FE風花雪月 神謀の黄金卿   作:伝説の超三毛猫

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フレン救出です。
これはあまり関係ない話なんですが、バラキエルって検索すると天使が出てくるらしい。
別々の書物で天使、または堕天使と解釈されています。
時代やグループによって、「バラキエル」にかけられた名前の意味が違ったらしいです。


16.深淵と大人の責任

 修道院の夜は、普段よりずっと重かった。

 聖霊祭の飾りつけが施された回廊も、今夜ばかりは誰も通らない。

 

 フレンの失踪から一夜。フレンの捜索は、思っていたよりも難航していた。大規模な数で手がかりは細く、進展は遅い。

 バラキエルは資料室の隅で、羊皮紙を広げたまま頭を抱えていた。蝋燭の火が揺れるたびに、書き込まれた数字と地名が歪んで見える。

 彼は、答えを言うか否か迷っていた。

 この度のフレンの拉致、犯人は死神騎士ことイエリッツァで確定だろう。

 

「まだいたのか」

 

 扉が開く音もなく、クロードが椅子を引いて向かいに座った。手には林檎を一つ持っている。

 

「クロードさんこそ」

「俺は夜型でね。……で、何か見えてきたか」

 

 バラキエルは羊皮紙を裏返した。習慣だ。誰に見られても困らない内容だが、見せる必要もない。

 

「ベルグリーズとエーギルの動きは、単独では説明がつきません。ただ、アランデル公領を経由している輸送ルートとの接点を重ねると……」

「絵が繋がってくる、か」

「残念ながらフレンさんの誘拐の件は見えてきませんが」

 

 クロードは林檎を一口齧り、バラキエルをまっすぐに見た。

 

「なあ、一つ聞いていいか」

「どうぞ」

「お前、西方教会が動く前から、全体の絵が見えてたんじゃないか」

 

 鋭い質問だった。

 バラキエルの心にはさざ波が立っていた。クロードに言い当てられたからではない。

 

「見えていたら、もっと早く動いていました」

 

 知識として「死神騎士にフレンが攫われること」は知っていた。

 しかし「いつ」「どこで攫われ」「誰が協力しているか」という具体は、フォドラで情報を積み上げてから見る必要があった。特に協力者については炎帝こと帝国と闇うごの連中と言ってしまえばそれまでだが、それだと容疑者は数千万人に跳ね上がる。

 

 嘘でも本当でもない答え。

 クロードはしばらくバラキエルを見ていたが、しばらくして目を逸らすと、天井を見上げて林檎をもう一口齧った。

 

「そうか」

 

 しばらく林檎を齧る音と羊皮紙の上をペンが滑る音が続いていたが、やがて林檎の音が鳴りやみ、林檎の芯が卓上に置かれると、羊皮紙の上のペンも止まり、紙上から離れた。

 

「バラキエル、お前はこの世界をどう思う」

 

 唐突だった。

 その質問の意図がなんとなくわかったのは、バラキエルがクロードの野望を知っているからだろう。芝居がかっているようには一切見えない。

 

「非合理的だと思います」

「非合理的?」

「紋章という一面だけで人の価値を測る貴族。世襲制の身分制度。そして、あまりに影響が強すぎるセイロス教会に、閉鎖的な気風………商売がしにくくて仕方ない」

 

 バラキエルは、正直に答えることにした。

 クロードの目が細くなる。

 

「おいおい、自分が言っていること、分かってんのか? 教会に知れたら、ただじゃ済まないぞ」

「貴方がこんな事をチクる人間じゃないことは存じております」

「だろうな。言ってみただけだ」

 

 空いていた椅子にもたれかかり、天井を見上げるクロード。

 バラキエルの答えを聞くと、クロードはバラキエルの方に顔を向けた。

 

「お前の夢はなんだ?」

「はい?」

「お前がここにきてやりたいことがまだ見えなくってよ。良かったら教えてくれないか?………ほら、俺たち“マブダチ”だろ?」

 

 悪い顔だが、いつもの胡散臭さは減ったかのような笑み。

 バラキエルは、前に言ったことを守る誠実な男ゆえ、クロードのこの質問に答えた。

 

「私の夢は…実はそこまで大したことはないのです。

 近いうちに起こるであろう戦乱…それが終わった後も生きていること。そして、大切な人が生きていること。これだけなのです」

 

 おかしいですかね? と茶目っ気を出すことも忘れない。

 嘘みたいな真実である。バラキエルの心を覗くことができたなら、これが本当のことだと誰もが理解するだろう。

 バラキエルの言葉に、クロードは拍子抜けしたように目を丸くした。それから堪えきれないといった様子で、低く笑い声を漏らす。

 

「……ははっ、傑作だな!あれだけの知恵と度胸を持っていて、望みは『ただ生き残るだけ』かよ」

「そ、そんなに笑うことですか?」

「はっはっは、いやー悪い悪い。……でもまぁ、おかしいか、と言われれば…むしろフォドラじゃ一番贅沢な望みかもな」

 

 クロードは椅子の背にもたれたまま、小さく笑った。その笑みには、いつもの人を食ったような余裕ではなく、どこか同類を見つけた時のような親近感が混じっている。

 

「戦乱が終わった後も生きていること、か。……だが、バラキエル。お前ほどの頭と、その得体の知れない知識があれば、ただ生き延びる以上のことが出来るはずだ。むしろ、お前が動けば、その『戦乱』の形すら変わっちまうんじゃないか?」

 

 クロードの視線が、卓上の資料からバラキエルの瞳へと移る。射抜くような、それでいて期待を込めた光。

 

「買い被りすぎですよ。私は、ただ一介の商人でしかない」

「ただの商人、ね」

 

 クロードは少しの間、バラキエルを見ていた。値踏みでも試しでもない、別の目だった。

 

「もう一個聞きたいことが出来た。いいか?」

「もちろん」

「さっき、戦乱が起こるとか言ってたな。なんでだ?」

 

 バラキエルはペンを置いた。

 この問いに答えるかどうかは、一瞬で決めた。クロードはすでに十分な情報をバラキエルから引き出している。ここで茶を濁したら、むしろ不自然だ。

 

「帝国が動きます。遠くない未来に」

「根拠は」

「アランデル公の動きと、これまでの暗躍、そして今回の件です。西方教会の残党が帝国の物流に乗っていた。これは偶然ではない。誰かが、教会を捨て駒として使った。そしてその誰かは、まだ次の手を考えている」

 

 クロードは黙って聞いていた。

 

「帝国が動けば、教会は標的になる。教会が揺れれば、同盟も王国も無関係ではいられない。……言ってしまえば今の修道院は、嵐の前の凪の海です」

「そこまで見えてて、『ただの商人』か」

「見えることと、動けることは別の話です」

 

 クロードは少し笑った。今度は揶揄ではなく、何かを認めたような笑い方だった。

 

「俺はな」

 

 天井から視線を下ろし、クロードはバラキエルを見た。

 

「いつかこのフォドラを変えたいと思っている。紋章で人の価値が決まらない世界を作りたい。貴族も平民も、フォドラの人間もそれ以外も、等しく生きられる場所を…………って言ったら、笑うか?」

「笑いません」

 

 即答だった。

 

「何故」

「それが実現すれば、私の大切な人の命が、少しだけ伸びるかもしれない。笑う理由がありません」

「……大切な人、というのは」

「私の話です」

 

 それ以上は言わなかった。クロードも聞かなかった。

 しばらく沈黙が落ちた。蝋燭が一つ、静かに燃え尽きた。室内が少し暗くなる。

 クロードが先に口を開いた。

 

「一つだけ、頼みがある」

「内容次第で」

「敵にはなるな」

 

 バラキエルはクロードを見た。その目に、珍しく駆け引きがなかった。

 バラキエルは、不思議に思った。

 クロードが本気を出せば、自分などあっという間に始末出来るだろう。それも、己の手を汚すことなく。

 にも関わらず、それを直接言い、あろうことか己の夢さえ教えてくるのは何故なのかと。

 信頼を得られた……と思うのは、楽観視が過ぎるだろうか。

 

「それはお互い様ですね」

「ああ、お互い様だ」

 

 話を合わせることにする。

 クロードは立ち上がり、椅子を戻した。それから扉に向かいながら、振り返らずに言った。

 

「……お前が生き残れる未来と、俺の夢が叶う未来は、たぶん同じ場所にある」

「かもしれませんね」

「かもしれない、じゃなくて、そういうことにしとけ」

 

 扉が閉まった。

 バラキエルは暗くなった室内で、しばらく動かなかった。

 蝋燭を一本新しく立て、羊皮紙を表に戻す。書きかけの数字と地名が、また揺れた。

 クロードがああいう形で本音を見せるのは、珍しい。計算がないとは言わないが、少なくとも今夜の言葉には、余計なものが混じっていなかった気がした。

 

 

 

 

 

 翌朝。バラキエルは、厩舎の裏手で馬の世話をしていたマリアンヌの元を訪れた。

 マリアンヌはバラキエルの姿を認めると、怯えたように肩を竦め、自身の掌を隠すように胸元で握りしめた。

 

「……マリアンヌさん。折り入って、お願いがあります」

 

 バラキエルは、真剣だった。普段の商談にある軽妙さはない。

 マリアンヌは己の血に宿る力を忌み嫌っている。彼女にとって、その力を使うことは、自らの存在を否定することに等しい。それを承知で、バラキエルは深く頭を下げた。

 

「どうか……貴女の力を、貸していただけないでしょうか」

「……っ。なぜ、私が………忌まわしい力を持っていると……」

「わかっています。貴女がそれを望んでいないことも。ですが、今この瞬間も、フレンさんの命は消えようとしています」

 

 バラキエルは顔を上げた。その表情は、マリアンヌがかつて見たことのないほどに強張っていた。

 自分の都合で彼女を追い詰めていることへの、隠しきれない罪悪感と苦渋が滲んでいる。

 その表情に……マリアンヌは心当たりがあった。鏡で何度も見た顔だ。

 

「……友人の命を救うために、貴女の尊厳を削ろうとしている。私は、最低な男です。ですが……それでも、私にはこれしか手がかりがない。どうか、彼女を……フレンさんを助けるために、力を貸してください」

 

 バラキエルの差し出した手は、微かに震えていた。

 マリアンヌは、その震えをじっと見つめた。

 バラキエルの言葉は残酷だ。冷静に考えれば、断れないように追い詰めるやり方。

 だが、その奥に狡猾さは一切ない。一人の友人を救いたいと願う、あまりにも無骨で、切実な、祈りのようなものだった。

 

「……貴方も、苦しんでいるのですね」

 

 マリアンヌは静かに呟いた。

 自分を頼ることで自らも傷ついているバラキエルの誠実な痛みを感じ取った彼女は、ゆっくりと目を閉じた。

 そして、深呼吸をひとつすると、迷いを振り払うように目を開けた。

 

「……わかりました。小鳥たちが、何か知っているかもしれません……やってみます」

 

 マリアンヌが馬の鼻先を撫で、小さな声で語りかけ始める。その様子を、少し離れた柱の影から見守っていたリシテアが、バラキエルの隣に音もなく並んだ。

 

「……あの言い方は、卑怯ですよ。あんな顔をして頼んだら、彼女が断れるはずないじゃないですか」

 

 声は低く、責めていた。

 そんなリシテアの言葉に、バラキエルは自嘲気味に口角を歪めた。

 

「承知の上です。……彼女の善意に付け入った自覚はありますとも」

「……いつか刺されますよ、あんた。……でも」

 

 リシテアは、マリアンヌを支えるように見守るバラキエルの横顔を見つめ、少しだけ声を和らげた。

 

「……あんたが、本当に自分のことだけを考えてる人間じゃないことくらいは、信じてあげてもいいです」

「…そんなものではありませんよ」

 

 リシテアが都合のいい解釈をすることに心を痛めるバラキエル。

 己の罪悪感を、確実に誤解している。その誤読が痛かった。

 いつか訪れる戦乱は、一人では乗り切れない。

 その為の布石の面もある、と言ってしまえば否定できないのが、辛い所だ。

 

 

 

 やがて動物たちの案内によって駆け付けたイエリッツァの部屋で倒れたマヌエラを発見すると、その部屋に隠し通路が見つかった。

 そこに金鹿の学級の生徒たちと、ベレトも合流。クロードが介抱のために行けないとなると、突入するのはベレト、リシテア、バラキエル、マリアンヌ、そして偶々ベレトと同行していたイグナーツ。

 前衛が乏しすぎる。

 後詰めの騎士たちを待っていられない。

 バラキエルが、前に出るしかなかった。

 

「待っていたぞ、我が逸楽よ…」

「死神騎士は私が押さえる!皆はフレンの救出を!」

 

 先生が死神を釘付けにしている間に、バラキエルは闇に蠢く者の一味と対峙した。

 

「地上にのさばる獣め…死に絶えよ!」

 

 黒い魔力が、炎となって燃え上がる。

 

「ボルガノン!」

「サイレス!」

 

 こんな序盤ではありえない魔法が飛び出る。

 しかし、それを抑えたのはマリアンヌだ。

 もしここにマリアンヌがいなかったら、全員まとめて丸焼きだ。

 そして、魔法が不発に終わったことで生まれた隙を縫い、イグナーツの放った矢が闇に蠢く者の魔道士に突き刺さる。

 

「ぐあっ!?……この獣がぁ!」

 

 イグナーツに殺意を向け、次の魔法を打とうとした魔道士に、更なる追撃!

 リシテアのドーラΔが魔道士を掠めた。態勢を崩した魔道士に、バラキエルの刀が襲いかかった。

 首がくるくると飛び、魔道士の体が力なく崩れ落ちる。

 

「やりましたね!」

「皆さん、ありがとうございます。このままフレンさんの救出を!」

 

 3人は頷き、倒れたフレンと、もう一人の生徒の元に駆け寄った。

 バラキエルは息を整えながら、死体の傍らに跪いた。

 彼は懐から取り出した滅菌済みの小瓶と脱脂綿、そして鋭利なメスを素早く動かす。

 

「(……アガルタの血。これが『神の力』の正体か、あるいは別の何かか……)」

 

 周囲からは「死体を確認している」ようにしか見えない。

 彼は手際よく魔道士の血液と組織サンプルを採取し、アルコールに浸して懐へ収めた。

 戦場の混乱を最大限に利用した、彼だけの収穫だ。だがこれを『冷血』と呼ぶ者がいれば、バラキエルは否定しない。

 

 

 やがて、フレンとモニカが救出され、死神騎士との死闘が膠着状態に陥ったその時。

 地下室の影から、紅蓮の鎧を纏った威圧的な影——「炎帝」が姿を現した。

 

「……そこまでだ。興が過ぎるぞ、死神騎士」

 

 死神騎士は不満げに鎌を下ろす。

 ベレトが剣を構え直すが、炎帝は戦う意志を見せず、ただ冷ややかにベレトたちを眺めている。

 撤退しようとする炎帝の背中に向かって、バラキエルは聞こえるか聞こえないかほどの小さい声で、隣に立つリシテアにだけ囁いた。

 

「……リシテアさん、見てください。あの炎帝」

「…なんですか、こんな時に…」

「死神騎士よりも、随分と小柄だと思いませんか?」

 

 その言葉に、リシテアの目が大きく見開かれた。

 死神騎士の圧迫感に目が眩んでいたが、バラキエルに指摘されて初めて、炎帝の鎧の「中身」が浮き彫りになる気がしてくる。

 

「……っ。それは……」

「ただの観察ですよ。さあ、行きましょう。セテス様が首を長くして待っています」

 

 バラキエルはいつもの商人の顔に戻り、呆然とするリシテアの背中を軽く押した。

 

 後始末の為に歩く修道院の回廊は、思ったより静かだった。

 ベレトとクロードは先頭を歩き、マリアンヌとイグナーツがその後に続く。バラキエルとリシテアは、自然に最後尾になっていた。

 リシテアはずっと考え込んでいた。

 フレンの救出直後、バラキエルがさりげなく言ったあの言葉を、まだ頭の中で転がしているのだろう。

 バラキエルは邪魔しなかった。彼女が考えている時間は、彼女のものだ。

 やがて、リシテアが口を開いた。

 

「……なぜ、あの事を私に教えたんですか」

 

 バラキエルは前を向いたまま答えた。

 

「貴女には知る権利がある。それだけです」

 

 リシテアは少しの間、黙った。

 真実を小出しにし、追求を誤魔化す………バラキエルの常套手段だ。

 だがリシテアは、彼の想定以上に聡明かつ利発だ。その手はいつまでも通用しない。

 夕暮れの道に、二人分の足音だけが響く。

 それから、リシテアは意を決したような顔でバラキエルを見た。

 

「あんた、他にも何か隠しているでしょう」

 

 問いではなく、確認だった。

 バラキエルは足を止めた。リシテアも止まる。

 夕陽が二人の影を長く伸ばしていた。

 バラキエルはリシテアをまっすぐに見た。誤魔化さない顔で、逃げない顔で。

 

「……はい」

 

 一言だった。

 それ以上でも、以下でもなかった。

 リシテアは目を細めた。怒っているのではない。何かを確かめた、という顔だった。

 

「いつか、話してくれますか」

「話せる時が来たら、必ず」

 

 リシテアは少しの間バラキエルを見つめ、それから前を向いた。

 

「……分かりました。ですが、あまり待ちませんからね」

「では私も急ぐとしましょう。時間がないのは、貴女だけではないようだ」

 

 二人は再び歩き始めた。

 いつか、バラキエルが持ちうる禁断の知識を、すべてリシテアに伝える。

 それが知ってはならない猛毒か、絶望を覆す薬かは、誰にも分からない。

 だが、子供に様々な知識(意味深)を吹き込んだ大人の責任を取る。

 そんないつかの明日が、すぐそこまで迫っていた。




さぁ、知りたいと言ったからには全部知ってもらおうか。
これで真なる共犯者は完成です^^
そんなつもりはなかった、は通用しないぞ。

訪れる運命の難易度は

  • イージー
  • ノーマル
  • ハード
  • ルナティック
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