裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す   作:棘棘生命

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地獄へと共に

 崩れた王城の虚像から、凄まじい速さで巨躯が迫る。断続的に骨が折れるような破裂音を鳴らし続け、華奢な肢体を筋肉質に変容させていくそれは、避け続けるエドの腕をついに掴み上げた。

 ハルランからは、竜の特徴が完全に表出している。彼女の瞳は、蠱惑的に細められていた。

 

 

「どうだ? この、私の業は。魂を取り込み、人でなくなった様は! 私は、同志たちは、この業で侵略者どもに恐れを植え付けたのだ。」

「いいや。雄大で美しい。それに、その装甲は見栄えがする。」

「息を吐くように言う…! まあ私も、奴らさえいなければ、この鎧を純粋に格好いいと思えただろうな…。」

「同じ意見だ。貴女とは気が合いそうだな。」

「そうか…? なら、更なる姿を見せてあげよう!」

 

 

 口元から鋭くなった犬歯を覗かせ、ハルランは紅潮した頬を吊り上げる。騙し隠していた姿を露にすることで、ハルランらは上位種へ奇襲を仕掛けた。それは局所的に有効であったが、同時に何も知らぬ民へ恐怖を抱かせたのだ。

 しかしながら、騎士エドの常識は、この世界の外に在る。エドと名乗る前からずっと、男は心を熱くさせるような、分かりやすいモノを好んでいた。

 

 エドは、左腕にぐっと力を込める。そして弾けさせた「月の杭」によってハルランの意識を閃光に包んだ。

 両者間合いを取り、エドは竜と同化したハルランの姿をじっくりと観察する。

 トリプルテールを結んでいた紐は解けて、長い赤褐色の髪が垂れ下がり、重たそうな双角が後頭部から生えている。そして再現された衣類は吹き飛び、竜の硬い鱗が鎧の形状を為していた。

 顎から頬にかけて広がった鱗が、徐々に顔全体に伝わっていく。エドは感嘆の息を漏らした。ハルランの完全な姿を見たいと、彼は構えを取りながらも注視し続ける。

 

 やがて、ハルランの顔、全身は装甲に覆われる。赤褐色の竜鱗が、金属の兜のごとく整った形で埋め尽くしたのだ。フェイスガードを下ろした甲冑のようで、しかし表面は脈打っている。

 エドはその様を見て、ゲーム中で得た知識を思い浮かべた。矛神の団長が纏う鎧をより有機的にしたようだと。そしてスクリーン上、シウゼヴァクの地下で見た肉塊は、ハルランそのものだったのだということも。

 感じる気配には、モユヌエのような歪さがない。

 疲弊しきった思考を全力で回転させる彼はつまり、己の趣味に夢中になっていた。

 反響するように聞こえるハルランの言葉に、エドは耳をすませる。

 

 

「――魂の融合は、互いの長所を兼ね備えた。瞬発力、硬度、常に戦いに臨める精神力…思考の速さをも。私の友たちは、血に魂を融かし、授けてくれた。完成された個こそ、戦況を覆す切り札になると信じたんだ。」

「…確かに。貴女ほどの戦力があれば、勝機は見える。…何故、あなたはずっと表に出なかったのか、聞いてもいいだろうか。」

「戦は甘くない。たった数百で、わらわらと現れる奴らを殺しきれるものか。これ以上下手に動けば…あの不死身が本腰を入れてくる。民が生き長らえるために、奴らには遊んでいてもらわなくてはならない。最期の時まで。」

「…なるほど。」

 

 

 ハルランは大きくなった両手を広げ、悲観的な言葉を連ねながらも、酒に酔ったような調子でエドへ語り掛ける。

 実際に彼女は酔っていた。知的種族たる過去の竜の血は万能感を得られる代物であり、思うがままに動く肉体は、ハルランの自信を跳ね上げていたのだ。

 彼女が他者から称された狂気とは、仲間の死による悲哀だけでない。絶望を塗りつぶすほどの高揚で、冷静沈着な知恵者が変貌した様こそが理由であった。

 竜の魂が混ざった故に、時間の感覚や価値観は人類とかけ離れる。ハルランが外を見なかったのは、それも一因だった。

 

 

(『樹に赤き血が流れる』――)

 

 

 人の身に、別の魂が混ざれば正気ではいられない。長い孤独の果てに、知恵者は人の理解が及ばない精神性に達していた。知識を貪欲に追い求め、正解のない暗闇を探し続ける。古い魔法体系を解き明かし、新たな体系を作り上げても尚、歩みは止まらない。

 表面を取り繕っても、ハルランの内側には執念が渦巻いている。欠けた感情を埋めるように、探究の本質的な空しさに傷口を広げて。

 

 だからこそ人間的な在り方が麻痺した彼女は、己が失った全ての代替えになり得る存在に、べたべたと手垢を付けてしまう。エドに触れる度、己の魂を溶け合わせる行為を。

 竜は言葉ではなく、魔力の振動で多くを物語った。同族の血が体内に流れる者なら、いわばテレパスのように内側を知る力を持っていた。

 そしてこの「魂のコテージ」は、全てが魔力で構成されている。故にハルランは、繋げたエドの魂からより深くを見ることができると考えた。

 彼女は並列思考によって己の魔法を飛ばし、緩やかに避けるエドへ接近戦を仕掛ける。人である以上、どれだけ卓越した戦闘技術を会得していても全てを捌ききることは出来ない。

 エドとハルランは互いに体重を地面に乗せて、腕を組み押し合う。

 

 

「ふうう……さあ、互いにここですっきりしよう。力のぶつけ合いが、あなたの伽藍洞の貌の理由も語る。」

「それで気が晴れるなら。…貴女の真価も見せてもらおう!」

 

 

 鼻と口から熱の籠った空気を漏らし、ハルランは今正に行っている行為を誤魔化す。

 竜鱗でできた兜の奥から、赤い瞳が光った。筋肉に魔力、頭脳と三つを併せ持ったハルランは、腹から上ってくる情感を更に深める。

 

 

(…これは。分かったぞ…あなたは徐々に()()()()()()()…。己さえ見失うほどに。)

 

 

 ハルランは、黒く塗りつぶされたエドの顔から少しずつ靄を取り除いていく。己の魔法で魂で正体を暴こうとしても、エドの顔はぼやけた輪郭だけだった。

 当然のことだった。男の、この世界に放り込まれる前の記憶は薄れ、取り戻せないほど遠くに在る。それに別の世界から迷い込んだ魂は、理が違っている。それを無理矢理に肉体に押し込んでいるのだ。魂は奇妙な挙動をし、適応できなかった部分を削ぎ落していく。

 

 拒絶反応のごとく、血を全身で浴びたときのような重苦しい温度と、己の魂が弾かれる感覚を味わいながら、ハルランは寧ろ対抗心を燃やす。

 欲望を肯定し、望むままにする。それこそが強き竜の在り方なのだ。

 魂に混ざった友たる竜たちに肯定され、欲に突き動かされるがままに、ハルランの双翼から砲撃が飛んだ。「竜血の魔法」、魔法の威力と殲滅力を重視するハルランが見出した技が、引き裂く爪のごとく、エドを狙う。

 

 

 

 

 竜と相対したことは、今まで数えるほどしかない。そして、知性を持った竜との戦闘はゼロだ。

 当たり前のことだ。かつて「バックスタブレイブ」の世界にいたとされる知的種族は、軒並み姿を消しているのだから。

 だが俺は今、身を以て知性ある竜の強大さを間接的に思い知っている。空間を引き裂く爪や牙の魔法、翼から放たれる魔力を混ぜ込んだ砲弾、引き締まった筋肉からなる機動力に翻弄されているのだ。

 

 ハルランの魔力量と魔力制御が凄まじいことは、先ほどの戦闘で分かっている。的確に敵を追いつめる頭脳も。

 彼女はそれだけで留まらず、人類を越えたフィジカルも手に入れた。彼女は、竜を継承した「竜血呑み」の通称に相応しい姿を露にしたのである。

 

 

『体の扱い方も覚えた! 何せ、有り余るほど時間があったからな!』

「術師と括れないな…!『霊月の後脚』」

『ふふ、あなたは面白い技をたくさん持っているな。――行け、氷影!』

「ぐっ…!」

 

 

 ばちんと鎧を纏ったハルランの指が鳴り、半透明の小さな竜が宙に出現し、それぞれが意思を持っているかのように氷の息を放つ。俺が通り過ぎた場所には巨大な結晶が立ち並ぶ。

 それに気を取られたのがいけなかった。半透明の竜よりも速く、飛膜を背中から生やしたハルランが接近し、俺の胴を掴み上げたのだ。

 

 その勢いのまま俺は、再現された建造物の隙間を高速で突き抜け、終いには空中に放り投げられる。そして、何とか体勢を整えようとした時にはもう、ハルランが街路にて両腕を突き出していた。

 飛んでくるのは、紅色をした巨大な魔力の砲弾だ。俺は「月の杭」を放出することで盾の代わりとし、激痛と共に地面に着地する。

 ハルランは剣を構えるのを待ってくれ、俺が「皚炎」を行使するのと同時に猛攻を仕掛けてきた。

 

 

「やはりその魔法は、エドワルドくんが作り上げたものか。…いいな。魔法の『幹』を作り出せる者は、そうはいなかった。」

「幹…? これは、俺が師事している人や、友から分かたれたもののはず。ハルラン殿は、別物だと思ったのか?」

「分かるさ。…あなたの郷愁の念は、この世界のどこにも繋がっていない…!」

「何…! 知恵者とは、そこまで…!」

 

 

 俺はハルランの魔法を捌きながら、言葉を途切れ途切れにしながらも彼女に問い、核心を突かれた思いになる。つまりハルランの見抜いたそれは、俺の弱さが魔法にまで伝わっているも同然だった。

 

 しかしと、俺は今思った。俺は、その苦痛や弱ささえも無視できるほどに、強い想いがあったはずだ。言い訳を並び立て、リスクを承知で行いたいと願ったことからも逃げたがるなど、ありえない。俺は、そんなにも情けない人間に成り下がるつもりはない。

 

 俺の身体を押さえつけていた倦怠感が、ふっと消えたような感覚がした。そして徐々に背中から力が抜けていく。軽い、体が羽のようだ。

 相対するハルランを見れば、俺から彼女の腕へと赤黒い靄のようなものが流れていっている。ハルランは腕をさっと払うと、作られた兜の奥でくつくつと笑った。

 

 

「ようやく、邪魔な靄が取れた。図らずも良い結果になったみたいだ。…エドワルドくん、もう一度顔を見せてくれないか。」

 

 

 ハルランは俺に近寄ってきて、再現された俺のフェイスガードを開く。しばらくして、満足そうに兜を戻す。そして可笑しそうに腹を抱え、俺の肩に触れた。

 

 

「そうか、そうか! あなたは本当に面白いな…兜を上げても、閉じられた兜が出てくるなんて。そういえば、ヴォルもそうだったな。公私を分けない騎士というのは、魂まで鎧になるらしい。」

「それは、ヴォルグス殿の…。なら俺の友の一人もここに来れば、同じ結果になるかもしれないな。彼については鎧を外したところを見たことがない。」

「ふふっ、風変わりな人もいるものだ。……ふー。一旦休憩にしないか? 見せたい魔法はまだまだある。もっと沢山語りたいんだ。」

 

 

 ハルランの頭から鱗が零れていき、顔が完全に露出した。先ほどよりも朗らかで、活き活きとしている。俺にはどうも、彼女に狂気の類はないように思えたが、続く言葉に不穏を感じ取った。

 

 

「そう。もっとずっと語り明かそう…。あなたが私を必要としてくれているように…私も、このまま手放したくない気持ちだ。」

「…俺も、この貴重な機会は大切にしたい。だが今は、脅威が迫っている。不凍の蟲と言われる、ミグゥニという化物をまずは倒したい。すぐにでも一緒に来てほしいと思っている。」

「……。」

「情勢については、かいつまんで説明させていただきたい。モユヌエ殿も貴女を待っているんだ。」

 

 

 激しい戦闘によって、完膚なきまでに倒壊した建造物群を見た後、ハルランに伝える。

 元々、この過去を再現した空間を保存したいと思っていたが、和やかに談話できるような場所でもなくなった。もしかしたら、ハルランなら修復できるのかもしれないが、時間を使いすぎてもいけない。

 顔を俯かせていたハルランは、怪訝そうな顔つきで首を傾げた。

 

 

「…ミグゥニか…まさか、餌も無しにここまで。だが、そのモユヌエというのは誰だ?」

「何…どういうことなんだ。少し待ってくれ…。モユヌエ殿の特徴について、心当たりがあるか…。」

 

 

 頭をがんと殴られたような衝撃が襲った。混乱したまま、俺はハルランに二つのことについて説明する。モユヌエの容姿や扱う魔法の数々を。

 しかしハルランは眉間に皺を寄せ、納得がいかないという表情になっていく。俺が積み上げてきた情報が、まるで嘘であるかのように。

 

 

「人形師の…そんな子も生き延びていたのか。…ケチョウはどうしたんだ。モユヌエという娘たちと、結界の維持をしているのか。」

「いや…シウゼヴァクにいる古い人は、貴女とモユヌエ殿だけだ。」

「ええっ…! しかし、私にはあの自信家の魔力が感じ取れるのだが――いや、これは。」

 

 

 ハルランは何かを確かめるように左掌を宙に這わせ、次の瞬間強張らせる。そして重く息を吐いて、頭を抱えた。

 

 

「分かった…確かに、状況は切迫しているようだ。行こう。…それで、事が済んだらまたこのコテージで。」

「ありがたい。よし…ゼシニス大陸の現状について、俺の知っている範囲で話させてもらう。まず越境組織と呼ばれる団体についてだ――」

 

 

 俺は魔法以外のこと、つまり人類の勢力図を話していく。普通の人間は整理しきる事ができない量だが、流石というべきかハルランは全て理解しているようだ。

 時折挟まれる質問に返し、ジェネレーションギャップというものを感じながらも情報共有は続き。ついに、彼女はモユヌエから渡された「鍵」へ触れる。

 

 直後橙の光に包まれて、俺たちは躊躇うことなく夢幻を後にした。輝かしい成果と共に、英雄が帰還する。

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