巨大な脚で舗装が抉れた道路を悠々と闊歩する。その姿からは自身が絶対的な存在であると見るものに恐怖と畏敬の念を植え付ける。
絶対的な存在であるから故、その威厳と余裕は留まることを知らない。
それが、『ドラゴン』である。
彼は周囲を見渡し、危険が無いことを確かめるとその場で身体を丸め、堂々と昼寝を始めた。
それも、ドラゴンだと言う絶対的な自信の表れから来る行動だろう。
そんな時、道路の瓦礫の裏でドラゴンの動向を見張っている男がいた。
「火も吐けねえ、ただデカいだけのトカゲだ。
…俺の能力でやるには、ちょうどいい。」
男は手に持った双眼鏡を覗きながら呟いた。
「あれでトカゲ…ですって?あれは巨大なドラゴンですよ?」
「別に間違っちゃいないさ。」
男は慌てる男を宥めるように伝えると、慌てる男は少し細い目で男を見つめた。その目には心配と疑問が宿っている。
「あのドラゴンを駆除してくれる、というのは本当に感謝しています。貴方への依頼料は協会の物と比べて安価でしたし…。ですが、そんな軽装で本当にドラゴンを駆除できるのですか?…ザクロさん。」
ザクロと呼ばれた男はその話を聞くと、腰に掛けた短剣を鞘から抜く。
「大丈夫だ。ここで待っててくれ、出来るだけ早く終わらせる。」
「頼みましたよ…。あなただけが最後の希望なんです。」
そう言うとザクロは低い姿勢を維持したまま、瓦礫の影に隠れるようにしてドラゴンの元へと向かう。
依頼人の男はその様子を瓦礫の裏から顔を少し出して見守っていた。
ドラゴンとの距離が5m程になった。ザクロはまたも瓦礫の裏で息を潜めている。
(次にヤツが息を吸った時…その時が勝負だ。)
ザクロは着けている黒い手袋を外すと、短剣の刃を力強く握りしめた。
もちろん、その手からはじわりと血が滲んでくる。しかし、その血は赤黒く濁っていた。
ザクロが壁から少し顔を出して標的を確認しようとすると、突如として強風が吹き付け、ザクロの顔の横を何かが通り過ぎて行った。
見ると、気持ちよさそうに眠っているドラゴンからその風は吹き出していた。
ドラゴンの呼吸で周りの木から枝が折れて飛んできたのである。
呼吸という強風が過ぎ去ると、ドラゴンの胸部がゆっくりと膨張していくのが見える。息を吸い込んでいる合図だ。
(今しかない…!)
ザクロは瓦礫の裏から飛び出すと、ドラゴンに吸い込まれる空気によって加速する。その勢いのままドラゴンの元へと走り出し、その首元目掛けて両手で短剣を突き刺した。
その瞬間、天を割るほどの咆哮が辺り一面の空気を震わせる。離れた場所にいる商人の男も、思わず「うわぁっ!」と声を漏らす程であった。
そんな咆哮の中ザクロは暴れ回るドラゴンの首にしがみつくと、傷口を広げるべく短剣を力任せに下に押し込んだ。
ブチブチという音と共に肉が千切れると、ドラゴンの体がビクリと震えて一際大きな咆哮を上げた。するとドラゴンが翼をはためかせ始める。
「逃げる気かッ…!」
瞬間で空へ飛び上がっていくドラゴン。あまりに激しく首を動かしたためザクロは必死の抵抗も虚しくドラゴンの首から振り落とされてしまった。
「…ペッ!」
振り落とされる瞬間、ザクロは切り開かれたドラゴンの首に唾を吐くことしかできなかった。
「うおぉああぁーッ!」
ドラゴンから振り落とされたザクロは叫び声を上げながらもなんとか受け身を取り、地面との衝突を避けた。
「はぁ…あっぶねぇ…」
「あっぶねえ、じゃないんですよ!!」
血に濡れた短剣を拭っていると、依頼主の男がザクロに怒号を浴びせた。その顔は絶望と怒りに染まっていた。
「あのドラゴンを討伐しないと私が開拓した物流経路が使えなくなってしまうんです!」
男は目を見開いてザクロに詰め寄った、ザクロはようやく合点が言ったという表情を見せると、申し訳なさそうに男に話しかけた。
「あんた商人だったのか…先に聞いておけばよかったよ。俺の狩ったドラゴンの肉は売れないんだ。」
「あなた何を言って…!そもそも逃げちゃってるじゃないですか!ドラゴン!見てください…!」
ザクロは商人の男の指差す先を一瞥すると、「大丈夫」とだけ先に伝えて商人に話を続けた。
「あんた、
「ええ…まあ、私は元々、
「なるほど、俺に依頼を頼んだ理由も頷けるって事だ。…あのドラゴンを見な、そろそろ効いてくるから。」
「効く?あなた何言って…」
ザクロがそう言った瞬間、飛んでいたドラゴンがバランスを崩し、苦しそうな声を上げた後回転しながら墜落した。
すぐさま商人はドラゴンに駆け寄ると、落ちていた棒でドラゴンをつつく。
「本当に…死んでいるのですか?寝ているとかではなく?」
「ああ、自分の能力だ。保証する。…さて、とりあえず座ってくれ。説明がてら話でもしよう。」
ザクロは近くにあった手頃な岩に商人を座らせると、どこかに連絡をして向かい合った。
「…俺の能力は、倒したヤツの体に毒を残す。だから肉も皮も、骨までも使えねえ。だから俺の依頼は安価なんだ。…あんたの物流経路は確保できたが、駆除したヤツの買取は…知ったこっちゃねえ、って協会は言うだろうな」
商人は頷きながらその話を聞いていた。何か頭を捻って考えているようにも見える。
そんな中、車のエンジン音が聞こえてくる。
数分もせずに武装した大きな車が近づいてくると、中から数十人の防護服を着た職員たちが降りてきた。
ザクロは彼らの前に向かうと「ご苦労様です。」と声をかける。しかし彼らはそんなザクロを見向きもせずにテキパキとドラゴンを運び出し、車の上部の台に括り付けた。
「協会の職員ですか?そのドラゴンは一体どうされるのですか?」
商人は職員に質問をする、すると職員は淡白に答えた。
「何も。ただ残す訳にも行きませんし、燃やすだけですよ。はぁ、有毒ガスの処理もしないと…。」
そう言い残すと職員はさっさと車に乗りこみ、急いで車を走らせて去っていった。
商人はザクロを気の毒そうに見つめると、ごそごそとポケットを漁って十数枚の紙幣を取り出した。そしてそれをザクロに差し出した。
「ザクロさん、私はとても感謝していますよ。何しろ越してきたばかりで協会に頼める程のお金を持ち合わせていなかったので。ほんの気持ちですが、受け取ってください。」
ザクロは差し出された紙幣を受け取って数えると、商人に数枚の紙幣を取り除き、それを商人に返す。
「あんた、札の枚数数え間違えてるぜ。」
「いいのです。もともと適正価格ではないのでしょう。それに、少し頭を捻る必要も出て来ましたので…ね。」
ザクロはよくわからないと言った顔をしたが、紙幣をまとめ直して自分の懐にしまい込んだ。
「ありがとう、あんたの商売が上手くいく事を祈ってるよ。」
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ザクロは商人を送り届けると、ある場所へと足を運んだ。数十分歩き続けると、重厚に響く鐘の音がザクロを出迎えた。
開けっ放しになっている門をくぐると、桃色の髪のシスターが地面に横たわっていた。大勢の子供達に囲まれて、花を添えられている。
その手には酒瓶を握って。
その様子にザクロは吹き出しそうになっていると、子供たちの1人が彼に気がついた。
「あ!ザクロ兄ちゃん、おかえり!」
その言葉を皮切りに、子供たちがザクロに駆け寄って行く。
「ただいま。本当に危ないから俺には近寄るなって、いつも言ってるだろ?それと…そんなことして遊んでたら入ってきた人がビビるだろ…?花添えたらもう死んでる扱いと同じなんだわ…。」
「だってラズ姉ちゃん絵本読んでる最中に寝ちゃったんだもん!揺さぶっても、顔にてんとう虫乗っけても起きないんだ!」
ザクロは寝ている『ラズ』と言うシスターに近寄ると、落ちていた棒でペチペチと頬を叩いた。すこし表情が歪んだかと思うと、ぱちりと目を開けた。
「…うーん。あれ、ザクロ?いつの間に帰ってきてたんだ〜。」
「ついさっきだ。…うっわ、酒臭ぇ…。」
「くさい〜?レディに向かってそんなこと言ったら殺されちゃうよ〜?」
ラズは髪に刺さっていた棒を引き抜くとザクロの胸にぐりぐりと押し込んだ。ザクロはそれを取り上げると再び髪に差し込んだ。
「いやまぁ、それはそうなんだけども。まあいいや、そんな事より…そろそろ授業の時間だろ?そんな調子で授業出来るのか?」
「ん〜?大丈夫大丈夫〜、今日は難しいことは言わないから〜。」
「一応俺も後ろの方で見ておくからな…。」
「はいはーい。チビたち〜、今日の授業の時間だよ〜!集まれ〜!」
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「はーい、じゃあ授業始めるよ〜。今日は『この世界について』だよ〜。」
子供たちはチャーチチェアに並んで座って、ラズの言葉に耳を傾けている。
「まずこの世界には4つの大陸があるのは知ってるかな〜?」
その問いに数人の子供たちが勢いよく手を挙げて、指名されるまもなく話し始めた。
「俺の父ちゃんは、
「私のお姉ちゃんは、
「俺は今日
ラズは子供たちとザクロの答えを聞くと、うんうんと頷いて黒板に大陸の絵を描き始めた。
「ザクロくんは黙ろうね〜。うんうん、みんなよく知ってるね〜。みんなが言ってくれた様に、右上にある浮上大陸、左上にある砂状大陸、右下にある雨過大陸、左下にある寒河大陸があるんだよ〜。大陸は繋がってる訳じゃなくてね〜、大陸を分ける大きな海があるんだ〜。」
「うみー!?」
「わたし海行ってみたい!」
子供たちが目を輝かせているが、ラズは苦笑いで返した。ザクロも頭を抱えてため息を吐く。
「海はダメなのよね〜、海にもこわーいドラゴンがたくさん居るのよ〜。」
「ドラゴンなら、ザクロ兄ちゃんが全部やっつけてくれるんだよ!」
「そうだよ!今日だってザクロ兄ちゃんはドラゴンをぶっ倒して来たんだよ!」
「あらあら〜。すごいね〜、ザクロお兄ちゃ〜ん。」
ラズは嬉しそうにニコニコ笑顔を見せている。
ザクロはバツが悪そうに頭をかいている。
「でもさすがのザクロでも無理だね〜。じゃあ次は強いザクロ兄ちゃんの…能力者についてのお話をしよっか〜。」
ラズは黒板に棒人間を書くと、それにザクロと名前を書いた。そしてドクロのマークを付け足す。
「私よく言ってるよね〜、ザクロ兄ちゃんには絶対に触らないように〜って。」
「私知ってるよ!ザクロ兄ちゃんには危ない毒があるんでしょ!」
「そうね〜、ザクロは毒の能力者だからつよーい毒を持っているのよ〜。みんなもしかしたらお腹壊しちゃうかもしれないから絶対に近づいたらダメよ〜。」
「なんでー?」
「能力者ってのはね〜?基本的に能力が制御出来ないの〜?ザクロの場合はね、汗も血も毒になっちゃうから〜。…ザクロ〜、あなたの能力っていつから使えるようになったんだっけ〜?」
「…俺が12歳くらいの時からだ。」
「へー、私たちより年上のときだったんだ。じゃあラズ姉ちゃんは何か能力があるの〜?」
「え〜?私〜?お酒〜★」
「はぁ…。聖職者がそれでいいのか?神さんが見放してしまうんじゃねえの?」
「ラズ姉ちゃん、嘘ついたらダメだよ?」
「神様なら許してくれるでしょ〜?…それじゃあ、早いけど今日の授業は終わり〜。ザクロは私と買い出しに行くよ〜。」
「はいはい、報酬も入ったからいいドラゴン肉でも買いに行こうぜ。」
「じゃあ行きましょ〜?ちび共〜、大人しく待ってるのよ〜。」
ラズはザクロの手を引っ張って外に駆け出した。
「ちょっと待ってくれ、今報酬を移し替えるから…あだっ。」
ザクロが報酬の紙幣を取り出して数えていると、突然耳を引っ張られた。
「痛えじゃねえかラズ!急に何考えてる…!?」
ラズは変わらず酩酊状態にある笑顔のままだったが、その目だけはしっかりとザクロを捉えていた。
「ねえザクロ、蒼炎のドラゴンの話。知ってる〜?」
現実的な観点で言うとザクロのやってることはA5ランクの和牛を無駄にしてる感覚に近い。