ベイウォル・ブラザーズ   作:言うても

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4話

川崎・ベイウォル所有のバー

 

ジャズのレコードが針を鳴らし、

スモーキーなトランペットが薄暗い店内に流れていた。

 

照明は赤くくすんだランプだけ。

光は煙に遮られ、空気は常に霞がかかったように見える。

 

壁際のボックス席では数人の客がグラスを傾けていたが、誰も声を荒げない。

笑い声はあるが、それは酒場特有の陽気さではなく、何かを隠すような、張り付いた笑いだった。

 

床は油を吸い込んだ古い木材で、歩くたびに軋む。

カウンターの奥には年代物のボトルが並び、

琥珀色の液体がランプの光を受けて鈍く光っている。

 

アルコールと煙草、そして人間の汗の匂いが重く沈殿し、

この場所がただの酒場ではないことを告げていた。

 

カウンター中央に座っているのは、ベイウォル・ブラザーズの次男――マイルズ。

 

黒いスーツに身を包み、煙草をくゆらせながら無言で通知を見つめていた。

卓上のグラスはほとんど減っていない。

彼が口をつけるより先に、周囲が彼の仕草一つに息を潜めていた。

 

『対象六名、第一高校。十文字克人・千葉エリカ含む。港方面へ移動中』

 

文字を読み終えると、マイルズは低く呟いた。

「……十師族か」

 

彼はグラスの縁を指でなぞる。

そのわずかな音に、近くの構成員は笑うのをやめ、視線を伏せた。

 

そのとき、扉が荒々しく開いた。

軋む蝶番の音と同時に、豪快な笑い声が店を揺らす。

 

「ハッハッハッ! 聞いたぞマイルズ! 十文字と千葉が来るんだとよ!」

 

現れたのは長男――ジャック。

 

大柄な体を揺らし、酒瓶を片手に掲げながら血走った目で拳を打ち鳴らす。

 

「上等だ! 奴らの血で床を染めてやる!」

 

その言葉に、店内の構成員たちが一斉に声を上げた。

「ジャック兄貴!」「やれやれ!」

 

グラスが打ち鳴らされ、床に酒が飛び散る。

誰もがジャックの乱暴な気性を知っていたが、煽られると抗えない。

 

だが、その熱狂は長くは続かなかった。

 

マイルズが煙草を深く吸い込み、灰皿に押し付けた。

火が消える小さな音だけで、笑い声が凍りつく。

 

残るのはジャズのトランペットだけ。

 

「……今回は暴れない」

 

低く抑えた声だったが、その一言で場は完全に支配された。

 

ジャックは一歩前に出て、弟を睨みつける。

「何だと!? 俺たちの街に足を突っ込んできたんだぞ!」

 

マイルズは返事を急がない。

 

グラスを持ち上げ、琥珀色の液体を揺らし、

口に含んでから静かに喉へ流し込む。

 

ただそれだけの動作が、兄の怒声を押し返した。

 

「……奴らはブランシュを追ってる。それで十分だ。

 俺たちの血を流す必要はない。

 十師族と、千葉家の門下生として大勢いる警察を敵に回すわけにはいかない。

 ただ、“ここは俺たちの島だ”と教えて帰す」

 

一拍置き、ジャックが問う。

「……じゃあ、ブランシュはどうするんだ?」

 

マイルズは薄く笑った。

「どう料理するかは俺が決める」

 

沈黙が落ち、誰も動かなかった。

その笑みが冗談ではないと、全員が理解していたからだ。

 

ジャックは舌打ちし、酒瓶をカウンターに叩きつける。

ガラスが甲高く鳴り、酒が飛び散る。

 

「……チッ、好きにしろよ」

 

だが、その瞳の奥には、弟が全員を従わせている現実への苛立ちと、

抗いきれない諦念が揺れていた。

 

そしてさらに奥底には――血を分けた弟だからこそ抱く、複雑な信頼が潜んでいた。

 

“あいつが言うなら間違いはない”

 

粗野な性格の裏で、ジャックはそう思っていた。

だからこそ口では反発しながらも、拳を振り上げることはしない。

怒声も暴力も、本気で弟にぶつけることは決してなかった。

 

マイルズは新しい煙草に火をつけ、深く紫煙を吐き出す。

その背中を見つめながら、ジャックは小さく鼻を鳴らした。

 

店内は再び沈黙に包まれ、煙草の煙とジャズの音色だけが残った。

 

その静けさは、嵐の前のそれに似ていた。




そろそろ達也達入れたい
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