九校戦・開会式 スタジアム
スタジアムを埋め尽くす観客の熱気が、夏の空気をさらに重くしていた。
巨大スクリーンには各校の校章が順に映し出され、そのたびに大きなどよめきが起こる。
入場ゲートから選手たちが整列し、競技服の色が並んで大きな帯のように会場を彩っていく。
場内アナウンスが響いた。
『――これより、全国魔法科高等学校親善魔法競技大会、開会式を開始します!』
観客席が一斉に揺れるような拍手に包まれた。
華やかな照明と音響に支えられ、式典は滞りなく進行していく。
「……間に合ったわね」
第一高校の列に並ぶ深雪が、息をついた。
移動中の小さなトラブルで遅れそうになったが、どうにか定刻に間に合ったのだ。
「よかった……もう少しで遅れるところだった」
ほのかは安堵の表情を浮かべながら、胸に手を当てて小さく笑った。
「観客の熱気がすごい」
しずくが淡々とした声で言う。
深雪は視線を前に向け、小さく息を整えた。
「少し緊張するわ」
やがて進行役のアナウンスが次の段に移った。
『続いて、本大会を支援してくださるスポンサーのご紹介に移ります!』
『――ベイヴォル・ブラザーズ社様!』
場内に大きな拍手が広がる。
スポットライトがVIP席を照らし、黒いスーツの男が立ち上がった。
マイルズ・ベイヴォル。
川崎の夜で対峙した相手の姿を目にした瞬間、深雪の呼吸が止まり、隣の達也の目がわずかに細められた。
「……あれがベイヴォル・ブラザーズ社の社長か」
観客席からそんな囁きがいくつも重なる。
「急成長中の企業だろ? 一代でここまで大きくしたって聞いたぞ」
「若いのにすごいカリスマ性だな……」
賞賛めいた声が周囲から漏れ、拍手と一緒に波のように広がっていく。
だが第一高校の列だけは、同じ音を別の響きとして聞いていた。
深雪の指先がわずかに震え、達也は表情を動かさぬまま視線を細める。
深雪はわずかに顔を傾け、しずくに小声で尋ねた。
「……しずく。あの方のこと、知ってる?」
「知ってる」
しずくは即答した。声色は淡々としている。
「ここ数年、九校戦の大口スポンサーになってる。社交界でも何度か顔を見たことがある」
「社交界で……」
深雪の眉がわずかに寄る。
「表の評判は完璧。黒い噂は少し聞く。」
しずくは声を潜めて言葉を続けた。
事件を知らないほのかは、周囲の拍手に合わせながら小さく囁く。
「でも……普通の企業の人にしか見えないよ」
達也は何も言わなかった。
ただ心の中で、その姿を「学生の舞台に立ち入ってはならない存在」として断じていた。
壇上に招かれたマイルズは、ゆったりと歩み出る。
マイクの前に立つと、穏やかな笑みを浮かべて一礼した。
「この晴れやかな舞台に立てることを、大変光栄に思います。
九校戦は、次代を担う若い魔法師たちが互いに技を競い、友情を育む場です。
その健全な精神を支える一助となれることを、我々ベイヴォル・ブラザーズ社の誇りといたします」
整った声がスピーカーを通じて響き渡り、観客席から再び拍手が湧き起こる。
「どうか皆さん、この大会を楽しんでください。
そして、未来を切り拓く力を、ここから示してほしい」
一語一語を区切るような調子。
抑揚の少ない声は、表向きには丁寧さを演出していた。
だが第一高校の列にいた者たちには、どこか冷えた響きとして届いていた。
深雪には、その笑みが整いすぎているように見えた。
一瞬だけ氷のような光が瞳に宿った気がして、背筋を強張らせる。
マイルズはもう一度丁寧に一礼し、壇上を下りていった。
拍手の波がスタジアムを包み込む。
だが第一高校の列にいる数名にとって、その言葉は祝福ではなく、不穏な余韻を伴うものだった。
本作では、原作と異なる展開や描写があります。
「達也の活躍が少ない?」と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、
達也たちとは別の場所で何かが動いている――
そう感じてもらえれば嬉しいです。
原作と違う部分については「もしこうだったら」というひとつの読み物として
気楽に楽しんでいただければ幸いです。