スマホを届けたら、ギャルに付きまとわれるらしい   作:匿名希望

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第3話 陽キャ=乾杯という風潮

 

 

 

 新田目さんに追いついたのは、大学の南門を出たところだった。

 そこには、自販機の前で腕組みしながら、缶とにらめっこしている彼女がいた。

 スマホを落して悩んでいると分かってみれば、彼女の表情に影がかかっているようにも見えてくる。

 

「……」

 

 大げさに聞こえるかもしれないが、俺はそう言う顔をよく知っていた。

 過去の幻影を振り払うように、俺は苦笑いを零す。

 そして、スマホをポケットから出して新田目さんへと近づいた。

 

「あの」

 

 勇気を振り絞って声をかけると、彼女は一瞬身を固くしてから、ぱちぱちと瞳を瞬かせながらこっちを向いた。

 

「およよ? なになに~、どしたと~?」

 

 気の抜けたような、けれど耳に残る明るい声。

 だが、その大きな目の奥に、ほんの一瞬だけ――小さな警戒の灯がちらりと走った気がした。

 

「これ、落とさなかった? さっきベンチで拾ったんだけど」

 

「スマホぉ……?」

 

 俺がスマホを差し出した瞬間、新田目さんの視線は素早くスマホへ走るのが見えた。

 そうして眺めること数秒。

 

「うっそ、マジぃ~!? やばっ、ガチで私のスマホじゃん!?」

 

 彼女は目をまん丸にしてスマホを受け取ると、胸へぎゅっと抱き寄せた。

 

「うぅ~……よかったぁ~! ホントありがと~! 昼休みから失くしてて、困ってたんだぁ……!」

 

 そう言って、およよよーと涙ぐむ彼女。

 そんな大げさな、と言いたいところだが、たしかにスマホを失くすのは大学生にとって死活問題だろう。

 連絡は取れないし、キャッシュレスの人間なら買い物だって出来ないかもしれない。

 他人事ながら、もし自分が届けていなかったらと想像すると、すこしだけ身震いする。

 

「とりあえず、理沙にスマホ見つかったって連絡しな――」

 

 そう言って、誰かに連絡を取ろうと、彼女がスマホの画面を立ち上げるため指をスワイプさせた時だった。

 

 不意にメッセージアプリを開こうとしていたのだろう指の動きが不自然に止まった。

 そして、なぜかゆっくりと俺の方を向く。

 

「ねぇ――」

 

 その声は、さっきまでの浮かれた調子ではなく、低く、確かめるような響き。

 

「――もしかしてスマホの中、見ちゃった?」

 

 一瞬、その言葉にどくりと心臓が脈打つ。

 脳裏によぎったのは、スマホを持った時、不可抗力にも見てしまった、新田目さんとそっくりの少女が、姉と思わしき人物と映った写真。

 

 それが彼女の中でどのような意味をしているのか分からないが、彼女はスマホを立ち上げたときに見えたのは、きっとそれだろう。

 つまり、俺に問いかけている内容も、「スマホの中を見たか」ではなく、「あの写真を見たか」という意味に違いなかった。

 

 本当なら、正直に「見た」と言うべきなのだろう。

 不可抗力とは言え、見てしまったものは見てしまったのだ。この場でアスファルトの地面に頭を打ち付け、記憶障害でも起こさない限りは、その事実は消えたりしない。

 

 しかし、頭より先に口が動いた。

 

「いや、見てないよ。さっきベンチで拾っただけだし」

 

 声は軽く繕ったつもりだが、どこか気まずい響きが混じる。

 

「……」

「……」

 

 新田目さんは俺の目を見つめること数秒、なにかを感じ取ったのか彼女は笑顔を咲かせた。

 

「そっか。ごめんね、変なこと聞いて!」

 

 彼女はそう言い、「っと、連絡連絡〜♪」と鼻歌交じりにスマホの操作を再開させた。

 

 これで、いいのだろう……。

 彼女のさっきの鋭い疑いの目が、脳裏に一瞬よみがえる。

 が、変に詮索することでもない。

 人に知られたくないものは、誰にだってある。

 当然、俺にも他人に踏み込んでは欲しくない領域がある。

 変に俺が彼女のスマホで覗いたものを公言しなければ、彼女のその隠したい部分は未来永劫だれかの耳に入ることでもない。

 黙っておけばいいだけだ。知らないと蓋をし、目を逸らせばいいだけだ。

 

 俺はそう思い新田目さんを再び見やれば、一件落着という風に件のスマホをスカートのポケットへとしまう彼女も、こちらを見た。

 

「と、そうだ! 大事なこと忘れるところだった!」

 

 スマホをしまった新田目さんが、なにかを思い出すようにぽんと手を打つ。

 そしてさっきまで睨んでいた自販機のディスプレイを指さしながら、そのふくよかな胸を張った。

 

「ふふん、助けてくれたお礼になんか奢っちゃる。好きなものを言っていいよ〜」

 

 やけに語尾が安定していないのは、彼女特有の喋り方なのだろう。

 くいくい、と自販機を指さしながら猫のような表情で笑う彼女を見て、俺はそう思った。

 

「いや、いいよ。別に当たり前のことをしただけ――」

「いやいや、ダメで~す! 人に助けてもらったお礼をする! それも社会として当たり前のことじゃない?」

 

 ね、と最後に首を傾げて微笑む新田目さん。

 

 うん。まぁ、かわいいという感想しか出てはこないのだが、正論で返されてしまった。

 ギャルは喧しかったり、相手を見下す嫌な女、という意見もちらほらと聞いていたが、彼女のまとう雰囲気はなんというかあれだ。大型犬ににている気がする。

 表情は猫っぽいくせに、性格は犬という、ある意味ではちぐはぐなのに最強の人種なのかもしれない。

 ギャルという人種とあまり絡んだことのない俺だが、おもったよりも彼女に対して忌避感を覚えることはなかった。

 

「それに、今朝の朝占いで私最下位だったんだよ? 最悪にツイてない日にスマホを落しちゃって、気分も下がりっぱなしだったけど、君のおかげでそれも回避できた。そういう意味じゃ、君は私にとってラッキーマンなわけ!」

「ラッキーマンって……俺は大宇宙神にでも就任するんですか、そうですか」

「んん? どゆ意味?」

「あー、ごめん。なんでもない」

 

 昔読んだ漫画の内容をうっかり口にしたら、新田目さんが不思議そうにこっちを見つめてきた。

 あんまり、そういうの読んでなさそうだもんな、この人。

 

「はぁ、分かったよ……じゃあ、これでいいかな?」

 

 根負けしたというか、なんというか……。

 俺はここで言い争いをしたところで、なにも生まないと思い、仕方なく無難な缶コーヒーを選ぶ。

 別に下心があって届けたわけじゃないんだけどな……気づけば、彼女のペースに完全に巻き込まれている気がした。

 

「オッケ~、缶コーヒーね~。えーと、110円と」

 

 彼女は「無糖なんて渋いねぇ」と笑いながら、さっそく小銭を入れてボタンを押す。

 続けて自分の分の飲み物も決まっていたのか、缶コーヒーの上の段にあるスポドリ缶のボタンも押した。

 

 がこんがこん、と連続して缶の落ちる音がする。

 それを屈んで取り出せば、ほい! と言って渡してきた。

 

「どーぞっ! お姉さんからのお礼だよぉ~。ありがため〜ありがため〜」

「これ、お礼なんだよね……」

「もち、あったりまえじゃん!」

 

 恩着せがましくしたいのか、お礼をしたいのかなんとも分かりづらい渡し方である。

 俺は言われた通り、ありがたみながら差し出された缶コーヒーを受け取った。自販機のなかでキンキンに冷やされていたのか、表面には水滴がついている。

 

「ありがと、奢ってくれて」

「いえいえ。こっちこそ助かった側だぞ~」

 

 すると彼女は、自分のスポドリ缶のプルタブを開けて掲げた。

 

「それじゃあ~! 斎くんの労いと、スマホちゃんとの再会。朝占いの結果回避と、それに今日も大学疲れました~ってことで!!」

 

 彼女が俺の手にある缶をちらちらと見てくる。

 さっさと開けろ、ということなのだろうか?

 目線に促されるまま、俺は缶コーヒーのプルタブを開けた。

 すると、彼女が満足げに「うんうん」とうなずく。

 どうやら、当たりだったらしい。

 

「かんぱ~いっ☆」

「か、乾杯」

 

 かこん、缶と缶を触れ合わせる。

 何だかよくわからないが、ひとまず乾杯をさせられたらしい。

 俺がごくりと一口で飲むのをやめたのとは違い、新田目さんはごくごくとスポドリの缶を呷っていた。

 

「ぷはぁ~、生き返るぅ! 夏といったらポッカリ! ポッカリといったら夏! やっぱ、これがないとだよね~!」

「んな、夏の季語みたいな」

「ポッカリは十分、夏の季語だよ斎くん! ミセスとかサザンに並ぶ夏の代名詞! 知らないの!?」

 

 そうなのか、全然知らなかった。

 すごいなポッカリ。ミリオン達成するミュージシャンたちと肩を並べられるくらいの知名度だったのか、ポッカリ。

 

 と、俺がしみじみポッカリの凄さに感心していると。

 

「って、やっばぁ!!!」

 

 急に新田目さんが大きい声をあげた。

 

「どうしたんだ?」

「もう、市バス来ちゃう! 乗り遅れたら、1時間は来ないあのバスが!」

「お、おう」

 

 丁寧に、いかにこの街のダイヤルが終わっているのかまで説明された。

 まぁ、田舎のほうだもんな、ここ。

 

「ごめん、私もう行くね! また明日、話そ!」

「おう――――ん? 明日?」

「じゃあね、マジありがと〜! 君も気をつけて帰るんだぞ~!!」

 

 最後になんだかよく分からないことを言ったまま、新田目さんはとたとたと走り去っていく。

 俺はそれをぽかんとした表情で見つめながら、通路でぼっ立ちする変な奴になっていた。

 

「明日……明日? 何の話するんだ……?」

 

 特にこれといって思い当たることはない。

 スマホを拾って届けた。それでお礼も今してもらった。

 これ以上のなにがあるというのか。

 

 俺は走り去った彼女の後姿を思い出しながら呟く。

 

 それにしても。

 

「……名前、知ってたんだな」

 

 名乗った記憶はないのに、彼女は俺の姓が斎であることを知っていた。

 たぶん、同じ学部生の男は皆名前を知っているのかもしれない。

 もしかしたら、ギャルではなくビッチ……いいや、それはあんまりないとは思う。

 

 でも、話したこともない他人の名前をきちんと覚えているとは、意外にもマメな女の子なのだろう。

 あの顔面偏差値で明るい彼女に名前を呼ばれれば、そりゃ勘違いする男も続出してしまうわけだ。

 

「陽キャって、乾杯に色んな意味を詰めないと、死んでしまうのかなぁ~……」

 

 俺はひとりで踵を返しながら、貰ったコーヒーをごくりと飲む。

 新田目さんが使う市バスとは違い、大学内にある学生用のバス乗り場に向かう俺。

 ひぐらしの合唱を聞きながら、ふとそんな益体もない感想を漏らすのだった。

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