに並ぶのは、昔ながらの有人タクシーばかりだった。
「……お兄様、無人タクシーが一台もありません。こんな大きな駅で有人だけなんて……」深雪が眉を寄せる。
「……川崎は特別だ。有人の方が“都合がいい”」達也が返す。
「運転手が目と耳になる。街全体が監視カメラってわけね」エリカが吐き捨てた。
「チッ……どこまで腐ってんだ、この街は」レオは唾を打つように言った。
十文字は低く言い切る。
「――覚悟しておけ。ここでは一つの選択も、どこかに報告される」
六人はタクシーに乗り込む。
「……行き先は?」運転手が問いかける。
「川崎港の倉庫街だ」十文字が告げた。
運転手は一瞬だけ眉をひそめ、作り笑いを浮かべると無線を取る。
「……駅前から港方面、六名。――ええ、“例の件”了解」
「……業務連絡なんかじゃねぇ」レオが低く吐いた。
「……誰に伝えてるかは、まだ決めつけないでおきましょ」エリカが小声で返す。
車は動き出したが、ルートは妙に遠回りだった。
裏通りや歓楽街を抜け、無駄に時間をかける。
「……港は逆だ。わざと外している」桐原が低く呟いた。
「時間稼ぎか、ただのルートか――判断はまだ早い」十文字は冷静さを崩さない。
「……不自然なものほど自然に見える。それが、この街の仕組みだ」達也の声は冷ややかだった。
やがて倉庫群が見え始めたところで、タクシーは速度を落とす。
運転手はルームミラー越しに六人を見つめ、無表情に言い放った。
「……ここまでだ」
「は? まだ距離あるだろ!」レオが食ってかかる。
しかし運転手は答えず、ドアを開けただけだった。
六人が降り立つと、タクシーは音もなく夜の街に消えていった。
ピーキー・ブラインダーズの警察を意識して、ねっちこく相手を絡め取る職質を描いてみました。