実際の場所や団体・人物とは関係ありません。
◇ 川崎警察・無線本部
無線室は異様に静かだった。
蛍光灯がちらつき、壁に落ちる影が不気味に揺れる。
机には古い端末や無線機が乱雑に並び、ボタンは擦り切れ、受話器は黒光りしていた。
コーヒーの酸っぱくなった匂いと、タバコのヤニ臭が室内に染みついている。
それは長年の停滞そのものを表していた。
若いオペレーターは汗ばんだ手でイヤホンを押さえ、息を整えようと必死だ。
ノイズ混じりの音声の奥から、駅前に立っていた警官Aの声が響いてくる。
――「本部、こちら〇〇。駅前で学生六名を確認。十文字克人、千葉エリカを含む。進路は港方面の可能性大」
報告が終わった瞬間、室内はさらに静まり返った。
オペレーターは無意識に後ろを振り返る。
部屋の隅に座る幹部が、ゆっくりとマッチを擦った。
火がともり、煙草の先が赤く揺れる。
顔は煙に隠れ、目元だけが冷たく光った。
やがて受信機から低く押し殺した声が返ってくる。
――「……とうとう来たか」
それだけで回線は切れた。
端末には「確認済み」とだけ表示される。
だがオペレーターは知っていた。
その回線の先が“警察本部”ではないことを。
幹部は立ち上がり、オペレーターの肩に手を置いた。
重く、冷たい掌。
「余計な記録は残すな。“確認済み”以外の言葉はいらん」
「……了解しました」若手は震える声で答えた。
キーボードを打つ指がかすかに震える。
画面に残ったのは、形式だけの報告――「確認済み」。
幹部は煙を吐き、かすかに笑った。
――
◇ 川崎駅・裏路地
その頃、駅前を離れた警官AとBは裏路地へと歩いていた。
繁華街の明かりを一歩外れるだけで、空気は一変する。
湿ったコンクリートの匂い。
水たまりに浮かぶゴミ。
腐った生ゴミの臭気が鼻を突く。
笑い声も届かず、ここは川崎の“裏”だった。
二人は表での毅然とした顔を捨て、互いに短く視線を交わすだけで足を進める。
暗がりから黒いスーツの男が現れる。
無駄のない仕草、冷たい目つき。
ベイウォル・ブラザーズの構成員だ。
「……ご苦労さん。報告は受けた。十文字に千葉、第一高校の連中か」
Aは頷き、事務的に答える。
「ああ。港に向かう。確認済みだ」
構成員は懐から厚い封筒を取り出し、堂々と差し出した。
「ほらよ。約束の分だ」
Bは待ってましたとばかりに受け取り、封を切る。
札束を引き抜き、指をぺろりと舐めると、ゆっくり数え始めた。
パラ……パラ……パラ……。
一枚めくるたびに湿った音が路地に響き、口元が緩む。
「十……二十……三十……。……ぴったりだ」
札束を指で弾き、にやりと笑う。
「いい稼ぎだ。正義よりよほど信用できる」
Aは横目で睨みつけ、低く吐き捨てた。
「……やめろ。見られたらどうする」
だがBは肩をすくめる。
「気にすんな。誰も見ちゃいねぇよ」
構成員は煙草に火をつけ、紫煙を吐いた。
「坊ちゃん嬢ちゃんがどうだろうが、この街じゃただのガキだ。
足を踏み入れたら、まとめて“歓迎”してやる」
Aは鼻を鳴らす。
「……騒ぎを大きくするな」
構成員は冷笑を浮かべる。
「川崎じゃ、お前らが“耳”だ。本庁に届く前に消せるんだろ?」
Bは満足げに札束を懐に押し込み、Aは黙ってネクタイを締め直す。
闇に靴音が消えたあと、二人の顔は再び「市民を守る警官」に戻っていた。
魔法科っぽくはないかもですが、あの腐敗した空気を出したくて書きました。
ピーキー・ブラインダーズ知らない人はぜひ一度見てほしいです、めちゃ雰囲気あります!