M.M.Trione 笑うモブスター   作:四乃宇内

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M.M.Trione 笑うモブスター

サムブレスト・ニグ・アグールは人相が悪い。

彫りの深い顔立ちをしていながらも愛想がないため、すぐに怒るだ何だと誤解を招く機会が多い。加えて右のこめかみから頬にかけて走る大きな傷跡もまた、悪目立ちしてよろしくない。長く伸ばした前髪の合間から、時折、痛ましい傷跡がのぞいたりすると、蜘蛛の子を散らすがごとくに人が離れていく。効果は抜群だ。幼少の頃の事故が原因で負った古傷を、周囲の人間は武力衝突の結果だと曲解するのだから、不思議なものである。

 

事実がどうであれ、サムブレストの周りには、いつの時も強面ばかりが集まった。類は友を呼ぶ――とはよく言ったもので、望んでもいないのに、社会のはみ出し者達の集会に連れて行かれたこともある。あるいは、そういった連中同士の抗争とやらに借り出されたこともある。

 

しかし奇妙なことに、最初の内は不本意な付き合いではあったが、二度三度と回数を重ねる内に馴染みがわいたのだった。日陰者と言えども人間である。悪い面が目立つだけで、頭のてっぺんから足の先まで真っ黒に染まっているかと言えば、そんなことはない。悪魔のような人間は、滅多にいないものだ。

 

そういった環境に親和したまま成人してみれば、いつの間にやら立派なヤクザ者になっていた。表向きの生業は医薬品の製造開発、及び販売だが、商品の大半と、その取扱い方がイリーガルというクズっぷりだ。誤謬――内面と外面の乖離を正さぬ内に、あれよあれよとモブスターの業界でステップアップしてしまったようだ。

 

だから人生の転換期となるあの時も、サムブレストは人相通りの悪党だった。

 

 

 

 *

 

 

 

「ウチの若いもんがさらってきちまったって聞きやしたが、まぁ、運が悪かったと思って下さいよ」

 

サムブレストはいつも通りの仏頂面で、足元に転がされた男に声をかけた。手足を縛られ、猿ぐつわをかまされた男の目は、おびえの表れか、寄る辺なく泳ぐばかり。状況を飲み込めていないのだろう、困惑の色も見て取れる。自宅で就寝間際だったところを強引に拉致した上に、腕を折る爪を剥ぐの暴行を受けたばかりなのだから、無理もない。

 

「情けない話、先だってウチの取扱商品と、その流通ルートが一斉に取り潰されちまいましてね。チクッたヤツを探してるんですわ。ヤクザな仕事をしている手前、面子ってもんが大事でして」

 

男の視線を誘導するように、サムブレストはあごで自分の背後を示した。人気のない倉庫の一室、その隅の薄暗がりに転がっている拷問器具の数々。サディスティックな造型をしたそれらは、人間の身体のどこをどのように破壊するか一目で分かるように設計されているのだから恐れ入る。恐怖とは、想像によって肥大するものだ。

 

「疑わしきは罰せよって訳じゃねんですが、手当たり次第に聞いて回っているんですわ。ウチの情報を知っていて、かつ漏らしそうなリスクのある、ニイサンみたいな人をね」

 

脅し文句を口にしながら、この男が『黒』か『白』か、サムブレストは判じかねていた。誰の目にも小物に映るこの男、どう贔屓目に見ても無法者を相手に事を構えるような器ではない。いくら締め上げたところで有益な情報など得られないだろうと、理性が言っている。しかし、その理性に反して、サムブレストの勘が無関係ではないと告げている。勘ゆえに明確な根拠もなく、男のどういった点が引っかかったのか分からない。

いずれにせよ拷問を遂行するための理由があるため、実のところサムブレストの疑念は瑣末な問題と言えた。男の拷問に、時間と人員を割く理由、それは呆れるほどに簡単だ。

 

「ウチの上の方々がご立腹でね。だから運が悪かったってことで、諦めて下さいよ」

 

幹部連中の腹の虫を収めるための、いわば生贄なのだ。十中八九、幹部の気が静まるまで、拷問と死体処理のルーチンワークは続くのだ。頭がいかれているとしか言いようがない。

だからか、サムブレストはちらと同情した。狂った人間に捕食される、間抜けなこの男のことを。

そして、その一抹の同情を、突然の闖入者によって看破されるなど、夢にも思わないことだった。

 

「同情なんて不実なことは、お止しよ」

 

サムブレストは、声のする方にゆっくりと顔を向けた。嘲り交じりの笑い声が、戸口の影から漏れ出ているようだ。

見れば、この場に似つかわしくない白衣姿の女が、両手をポケットに突っ込んで仁王立ちしていた。背丈は5フィート前後、発育不良のきらいがあるが、雰囲気からして年のころは二十代後半から三十代前半、十代ということはあるまい。

覚えのある顔ではなかった。

 

「お楽しみのところ申し訳ないが、そこな間抜けを引き取りに来たよ」

「どちらさんで?」

「悪党に名乗る趣味はない。おーい、見つけた。こっちだ」

 

白衣の女の背後にもう一人、長身の女が息せき切って現れた。慌てて走ってきのか、呼吸が荒い。背には長大な太刀を担いでいる。ハンターだ。災害染みたモンスターを単身で制圧する化け物どもの総称――ハンター。身の丈ほどの太刀を振るう輩など、ハンターを置いて他にいない。

その一騎当千のハンターの目に浮かぶ涙を見て、サムブレストの勘が働いた。ハンターの視線は、拘束している男にそそがれている。

 

「ウチのシマを荒らしたのは、アンタらですかい」

 

返事の代わりにほくそ笑む白衣の女を見て、サムブレストは己の勘の中途半端な鋭さを嘆いた。違法な医薬品、及び用品の流通経路は、白衣の女とその一味によって取り潰されたことは間違いない。問題は、実働部隊の一員であろうハンターの知人に、危害を加えてしまったという点である。

 

「間抜けは自分だったようだ。トラの尻尾を踏んじまうなんて」

 

果たしてトラはどちらか、サムブレストは白衣の女とハンターを交互に見比べた。単純な力だけを比べるならば、圧倒的にハンターの方が脅威である。しかし、白衣の女には、冷や汗を呼ぶような、得体の知れぬ妖しさが感じられる。

サムブレストは、拘束中の男から離れた。

 

「年貢の納め時ですかねぇ。自分の勘も鈍ったもんだ」

 

たっぷり大股で五歩ほど離れた後に、サムブレストは敵意がないことを示すために、両手を上げた。そして、男の拘束が解かれる光景を――立場上、許される行為ではないが――黙って見届けた。すうと胸の内に、諦観が音をたてて広がっていくようだった。

不意に、サムブレストの口から笑みが漏れた。

 

「これから死ぬってのに、どうして笑うんだい」

「目ざといネエサンだ。いやね、そちらのニイサンと自分とじゃ、命の重さの感じ方が違うってことを実感しましてね。自分にとっちゃ命ってのが軽くって仕様がない。他人様のだろうと自分のだろうと同じ。同じように軽い。殺しても殺されちまっても仕様がねぇって簡単に諦めがついちまうんですわ。命を軽んじるなんざ畜生にも劣る外道じゃござんせんか」

 

同意を求めるように、白衣の女に水を向けた。

 

「知らぬ間に、ずいぶんな悪党になっちまってたんだなぁと思いましてね。悪魔のような輩がいるとしたら、もしかすると自分のような人間なのかもしれませんな」

「悪魔ねぇ。そんな大層な輩は、同情なんて不実なこたせんよ」

「不実、ですか」

「同情ってな、他人様の気持ちになって哀れむってこったろ。おんなじ人間でもないってのに、何で他人様の気持ちが分かるってんだい。それとも何かい。お前さん、この男が今どんなこと考えているか分かるとでも言うんじゃなかろうね」

 

突っ伏したままの男を、白衣の女が足で指し示した。うな垂れていて表情は見えないが、拷問によって負った怪我――骨折と爪の剥離――に苦悶していると思われる。苦しい、痛い、あるいはサムブレストへの怨嗟、救助に対する安堵、男の胸中は、そんなところではなかろうか。

視線が集まる中、男の震える声が響き渡った。

 

「よ、用を足させてくれ――」

 

男が何を言っているのか理解できなかった。用とは何のことだ。何を何に足すというのだ。混乱が静寂を呼び、静寂がさらなる混乱を招く。

一瞬の間があった後、白衣の女が大爆笑した。

 

「そこの隅でしやり。小さい方でも大きい方でも、しかと拝見するでな」

「は? 修次郎の排泄なんて、俺は見たくねえぞ。隣の部屋行ってやれよ」

 

白衣の女とハンターの騒ぎようを眺めながら、サムブレストは遅まきに理解した。身体の痛みよりも、生理現象の方が切実ということもあろう。女性に囲まれて用を足すなど、尊厳だか沽券だかに関わるのかもしれない。片腕だけでは難儀するだろうに。

いそいそと退室する男の背を眺めながら、ふと疑問を覚えた。

 

「あのニイサンの考えていることを、自分が当てちまったら、どうするつもりだったんで?」

「死人に口なしって言うじゃん」

 

満面の笑みで応える白衣の女に、サムブレストは背筋が寒くなった。見れば、ハンターが背負っていた太刀を腰に落とし、鯉口に手をかけている。

 

「お前さん達の身柄は、アタシが一時預かる」

「拒否権は?」

「なし」

 

ため息一つ、サムブレストは白衣の女とハンターに連れられていった。

 

 

 

*

 

 

 

後日――

 

「という経緯がございまして。ええ。自分らも足が洗えて嬉しい限り。真っ当な渡世が成るたぁ、思いもよりませんでしたよ――って修次郎のダンナ。どうして、そんな顔してんで? 間違ってニガムシでも食っちまいましたか?」

 

満面の笑みで謝辞を述べたが、肝心の修次郎が相好を崩すことはなかった。眉根を寄せ、口元を歪めている様子は、機嫌がさらに悪くなったかのように見られる。しまいには深く長いため息まで吐き出す始末。

腹でも下したのかと、サムブレストは心配になった。

 

「具合でも悪いんで?」

「違うよ。違う。はあ。君に折られた腕は未だつながっていないし、爪も生えそろっていないけれども、それ以外は至極健康だよ」

 

正しくは、部下が修次郎の腕の骨を折ったのであり、サムブレストは危害を加えていない――と、指摘するようなことはしなかった。

ただ、修次郎の言葉を、黙って待った。

 

「君と、君の部下十数名を、メイが連れて帰った。拷問を命じた組織の幹部連中――まぁ君らを除く全員は始末されるか、投獄された。ここまでは合っているか?」

「はい」

「メイから聞いた通りだな。が、ここら辺からよく分からんのだが、君らは、メイの決定によりMMトリオンの分隊として再編された、と」

「その通りです」

「酷く不可解なんだが、君ら分隊の上司に、私が就任すると」

「よろしくお願いします!」

「よろしくじゃねーよ!」

 

間髪を容れぬ修次郎の剣幕に、サムブレストと、その背後に控えていた部下十名は一斉に表情を引き締めた。

 

「オメーらが仲間とか、訳分かんねーよ。無理。無理だから。仲間とかあり得ないから」

「しかしダンナ。これはメイのアネゴの差配でして。自分らには、どうしようもない決定事項なんですが」

「こっちは拷問の被害者で、そっちは加害者だろ。簡単に割り切れる訳ないじゃないか」

 

もっともだと思った。

サムブレストと部下達は、修次郎を拉致拷問した末に、怪我を負わせている。自分達の処遇以前に、修次郎に対して『落とし前』をつけなければ筋が通らない。道理に適った主張である。

 

「考えが足りませんで、すいやせん。オイ。アリュマージュ。ちょっと来い」

 

サムブレストの背後に控えていた集団の中から、黒のスーツに身を包んだ男が一人、無言で前に出た。

 

「ダンナ。ダンナの怪我は、全部コイツが負わせたモノ。同じように腕ぇ折って、爪ぇ剥いで」

「はぁ? なんだそりゃ」

「もちろん、これで足りるた思ってやせん。コイツら束ねている自分も責任を取りやす。自分は利き腕をツメるんで――」

「やーめー! 止めろ! いつ私がそんなことを望んだよ。頼んでねーだろ。そんな野蛮なこと」

「止めないで下せぇ。ダンナの気持ちを考えずに自分ら浮かれっちまって。このまんまじゃ筋が通りやせん。どうか、後生ですから」

「いちいち時代がかったこと言うな。そんなことせんでいいから」

 

同害報復を拒否する修次郎の心意気に、サムブレストはただただ感服した。それまでに属していた社会では、金銭的なものから肉体的なものまで、数多くのペナルティが執り行われていた。それも頻繁に。面子がどうした損害がこうしたと難癖をつけては、暴力を振るう対象を探す、そんな節さえ時には感じられた。

それがどうだ。修次郎という男は、自らが暴力にさらされたというのに、報復行為を由としようとしない。何と器の大きな男だろうか。

 

「ふところの深い方だ。こんな御仁に自分達は何てことを――」

「私のことを慮ってくれるなら、すぐにでも解散してくれ」

「いや、そういう訳にはいきやせん。自分を含むファンタズマ十五名、身命を惜しまずにダンナの男気に報いる所存。どうか!」

 

十五名全員で、一斉に最敬礼した。返事に困っているのだろう、修次郎の声は聞こえない。

ファンタズマ――サムブレストと部下十四名の新しい呼称である。命名者はメイ・リオ・エムノート、目的は荒事を含むMMトリオン内における渉外業務、そして管掌は加茂修次郎その人を置いて他にいない。

 

後にMMトリオン内最大武闘派と呼ばれることとなるS分隊――Sは修次郎のイニシャルである――通称『ファンタズマ』が組織された記念すべき日であった。




モンスターハンター関係ないね、この内容じゃ。
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