FE風花雪月 神謀の黄金卿   作:伝説の超三毛猫

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今回は、ゴーティエ家督騒動の回。
ここにも、生き残るためのヒントは転がってます。
……まぁ、それが金のなる木になることもあるけど。



「アイツは神に祈る代わりに、天秤を動かして運命を書き換えた。……悪魔の生まれ変わりかって? いや、もっと質が悪い。ただの『人間』さ」
――シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエ(帝国歴1160~帝国歴1227)


12.経済侵略

 ガルグ=マク大修道院の訓練場。

 その隅にある影の濃い一角で、バラキエルは一人、弓の調整を行う女性に声をかけていた。

 

「シャミアさん、休憩ですか。よろしければ、お時間いただいても?」

「あぁ、バラキエルか。…その手に持っているものは?」

「商会で開発中の携行食です。味と食感の改良に力を入れたのですが…実際に食べてレビューを頂きたいと思っておりまして」

「……毒見役なら他にいくらでもいるだろうに」

 

 冷淡な声で応じながらも、シャミアは差し出された包みを受け取った。

 彼女はバラキエルの「商談」という名の情報収集を嫌っていない。むしろ、余計な建前を抜きにした彼の合理性を、傭兵上がりの彼女は評価していた。

 

 バラキエルの「毒見役とは人聞きの悪い」という言葉を聞きつつ、シャミアが手に取ったのは、ビンに詰められた果実のようであった。

 

「これは?」

「レモンの蜜漬けです。真空処理を施して長期保存ができるようにしたものです。ぜひ、一口」

「……ふむ、少々甘ったるいが…悪くない。少なくとも干し肉と乾パンだけよりはマシになるだろうな」

「従軍者の食糧事情は改善が見込めると思います。歯茎などから血が出たり、出血の直りが遅かったり全身が怠いという症状に心当たりは?」

「……やけに詳しいな。従軍の経験でもあるのか?」

「配下に従軍経験のある騎士がおりまして。そのような症状に悩まされておりました。新鮮な野菜や果物を食べれば立ちどころに治ったとも」

「ほう」

 

 バラキエルが行ったのは、壊血病の予防である。

 将来、戦争が起こると知っている彼にとっては、兵士たちの士気は勝敗だけでなく己の生死にも関わる。戦う前に病気―――と言う名の栄養失調で戦いどころではありませんでした、など絶対に避けたい事態だ。

 このような、投資と言う名の情報交換や雑談ができるほど、バラキエルとシャミアの関係は確かなものになっていた。

 

「ところで、シャミアさん。ここのところ、騎士団の動きが慌ただしいですね。西方教会の件ですか?」

「察しがいいな。実は、カトリーヌをはじめ本隊の多くは西方教会の残党狩りへ回されたんだ。おかげで、北のコナン塔を占拠した賊の討伐まで手が回らない。残った教団兵たちが愚痴をこぼしていたぞ」

「コナン塔……ゴーティエ辺境伯領ですね。賊の首領は、廃嫡された嫡男マイクランだと聞きます」

「ああ。だが、ただの賊じゃない。奴は破裂の槍を持ち出した。紋章のない賊の手に英雄の遺産が渡ったと、大騒ぎになっている」

 

 シャミアの言葉に、バラキエルは内心で「やはり原作通り我々が動くことになるか」と確信を得た。

 兵力不足を理由に、金鹿の学級が駆り出されるのは必然。ならば、その場を有効活用し、有利に物事を進めるまでだ。

 ―――数日後。ゴーティエ領へと向かう雪混じりの進軍路。隣を歩くシルヴァンは、いつもの軽薄な笑みを消し、遠く北の空を眺めていた。

 

「悪いね、先生。バラキエルも、金鹿の学級の皆も。俺の家の不始末に、他学級のあんたまで巻き込んじまって」

「大丈夫だ、シルヴァン」

「私の方もお気になさらず。これも投資です。それに、シルヴァンさん……あなたの家は北方のスレン族の防衛を担っていると聞きますし、突破されては我が同盟領にも悪影響は出ましょう。持ちつ持たれつ、というやつです」

「冷たいねぇバラキエルは」

「慰める役割は、他の女子に頼まれては?」

「もう話したよ。でも、リシテアちゃんにもレオニーちゃんにもマリアンヌちゃんにもヒルダちゃんにも、テキトーにあしらわれてさぁ」

「相変わらずですね」

 

 バラキエルはシルヴァンの軽口に、あえて事務的に返した。彼が女好きだから男に慰められても…という部分もあるが。それ以上に、今の彼にとっては下手な慰めなど毒でしかない。

 

「……兄上は、昔っからどうしようもないやつでさ。いっつも俺が尻拭いをされた。今回の件だってそうさ」

()()()()()()()()、お嫌いですか?」

「怖い事聞くなぁ、あんた。………でも、分からねぇんだよ。俺に紋章なんて出なけりゃよかったのかもな」

 

 不意に漏れたシルヴァンの本音。雪の降る音に消えそうなその言葉に、バラキエルは足を止めずに答えた。

 

「…その辺は、この件を済ませてからじっくり考えてみてはいかがでしょう?」

 

 バラキエルにとって、紋章に人生を振り回されるなど愚の骨頂だ。

 その価値観こそが、この歪んだフォドラを矯正し、愛する者を救済する未来にまた一歩進めると信じて、彼は雪を踏みしめた。

 

 

 コナン塔の攻略戦。

 バラキエルがイグナーツに持たせた改良型クロスボウが、長距離から敵の出鼻を挫き、一行は順調に塔を登っていく。そして最上階。

 『破裂の槍』を振るうマイクランは、ベレトやローレンツ、シルヴァンの連携によって追い詰められた。

 

「くそっ、なんでだ……なんで俺じゃねえんだよぉぉ!!」

 

 絶叫と共に、槍が脈動を始める。マイクランの身体から黒い煙が噴き出し、骨格が異形へと歪んでいく。

 

「あ、ああああっ!?」

 

 次の瞬間、そこにいたのは人間ではなく、巨大な『黒き獣』だった。

 

 動揺が走る戦場。見境なく暴れだす黒い獣に、先程まで彼に従っていた賊たちは蹴散らされ、踏みつぶされ、恐怖に慄いて散らばっていく。

 バラキエルは、震えるリシテアの前に立ち、冷徹な事実を告げる。

 

「あれが、紋章を持たない人間が英雄の遺産を使おうとした結果です」

「ど、どうにかならないのですか!?」

「戻る術は私も知りません。ひとまず…彼を、解き放ってやることが慈悲かと」

「でも……!」

「大丈夫。貴女は一人ではありません。先生も、仲間たちもいる。私も微力ながら助太刀しましょう」

 

 ベレトの天帝の剣が獣の装甲を砕き、ローレンツとヒルダが側面を突く。イグナーツとクロードの矢が降り注ぐ中、リシテアはマリアンヌと共に渾身の魔法を放った。

 

「これで……終わりです!」

 

 閃光が奔り、黒き獣が崩れ落ちる。遺骸はマイクランの姿に戻っていたが、既に息絶えていた。

 戦後、『破裂の槍』と亡骸の前で立ち尽くすシルヴァンに、バラキエルは静かに呟いた。

 

「一体なぜ、紋章があるだけでこうも差が生まれるんでしょうね」

 

 それは、シルヴァンが人知れず抱えていた闇であり、それと同時に、バラキエルの本音でもあった。

 

 

 

 

 コナン塔の戦火が収まり、主を失った『破裂の槍』が教団へと回収された数日後。

 バラキエルはガルグ=マクへ戻る本隊から離れ、単身ゴーティエ辺境伯の居城へと向かっていた。

 

 そこに座していたのは、「氷壁」の渾名に相応しい威圧感を放つ男、マティアス=ラウル=ゴーティエ。最愛の妻をスレンの襲撃で失い、長子を自らの手で廃嫡したその瞳は、凍てつく冬の海のように冷徹だった。

 

「アルビレオ商会の小僧か。(せがれ)を助けた礼なら言葉で十分だ。我が領地に商売の種など転がっておらんぞ」

 

 マティアスは、バラキエルが差し出した書状を一瞥もせず、突き放すように言った。だが、バラキエルは不敵な笑みを崩さない。

 

「礼を言いに来たのではありません、辺境伯。私は貴方に、『剣を使わずにスレンを屈服させる方法』の提案に参った次第です」

 

 バラキエルは、ゴーティエ家とスレン族の凄惨な戦史をあえて踏みにじるように、冷徹な経済論を並べ立てた。

 

「私はスレンと仲良くしろなどと、そんな非合理なことは申しません。飢えた狼は家畜を襲いますが、餌を与えられた犬は主の顔色を伺う。私が提案するのは、スレンの『管理』です」

 

 バラキエルの言葉に、マティアスは鼻で笑い、机を拳で叩いた。

 

「管理だと? 笑わせるな。スレンに交易をする脳があると思うのか。奴等は蛮族だぞ」

「蛮族…」

「恩を仇で返し、言葉も通じぬ……野獣同然の輩だ。お前のような温室育ちの商人が考えるほど、話の通じる相手ではない」

 

 マティアスの瞳には、長年最前線で戦ってきた者特有の、異民族への諦観と軽蔑が満ちていた。

 マティアスによる対話の試みもあったが、侵略者に知恵を与えるだけで逆効果だった、という話は既に知識だけでなく、事実としてバラキエルも把握していた。

 ゆえに、バラキエルは涼しい顔で肩をすくめる。

 

「会話の余地さえない蛮族、ですか―――——だからこそ、良いのですよ。辺境伯」

「な…?」

「彼らに高度な文明や知能がないのなら、騙して搾取するのが容易いというだけの話です。彼らは誇りや条約は理解せずとも、『空腹』と『寒さ』は理解します」

「……」

「彼らが欲するのは、我々のような高尚な文化ではなく、今日のパンと明日の暖です。ならば、クズ野菜や古着を高値で売りつけ、彼らの持つ純度の高い鉱石と交換させる。知恵ある人間相手なら詐欺と言われるような不平等条約も、彼ら相手なら『慈悲深い取引』として成立する。……違いますか?」

 

 バラキエルは、マティアスの「差別意識」を否定せず、むしろそれを肯定した上で商売の道具へと転換させた。

 人として対等に見るから腹が立つのだ。家畜や労働力として見れば、これほど御しやすい相手はいない。その冷徹な論理に、マティアスは毒気を抜かれたように押し黙る。

 バラキエルは好機と見て、スレン領の気候変動と収穫量の推計データが記された羊皮紙を広げた。

 

「奴らが冬に襲撃してくる理由は一つ、飢えを凌ぐためです。ならば、我が商会が余剰農産物を買い取り、彼らに供給しましょう。ただし、対価として彼らが持つ『希少鉱石』や『北海の毛皮』を法外な安値で吐き出させる。奪うよりも買う方が安定して食えることを覚え込ませれば、彼らは戦わずして我が商会の『経済的支配下』に置かれます」

 

 マティアスが眉を動かす。バラキエルはさらに畳みかけた。

 

「辺境伯、毎年の防衛費用と兵士の損耗率をこの帳簿と見比べてください。取引による平和維持は、軍事予算を今の三割まで削減できる。浮いた金で領地を肥やせば、スレンなど敵ではなく、ただの『安い労働力』に成り下がるのです」

 

 バラキエルの提案は、単なる平和維持に留まらなかった。彼は懐からフォドラ全土、そして未踏の北海を含んだ海図を取り出した。

 

「ゴーティエ領はフォドラの北端、物流の終着点だと思っていませんか? それは間違いです。スレンの土地を中継点にできれば、そこはパルミラ東方、さらには未開の北海へと繋がる『不凍港』の拠点となり得ます」

 

 マティアスの瞳に、軍人ではなく「領主」としての鋭い色が宿る。

 

「スレンの血を引く者たちの上を、商船が通るというのか」

「左様。ゴーティエ家がこの北の玄関口の通行税を握れば、王国内での発言力はファーガス王家をも凌ぐものになる。前妻を奪った憎き連中を、ゴーティエ家の再興と富のための『踏み台』にしてやる。これ以上の復讐があるでしょうか?」

 

 マティアスは沈黙した。復讐という言葉に込められたバラキエルの毒が、彼の心の氷を確実に溶かしていく。

 そして最後に、バラキエルは最も深く、残酷な楔を打ち込んだ。

 

「……辺境伯、私は見てきましたよ。マイクランさんが化け物へと成り果てた、あの凄惨な最期を」

 

 部屋の空気が一瞬で凍りついたが、バラキエルは怯まない。

 

「紋章に頼り、力のみで北を守るという『氷壁』の限界があの姿です。卿がこのまま旧態依然とした盾であり続ければ、いつかシルヴァンさんもまた、紋章という重圧と家名の責任に押し潰され、同じ末路を辿るでしょう」

 

 バラキエルはマティアスの瞳を真っ向から見据え、最後通牒を突きつけた。

 

「私との取引は、ゴーティエ家の血筋を、呪われた運命から解き放つための唯一の手段です。紋章などなくても豊かになれる。それを証明することが、シルヴァンさんを守ることに繋がると思いませんか?」

 

 長い沈黙の後、マティアスは重々しく口を開いた。

 

「……完全に信じたわけではないからな。だが、アルビレオの。お前の提示した『計算式』には、一考の価値があるようだ」

 

 マティアスは立ち上がり、バラキエルが差し出した契約書に、ゴーティエ家の印章を押した。

 マティアスからすれば、バラキエルが怪しい動きをしたり、商売が赤字に傾いた時点で切り捨てる気満々であった。印章を取り出したのも、自分ならそれがすぐに可能だからに過ぎない。そして、スレン族の襲撃の対処ではアルビレオ家を使い潰す気でもあった。ファーガスの騎士らしい、誠実な対応である。

 しかしそれは、間違いなくフォドラ北方の歴史が塗り替わった瞬間でもあった。

 

 

 

 それから、時は流れ、アドラステア帝国によって戦争が始まってから数ヶ月後――。

 

 雪深いゴーティエ領の国境付近で、奇妙な光景が見られるようになった。

 武装したスレン族の集団が、ゴーティエ家の旗を掲げた馬車を取り囲んでいる。だが、そこに殺気はない。

 彼らは武器を下ろし、馬車から降ろされる「岩塩」や「乾燥野菜」に群がり、代わりに自分たちが狩った貴重な魔獣の毛皮や、スレン地方特有の魔石を次々と放り投げていく。

 本来ならば血で血を洗うはずだった冬。しかしその年、ゴーティエ領への襲撃件数は、有史以来初めて『ゼロ』を記録した。

 

 誰もが……マティアスでさえ、上手くいくわけがないと断じた、スレンとの交易。

 

 なぜ、バラキエルだけが上手くいったのか。

 

 理由は単純にして、あまりに非情なものだった。

 

 歴代の領主たちは、スレンを「討伐」するか、あるいは人道的に「教化」しようとした。だがバラキエルは、そのどちらも選ばなかった。

 

 彼が行ったのは、「経済的依存による去勢」である。

 バラキエルが輸出したのは、ただの食料ではない。意図的に味付けを濃くした加工食品や、一度味わえば戻れない嗜好品…………彼らの自給自足能力を奪うための「安すぎる生活必需品」だった。

 

 略奪のために命を懸けて山を越えるよりも、そこら辺に転がっている鉱石(石ころ)を渡せば美味い飯が食える。美味い料理のための塩や香辛料が手に入る。美味い酒が飲める。見たこともない、便利な道具が手に入る。

 

 人間は本来、怠惰な生き物だ。

 奪うよりも楽な道が見つかれば……それに、飛びつかずにはいられない。

 好戦的で、会話が通じず、恐ろしい悪魔のような存在と恐れられたスレン族も―――冷えた胃袋を持つ以上、本能には逆らえなかった。

 飢えた狼は、満腹した豚になったのだ。

 それを成し遂げたのは、聖人の祈りでも騎士の剣でもなく、一人の転生者が持ち込んだ、悪魔的なまでの経済侵略だった。

 




え、「ただ無防備に荷馬車を出しても、交渉の前に全滅させられて終わりだろ」って?
確かにそうですが、大丈夫です。そこの対抗策も考えています。
スレン族にとって、最も嫌なのは反撃にあって仲間が傷つくことだけではなく、「骨折り損のくたびれ儲け」になることです。

なぁに、最初から取引ができるとは思っていません^^

バラキエル「私が誰をスカウトするか知りたいですか?…賭けてみるのはいかがでしょう?まぁ使える人間は、誰でも使いますがね」

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