…バラキエル=フォン=アルビレオ (帝国暦1163~帝国暦1251)
ガルグ=マク大修道院の厨房は、当番制である。
生徒たちは二人一組となり、その日の献立を考え、食材を調達し、食堂のおばちゃんたちを助けながら数百人分の食事を準備せねばならない。それは、身分に関係なく協力と思いやりの心を育む、教育の一環。
――なのだが。
「(人選ミスが過ぎるだろォォォォッ!? いや、ヒューベルトよりはマシだが、しかしッ!)」
バラキエルは内心で頭を抱えていた。
本日の相棒として、名簿に並んで記されていたのは、青獅子の学級、ドゥドゥー=モリナロ。
ディミトリの忠臣にして、その巨躯と寡黙さで周囲を威圧する男。ダスカーの悲劇の生き残り。
そんな彼と二人きりで買い出しと調理…………拷問か何かの間違いではないかと思ってしまう。
沈黙の中、市場での買い出しが始まる。
何を話せばいいのか分からない。ドゥドゥーもバラキエルもあまり無駄話が得意な方ではない。
ドゥドゥーは必要な食材を黙々と選び、バラキエルはその代金の交渉と支払いを手際よく済ませる。その間、会話は一切ない。
バラキエルはただ、山のように大きな彼の背中を見つめていると、不意にドゥドゥーが足を止め、低い声で問いかけた。
「……何か用か」
「!」
「先程から視線が気になってな。やはり、ダスカーの民だからか?」
その声には、諦観と、わずかな敵意が滲んでいた。バラキエルは努めて冷静に、そして誠実に答える。
「ダスカーの悲劇については伺っております。ですが、それとこれとは話が別です。貴方の出自によって、私の貴方への態度が変わることはありませんよ」
厨房に戻り、調理が始まっても気まずい沈黙は続く。
だが、バラキエルはすぐに気づいた。ドゥドゥーの、野菜を刻む手際の良さに。その動きには一切の無駄がなく、料理に慣れている者のそれだった。
「良い手際ですね。料理には心得が?」
バラキエルが話しかけると、ドゥドゥーは一瞬手を止め、ぶっきらぼうに答えた。
「いや……母の料理を、妹と手伝っていただけだ。そちらも、手際が良いが」
「私も同じようなものです。料理の手伝いを、姉としていましたので」
「姉がいるのか」
「えぇ。アルビレオ商会の跡継ぎとしては、少々脇が甘すぎる、お人好しの姉ですが」
そんな話題に花が咲きそうで、しかし咲かない。
再び沈黙が落ちた時、ドゥドゥーは何かを思い切ったように、包丁を置いて「なぁ」とバラキエルに向き直った。
「……なぜ、ダスカー人のおれを気にかける」
遠回しにこちらの様子を伺い、偏見なく接しようとするバラキエルの態度が、彼には不可解でならなかった。
「ダスカーの悲劇については伺っておりますが……一つ、お聞きしても?」
バラキエルは真剣な目で彼を見つめ返した。「これからする質問は、あなたを不快にするかもしれませんが」とまで前置きをして。
「貴方は、ファーガス先王陛下の暗殺に、直接関わりましたか?」
「そんなわけがないだろう……! おれは、あの時まだ子どもで…」
「では、良いではありませんか」
あまりに素っ気ないバラキエルの言葉に、ドゥドゥーは面食らう。
「貴方は悪くない。悪いのは、先王陛下を手にかけた真犯人と、それに加担した者たちです」
「だが、ダスカー人がそうしたと……!」
「貴方は、一切関係ないのでしょう?」
「……!」
「ならば、少なくとも貴方は無罪です。ダスカー人だからと好き放題に言うような、物事の本質を見ようとしない人間の言葉に、耳を貸す価値などありませんよ」
それは、同情でも、慰めでもない。
ただ事実だけを切り取って提示する、あまりにキッパリとした現実主義。
ドゥドゥーは言葉を失った。考え方からすれば、あまりにドライだ。しかし、彼の主張は、これまで向けられてきた憎悪や憐憫とは全く違う、異質な思考だった。
「……シルヴァンのようなことを言うのだな」
ようやく絞り出した言葉に、バラキエルは心外だとばかりに眉をひそめた。
「あんな女好きの軟派男と同類とは、失礼ですね」
自分はリシテア一筋だぞ。それに、シルヴァンのナンパ行為は、「自分が紋章持ちだから」という理由で苦しい目に遭ってきた裏返しだから全然似てないぞ。
そんな事を考えながら、バラキエルは芋の洗浄を再開した。
緊張が解けたからか、話題は自然と料理へと移る。そこで、ドゥドゥーが肉料理の下味付けに使っている、複雑な香りのスパイスにバラキエルの目が留まった。
「その調味料の組み合わせは、貴方独自のものですか?」
「……ああ。故郷の味だ」
「なるほど……ダスカー特有の味付け、ですか。素晴らしい。覚えておきましょう」
「?」
なぜ、と問いかけるようなドゥドゥーの視線に、バラキエルは「料理は人生を豊かにしますのでね」と笑って誤魔化した。
だが、その内心は全く別の計算で満たされていた。
「(
元日本人としての食への探究心か、あるいは商人としての希少価値への嗅覚か。
バラキエルは、無意識のうちに失われる運命にあるものを、掠め取ろうとしていた。
「(どうせ彼に碌な目が訪れないのは決まっている………ならばせめて、このレシピだけでも未来に残しておくか。アルビレオ商会の新商品、『ダスカー風スパイスセット』……悪くない)」
目の前で、故郷の味を再現しようと真摯に料理と向き合う男の、悲劇的な未来を思い描きながら。
バラキエルは、その滅びの香り立つ料理法を、決して忘れないよう記憶に刻みつけた。
◇◇◇◇◇
ドゥドゥーとの料理当番があった翌日の昼下がり。
バラキエルは次の講義のため、リシテアと共に西棟の廊下を歩いていた。その時、前方に二つの人影が現れ、彼らの足を止めた。
「貴方がバラキエルね。アルビレオ商会の名は、帝国でも耳にするわよ」
凛とした、しかし有無を言わせぬ覇気を纏った声。ライラックカラーの瞳を持つ少女――アドラステア帝国の次期皇帝、エーデルガルト=フォン=フレスベルグ。その隣には、主君の影に寄り添うように、漆黒の髪を揺らす従者、ヒューベルト=フォン=ベストラが控えている。口元には、いつもの薄ら寒い笑みが浮かんでいた。
「(な、なんで話しかけてくるんだ次期皇帝陛下ァァァ!!!? しかも隣の男の目が笑ってない! 全然笑ってない!!)」
バラキエルは、内心穏やかではなかった。完璧な貴族の笑みを貼り付けながらも、背中には冷たい汗が流れる。
特にヒューベルトは、『知識』として知る中でも最も危険な人物の一人だ。冷酷非情、主のためなら手段を選ばない闇の番人。
次の瞬間、「消しますよ」の一言と共に、闇魔法・デスΓを撃ち込まれても何ら不思議はない。
「これはこれは、エーデルガルト殿下。直々にお声をかけていただけるとは、光栄の至りです」
内心の恐怖を完璧に隠し、流れるような仕草で礼をする。震える足で必死に立っていると、エーデルガルトは意外な言葉を口にした。
「貴方の商会が売り出したという石鹸、一度見てみたくて」
「(石鹸!?)」
あまりに平和的な話題に、バラキエルは一瞬、拍子抜けした。安堵の息を必死に飲み込み、「勿論ですとも」と懐から一つの包みを取り出す。クロードに渡すつもりで余分に持っていた、貴族向けの試作品だ。
「良い香りね。繊細で、それでいて華やか。貰っても良いかしら」
「えぇ、どうぞお納めください。今後も我が商会では、様々な生活用品を作っていく予定です」
「他に何を企んでいるの?」
エーデルガルトの真っ直ぐな問いに、バラキエルは待っていましたとばかりにプレゼンテーションを始めた。
「そうですね…例えば髪を洗い、滑らかにするための『シャンプー』、顔の汚れを優しく落とす『洗顔料』、そして肌を乾燥から守る『保湿クリーム』…。これらは全て、人々の生活をより豊かに、そして衛生的するものです」
彼は手頃な羊皮紙を取り出し、即席で書き込んだ図や単語を見せながら、その効能を淀みなく説明していく。その間も、ヒューベルトの射抜くような視線への警戒は怠らない。
「ククク……」
不意に、ヒューベルトが低い声で笑った。
「それは面白い。貴殿の発明は、帝国どころかフォドラ中に生活革命をもたらすでしょうな。しかし、良かったのですか? そのような国家機密級の情報を、我々に易々と話してしまって」
「商売は競争の世界です、ベストラ卿」
バラキエルは、ヒューベルトの視線を真っ直ぐに受け止め、臆することなく返した。
「切磋琢磨してこそ、より良い商品が生まれる。価格競争が起これば、便利な品々が民の手にも届きやすくなるでしょう。アルビレオ商会は、技術を独占するつもりはありません。誰もが、より良い生活を送れるように、進歩は共有されるべきです」
「…流石、商人と言うべき発言でしょうな。ククク……」
ちなみに、この高潔な発言の七割は嘘である。
製法という最大の企業秘密まで公開する気など毛頭ない。生き残るための金蔓を、手放す気などあるものか。
バラキエルの堂々とした返答に、エーデルガルトは満足げに頷いた。そして、彼女は真っ直ぐにバラキエルの瞳を見つめ、言った。
「ねぇ、あなた…
予期していた言葉だった。
エーデルガルトには、何としてでも叶えたいものがある。その為なら、覇道を進む事さえ厭わない。
なれば、この2年で成長した大商人を気にかけない理由はないだろうと。
バラキエルの返事は決まっている。一瞬だけ驚いた表情を作った後、心底残念だというように、しかし丁重に頭を下げた。
「この上なく光栄なお申し出ですが……私はアルビレオ商会の次期当主。特定の国にお仕えすることは、全ての国のお客様と対等にお付き合いするという、商人としての中立的な立場を損なう恐れがあります。お気持ちだけ、ありがたく頂戴いたします」
もっともらしい、完璧な断り文句。
『もし、先生が同盟か王国についた上で、エーデルガルトからの誘いが来たら』———その答えを述べる。
エーデルガルトはそれ以上は追及せず、「そう、残念ね」とだけ言うと、ヒューベルトと共にその場を去っていった。二人の背中が見えなくなるまで、バラキエルは深々とした礼の姿勢を崩さなかった。
「……良かったのですか、バラキエル。帝国の未来の皇帝陛下からのお誘いですよ?」
隣で固唾を飲んで見守っていたリシテアが、心配そうに尋ねる。
「勿論です」
バラキエルは、貼り付けた笑みを消し、冷たい光を宿した瞳で、二人が消えた廊下の先を見つめた。
「(先生が
エーデルガルトとヒューベルトが生き残る未来は、先生が黒鷲の学級を受け持ち……かつ、聖墓においてエーデルガルトを守ると決めた
「(ゲームでも、あの二人は他学級には引き抜けなかった。ならば、私にとってもそうだ。である以上、あの主従はここで切り捨てるべきだ)」
まるで苦渋の決断のようにあっさり人を切り捨てるバラキエル。その内心は、恐ろしいほどまでに凪いでいた。
未来を見据え、切り捨てるべきものを冷徹に見定めながら、バラキエルは静かに佇む。
この世界の命運が、ただ一人、ベレトという『主人公』が選んだ道筋の上にあることを、彼は誰よりも強く認識していたのだから。
まぁ~~~~~先生が金鹿ルート選んじゃったからね。
エルもディミトリも死ぬしかないんだよ、ポルナレフッ!
バラキエル「私が誰をスカウトするか知りたいですか?…賭けてみるのはいかがでしょう?まぁ使える人間は、誰でも使いますがね」
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