裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す 作:棘棘生命
変幻自在の門番に突き刺されて出来た傷は塞がった。肉体が直接傷ついたわけでないためか、息苦しさも歩いている内に無くなっていく。
王城内には市街と同じく、人間の虚像が歩き回っていた。本物のようで触れればすり抜ける。そしてその様をじっと観察してみると、同じ動きを繰り返しているだけだった。
言うなれば、市街のものより再現度が低い。俺は、この仮初の王城にいるはずのハルランの心境について考えた。
(…こんな場所にいて、狂わずにいられるものなのか?)
古い猛き戦士の実態について分かった、今だからこそ思う。リィートイやモユヌエは英雄ではあるが、人の域を越えた生物などではなく、長く生きているだけの人間だ。
視座こそ老成した者のそれだが、孤独には心を寒くし、当たり前に傷つく。精神が強く、どれだけ偉人だろうと、ハルランにも人としての感情があるはずだ。そうでなければ、モユヌエが話したように復讐に狂いはしまい。
俺は疑問に思う。何故王城の窓越しにしか安否を確認できないのに、ハルランが無事だと言えるのか。
きっと古い時代に生きた人々は、この夢幻であればハルランの回復を望めると思ったのだろう。しかし孤独や喪失感に蝕まれた精神を、このような動作を繰り返すだけの虚像では慰めるどころか、苦しめることになる。
退屈しないでいられるのは、俺が来たばかりだからだ。俺というちっぽけな個人の物差しでしか測れないが、もしこの夢幻で何十年も過ごせと言われれば、まともではいられない。ハルランは、俺が想像できないほどの時間を独りで生きているのだ。
(話が通じると良いが……あれは。)
いつ攻撃が飛んできても対処できるよう、警戒しながら進んでいると、あるものを見て思わず興奮する。俺は歩を速め、開かれた部屋のドアから中を覗き見た。
そこには、二つの集団が向かい合ってソファに腰かけていた。灰色の鎧を着こんだ小さな戦士の集団と、反対に俺より二回りは背の高い、漆黒鎧の騎士たちだ。
前者の装いは、兜から飾り羽が飛び出しており、特徴的な大槌を椅子に立てかけている。そして後者については馬上用の鎧とフロッグマウスヘルムを、ファンタジーらしく豪華にしたものをきっちりと着こんでいた。
つまりは「殴殺する小人たち」と称された小人の隊列と、「猛き騎馬」の面々である。この二部隊は、どちらも「地鎧」に所属する戦士だ。彼らの中には兜を付けていない者もいて、心から談話を楽しんでいる様子がうかがえた。
上位種が現れる前は、こんな風に親睦を深めていたのだろう。俺は良い物が見られたという喜びと同時に、胸が締め付けられる。リィートイは、ここにいる戦友全てを失ったのだ。
そして俺は、目の前で談笑している戦士たちが虚像であることを良いことに近づき、鎧の装飾をしげしげと眺める。スクリーン上、それも半ば壊れた鎧しか見たことがなかったために、手入れされた騎士鎧の格好良さに惚れ惚れとする。
(そういえば…市街には魔兵らしき姿はなかった。やはり後世の人間が装いを真似た…ということなのか。)
ゲームで見たときには、解像度の影響で潰れてしまっていた細かな装飾まで観察すれば、「猛き騎馬」の鎧と「シウ・ゼヴァクの魔兵」の鎧には、共通する部分が幾つも見られる。
似た形状の兜であることも拍車をかけ、俺は推測していたことが裏付けられていくような思いだった。魔兵にはモユヌエも一枚噛んでいるようだし、生き残った「古い猛き戦士」がデザインを決めたのかもしれない。
『…明日は祝祭だが、聖女様への贈り物は何か考えてあるのか?』
『種を得てきた。育てば、銀の花を咲かす東のモノだ。彼女には、花をも慈しむ姿がよく似合う。』
『ああ、それは良い! 君の気持ちもきっと届くだろうさ――』
ふと俺の耳に、ある二人の会話が入ってくる。小人の隊列の中で唯一三枚の飾り羽を付けた戦士と、金の装飾を黒鎧に刻んだ騎士のものだ。
最近睡眠を取れていなかった影響で遅くなっていた頭が、急速に回転する。
どちらも隊長格だ。俺は、二人のことを知っている。そしてその名も。
『上手くやれよ、トワイレン。』
『無論だ…アラゲドル。貴公の堅実も頼りにしたのだから、きっと。』
俺は思い直す。猛き騎馬の隊長格であった彼、トワイレンについては、まだ諦めてはならないと。
何故なら俺は彼の亡骸があるはずの場所に赴いて、何もないことを視認したからだ。まさか古い時代の戦士が生きているとは思っていなかった俺は、亡骸が無いことへ疑問を抱かなかった。
現実的に変わった影響を受けて、俺が当たりをつけた場所に必ずしもモノがあるわけでないと思っていたこともある。
だが、前提は覆った。少なくとも三名の古い戦士が生きているならば、彼もまた手遅れでない可能性があるのだ。この世界で期待をしすぎるのは良くないが、それでも。
「…リィートイ。貴女にも、良い知らせを届けられるように全力を尽くすよ。まずは…ハルラン殿を。」
鎧騎士だらけの部屋から一人、よく知っている人物を探し当てた。兜を外していなくとも分かる。在りし日のリィートイは同じ隊列の人員と、大きな身振り手振りを使って話し込んでいた。
明日は何を食べようか。明後日は、明々後日はどんな任務が待っているか。未来への希望を何の陰りもなく。
俺は過去のリィートイの模造をしっかりと目に焼き付けた後、部屋を去る。これ以上部屋にいたら、気が迷ってしまいそうでならなかった。
◆
俺はその後も、王城の一室や廊下から過去の輝かしき残影を見た。四つの大部隊のどれかに所属している戦士たちや、ゼシニス大陸の外でしかお目にかかれない戦士の姿もあったりして、気分が上がったり沈んだりを繰り返す。
知的好奇心は満たされた。かつてのシウゼヴァクは、本当にゼシニス大陸の中心だったのだと、新たに知った情報に気持ちが騒がしくなったりもした。
だが、この栄華は全て心無き化物どもに蹂躙されたのだと思ってしまえば、途端に心が冷えてしまう。
この幸福は、何故奪われなくてはならなかったのかという怒り。これだけの戦士がいて、敗北してしまったことへの虚無感。
俺の感情は揺さぶられ続け、最後にある一点だけを浮かばせた。ずっと、八年以上の歳月をかけて磨いてきた志に戻ってきたのだ。
必ずや、上位種を殺し尽くす。化物に殺されてきた人々の無念を晴らし、今を生きる人たちが見えずとも恐怖に彩られた支配から解放するのだと。
この夢幻は、俺にとって存外に相性が良いらしい。今まで、悪夢を見始めてから絶えず感じてきた倦怠感が、すうっと抜けていくのだ。皚炎をリィートイから受け取ったときと同じ、軽やかさを感じている。
そうして廊下を通り幾つもの階段を上って、ついに特別な扉の前へたどり着く。荘厳かつ巨大であり、俺の記憶ではシウゼヴァクの女王が鎮座していた、「王の間」に続く扉だ。
俺は閉ざされたそれを力一杯に押し、開かれる扉の隙間から部屋の中を見る。奥には、王らしき威厳を漂わせた壮年の男性と、王座の近くに女性が立っている。王に見える男性は視線を虚空へ漂わせており、一方の女性は顔に陰を纏わせていた。
明らかに今まで夢幻内で見てきた虚像とは違う。俺は扉を潜り抜けた後、顔を俯かせたその女性に話しかけた。
「…貴女が、ハルラン殿か?」
トリプルテールというやつか、頭の両側面と後頭部から銀色の髪を垂らしている。肌は灰がかった黒褐色で、服装は随分丈の短いスカートにごつごつとした手甲。彼女の美貌と特徴的な装いは、一目見たら忘れられないだろう。
巨人と称される身長ではないが、立ち姿はすらりとしている。本当にハルランと呼ばれる女性なのかと疑問は残ったが、返される言葉によってそれが正であると分かった。
ずっと昔から孤独に夢幻の中にいたならば、人としての受け答えが出来るのかどうか。俺の懸念は、その女性の語り出しによって払拭された。新たな問題と共に。
「…古き魂の墓場を荒らす者。ここには何もない。栄華を忘れられず、停滞を望むのみ者だけしか。…去るべきだ。」
黄と紅が混ざった、深く昏い瞳が俺を見る。俺が微動だにせずにいると、徐々に女性の髪色が変化していく。銀髪が赤く、錆ついたような赤褐色へ。女性の瞳は、爬虫類のような細く鋭い縦長に変わっていた。竜の瞳だ。
俺は息を呑み、その後思い切る。彼女の言葉は淀みなく、狂っていなかったために。
「引き下がるわけにはいかない。貴女を、今この時必要としている者がいる。俺も、その一人だ。」
「なっ…よくもそんなことが言える。初対面だぞ…!」
こんなに元気な返しが来ると思っていなかった。俺は面食らったが、古い猛き戦士の強靭さに感心した。それとも、この女性が特別な才能を持っているからだろうか。
「…凄まじいことだ。貴女は今も正気を保っているのか。…なら話は早い。連れて行かせてもらう。」
「……!」
「貴女の抱えている苦しみがどれほど重いか、俺には想像できないが…。俺にも守りたいものがある。失ってはいけない者たちが。」
俺は左手を前方に出し、女性の出方を窺う。女性、ハルランその人は、ふうと大きく息を吐いた後、背面から長い棒状のモノを取り出す。それは樹枝から作り出した杖のようだった。
「そうか……やっぱり、幻じゃないんだな。都合の良い幻は、よく見た。それがあいつによく似ているのは…変な気分だけれど――」
丈の長い杖のようなものを、ハルランはこちらへ向ける。やはり力ずくしかないのかと、俺は再現された体を硬直させていると、彼女は続けた。
「衛兵を退けた力を見たくなった。あなたの名を…教えてほしい。」
「俺は、エドワルドという。それで貴女が納得するなら、幾らでも受けて立とう。」
「そうか…なら、エドワルドくん。…あなたに成果を見せたい。ずっと、あなたのような人を待っていたんだ。」
「…なるほど。光栄だ。」
俺が返すなり、ハルランは杖をぶんと振り、一瞬で十数ものの魔力の塊を浮遊させる。それらは一様に凍えるような冷たさを持っていて、そして完全にハルランの身体から切り離されていた。
切り離した魔力を制御できる者は、この時代の術師でも数えられるほどしかいないだろう。俺に「月」の魔法を教えたルリベナと同等、いやベクトルは違えどそれ以上かもしれない練度だ。一度に制御している魔力の数が違いすぎる。
これが、古い時代の戦士の上澄み。紛い物などではない、頂にある実力なのだ。
「色々と聞かせてくれ。私からも、この魔法で伝えるから。――そらっ!」
鋭い、氷のような魔力が次々と飛んでくる。こんな恐ろしい魔法を、俺は知らない。知らないことばかりだ。
人類の技を見るほどに、希望ばかりが見えてくる。なんて楽しいのだろう。
俺は咄嗟に剣を振り抜いて弾き、魔力弾の間をくぐって、時には横に避けて反撃の機会を待つ。殺意の感じられない、対話のような試合が始まった。
◆
女性は、昏く淀んだ場所からようやく目を開ける。数舜輝いた月明かりに向かって、進みだす。
王城の門戸が叩かれたことは、未だかつてなかった。同胞の必死の呼びかけも届かず、ハルランは諦めかけたまま探究を続けていた。
どれだけ術を究め、新たな路を模索しても、上位種の前では意味を為さない。強大な人類の敵には敵わず腐っていくのだと。
突然現れた騎士は、ハルランが望む全てを持ち、そして口走った。力と、己を望む心と、涼しい夜明け前の温度を感じさせる魔力とを。
言葉を放つほど、面影を感じる。先に逝った想い人も、暗路を切り拓く輝きを持っていたと、ハルランは懐かしんだ。
だからこそハルランは、救いに縋り手を伸ばす。己が孤独にしてきた探究が無駄でなかったことを、自身に言い聞かせるために、奇跡的な戦士に感じてもらうために、杖を振るった。
徐々に取り込んだ竜血が、まやかしていた魂を変容させていく。竜角が再現された頭蓋を突き破り、腰部からは鱗塗れの尾が揺れる。「竜血呑み」ハルラン、眠っていた英雄は異形の姿となり、今ここに蘇る。