裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
俺は個人名を隠しながら、ミナに求められるままに近況を話す。こんなもので満足するのかは、分からない。
その間ミナは、焼き魚の料理をまるでやけ食いしてるかのような荒々しさで腹に収めていく。
「へぇー…。ふう~ん…!」
「何か気に障るようなことがあったか?すまない。」
「別に!その話に出てきた女の子が、大事なのは分かったし。」
綺麗な眉を怒らせて、ミナは言う。その苛つきは何が原因なのか。俺が話したことでミナに不都合なことがあったのか?
いやザルディ国と、コルバの街のある国に直接的な敵対関係はなかったはずだ。元より国同士の争いは遥か昔になく、国境とは別の巨大組織間*1でパワーバランスを取っている状態だ。国家の争いは、ゲーム最終盤になって混乱と共に生じたこともあったが、今じゃない。
ならば、ミナ個人の怒りなのだろうか。
俺は目の前に座る、喜怒哀楽がはっきりした愛らしい少女について、ほとんど知らない。過去も現在も、そしてゲーム内で敵として現れたとき何を思っていたのかも。
主人公に敵対する存在。蠱惑的で、主人公たちに「裏切られる」ことの苦しみを植え付ける一人ということしか、確かな情報を持ち合わせていない。
目にかかる整えられた銀髪をかき上げ、柔らかな頬を動かした少女は、料理を飲み込んだ後続ける。俺へ不可解だと、疑いの感情を押し付ける。
「――どこか行くときはまず、私に連絡してよね。それと、手紙も『越境』*2経由で出して。…どこにいるか、分からなくなっちゃうじゃん。」
「……。」
「なに…。嫌なの…?」
「…そうではないよ。ただ――」
俺は一度息をついてから考える。
やはり目の前の少女と、俺の知るゲーム内の女性とは、髪と目の色、名前以外は一致しないのだ。
ミナが初めて俺へ接触してきたとき、こんな話し方ではなかった。年頃の少女とは思えないほどに、蠱惑的な態度を取っていたように思える。それこそ俺のイメージに近い雰囲気だ。
だが今のミナは、感情を剥き出しにしていると言っていいほどに真っすぐだ。人を惑わして無様を嘲笑う姿が想像できない。
だから俺は、一歩踏み込むことにした。ミナがこの街を拠点に斥候をしているのか。何故俺について回るのか。
それを知るために俺は、エドムンドの体を借りている身でありながら、騎士としての在り方を汚す。まだ確信もしていないのに、人間を言葉で試す。
彼女の返答次第で、俺はこの街を変わらずに見るだろう。そして主人公の勇者を見つけ出したら、絶対に立ち寄らせない。
俺に、街の風土を変えることなど不可能だ。三人がまだ台頭していないとしても、夜のコルバは治安が悪い。街ごとグルで身ぐるみをはぐまではしないだろうが、ゲーム開始時点の数年後で同じ風になっていれば。
上位種は潰す。だが、まだ見ぬ希望である彼もしくは彼女に、言葉と腕力で痛めつけられてほしくないのだ。人間相手の方が、勇者は苦しむだろうから。
兜で隠せばエドムンドを汚さないと思いこんでも、申し訳が立たない。俺は深呼吸してから、何とか止めていた言葉をミナへ出した。
「――俺はもう、この街に長居することはないだろう。貴女にも会うかは分からない。それでも近況を伝えるべきか?」
「はっ……?」
するとミナは呆けたような顔をしばらく作った。俺は彼女の様子を観察しながら、じっと待つ。
ミナは声を低めてぼそりと言った。その言葉には、今度は俺が呆ける番だった。
「それ…私を、見捨てる気…?」
「…どういう意味だ、ミナ殿。」
「…最悪。ようやく戻ってきたと思ったら、そんなこと言うとか…。」
俺が尋ねても、少女は顔を背けて呟き続ける。
俺は小さく頷いた後切り出した。ミナの言葉に引っかかる部分があったからだ。
「貴女は戻ってきたというが、俺は常に旅をしている身だ。別の…西だけでなく大陸全てを。いつかは外にも行かねばならないだろう。もっと早いペースで、転々とすることになる。だからこう話したんだ。」
「え…!それって…。」
ミナはばっと顔を上げると、俺の顔をじっと見つめる。彼女の目の周りは赤らんでいて、瞳の色が強調されるようだった。一滴だけ少女の瞳から、涙がこぼれる。俺は胸が痛くなった。
だが俺は更に、今思いついたような声色にして続ける。そうしたらミナの目はだんだんと細まっていく。
だめだ。ゲーム内の敵で、トラウマを製造してくる女性であったことを鑑みずとも、少女の感情が理解できない。悪意の影は今も感じないのだが。
「…そうだ。貴女も別の街を拠点にしてみるのはどうだ?折角こうして、共に食事までとれるようになったんだ。別の場所なら、ばったり会えるかもしれないじゃないか。」
「ふう…。ほんと、そういうところだと思うよ。エドの悪いところ。」
「…確かに、悪いことを言ってしまったな。涙を出すほど…ミナ殿にとって嫌なことだったのだと、反省している。」
「分かってないだろうから、いい。…考えとく。だから、手紙は送るように!」
ミナは語気を荒げて立ち上がると、自分の食べた分の路銀を机の上に置いた。そうして俺へ会計をするように言うと、ゆっくりと店を出ていく。
少女とは会って短いが、確信したことがある。まるで嵐のような女性だと。
「外で待ってるから!」
「分かった、すぐ済ませるよ。」
俺はミナの笑みを見た後、料理代を全て自分の袋から出した。これは、少女へ迷惑をかけてしまった分だ。
(…俺の望む通りだとしたら。俺の行いで彼らも、勇者にとって優しい存在に出来るのかもしれない。)
もしかしたらが、現実になるのか。俺はまた鋼の裏側で深呼吸すると、代金を払ってから店の外へ出る。
「ミナ殿、これは返す。迷惑をかけた分、俺が払わせてもらった。」
「エド…。そういうこと、いつも他の人にもしてるならやめた方がいいと思うよ。」
「これは俺の決めたこと。俺はどんどん喋りが下手になっている自負がある。誠意だけでも見せなくては、鎧に泥を塗るのと同じだ。」
「…私もムキになりすぎた、ごめんなさい。ここからは、怒るの無しにするから。」
俺は少女の怒るタイミングが分からない。きっと彼女の中に、悪辣さも、俺に対する悪意もないのだと信じたい。今日感情をぶつけられて、そう思えた。少女は演技でなく、自然体で俺に接しているのだ。
空は、曇り一つない快晴であった。きっと今夜の月も綺麗に輝くだろう。
ミナに連れられ、俺はコルバの街の「越境組織」へ向かう。
残る二人はどうなるか。不安は未だ渦巻く。
◆
海原が陽を反射して光り、水色に塗られた街の壁も眩しく映る。
この街全体が、歓楽街のようなものであり。それ故に昼夜で見える景色も変わる。
昼の美しさが前面に出た街を歩く、一人の少女。銀髪を肩にかからない程度に切り揃えた彼女は、疲れ気味ながらも自然に口角が上がってくる。
隣を歩く、背の高い鎧の騎士と会えたためだ。少女は頬を両手で揉み、その熱を意識する。
その少女ミナにとってこの騎士、仮名をエドとする男は偶然見知った存在で。しかし物語の中から飛び出してきたかのような、浮世離れした「夢」だった。
ミナは、獣や異相付きの様子を伺う仕事を担う斥候である。そのため夜、街の近辺に繰り出すことが多く、時には深い傷を負うことだってある。
魔法が使えるからといって、人より貯蓄できる魔力量が多いだけであり、行使できる防護魔法もかすり傷が出来ないようにする程度の効果だ。
ただでさえ冒険者と呼ばれる人々は、命を落とす可能性が高い。彼らに仕事を斡旋する組織自体が、「社会的な落伍者の受け皿」として認識されているほどだ。
冒険者とは、
だがミナの中で、その認識が覆るような出来事が起こる。
最悪から始まり、そして終わりには息が止まるほどに驚きで埋め尽くされていた。
ミナは、ある夜いつものように「越境」の職員から依頼を受け取り、獣狩りのための偵察へ向かっていた。職員は常人離れした体力の持ち主で、どんな時間にも受付をしている。
少女は不運だった。森の中に丁度、上位種の出現する裂け目が現れてしまったのだから。彼女は命からがら、毛むくじゃらの獣のようなナニカから逃走した。
化物から感じる本能的な恐ろしさに古い傷*3が疼き、体も強張ってしまった。
少女はしかし、不幸中の幸いであった。通称を付けられた冒険者でも知ることはできない、文字通りの化物から、逃げ切ることができたのだ。追いつかれたとしても死にはしない。獣の群れは羊を飼い殺しているのだから。
息を荒げながら、涙を流した。こんなどうしようもない自分も、神は助けてくれるのだと、いつもはしない女神への感謝をするほどだった。
その感謝が向けられるべきものは違うと、ミナはすぐに理解をする。森の中から、見たこともないほどの魔力の奔流が突き上がったのを眺めていたからである。
その時少女は、ふらふらとその光へ近づいていった。少女は綺麗なものに憧れていた。青の魔力の澄み渡るような匂いが鼻腔を通り抜け、身が軽くなる。
『はぁ…はぁ…。あれって、人…?』
『騎士…。』
少女の視線の先で、毛むくじゃらのナニカが消えていく。その傍に立っていたのは、魔力の奔流と同じ青みがかった光をした全身鎧の人物だった。
ナニカが消えた後、騎士は無言で立ち去ったが、ミナは何とか追いかけた。身体強化魔法を使っても追いつけないほど騎士は速かったが、その影がどこに消えるかを視認できた。
そこは、自身が冒険者になってからずっと拠点としてきた、コルバの街そのものだった。
そうしてミナは、酒場に入る騎士へ自然に近づき、いつもの猫を被ったような態度で話しかけた。そうすれば自分は男性に庇ってもらえるし、利益も多く得られる。場だって丸く収まるからだ。
街で初めて見る鎧。旅人である彼に、そのミナの態度は逆効果だと気づくのに時間はかからなかった。
それでも少女は試行錯誤して、騎士に話しかけ続けた。
ミナの目には、あの夜見た輝きが、月光を浴びる姿が焼きつき離れなかった。
夜の偵察は、自身と獣の血に塗れ、土の匂いは少女を惨めにさせた。しかしあの月を見てからは違った。
月の輝く夜には、力を誇示せず英雄が現れる。そして、獣以上の脅威を人知れず狩っているのだと、美しい夢を見ることができたから。
ミナはその後、月灯りの騎士も「冒険者」として活動していると、彼自身から知る。
そのときからミナは、「月」を放したくなくなった。うす暗い自分も、輝ける夜をずっと。
◆
騎士が離れるのを恐れ悲しみ、そして再会に喜び。今少女は、彼と本心で話せることを楽しんでいる。
日中の騎士は、陽光のようであるとミナは感じた。兜で顔は分からなくても、瞳はいつも穏やかなのだ。ミナを明らかに警戒しているときも、それは変わらなかった。
そして誰にでも歯の浮くようなことを言う騎士を、女性に限らず人類の敵だとも冗談半分に思う。
ここへ来なくなるのならば、どこまでも追いかける。ミナの中で輝かしい夜は大きくなり。安定や街への愛着を乗せた天秤が、釣り合いを取れず倒れた。
「ねえ、エド…。お願いがあるんだけど…。」
「どうした?反省中だから、俺には何でも要求してくれ。女子の流した涙には、償うつもりだ。」
「もうっ…!今から言うよ。…私のこと呼ぶとき、殿とかつけないでほしいんだけど。後、ミナじゃなくてミウって呼んで。そっちの方が発音近いらしいから。」
騎士は考え込んだ。今騎士は真意を探っているのだと、ミナは勘だが、ほぼそうだと思っている。
そして小さく縦に振られたとき、ミナはとびきりの笑みを浮かべてみせた。こういうときなら、自身の磨いてきた処世術を使ってもいいだろうと。
「分かった。…それでは改めてよろしく、ミウ君。」
「あはは!よろしくされちゃったら、私も返さないとね。」
二人は別々の目的を持ち、施設へと入る。騎士は調査、少女はこの街を離れるための手続きを。
ミナは前髪の毛を、右の人差し指でくるりと巻いてから頷き、一歩踏み出した。