…バラキエル=フォン=アルビレオ (帝国歴1163~帝国歴1251)
鷲獅子戦は、ベレトの圧倒的な実力と指揮によって、金鹿の学級の鮮やかな勝利に終わった。
彼の指揮は、バラキエルも実際に見せてもらった。やはりいくら戦術論を頭に叩き込んでいても、実践に勝るものは無いと痛感するものであった。
いくら策を練る事に長けていても、それを実際に活かせなければ意味がない。言外にそう教えてくれているかのようであった。
レオニーやラファエルは純粋に大喜びし、イグナーツやマリアンヌといった静かな生徒も、嬉しい様子が隠しきれていない。
特に演習に参加した生徒達の喜びようは大きかった。リシテアやヒルダ、ローレンツやクロードの喜びようは特に大きく、活躍したことによるものだということは想像に容易い。
まぁ戦争が起こると知らない子供達のリアクション的にはこんなものかと思っている、見た目は子供・頭脳は(人生2周目的な意味で)大人のバラキエルである。
そんな歓喜の宴から数日後、クロードが意気揚々と教室に駆け込んできた。
「よう、兄弟たち! レア様から、俺たち金鹿の学級に初の実戦課題が伝えられたぜ!」
クロードが広げた指令書には、こう記されていた。セイロス騎士団の全面的な援護のもと、先日の盗賊団の残党が逃げ込んだという「赤き谷ザナド」に向かい、これを掃討せよ、と。
生徒たちの間に、緊張と興奮が入り混じった空気が流れる。
「盗賊討伐、ですか。初の実戦ですね」
バラキエルは冷静に呟いた。
「(とうとう始まるか……風花雪月最初の“戦い”が。
きたるべき戦いに備え、商会内でできることはやっておこうと考えている。
バラキエルは元々、理屈っぽい少年であったが、別世界の記憶がインストールされてからというもの、前世のイケてるサラリーマンの人格と混同し、より知略に磨きがかかった。
そういうわけなので、この中では誰よりも戦いに真摯に向き合っているとも言えよう。
赤き谷・ザナドの岩肌は、その名の通り夕陽を浴びて不気味なほど赤く染まっていた。
ここの四方には険しい崖が切り立っているのみで、どう考えても逃げ込むには適していない場所である。敵が侵入しにくいといえば侵入しにくいが、数を揃えて攻め込まれたらどうしようもない。
それすら分からない盗賊に、セイロス騎士団の相手など、できるわけがない。
ましてやここには、“灰色の悪魔”とも呼ばれたベレトがいた。彼を先頭に、ラファエルやローレンツが前衛となって斬り込んでいく。そのすぐ後ろをクロードが追いかける中、バラキエルはリシテアと共に中衛に陣取る。
彼らの役割は、前衛が討ち漏らした敵を確実に仕留めることであった。
しばらくして、岩陰から飛び出してきた盗賊が斧を振り上げた。前衛の生徒やセイロス騎士団に追われたのであろう。
焦りに鈍った斧の一撃を冷静にかわす。そして、流れるような動きで得物を抜いた。
それは―――刀であった。フォドラでたまに見かける倭刀……それよりも細く、しなやかな弓なりの形と刃に光る刃紋が特徴的な鋼の刀……日本刀である。
商会ぐるみで用意され、鍛錬を繰り返し洗練された刀から放たれた一閃は、まるでフォドラに蘇った武士のようであった。盗賊の首元を、防具ごとやすやすと切り裂く。溺れるような断末魔と共に崩れ落ちる男の顔を見て、バラキエルは胃の奥が冷たくなるのを感じた。
「……人殺しを教えるとは、とんだ学校もあったものですね」
吐き捨てるように呟いた言葉を、隣にいたリシテアが聞き咎めた。
「何を言っているのですか。自分の力を試せる貴重な機会です。彼らの死は、決して無駄にしてはなりません」
それは、貴族として、戦う者として、あまりに正しく、そして残酷なフォドラの常識だった。紋章を持つ者や、力を持つ者が戦うことへの、何の疑いもない覚悟が、そこにはあった。
こればかりは、バラキエルが正しい。宗教が神の教え、神の御許へ導くためと称して人殺しを教える前例など、地球史には吐いて捨てるほどある。そして、その末路は大抵ろくでもないものだ。
だが、ここでは価値観が違う。今は、そう思う事にした。どんな大義名分があろうと、この殺し合いの盤面に立っている以上、生き残らなくてはならない。
「……えぇ。合理性の為なら、やむを得ませんね」
「バラキエル? 今、なんて…」
「前を見て、集中です、リシテアさん! 下手をすれば死にますよ!」
彼は会話を打ち切り、日本刀を血振りすると、次の敵にファイアーの魔法を放った。この世界にカジュアルモードなどない。失った命は、回帰することはない。
そうして一人、また一人と盗賊の命を奪っていく。他の生徒達も然りである。魔法で敵を焼くリシテアや、盗賊の頭領コルタスと戦っている先生・ローレンツ・ヒルダ・クロードは勿論のこと、あのイグナーツやマリアンヌも罪悪感と戦いながら盗賊の逃げ遅れを屠っている。
そうしていくうち、やがて盗賊の殲滅に成功し、帰路につく頃には、生徒たちの顔から戦い前の高揚感は消えていた。初めて人の命を奪ったという重い現実が、彼らの肩にのしかかっているようだった。
そんな中、リシテアはバラキエルに話しかける。
「バラキエル、盗賊を倒した時に使ってた武器は何ですか?倭刀…のように見えましたが」
彼女の疑問に、バラキエルは答えることにした。
どんな話題であれ、彼らの気を紛らわせることができるかもしれないからだ。
「ソレに私が耳にした技術を注ぎ込ませて作らせた日本刀です。より強い鋼に鍛えて作るものですよ。
「変態って…」
「お好みの武具の理想等がありましたら、融通が利くかもしれません」
「おっと~? いいこと聞いちゃったかも~?」
アルビレオ商会の事情を交えて、武具について話していると、ピンクのツインテ少女が割って入ってきた。
ヒルダ=ヴァレンティン=ゴネリル。怠け者でお気楽な彼女だが、先程まで斧を手に前線に引っ張られ、盗賊と戦っていた。気分転換でも欲しかったのだろう。
「じゃあじゃあ~、何か頼んでもい~い?」
「要相談になりますね。宝石関係となると、材料と技術……あぁ、技術は大丈夫そうだな、アイツら変態だし………まぁ、材料次第ですね」
「やったー! バラキエルくん、絶対だからね?」
普通の女の子らしい、明るい返事をしつつ、修道院へと走っていくヒルダ。
他の仲間たちも帰路を歩いていき、バラキエルとリシテアとの距離が空き始めたタイミングで……バラキエルは、リシテアに話題を振った。
「ところで、盗賊達が何故あの谷に逃げ込んだかわかりますか?」
「え?いえ…」
「ベレト先生が我が校の先生になる前、級長たちが盗賊に襲われた事件を覚えていますか? 奴らは、その時の残党なんですよ。そして、彼らがこの赤き谷に逃げ込んだのは、口封じのために捨てられたからです」
「え…? なぜ、貴方がそんなことを知っているのですか。その場にいなかったはずでは?」
当然の疑問だった。
リシテアの記憶している限り、盗賊に襲われたことは聞いたが、どんな顔だったとか、詳しい特徴などは聞いていない。
なのになぜ……という問いに、バラキエルは悪戯っぽく片目をつむり、人差し指を口元に当てた。
「毎度私がお世話になっている、優秀な情報屋のお陰でしてね。――いわゆる、『任〇堂の情報』というやつです」
その答えに、また出ましたね、と呆れ顔をするリシテアである。
その日の夕暮れ。バラキエルは訓練場の片隅で、一人の女性と密会していた。
セイロス騎士団に所属する凄腕の傭兵、シャミア=ネーヴラント。
見た限り…非常に、絵面が悪い。もし、これを他の誰かに見られたとしたならば、バラキエルが暗がりに女性を連れ込んでいる、と思われても仕方がない。
だが、これも彼にとっては立派な布石の一つだ。シャミアは「金で動く」という極めて明快な信条を持つ、バラキエルにとって信頼できるプロフェッショナルだった。
「頼まれていたものだ」
シャミアは簡潔に告げ、一枚の羊皮紙を渡す。
「言われた通り、帝国で不自然な動きを探った。特に、アランデル公の金回りと、彼の領地への物資輸送ルートに、いくつかの不審な点が見られる。引き続き調査を続ける」
「ありがとうございます、シャミアさん。貴女に頼んで正解でした」
バラキエルは羊皮紙に素早く目を通すと、ずしりと重い金貨の袋を彼女に渡した。その重みに、シャミアは怪訝な顔をする。
「……相場の三倍はある。そこまでの仕事はしていない」
シャミアは、プロとして過剰な報酬は「借り」になることを知っている。
気前の良すぎる報酬に、ない裏を探ってしまうのも無理はない。
「大きな誤解です。危険な潜入調査であることは、依頼した時に申し上げたはず。私は、そのリスクに見合うだけの誠意を、プロの仕事に対して示したまでのこと」
「それにしても、だ。ここまでは受け取れない」
「少なくとも、私に貴女ほどの芸当は真似できません。これは、貴女の傭兵としての腕前への、私からの敬意です。どうかお受け取りを」
バラキエルは、「商人の誠意」という名の「未来への投資」を徹底する。シャミアは、彼の非凡なまでの合理性と、金に糸目をつけない態度に、警戒心を深めながらも、その提示された価値を否定できなかった。
「……分かった。だが、あまり気前がいいと、いつか後ろから刺されるぞ」
その時、クロードがひょっこりと姿を現した。
「おう、バラキエルにシャミアさん。二人で何こそこそしてるんだ?」
「こんにちは、クロードさん。……見ての通り、素敵な女性にお茶のお誘いをしていたのですが、見事に断られまして。駄目ですかね?」
「はっはっは! お前もそんな面白い冗談を言うようになったか!」
クロードは大笑いする。その言葉に、バラキエルはわざとらしく悲しげな表情を作り、シャミアに視線を送った。
「酷いですねシャミアさん。私が『素敵な女性』を口説くのが、冗談だそうですよ」
「クロードの言いぶりからして、そうは聞こえなかったが」
シャミアが冷静に返すと、クロードは慌てて弁解した。
「いや、そうじゃねぇ! 俺が言いたいのは、バラキエル、お前が女に浮ついた態度をとるような男じゃねぇだろってことだよ。ローレンツやゴーティエんところの嫡子じゃあるまいし。お前の関心は、常に盤面にあるはずだ」
クロードは、バラキエルの冷徹な合理性を深く理解しているからこそ、その行動に疑問を持ったのだ。
バラキエルは、ローレンツとシルヴァンを同列に見るなんて失礼だな~コイツ、と一瞬思った。
貴族としての責務を真面目に果たそうとしているローレンツと、過去のトラウマの反動をしているシルヴァンが一緒とは、とても言い難かった。
だがひとまず、クロードの的確な分析については、認めるしかない。こういうところで素直に認めてこそ、歩み寄ることそのものだ。
「ははは、そう高く買っていただいたら本当のことを話すしかありませんね。実は、先日の盗賊の件で気になることがありまして。ただの違和感なのですが、もしや背後で糸を引いている者がいるのでは、とシャミアさんに調査をお願いしていたのです」
もっともらしい半分の真実に、クロードは「なるほどな」と納得する。彼の関心は即座に「陰謀の存在」へと移り、その洞察力に感心して去っていく。
シャミアもそれを見送ると、「では、調査は続ける。あと、さっきみたいに冗談を受け流して女性に流れ弾を当てるのは最低だぞ」と、プロの傭兵らしからぬ人間味のある一言を残して去った。
一人残されたバラキエルは、夕闇に染まる空を見上げた。
「(アランデル公―――いや、タレス。そして、彼を中心に、フォドラの歴史を裏で操る『闇に蠢く者』たち……今のうちに調べて損はない…はず。ただ、アイツらも馬鹿じゃない。シャミアさんには、無理をして欲しくないな)」
赤き谷で手を血に染めた感触を思い出しながら、彼は静かに誓う。
本当の戦いは、まだ始まったばかりなのだと。
これからも彼の金銭と情報という武器は、フォドラの運命を塗り替えるために使われるだろう。
よっし、シャミアさんとバラキエルの支援Cは出来た。これで、暗躍系もバッチリ^^
あとは、リシテアの二重紋章解決に向けてだな。ハンネマン先生と、あとあの寝坊助も本格的に引きずり込みますか^^
バラキエル「私が誰をスカウトするか知りたいですか?…賭けてみるのはいかがでしょう?まぁ使える人間は、誰でも使いますがね」
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