裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
許されない世界観
知る人ぞ知る、公には話せないタイプのゲーム、「バックスタブレイブ~Backstab rave~」。
裏切りを意味するバックスタブと勇者をもじり、上手いこと言ったつもりになった、タイトル通りのゲームである。
このゲームは、とにかく主人公である勇者がひどい目に合う。両親から始まり、小さい頃からの友人やせっかくできた恋人、勇者を送り出した王国、果てにはゲーム終盤まで背中を預け共闘したパーティメンバーにいたるまで、何らかの形で裏切ってくるのだ。
誠実で性格の良いキャラも出てくるが、主人公同様最悪な末路を辿る。そして大抵は手遅れか死んでいる。裏切りは故意で、悪意ましましだ。
発売当初、情報を隠していた制作陣は、ゲームキャラクターの誰よりも悪魔である。愛らしい少女の絵柄や、カッコよく秀逸な甲冑のデザインに惹かれ購入した人たちは阿鼻叫喚であった。
感情移入したいからと主人公を男性にした奴らは、中盤からの怒涛の鬱展開に精神を持っていかれ、可愛さを求め女性を選択した奴らも主人公の尊厳を踏みにじりまくるNPCたちにガチギレした。
しかし炎上するはずだった「バックスタブレイブ」は、鬱展開を歓ぶその手のマニアに知られた結果、寧ろ高評価を得ることになった。初期に買ったやつらは話題作りにまんまと貢献させられたというわけだ。
俺はハッピーエンドが大好きなので、鬱展開を好む層は理解できない。しかし「バックスタブレイブ」特有の魅力に囚われてしまった人間でもあった。ゲーム性はやりごたえのあるRPGであったし、これだけ嫌な話の展開なら、もしもを望んでしまうものなのだ。
俺は一次創作をする合間、主人公を筆頭に幸せになってほしいキャラクターのIFエンドを考えて、心の安定を図っていた。
そのせいで複雑な心境だ。アンチなのにその作品をファンより知っているみたいな状態である。
それに俺は、主人公の真っ直ぐさが大好きになっていた。どれだけ人から貶され裏切られようと、自分の使命を果たすため全力を尽くす。辛くても人を信じ、人類のために戦うその姿勢が、俺の胸を打ったのだ。
制作陣へのインタビュー記事を見たことがあるが、奴らも勇者に脳を焼かれていた。
どんな展開にしようと立ち上がってくる勇者のことが好きで、どうやっても心を折ってやりたくなったという、歪み切った愛であったが。
ここまで何故、マイナーな鬱ゲーについて真剣に考え直したのか。それは俺が「バックスタブレイブ」の世界に入り込んでしまっているからに他ならない。ゲームの世界に迷い込むなんて、フィクションの中でしかありえない。非現実的だ。
言語は日本のものではないのに、すっと耳へはいってくる。明らかにファンタジーな見た目の人間が街の通りを歩いていた。それでいて「リシディア教」とか「ゼシニス大陸」とか、聞き覚えのある単語が飛び交っている。
夢じゃないかと思ってふらふらと街中を歩き回り、腰にぶら下がっていた袋の路銀を使い宿を取ったりして、何週間も経った後認めざるを得なかった。これは限りなく現実に近く、醒める夢でもないことを。
俺は愛憎入り混じるゲーム作品の中で、別人として生きることになったのだ。
そして、この世界に来て数年が経った。日々暮らしてきた六畳半へ戻る方法は分からず、中世風の世界に適応してきた頃だ。
二つの月が浮かぶ夜。レナノにおける、街外れの酒場は、がやがやと騒がしい。
俺は顔面全てを覆う兜を押さえながら、ジョッキを回収している少女に声をかけた。茶色の三つ編みをした看板娘は、明らかに呆れた様子で返してくる。
「――もう一杯いただけないか。景気づけしたいんだ。」
「お客さん、もう二十杯は飲んでるよ…!度数も高いし、もうやめておいた方がいいんじゃない?」
「まだまだ飲み足りなくてな。お気遣いありがとう、お嬢さん。」
「…スられないように気を付けなよね。はーい、すぐ行きます!」
俺に対してとは打って変わり、元気な声で注文を取りに行く。連日閉店まで飲み続ける全身鎧の男など、不審がられても当然だ。だが俺はこの酒場でしなければならないことがある。張り込みというやつだ。
俺の視界には、看板娘が忙しなく動き回る姿とカウンター席で微笑む美しい人間が映る。魔術師のような見た目をした人間だ。看板娘は時折その人間に対して赤らめた顔を向け、笑顔になる。
蜃気楼のごとく気配が薄い。酩酊していなければ、気づくことができないほどに。
「厄介だな…上位種というのは。こんなにも容易に人へ紛れる。」
この世界は言ってしまえば人類に不都合なようにできている。敵は空や大地の裂け目から現れるのだが、その裂け目を見つけるまでに時間がかかる。加えて敵側が使う魔法は応用が利き、人間の戦士が五人でかかってようやく倒せるほど肉体強度にも差がある。全ては善良な人間が裏切られ、絶望する様を見るために作られた舞台なのだから、当然と言える。
あの名も分からない看板娘も、世界の被害者の一人だ。意識を乗っ取られ、裏切ってしまうという変化球なケースである。
彼女は素朴だが心根の優しい恋人がいるのに、いつの間にか常連となっていた美しい魔術師に惹かれてしまう。仕事の忙しさから心の隙を狙われ、洗脳を受けて愛を捧げてしまったのだ。「上位種」*1と呼ばれる、この世界における敵であることを知らずに。
結果、看板娘は上位種の尖兵となり、愛する家族や恋人、酒場の恩人を順々に燃やしてしまう。数年後元凶を主人公が倒したことで、洗脳が解けた後は、罪の意識で彼女も炎に飛び込むという最悪な展開である。
上位種は自身の優位をよく知っており、人間を弄ぶ。ただ愉しむためだけに。
俺はこの世界に来てすぐ決断した。悪辣な人間や人類を愚弄する上位種から、善良な人を助けることを。
ひたすらこのゲームに向き合ったことがあるため、地理に歴史、登場人物はすべて頭に入っている。人間側の魔法を習得する方法も把握済みだ。
世界は広く、だがせめて物語に登場したキャラだけでも、健やかに生きられるようにしたい。
望んでいたIF展開を作り出すときだ。それに、そこら中で胸糞悪い裏切りを見せられたら、絶対に立ち直れないという情けない感情もある。ゲームとリアルでは受けるダメージが違い過ぎるのである。
マントで隠した胴鎧を触る。この身体の持ち主の意識は俺が入り込む直前、既に死んでいた。
エドムンド。ゲーム中では登場しなかったが、白銀鎧の「リシディア騎士団」は知っている。彼もまた世界に呪われ、孤児院の家族を殺された。二十を迎えたばかりの若く、騎士にふさわしい高潔な男だった。
彼の実力が高かったために、上位種に回りくどい方法で破滅させられたのだ。彼がかつて敬愛した騎士団の兄貴分は、長きに渡る戦いに絶望し、上位種へ魂を明け渡した。苦しみから逃れることを条件に、可愛がっていたエドムンドさえ売ったということである。
俺は彼を尊重し、鍛冶屋で特徴の無い兜を買った。この兜を被っていれば俺は俺であり、エドムンドは綺麗なままだ。そう思い込むことにした。
鎧も具足も、何れは孤児院のあった場所へ置いていくつもりである。
「エドムンド君。…このクソみたいな世界を勇者が変えるまで、待っていてくれ。そうしたら君を、家族のもとに帰すよ。」
気づけば人は少なくなり、酒場の従業員たちが客へ閉店することを伝えている。魔法で灯っていた店内のランプが消されていき、早々に立ち去れと合図しているようだ。
俺のところにも眉を怒らせた三つ編みの看板娘がやってきた。
「旅の方!もう店を閉めますから、宿にお帰り下さいね!」
「ああ…伝えに来てくれてありがとう。代金はここに置いていっていいだろうか?」
「はい!大丈夫なので、行った行った!」
退店間際、最後にカウンター席を睨みつける。男性か女性かも分からない風貌の上位種は、店の女主人を見て薄く笑っていた。この場所はもう見納めだとでもいうように。
五日も粘った。お前こそ今夜で見納めだ。
俺は、袋からすさまじく苦い丸薬を取り出して飲み込み、しゃきっとする。上位種の姿が見えにくくなるが、目は慣れている。
あの薄笑いからして、今夜看板娘を完全に掌握するのだろう。悦に浸りきったときに、それらは嘲笑うのだから。
◆
灯りの消えた街は静まり、月だけが人影を映し出す。酒場の裏で、従業員の少女はほうと顔を蕩けさせており、対面する銀髪の人ならざる者は少女の顎に手を添えようとする。
逢瀬とは美しい時を形作る。その先に待つ結末が幾ら絶望に満ちていても、正気を失った娘に判断することは不可能だ。
銀髪のそれは、掌を黒く染める。そうして少女の瞳を覗き込むようにして、「酩酊する唄」*2の中に複雑な術式の魔法を混ぜ込もうとした。尖兵へと仕立て、悲劇を面白がるために。
「――『感知の阻害』。」
『ッ!?』
低く張りのある男性の声が響き、虫の鳴き声が消える。銀髪のそれは気配を消すことに長けていた故に、不意を突かれて固まった。
影から現れたのは、何の変哲もない鉄製の鎧を着こんだ騎士。だが月光が、彼の持つ直剣を妖しく輝かせ特別にしていた。
感知の阻害*3は、音と同種族を呼び寄せる生理活性物質をも領域内に留める、人間側の魔法である。ただのはったりではないことに、銀髪のそれは気づいていた。
「随分と先急いだな。そのお嬢さんに目を付けなければ、死ぬことも無かったろうに。」
『フフフ…人間、それもならず者程度に何ができる?さあ、ぼくのためにあれを殺してくれ。』
「分かった…」
全身鎧の騎士に向かって、ゆらりと少女が駆けていく。その目は虚ろで、無手であるというのに武器を持つ男へ恐れを感じていないようだった。
銀髪の上位種は、少女の背中ごと騎士を狙い撃つ。高速で宙を飛ぶのは羽であった。騎士は左腕で少女を庇い、右手に持った剣を正確に振り抜く。
『ぼくの羽を、全部斬った…!』
「鳥の化物か。なるほど、俺の推測は正しかった。」
上位種はもはや、人を模すことを止めた。ローブで大部分が隠れていた両腕がびきびきと音を鳴らして変形し、鳥の翼のようになる。布を取り払い長髪を乱した上位種は、女性としての特徴を含んでいた。
中性的な面影はなくなり、それは嬌笑する。笑うだけで、囁きかけるだけで脆弱な人類は惑わされる。今回も同じように、自身に吠える弱者を殺すだけだと、それは思っていた。
「美しいが、この世界では耳障りになる。」
『ウゴッ…!?』
その瞬間、青い靄*4で包まれた投げナイフが二つ、上位種の喉元と口に突き刺さる。騎士は、動こうとする少女を腕で固め、墜ちてきたそれを横に一閃した。暴風の魔法や、唄を歌う隙も与えず。
上がる血飛沫は上位種の首から出ており、色はどす黒い。後ろを向いたまま捕まった少女にもかかりそうになったが、騎士はそれを防いだ。
騎士は、暗闇にて何度も剣を振り下ろす。上位種が完全に死に、術が解けた少女がくたりと眠り込むまで。
そして二つの月が陽に隠れる前に、騎士は街から姿を消した。
翌朝。酒場の裏手には、かけられたぼろ布を不思議そうに見つめる、少女の姿だけがあったという。
◆
名前が分からない看板娘の無事を見届け、レナノの街を出てからすぐ。俺はゲーム内の時系列において、次の犠牲者となる修道女のもとへ急いでいた。
身軽に動くため身分を騎士から、傭兵崩れにまで落としたことについて、エドムンドには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。それでも、所属も国も何もかもが裏切ってくるこの世界においては、剣で日銭を稼ぐ方がましである。
「主人公の勇者が選ばれるまであと三年か…。長いが…正念場は近い。」
俺は重い息を吐き、荷物の中に入れていた羊皮紙を眺める。「バックスタブレイブ」で出てきたキャラクターについて、要点だけまとめてあるのだ。今まで助けてきたキャラクターは、ゲーム開始時点ではもう手遅れな亡霊や尖兵にされてしまった者たちである。
そして開始が近づくにつれて、犠牲になった善人たちの描写が増える。この世界における悪人の醜悪さも浮き彫りになるのだ。
もしもは起こり得る。勇者は、悪意によって村を追われるためだ。力を得る前に死んでしまえば、誰も上位種の親玉に敵わず、この世界は本当に終わりである。滅びた方がマシかもしれないが、その結末を迎えることこそ制作陣と世界の思うツボだ。
勇者となる彼もしくは彼女が追われる前に、故郷の村を見つけ出さねばならない。場所を明言されていなかった村の位置を、俺は探し続けている。