裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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別の時代

 エドとハルランの対話が始まった頃。固く重い微睡みの棺から発生していたうねりが、二つに増える。そして一定に保たれていた魔力の循環は、一気に崩れた。

 針の如き短剣を通して繋がる別空間から、尋常でない量の魔力が溢れ出し、雪崩の如く地下に広がっていく。エドに集った亡霊たちの一部は、体を通っていく魔力を懐かしみ、心地よさそうに表情を緩めた。

 

 亡霊の内、ロイスは冷静沈着ななりをおさめ、声を弾ませて言う。反対にモユヌエは、目を大きく開き啞然としていた。可能性は十分にあり、ハルランへの接触という事を為せると信じていても、実際に成功したのを見れば驚きが先に来たのだ。

 

 

『この刺激、間違いない。ハルランの魔力が弾けている。…これでこそ、皚炎を宿した戦士。』

「…早すぎるのじゃ…! あの門番を単騎で討って、その上でじゃぞ…。」

『何を今更。小娘よ。奴は単騎で何百も、侵略種族を屠ってきたのだぞ。決まった動きしかできぬ木偶が読み切られるのは想定できる範囲だろう。』

「見ているだけで偉そうに言いおって――いや、これはうちも同じじゃな。…うん? どうしたケルよ。」

 

 

 亡霊クリフに挟まれた言葉へ、食って掛かろうとして止めたモユヌエは、両手をばっと挙げたケルの方を向く。第三者から見たら小動物の威嚇のようで愛らしくも、ケルの表情は真剣そのものであり、瞳はハルランの肉体が入った巨大な棺を鋭く捉えている。

 

 少女の目には、魔力の雪崩だけでなく、紛れ込む幾多の人の魂が視えていた。怯え竦み、それでも絶対的な存在からの庇護を求めた、力無き民の魂たちである。人一倍感覚が優れたケルだからこそ気づけたのだ。

 彼らは今も尚ハルランという「母」に縋り、人としての姿を再現できないほどに自我が薄れていても、離されることに耐えがたい苦痛を感じていた。

 ハルランを守るため、彼らは居城を作り上げた。何れ迎えが来ることを期待してもいた。しかしそれは極めて理性的に行った策であり、もはや人であることを忘れた者たちが、その使命まで覚えているわけもない。

 

 ケルが取った挙動は直感であり、だが意味を為していた。落ちる雷を誘う棒のように、ぐずぐずに輪郭が融けた魂たちを引き寄せる。モユヌエの内に微かに在る、「知性を持った蜘蛛」の恐ろしい気配を避け、ただ温かい光のもとへと。

 怪訝な顔をしていたモユヌエも、集まっていくモノに気づく。ばっと椅子から立ち上がり、ケルの掌を掴んだ。

 

 

「ケル…これ以上はやめておけ。例え残滓であろうと怨念に変わりない。触れ続ければ、正気を失ってしまうぞ。」

「でも、かわいそうだよ。ぼく、外にいる人たちと同じようにしてあげたいんだ。」

 

 

 ケルは周囲を見渡し、亡霊たちを空いた左掌で示す。それはエドに憑いてきた者たちとは別の、地下に沈んでいた古い人の残滓だ。

 貌が無くなっており、個としての性質が消え失せている。彼らは異空間から零れ落ちてしまった者たちであり、ハルランの守護を使命として、しかし何も出来ずに浮かんでいる。

 このように消えかけの状態になっていても、異常は知覚できるようで、エドが「欲望の騎士影」を倒したとき、彼らは激しく震え上がっていた。

 

 ハルランの帰還を以て、彼らの使命は終わる。先ほどケルたちは、彼らの辛うじて残った自我に語りかけ、薄暗い地下から空へ解放することを伝えたのだ。

 

 モユヌエはケルの力強い意見に、涙交じりの息を吐いた。

 人形越しでは、他者から伝わる感情が鈍る。だからこそ、モユヌエは越境の主として冷酷でいられたのだ。

 生身での会話は、久しぶりに棺から起き上がったモユヌエにとって刺激が強すぎた。見知らぬ他者を慮る、美しき心を持った勇者との会話は、あまりにも心に響くものだったのである。

 

 

「…うちも手を貸すぞ。同じ時代を生きた者へ、最後くらいは向き合うべきよな。…あ…これ! 逃げるでない!」

「皆、こっちへおいで。ぼくたちが、ちゃんと連れて行ってあげるから…。」

 

 

 モユヌエはケルから人魂の欠片を受け取り、ひらひらと離れていく一部も掴み取る。本能的に恐ろしいものからは遠ざかりたいと暴れる魂へ、モユヌエはぐぐと体重をかけた。

 棺から、魔力は溢れ続ける。作られた異空間が壊れる度波は大きくなり、夢幻から人だったモノたちは目覚めていく。冷たく、抗うことでしか救われない現実へと。

 

 しかし彼らは感じ取ったのだ。魂を揺らすほどの濃密な魔力は、冷たさが雪解けを前にした一時的なものであると。

 やがて欠けた魂たちは、ケルとモユヌエだけでなく棺の中にも縋りつく。此の地を照らす光は、星々に祈りを捧げていた者たちの安寧の象徴であった。

 陽、二つの月、そして星々。そのどれでもない天体。月に近いようで、限りなく遠い新たな光は、鋭く天に掲げられている。

 

 

 

 

 赤褐色の三つに束ねられた髪を、爆風の中たなびかせ、ハルランは心底楽しそうに腕を振る。一振りで十数個の魔力の弾が飛んでくるのだから、俺にはそこまで余裕がない。

 だがこれは「対話」だ。この戦いを通し、お互いを確かめ合うために行われている。つまりは、戦闘の合間に言葉を交わすということだ。

 

 

「――どう? エドワルドくん。この魔法は私の得意技なんだ。魔力制御は欠かさず行ってきたから、昔よりずっと上達しているはず。」

「この量…! 流石は、朽ちぬ矛に並ぶ実力者ですね。」

「ふふ! 敬語は抜きで良いよ。私はただの術師だから。人より多く知識を持っていたけれど、今の時代となっては無知と変わらないだろう?」

「…承知した。そうさせていただく。」

 

 

 ハルランは理論を口に出すことなく、氷のような魔力を流れるように武器へ変える。足元を冷えた沼へ変えたり、長槍として飛ばしたり、果てには俺の死角から鋭利な氷を実体化したり。

 目の前の女性は、これらを「天体の魔法」の一つと話してくれた。観測された巨大氷惑星へ、夜闇と星空の冷たさを結び付けてできた魔法。ゲーム内の文書にも残っていなかった、失われた魔法である。

 

 しかし俺はこの戦法に覚えがあった。前、第二学舎で命をかけて戦った「腐り落ちるソレオ」が操る黒血に似ているのだ。魔法を自在に行使するものは、同じ結論に行き着くのか。

 俺は強敵と戦うときのように集中力を高めていき、ハルランの狙いに意識を傾ける。俺の足運びを予測して、彼女は魔法を撃ってきているのは分かっていた。

 

 ブラフを混ぜて本命の魔法を当てる。近づけば数を使って撹乱し、隙を狙おうとする。そして後ろに下がれば、偶に死角から漂う魔力を武器として飛ばすのだ。

 決して読みやすくはない。しかしやり様はある。俺は魔法「暴風の多刃」に皚炎を混ぜることによって、無差別に周囲を風の刃で斬りつけた。

 

 ハルランの小さめの口から、呟きが漏れる。その後の言葉によって、俺は認識が深まる。

 

 

「こういうのも出来ているんだな…! うん…小回りが利いて使いやすそうだ。エドワルドくん、もっと見せてほしいな。」

「俺はあまり学んでいないが、貴女のためになるなら手の内を明かそう。こういうのはどうか…『聖光撃ち』」

「おっと…。」

 

 

 この大陸で今知られている魔法の殆どが、大本を辿れば「此地の憤怒」から解術された魔法ばかりだ。

 ハルランは、学院の魔法を知らない。つまり、あの巨大組織が興る前からこの夢幻にいるということだ。考えを巡らせれば、問題点が次々浮かぶ。

 一番はハルランが絶望した世界より、今の時代がよく変わっているのかということだ。

 

 エドムンドが習得していたリシディア教の魔法を放つと、ハルランは難なく黄みがかった光を相殺させる。同程度の威力である氷惑星の魔法は、雲散する時に周囲を輝かせた。

 

 

「面白い…単純だけれど、手を加えられる幅の広い魔法だ。さっきの風を起こす魔法とは随分と違うな…。これは、別の人間が作ったのか?」

「起源は俺も分かっていない。…だが、この魔法を行使する者たちはリシディア教徒と呼ばれている。」

「な…! リシディア…!?」

 

 

 ハルランは、俺の答えに愕然としている。俺は誤解を生まないように続けた。

 

 

「そう…その名前の恐ろしさは忘れ去られ、女神とまで崇められている。それでも、そのような辱めを受けても…教義に従う騎士や神官は、人類の守護者として日々戦っているんだ。」

「…なるほど。変わっているのは魔法だけじゃないんだな。当たり前か…。なあ、エドワルドくん。もっと聞かせて。それに――」

 

 

 俺はハルランの言葉に体が強張る。彼女は一瞬で距離を詰め、赤と黄が混ざったような瞳で、俺の兜のスリットの奥を覗く。

 

 

「――その伽藍洞の貌も。」

 

 

 ハルランが灰色がかった指で、俺の兜に触れる。雰囲気の変わった彼女に、俺は質問を投げかけようとするが口を噤む。ハルランの瞼は確かに重くなっていた。

 

 

 

 

 ハルランは、その才覚故に勘づいていた。相対する戦士の柔らかさ、歪さ、静やかな虚無に。

 まず、エドが扱う魔法の体系には、あまりにも特異なものが混ざっていると思ったところから始まった。それは騎士の影に放った、青色の「二つの月」に近い魔法だった。

 しかし、違和感を覚える。理論の見かけは似ていて、分化させたものであると分かるのに、混ざっている曖昧な概念があまりにも郷愁に浸っていたのだ。

 

 ハルランは、エドの兜からゆっくりと手を離す。エドの魂は、再現された体には、貌が無かった。

 黒く塗りつぶされたように、鎧の中には何もない。そうであるのに、会話に齟齬は発生しない。魂に陰りはない。自己を失い、擦り切れた魂とはまた違っていると、ハルランは思った。

 亡霊でないのに、己の貌が存在しない人間。ハルランは、想い人の面影を追う以外に、強烈な好奇心を抱いた。

 

 

(どれだけ否定しても、魂は肉体を模るはず。…自分を自分として認識していない?)

 

 

 うやむやになった手合わせを仕切り直すように、女性は杖を構えた。好奇心の余り、近付きすぎたことへ恥じらうように顔を紅潮させて。

 

 

「ハルラン殿。どうでもいいことだが、俺の顔はこの兜だ。エドワルドという存在であれるのは、これがあるからだ。」

「へえ…自己を鎧に委ねているのか。そういう戦士は幾人か見たことがある。それでも、伽藍洞ではなかった。…ふふっ、外に出る前にあなたのことを、もっと深く知っておきたいな。」

「俺は、探る価値があるほどの人間じゃないよ。」

「私の魔法を避けきった戦士に、探る価値がないなんて。…存分に探り合おうじゃないか。あなたにも好奇の色が見える。」

 

 

 己を必要としてくれる人間だからと、ハルランは心の奥で呟く。

 慣らしは済んで、古き天才はついにこの夢幻で築き上げた成果を表に出さんと杖を振った。体内を巡る竜血は、ハルランの業により魂に混ざって、触媒となる。世界の片隅で、新たな体系は息を潜めていた。

 べきべきと音が鳴り、ハルランの正体が明らかになる。王城は見るも無残な瓦礫の山と化し、ついには市街にまで戦いの場所が移った。

 直後エドは、凄まじく重い砲撃を滑るようにして避け、真価を見る。

 

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