裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
最近は更新が滞ってしまっておりますが、これからも帰宅後の空き時間を駆使し、お話を進めてまいります。
どうぞよろしくお願いいたします。
自刃の後。激痛と全身を包む寒気を体感し、意識が連続していることに男が気づいたのは、数月経ってからであった。
足を動かしていないのに景色が変わっていく。ぼんやりとした視界が戻っていき、そのわけはすぐに知れた。
己の体を何者かが動かしている。自身はその動いている体から抜け出ており、誰にも気づかれない透明な存在になっていたのだ。
そして男は気づく。自身が指揮した部隊にもいた「縫合持ち」と称される者、その彼らにのみ見ることが出来る人間の残滓。亡霊に、自身が成り果てていることを自覚したのである。男エドムンドは追い込まれ死したのにもかかわらず、上位種への恐怖や人間への猜疑心を抱くことは無く、極めて冷静に状況を把握した。
その次は、外に意識が向く。専ら理解できなかったのが、己の肉体を動かしている者の正体である。
エドムンドはリシディア騎士長、司令官として多くの敵と相対してきた。特性は個体ごとに違い、どれも人類では起こせない不可思議な術を行使してきたため、臨機応変な指揮を要求されていた。
そのため大抵は上位種の仕業だと説明できる。尖兵と化し操られているか、死体に入り込むタイプの上位種ではないかと考えることは、自然な流れであった。
亡霊である故に、何もできないまま観察だけをする日々が続き。見るほどに段々と認識が覆っていく。
顔を常時冷たい鉄の兜で隠したそれは、お喋りではなかったが、屍にない情動と、上位種にない心を持っていたのだから。
楽しい話には笑い、他者の不幸に当人以上の深い悲しみを抱き、反対に幸福には声音を和らげ祝福する。そして何よりも、人類の敵へ激しい怒りを燃やしていた。
次第にエドムンドは、目の前で展開される旅路へ前のめりになっていた。新しい紙芝居を見るように、白銀鎧や剣に憧れたあの頃のように、童心にかえっていた。
何故なら、エドワルドはある意味で純粋だったからだ。人間とは、何かしら他者には見せられないような弱みがある。肉体的、精神的な欲望を満たすため、密かに浸るものもあるだろう。だが、エドワルドにはそれがなかった。
ひたすらに修練を重ね、上位種やそれに連なる脅威を暗がりで討ち、人を助ける。自然体で多くを望まない。
同じ姿形でもここまで変わるものかと、軟派よりな性根のエドムンドは考えもした。
引き込まれていけば、エドワルドの在り方も見えてくる。独り言つ内容や、思考の方向性が自罰的であることに気づいたのだ。男は根底に、他者の肉体に入りこんだことへの罪悪を感じており、それでいて己を低く見積もっている。
そしてエドワルドの口から呟かれた言葉が、決め手となる。まさか亡霊が片時も離れず傍にいるとは思っていなかったために漏れ出たのだ。
彼は紛れもなく人間であるが、この世界の人間ではないとエドムンドは認識した。そして幾多の魂が集まった今も、あらゆる知恵者によりその認識は補強され続けている。
『――つまり彼は、この世界の現状を、盤のように眺められる位置にいたのでしょう。そのような術を扱える人類は、かつていなかったと聞いています。そうだろう皆、クリフ?』
エドムンドは近くにいる亡霊に同意を求め、それぞれが頷く。また、一人名前を呼ばれた亡霊クリフはエドムンドの言葉に同意した上で話し始めた。
彼は生前、各地を渡り歩き、知恵と歴史を作る人間の情報を集め続けた集団の一員であった。「宙空の究明者」は古い時代、此の地の法則を調べ続け、侵略種族が現れた後も原理の解明に勤しみ、最後の一人が「学院」の原型を作り上げるまで活動し続けたのである。
故に、クリフの言葉は淀みなく、どこまでも流れ出る。モユヌエはげんなりとした顔を作っていき、声を張り上げた。
『ああ、違いない。侵略種族が別の位相から現れたのだから、ありえる話だ。「ゼシニスの眼」と称されたグスタフに似ているようで、全くの別物といえよう。そもそもグスタフは魔力の軌道を非常に広く感知できる体質であったから、独自の魔法を使えているように見られただけで――』
「や…やめいやめい! 蘊蓄を垂れ流すのは! お主の話だけで一日が無くなってしまうわい!」
『ふむ…小娘も物を言えるようになったではないか。「天才人形師」という呼び名に浮ついていた娘がな…。』
「うぐぐ…! 蒸し返すのもやめるのじゃ…!」
モユヌエの睨みにクリフはふっと軽く笑うと、体と同じく透明なローブを翻し黙り込む。エドムンドは再度モユヌエに伝えた。
『…という認識を持っています。ご納得いただけましたか。』
「…うむ、よく分かった。確かに、空間の開きは発生しておるからのう。じゃが、どれだけ低い確率なのか…。」
『ずっと見てきたからこそ、エドワルドの口を割るのが難しいのは分かりますが…彼が信頼している人間になら、ぽろっと詳しい話を漏らすかもしれません。』
「なるほどのう…それなら、あやつの知人から探ってみるのじゃ。それでお主らについてじゃが――む?」
モユヌエが脳内で整理を終えた後、話を変えようとし固まる。エドが入り込んだ「微睡の棺」から大きな魔力のうねりを感じ取ったからだ。
これはつまり、エドが夢幻の中で魔法を行使しているということ。鍵となる短剣を通じて、体内の魔力を別の空間へ送ったり、吸収したりを繰り返しているのである。
ケルも異変に気付き、棺に視線を向けた。モユヌエは大きく息を吐き、どのような結果となるかを予測する。亡霊たちも集い、戦果を期待し始めた。
「これって…。」
「始まったようじゃな。さて…エドワルド相手にどれだけ粘れるかのう。ハルラン様?」
『騎士の模造程度、エドワルドが倒せる。何せ、私を倒した男だ。』
『はは、それは抜け殻相手だろう? うん…やっぱり見られないのが残念だな。今からでも僕も入ってきていいかい?』
兜で覆われていても彼、ロイスの声音は何処か誇らしげだった。ロイスは、そわそわとするエドムンドの肩を掴み止める。生者も死者も、眠る騎士の帰還を待ちわびている。
◆
かつてのシウゼヴァクを模した「魂のコテージ」が震える。街や瞬間を切り取られた幻影たちが、形を変えて歪む中。只一人だけ、平然として立っていた。
青月の名を、彼を知る人々から冠した騎士は、振り抜いた剣に「月融け」を纏わせる。そして左腕から掌にかけて青白い炎を放出すると、凄まじい速度で駆けた。牡鹿の脚を以て。
夢幻の中に、月の光は届かない。陽光も、星々の瞬きも、黄土色の霧がまやかすだけだ。しかしそれは、裏を返せば暗闇にあるのと同義である。
月灯りは夜闇にこそ眩く輝くものだ。エドワルドはこの空間の法則を、今まで苦しめられてきた血赤の空間と重ね合わせていた。
「やはり使える…!ならば、少しばかり手荒にいかせてもらうぞ!」
騎士が相対するのは、これもまた再現された古い時代の故人だった。
「ゼシニスの双翼」、バルナバス。彼独自の騎士団を持ち、ゼシニス王の軍「竜焔」の部隊をも指揮した、王の腹心である。「竜焔」の隊長や彼の部下はこぞってその英雄の背中を追い、防具や戦法までを手本とした。
つまりは、バルナバスの纏う鎧こそが真作であるが、エドワルドはそこまでを知らない。古い猛き戦士の中でも頂に近い者が模されているなど、彼は思いもしなかった。
しかし、それだけの強き想いを、民はハルランに抱いていた。英雄の似姿を借り、背丈を誇張してでも敵を威圧し、最後の希望を守り抜く。王の腹心の一人でも生き残っていれば、再び栄華を取り戻すことができるのだと。そしてそれは、ハルランの叶わぬ願いにも繋がっていたのである。
「欲望の騎士影」。名を付けられず、ひたすらに王城の守護者であり続ける意思の集合体は、下手人に向かって炎を吐き出す。街の倒壊を気にすることはなく、練り上げられた魔力を一気に放出した。
「ちい…!『水雫の薄膜』」
エドワルドはそれに対して獣を模した機動力と、「水雫の薄膜」で封殺を試みる。彼の魂をもとに再現された黒衣が燃え、光を通すと青く輝く鎧が露になった。
竜の次は、それに跨る騎士影が槍を振り回す。人知を超えた速度での突きや薙ぎ払い、竜の前腕からなる引き裂きは、エドワルドを全く寄せ付けない。
かといって遠くに退避すれば、また竜の炎が飛ぶ。エドワルドは合間に「霊月の太刀」を長く伸ばしたり、「空に落ちる石塊」を飛ばしたりなどをしてみるが、竜の機動力は巨体に見合わないほど素早かった。
しかしエドワルドは諦めるつもりなど毛頭なかった。死闘の中で動きを覚え、例え最初は絶望的な実力差でも、何れ隙を見つけ出す。
彼は生まれ故郷にて「バックスタブレイブ」と呼ばれたこの世界に来てから、それを徹底してきた。今この瞬間もそうだ。
「当たれ……『霊月の槍』!」
『……。』
「くっ速いな…!しかし、この威力で鱗は削れる――」
エドワルドは徐々に、しかし目に見えて動きが狭まっている。高速で迫る槍を時々弾き、大きく動いて避けるのではなく、必要最低限の消耗となるように変わっていく。
ここには脅かされている人命はいない。早く倒しきらなければならない理由はない。故にエドワルドは魔力を、十分な時間をかけて練ることができた。
『グルルルルッ!』
『……!』
模された竜は唸りながら嚙み切ろうと口を突き出し、騎士影は無言のまま槍を、エドワルドの魂にぶつけようと力を尽くす。それらを、ひらひらとかわしたエドワルドの両腕からは、いつの間にか皚炎がこぼれそうなほどに溢れていた。
一撃必殺の構え。両拳を力強く前方に突き出し、眩い「月の杭」を顕現させる。
空に二つの月はなくとも、エドワルドの内には「月」が宿っている。
二つの月でも、「月環の監」が見出した霊月でもない。架空を見て、その威力と美しさを絶対だと思った、エドワルドの魔法。
執念と憧憬が集約された、この世界とは別の「月」。ただ一つしか浮かんでおらず、もはや二度と見ることの叶わない故郷の星だ。
それは、老術師ジェロムの「濁流」理論、ルリベナによる月に触れる学び、そしてリィートイから継いだ「皚炎」の火種を爆発させたことで、当人は気づかずともついに体系として成り立ったのである。
杭という一つの枝しか伸ばしてはいないが、だからこそ大きな力を持っている。何故なら得ようとする力の源が曖昧であり、それでいて全ての月を奥底では区別していないからだ。
魔法とは、直感的なものである。そのひらめきを共有しようとするから、術は解かれ言葉となり理論となる。
そうして誰しもが使えるほどになったときには、多くのものが零れ落ちている。理は言語では表せない位置にしまわれているのだから。
竜が炎を吐き出さんとするその時を、エドワルドは待っていた。
「恨みはないが――月の光よ、呑みこめ!」
エドワルドの拳から巨大な杭が弾ける。唐突に放たれた魔法に竜の反応が遅れ、その上にある騎士影も体を逸らしきることができない。
青白い騎士は、一瞬の隙を狙って相手を優位から叩き落とし、しかし王城前に舞う煙から目を離さずにいた。
大部分が消し炭になった影もまだ執念を燃やした。人としての自意識はとうに消えていて、幻想に抜け殻だけがしがみついているはずなのに。
形を変えた影は、新たに鎧を形作った。装飾が少なく簡素だが、刃が通らぬよう隙間なく。身に着けた者の磨き引き締められた肉体を表すように、すらりとしている。
やがてその騎士影は、左腕に括り付けた盾を突き出し、剣を水平に構える。エドワルドの、夢幻内で再現された喉がごくりと鳴った。
「…モユヌエ殿。『尾剣』というのは、まさか『不朽の矛』のことなのか…? それは教えておいてほしかった――」
弱弱しい声とは裏腹に、エドワルドの反応は早かった。剣と剣が火花を散らし、騎士影が不気味にエドワルドの兜のスリットをぐいと覗く。
一度破られ、ついには猛き戦士の頂を模したそれの中には、闇だけがひしめいていた。
「月」がもたらされ、王城の中で人影が動く。