ベイウォル・ブラザーズ   作:言うても

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6話

第一高校・夜 校門前

 

港から戻った六人は、ようやく学校の敷地に足を踏み入れた。

守られた静けさがあるはずなのに、胸の奥に残る重さは消えない。

夜風が頬を撫でても、港にこびりついた火薬と血のにおいは消えてくれなかった。

 

正門の灯りの下には七草真由美の姿があった。

「皆……!大丈夫だった? 残党はどうなったの?」

 

十文字は答えられず、唇を結んだまま俯いた。

代わりにエリカが吐き出す。

「……駄目だったわ」

 

沈黙が落ちる。

真由美の瞳が揺れ、拳が震える。

その一瞬で、結果は伝わった。

 

レオが壁に拳を叩きつける。

「クソッ……何もできなかった!」

 

「違う!」エリカが声を上げる。

「やらせてもらえなかったのよ!」

 

二人の言葉は交わらず、余計に胸を締めつけた。

 

深雪は達也の袖を掴み、震える声を漏らす。

「……あんなの、間違っています」

 

十文字は重く言葉を絞り出す。

「……俺たちでは、どうにもならなかった」

 

その場に再び沈黙が広がる。

 

達也だけが前を向き、冷静に告げた。

「……こちらから勝手に乗り込むのは愚策だった。

 相手の土俵で戦えば、潰されるのは当然だ。

 ――こちらには、交渉に使える材料すら用意できていなかった」

 

誰も言い返せなかった。

怒りも悔しさも、すべてが無力の前に散っていく。

 

校門前に漂う夜気は守られた静けさのはずなのに、

背後に置いてきた川崎の港のように重苦しく淀んでいた。

 

今回の任務は失敗だ。

 

 

その翌日。

達也達が敗北の余韻を抱えたまま日常へ戻ろうとしていた頃、

東京郊外の七草家では、まったく別の訪問者を迎える準備が整えられていた――。

 

---

 

七草家邸宅・門前

 

夜の郊外。湿り気を帯びた空気の中、七草家の鉄の門は無言で街を睥睨していた。

黒塗りの車が数台、静かに並ぶ。

ドアが開き、黒いスーツの男たちが一斉に降り立つ。その佇まいはまるで影が具現化したようで、門番の喉がごくりと鳴った。

 

煙草の匂いが風に乗り、灯りに照らされた白い煙が揺れる。

その中心に立つのは、ベイウォル・ブラザーズの次男――マイルズ。

 

彼が一歩前に出るだけで、背後の部下たちは黙って下がった。

「……ここから先は俺が行く」

 

低い声に逆らう者はいなかった。

マイルズは黒のダブルコートの裾を揺らし、フラットキャップを深く被ったまま門をくぐる。

その背中は孤独で重く、護衛を従えている時よりもなお威圧的だった。

門番は一言も発せず、その影が邸内へと消えるのをただ見送るしかなかった。

 

---

 

七草家邸宅・玄関

 

重厚な扉が開き、出迎えに現れたのは七草真由美。

深窓の令嬢らしい柔らかな微笑を浮かべながらも、指先はわずかに震えていた。

男が放つ圧力は、礼儀作法では拭えない。

 

「……七草真由美と申します。父に代わり、ご案内いたします」

 

マイルズは一瞥だけ送り、煙草をくわえたまま低く言う。

「案内を」

 

それだけで十分だった。

真由美は小さく頷き、踵を返す。

絨毯を踏む靴音が二重に響く――背後から、重く規則正しい音がついてくる。

それは心臓の鼓動に重なり、胸を圧迫するようだった。

 

恐ろしい。危険すぎる。

だが、その気配は耳に残り、消えてくれなかった。

 

---

 

七草家邸宅・応接室

 

分厚い扉の向こう、七草弘一が待っていた。

重厚な椅子に悠然と腰を下ろし、机上のグラスを軽く指で回している。

その琥珀色の揺らめきが、ランプの灯に映え、まるで沈殿した年月を物語っていた。

 

マイルズが腰を下ろすと、煙草に火をつける。

紫煙が立ち上り、部屋の空気がさらに濃くなる。

時計の針の音が重く響き、沈黙が伸びる。

 

「ようこそ。直にお越しとは、珍しいことだ」

弘一の声は低く、波紋を立てぬ水面のようだった。

 

マイルズは笑わず、吐き捨てるように言った。

「……東京から勝手に六人も動かしたな。

 俺たちの島に踏み込むなら、一言くらいあってしかるべきじゃないのか?」

 

弘一はグラスを傾け、氷が小さく鳴る。

「勘違いなさらぬように。あれは子供たちが勝手に動いただけだ。我々が指示したわけではない」

 

マイルズは鼻で笑い、灰を落とした。

「子供だろうが関係ねぇ。

 ――これまで七草家から回ってきた裏の仕事、俺たちが一つでも落としたことがあったか?

 議員秘書、渋谷の抗争、港の爆破未遂……全部、俺たちが片付けた。

 お前らが表で笑うために、俺たちが血を流してきた」

 

弘一の瞳が細まり、卓上に沈黙が落ちる。

返答の代わりに、グラスの縁を指で叩く音が一度だけ響いた。

 

マイルズは紫煙を吐きながらさらに言葉を重ねる。

「お前らの都合の悪い奴らを消してきたのは、俺たちだ。

 その代わり、見返りを受けてきた。

 ……違うか?」

 

弘一は目を閉じ、短く息を吐いた。

「違えたことはない。互いに約束を守ってきた。だからこそ今もこうして座っている」

 

マイルズは僅かに口元を歪めた。

だがその目は冷たく、揺らぎはない。

「ならいい。だが忘れるな。俺たちは下請けでも、飾りでもない」

 

弘一の唇に皮肉めいた笑みが浮かぶ。

「相変わらずだな。だが……その“やり方”があるからこそ、街は保たれているのだろう」

 

マイルズは答えず、煙草を灰皿に押し付け、立ち上がった。

「野蛮でも何でも、川崎は俺たちのものだ」

 

扉に手をかけたところで、背後から弘一の声が響いた。

「互いのルールは守ってほしい――それができるなら、これからも利は共有しよう」

 

マイルズは振り返らず、短く頷いた。

それだけで十分だった。

 

---

 

七草家邸宅・廊下

 

真由美が再び現れ、彼を玄関へと案内する。

二人の間に言葉はない。

ただ靴音と、紫煙の匂いが重く廊下に漂った。

 

その背中は孤独で、抗いがたい存在感を放っていた。

恐怖すら覚えるのに――目が離せなかった。

 

(……あの気配、胸に刺さって消えない)

 

玄関先でマイルズは振り返らず、闇へと歩み去った。

真由美は立ち尽くし、長く長くその影を追い続けていた。

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